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9 微笑みの交渉人



 沈黙が、ゆっくりと形を持って応接室に広がる。


 フレデリックは肘掛けに指先を置いたまま、しばし考え込んでいた。

 即答しないと告げたものの、話を打ち切る気はなかった。


 そんな黙り込むフレデリック一瞥すると、ロビンは軽く咳払いをして、わざと明るい声で口を挟んだ。

「いやいや、さすがに急すぎないか? 伯爵令嬢が公爵家に、しかも初対面同然で婚約って」


「二度目ですわ」

 リラはさらりと言う。

「庭園で一度、今日で二度目。十分でしょう?」


「そういう意味じゃなくてだな」


 ロビンは肩をすくめつつ、視線を細める。

「君、何を狙ってる?」


 空気が変わる。


 フレデリックが制止しようとするより早く、リラは小さく息をついてから、ゆっくりと背筋を伸ばした。


「正直によろしいですか?」


「どうぞ」


 答えたのはフレデリックだった。


「私には、派手な家柄も、莫大な持参金もありません」

 リラは自分の胸に手を置き、落ち着いた声で続ける。

「ですが――厄介事を“厄介なまま”にしない才覚はあります」


 ロビンの眉が、わずかに動いた。


「社交、噂、派閥。公爵家ともなれば、婚約一つで周囲は勝手に騒ぎ立てるでしょう?」

「私はそれを、最小限で済ませることができますわ」


 視線が、フレデリックに向く。


「あなたが求めているのは、飾りの婚約者ではなく」

 一拍置いて、

「“足を引っ張らない相手”ではありませんか?」


 応接室が静まり返る。


 ロビンは、完全に笑うのをやめていた。


(……なるほど)


 これは甘言ではない。条件提示だ。


「それに」

 リラは少しだけ声を和らげる。

「私は深入りしません。必要以上に踏み込みませんし、感情で振り回すこともない」


 くすりと笑う。

「少なくとも、あなたが嫌がることは致しませんわ」


 フレデリックは、思わず息を呑んだ。


 まるで、自分の内側を見透かされたような言葉だったからだ。



「一つ、確認させてくれ」


 視線を上げる。


「君の言う“婚約”は、どこまで公にするつもりだ?」


 社交界に知れ渡れば、否応なく派閥や思惑が絡む。

 それを彼女が理解していないとは思えない。


 リラは一瞬だけ目を伏せ、すぐに答えた。


「最小限で」

「両家の正式な合意と、必要な場での同席のみ」

「噂を膨らませるような振る舞いは、私からは致しません」


 まるで、すでに運用を想定しているかのような明確さだった。


 ロビンが、顎に手を当てて唸る。

「用意周到すぎないか? 普通そこまで考えないぞ」


「考えない人ほど、後で困るものですから」


 リラは涼しい顔で返す。


「私は、縛られるのも縛るのも好きではありませんの。ですから、最初に線を引いておきたいだけですわ」


 フレデリックは、その言葉に小さく目を細めた。


(……本当に、感情論では動いていない)


 だからこそ、判断が難しい。


「では逆に聞こう。君にとって、この婚約の“利”は何だ?」


 沈黙。

 一瞬だけ、リラの表情から軽さが消えた。


「……自由です」


 静かな声だった。


「伯爵家の令嬢という立場は、便利なようで不自由ですの。常に“次”を期待される。誰と、いつ、どんな条件で......それに、正直――少し、飽き飽きしてしまって」


 ロビンの視線が鋭くなる。

 軽口ではない、本音だ。


「そんな時に、あなたが現れた」

 リラはフレデリックを見る。

「余計な幻想を抱かず、結果を重んじる公爵。利用価値があり、同時に、私を放っておいてくれる」


 そして、ふっと微笑む。


「今の状況を打破するには、ちょうど良いと思いません?」


 フレデリックは、返す言葉を失った。


 利害は一致している。

 合理的で、感情に流されていない。

 ――それなのに。


(なぜだ)


 彼女の提案は、決して押しつけがましくないはずなのに、

 逃げ道だけが、巧妙に塞がれている。


 ロビンが、ゆっくりと息を吐いた。

「……フレデリック」

「何だ」

「この令嬢、少なくとも“軽い女”じゃない」


「分かっている」


 むしろ逆だ。

 軽く扱えば、こちらが怪我をする。


 フレデリックは椅子に深く座り直し、はっきりと言った。


「仮にだ。仮に、この話を前向きに検討するとしても――条件がある」


 リラの目が、楽しげに細められる。


「伺いましょう」


「正式な返事は後日。それまで、この話は他言無用。そして――」


 一拍置く。


「君の“切り札”について、もう少し知りたい」



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