6 理由のない違和感
ガーデンパーティを辞したあと、フレデリックは静かな回廊を歩いていた。
役目は果たした。
顔を出し、最低限の社交をこなした。
本来なら、それで終わりのはずだった。
だが、なぜか気分は妙に軽い。
(……機嫌が、良い?)
自分でもよく分からない。
苛立ちや疲労感はいつも通りのはずだ。
それなのに、今日は妙に言葉が柔らかく、微笑みも自然に浮かんでいた。
「……なあ」
隣を歩くロビンが、にやにやとこちらを見上げる。
「お前、今日やけに愛想よかったな」
「そんなことはない」
フレデリックは即座に否定するが、声の端にわずかな違和感が残る。
「いやいや」
ロビンは肩をすくめる。
「令嬢たちの相手も丁寧だったし、さっきなんて、ちゃんと自分から礼まで言いに行ってたろ」
「必要だっただけだ」
「へえ?」
ロビンは疑うように眉を上げる。
普段のフレデリックなら、秘書や周囲に任せて済ませる場面だ。
だが今日は、あの庭園の騒ぎを収めた令嬢のところへ、自ら歩み寄った。
フレデリックはその瞬間を思い返す。
(灰色の髪……落ち着いた声音……控えめで、でも確実に状況を把握していた)
名前も、もちろん覚えている。
――リラ・ハーシェル。
王城での一件のとき、短い会話を交わした令嬢。
だが、なぜか記憶に深く刻まれている。
「……お前、今なに考えてる?」
ロビンが覗き込む。軽い口調だが目は真剣だ。
「何でもない」
「怪しいなあ」
ロビンは面白そうに笑い、肩をすくめる。
「もしかして、気になる令嬢でもできた?」
「あり得ない」
フレデリックは即答する。
婚約に興味はない。
感情に振り回されるつもりもない。
だが、心のどこかで小さくざわつくものを感じている。
回廊に差し込む夕日の光。
柔らかく石畳を照らす中で、彼の視線は無意識に庭園での令嬢の立ち姿を思い浮かべる。
(なぜ、覚えている……)
名前を名乗られた令嬢など、数え切れないほどいる。
それなのに、リラ・ハーシェルだけは違う。
周囲に溶け込むようにしていたにもかかわらず、なぜか目に焼き付いている。
理屈で説明できない感覚。
自分でも理解できず、少し戸惑う。
ロビンがまた笑う。
「まあいいや。そのうち理由も分かるだろ」
フレデリックは答えなかった。
胸の奥に、微かな違和感――名前を持つ感情が、静かに沈んでいく。
理屈では説明できない。
だが、確かに意識から消えない。
夕日が回廊を橙色に染める。
フレデリックは思わず、足を止め、視線を遠くへ向けた。
――もう一度、あの令嬢と会えるだろうか。
それが何なのか、理由はまだ分からない。
ただ、確かな「引っかかり」として、心に刻まれていた。




