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第八章

人間の仕出かしたことだから自分の尻拭いくらい自分で何とかしろ。

事情報告ならしてやる。しかし俺に結晶マタンゴの対策をするなら御免蒙りたい。そんなことをしても俺にはアドバンテージがない。

俺が間接的に勇者を殺したことは伏せておこう。

さてと、この届けはだれに渡すか。

なるべく人族の皇帝、もしくは皇帝派の貴族たちに送りたい。実力のある有志たちにも送るとしよう。

一日何封もばらまくのは無理だ。俺の魔力量がそんなに多くない。当然なこと俺は『過去通路』のスキルを使ってふみをだれかの書斎の机の上に投げておこうという考えである。

突然の届文でびっくりするだろう。侵入者が押し入ったことだけは分かる、けど察知はできなかった。警備の落ち度になるに違いないが、だから重視せざるを得ないことになるに違いない。

ちなみには見様見真似でふみをめちゃくちゃ模写したので数十人に渡すこともできる。


二日後、俺の魔力量もたっぷり回復した。俺は『過去通路』を開けて、人間の国のあちこちを見回る。

人間の街はゴブリン村よりも繁栄している。帝都までも行っていないのに、混雑な街並みも、深夜まで往来する人並みも、街という名の迷宮を長時間見ていると脳内に何回もフラッシュし、俺を混乱させる。

各国の商人や、旅客も雑踏する帝都は、これよりも二倍以上色濃く見える。

俺は茫然と帝都の立派な建物を見て、ふと、とある奇妙な男が視界に入った。

身なりは見るから豪族らしい人物だった。彼は起こっている顔で屋敷へ入った。

「私の力量を借りれば、辺境の反乱鎮圧どころか、世界征服なども夢ではないぞ。あろうことに売薬の扱いとは」

「そうでございます。貴族派の連中はさして実力もない者たちの集合体です。肩書きだけを誇示し、実際は身分もわきまえられないやつばかりです」

隣にいる小柄の男性は、恭しく言った。

「よせ、小物のような陰口はやめよ」

陰口を聞くことはいつも苦手なので、男は制止する。

「はい、アルバート先生の言う通りです」

「――まあ、確かに彼らは図に乗りすぎた」


何があったのかは分からないけど、二人の対話からすると、要するに皇族と貴族との間に摩擦が生じて、互いに対立しているというところだろう。


『鑑定』

俺は思わずそのアルバートという男を鑑定してみた。

<名前:アルバート>

<種族:ネクロマンサー>

<LV:149>

<HP……鑑定が妨害されました、鑑定が妨害されました>

<鑑定が妨害されました>

<鑑定が妨害されました>

<鑑定が妨害されました>


なんだこれ。

鑑定妨害のログが視界に流れ込んできた。いままでなかったことだからびっくりした。

俺はもう一度あの男へ視線を送る。

一瞬、その男が俺を見ているような気がした。

怖い、何その男。人間じゃない。人間を化けて、人間の社会に溶けこんだ化け物だ。

こいつ、ネクロマンサーだった。

恐怖に駆られて、俺は後ずさった。

「なあ、君、私を鑑定したか?」

アルバートという男は隣の小柄の男に聞いた。

「いえ、私は『鑑定』のスキルが持っていませんよ」

アルバートは小柄の男を見据える。

そして視線を逸らす。

「そう」

彼は適当に言って前に歩を進めた。

三歩だけ。

ばたっ、と何が落ちた音が聞こえた。

その音は何だろうか。アルバートの後ろ姿を見ているから、やけに遮られたものが多い。視覚の外のものが立てた音だった。

俺は『過去通路』の方角を調整し、後ろを見る。

そしてその音の正体が分かった。それと同時に、俺は初めて知ることになった。人間が首を刎ねられた時、血しぶきがこんなに高く噴きあがるとは。

小柄の男は首と胴体が分断され、無残に殺された。

アルバートは興味なさそうに男の死体を見た。

「ここはあなたしかいない、ならば、だれが私に『鑑定』を使うのか」

その言葉を発した後、彼は再び魔法を使った。

目前の死体がみるみるうちに溶かし消え、濃厚な嘔吐物の匂いだけがその場に残る。


俺はきょとんとした顔をする。

『過去通路』を今すぐ閉じたい気分になる。

死体の首は地に転がっている場面は脳内に何度も再現した。

首の脂肪の粘膜はまだ胴体と繋がっている。でも動脈は繋がっていない。

血だらけの地面、だけではなく、食道も切られたので、昼ご飯は回流して、スープと豚肉……

気持ち悪すぎてこれ以上語らないでおこう。


どうやってその男を殺したのが分からないが、気になることはまだ一つ。その魔法、死体を骨まで溶かしていく魔法はいったい何なんだ。俺にそんな魔法をかけたら……想像するだけでぞっとする。

それを見届けたネクロマンサーの男はゆっくりとした歩調で部屋へ入った。


俺のことはまだ察知されていない。こいつは強い、勇者よりはるかに強い。

しかし、人間でない彼は人間を助けるのか。

いや、助けるかもしれない。

助けないならそれでもいい、また同じ内容のふみを他の人に渡すことだ。

俺は彼の書斎に行って、そこの机の上に手紙を置いた。


これでいいと、『過去通路』を終了させようとしたが、どうせなら最後までネクロマンサーの意向を確認したいと、続けて見ることにした。

俺は夜8時の時間調整をして、その頃、ちょうど彼は書斎に入った。

整然と並ぶ本棚に彼は手を伸ばし、魔法に関する本を一冊取り出した。

俺も読みたいけれど、今は無理か。俺も書斎があれば、きっとその中に入り浸ってしまう。異世界といえば魔法、誰だって魔法の勉強がしたいと思う。

アルバートはしばらく本の選りすぐりをする。

その後、彼は机のところへ歩み寄る。

事務的なことは済んだのだろう、彼は魔法の勉強をしようとした。

「おや、これは」

机の上に置いた手紙にはっと気が付いて、いぶかしげに彼は手紙を手に取った。

「邸内にネズミが入ったか。私の目もくらませるとは、かなりの化け物だね」

そう言って、彼は険しく笑った。

「出会ったら剣で語り合おうじゃないか」

額に汗が滝のように噴出した俺は切羽詰まるように汗を拭いた。まじて怖いからやめて。


彼は無表情になって、手紙の内容を読んだ。

「結晶マタンゴ? あんなやつに殺されたのか、勇者ベレットよ」

アルバートは面食らったような顔になると、言った。

「人族の危機か。まったく大変なことになりそうな予感だ。それに、このメモを置いたのは誰だ」

アルバートはため息をつくと、言った。

「面倒だが、人族の危機が我々ネクロマンサーにも及んでしまうじゃろう。我々は人間の社会に溶けこみすぎたのだ」

その話を聞いて、この男は結晶マタンゴを殺してくれると確信ができた。

俺はこちらの監視をやめ、時空を結晶マタンゴの方へ移動する。

その結晶マタンゴは、今では結晶マタンゴとかけ離れた存在になった。

鑑定結果によると、すでに進化していた。

<名前:なし>

<種族:神木獣>

<職業:守護獣>

<レベル:87>

勇者が死んでから一か月も経った。

そのものは無意識に毒の霧を発散させて、死んだ動物はそのものの経験値となる。大範囲の毒魔法、毎日そんなに発散して他の魔物を殺しまくっては、レベルもかなり上がるはずだ。


森の入り口近くに、朧気に人の陰が現れた。

「来たか」

アルバートは、自分自身に防御システムの魔法をかけて、林のまばらのところに何かを喰っている神木獣へと歩み寄った。

「ふむ、進化したか」

アルバートはさらに進んで行く。そこは、毒の一番深いところだった。名状し難いその毒は、今となっては液体となり、木々の枝に付着していた。

耐性のない人はその毒を直接に触ったら、立ちどころに泡を吹き、痙攣するだろう。

こういう状態になったら薬物の治療はすでにできなくなり、ただ死を待つのみだ。

『毒耐性』がLV8の俺でも、あの人みたいにつんつんと毒の中央に歩く真似はできない。こんな霧の中では、俺のなけなしのHPがすぐ払底してしまう。その毒は、『毒無効』のスキルしか対抗できない猛毒だった。

アルバートはさらに警戒する。彼はしきりに周辺をうかがう。

こんなにもレベルの差があるのに、まったく警戒心も弛まない。強いやつは皆そうだろうか。

もしかすると、俺の置いた手紙は何かのトラックだろうかと思われているかもしれない。こんなあからさまなトラックはしないけど、怪しい手紙だったので、立場が俺になったら俺も疑ってしまう。

でも、そう疑いつつも、アルバートはここに来た。信憑性のないメモを頼りにここへ来たというのは、よほど人間のことを気にかけているようだ。

それなりの危険人物だったが、心の掴み所がないわけではないと思った。

俺はやることもなければ何ができるわけでもない、ただ路傍の大石に座って頬杖をつくとぼんやりと過去通路を眺めるだけだった。


そして、アルバートは神木獣の攻撃範囲内に入った。それもアルバートの攻撃範囲だった。

神木獣は後ろを振り向くと、けたたましい雄叫び声を上げた。

神木獣は両手を薙ぎ払うようにネクロマンサーに攻撃を試みる。

と同時に、魔法発動。攻撃しに来るその両手はたちまち潰され、地に落ちて灰になった。

よく見ると、灰になった神木獣の両手はただの木の枝だった。

神木獣は痛みもなく、他の枝を使って攻撃を繰り返した。

毒は強いけれど、近接攻撃は威力があまりないように見える。


木の魔物に対しては、火属性は特効だった。

アルバートは『ファイアボール』の初級魔法を放つ。

それだけでも神木獣は大ダメージを負う。

やがて神木獣は最後の吠え声を発して、どさりと倒れていた。

木の魔物ということもあって、戦っても血は流れていない。そういう血しぶきが噴き出す戦いではなく、かなり一方的で地味的な虐殺だった。地味しすぎて逆に憤ってしまう。

ああ、なんて弱い魔物だろう。家族の皆も、プーちゃんも、村の子供たちもこんなばからしい奴に殺されたのか。

納得ができなかった。俺がもっと力があれば、皆が守れる力があれば、彼らがこんなことに巻き込まれるはずもないのに。結局は俺のスキルで結晶マタンゴを倒したけれど、実感一つもわかなかった。

せっかくの異世界がまるで台無しになったじゃないか。

俺は世界の見守り役だけに留まっていたくない。その中に溶け込んで、仲間と冒険して、共に冒険譚を語り合う。そして涙を流しながら抱擁して、さよならを告げて、喜びと悲しみの異世界旅を堪能したかった。

ゴブリンに転生した時点でそれは無理なことだとわかっていた。

チートスキルが授けられても、まったく面白くはなかった。

今更だけど、俺は不満で仕方がないのだ。


神木獣の黒焦げの死体の中に、変に輝いた青色の炎のようなものが見えた。

それは今まで見たことのない、嘘なほどに綺麗で、不吉なオーラを発散している輝きだった。

炎に見えるが、魂の塊にも見えるそれは何だろうか。


青色のそれに気を取られていた。我に返ってアルバートの方へ目をやると、彼はひどく驚いている。

「こ、これは、まさか……」


彼は何を言おうとした。

俺もそれが何なのか気になっている。

しかし、彼の言いかけた言葉はそこで途絶えていた。

『過去通路』は何らかの力によって閉ざされた。

いきなりの状況に置かれた俺は立ち尽くした。


『世界線の変動が不可避領域に達しました。

――時空の不対等原則により他の並列世界に移動します。

――抵抗すると時空の法則が破壊されます。ご注意ください。』


視界に、何日前と同じような警告文が表示された。

虚脱感にも似た感覚が体内に走る。それと対比して、俺の顔に穏やかな微笑みが浮かんだ。

大丈夫、そうなるだろうと予感はした。

そうならないとむしろ困ってしまう。


魔物の草原は毒の霧に侵されている。しかし毒の霧を生成した結晶マタンゴはもうこの世にいない。

プーちゃんを救った、毒で死んだ家族と村の人を救った。

目的は達成した。これからはおとなしく世界線の移動を待つとしよう。

前回と同じく、俺の意識が薄くなって、やがて消失した。

覚醒したら家のベッドで寝ているだろう。前回と同じように。


しかし、その時、俺はまだ知っていない。運命の悪意というものは。






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