表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第四章


「痛いっ!」

『世界情報』はレベル2になったので、より多くの情報がもらえることだろう。

発動の副作用を堪える俺。しかしながら、レベルが上がったせいか前回より痛みが増している。俺は思わず声を上げた。

考えも断片的になって、記憶喪失と似たような感覚が実感させた。

しばらく続いていた痛みはようやく止まって、思考もまとまることができた。

『世界情報』がレベル2になっただけでこんなにも反動が大きかった。

のたうち回るほどではないが、氷を長時間手に握っているような不快感である。

『世界情報』をレベルアップするのはあまりおススメしない。これ以上レベ上げすると、脳が乗っ取られてしまうじゃないかと身の危険を感じた。

直接記憶として送るなんて全くもってのことだ。アナウンサーみたいに柔らかな声で耳元で情報を語ればいいのに。

では、記憶を覗くか。

覗くというより、すでに分かったことだ。自然に分かるように分かった。直接記憶として脳に注入するのは洗脳の一種だと俺は考えていた。実に恐ろしい。

少し錯乱した自分のほっぺを叩いて、「よし」と言って目を閉じる。



「あの、ええと、今日はお日柄もよく……」

「何それ、そんなに畏まって」

笑っているのは勇者ベレット。彼の傍には二人の女の子が随伴している。ざっと後ろを見て、冒険者数百人ほどが集まっている。

「まったく、デートじゃないから、のんびりしないでよジュリアン」

マリーは不満そうな顔をして言う。ジュリアンより、彼女は勇者ベレットとパーティーを組む方が時間が長い。

互いに助け合うのも日常だった。魔物が襲いかかる時、ベレットはマリーを庇いながら魔物と戦う。ベレットが傷を負った時、マリーは治癒術を使って治療を施す。

この連携は三年も続いている。

なのにこの女はいきなり割り込んで来た。「魔法使いの戦力があれば戦闘も楽になる」というのはベレットの意見だった。二人だけでは確かに厳しい、それに関してはマリーも同意見だ。

でも、いつもツアー気分でベレットといちゃいちゃしたいこのジュリアンというやつは、魔法使いとしても中程度の強さで、マリーにしてみると及第点以下だ。

のほほんとデートの雰囲気を作りながらベレットと話し合うことも癪の種だ。このままではパーティーの害になるに違いない。

勇者も多少困っているように見える。パーティー増員の申し出をギルドに出した当初はそんなに考えていなかった。どうやら貧乏くじを引いたようだ。

でも一週間も経っていないのに追い出すのも可哀想だと思っていた。同じ冒険者の身でギルドでよく会う。今日会っていないと思ったら明日に、明日会っていないと思ったら明後日、とにかくよく会うのだ。

会うたびに双方は苦虫を噛みつぶすような顔になってさっさと逃げるのも良くないことだ。仕方がない。

勇者ベレットはベテランの冒険者たちを召集して魔物討伐をしようとした。

「魔王不在の今、魔物の勢力を切り崩すチャンスだと思わないか」と勇者ベレットはギルドでこれから自分の実行したいことを言い放った。

マリーは頭を抱える。

まったくベレット様はいつもこういう風に思い付いたばかりのことをやろうとする。

ジュリアンのこともまだ未解決のままでいるのに、今度は大規模の屠殺を行うつもりのようだ。

取り返しのつかないことになる前に、ベレット様を呼び戻そう。

「ベレット様、そんなことをしたら、どんな悪影響を与えるかは分かりません。やはりいつも通りに魔物と接する方がいいと思います」

「大丈夫だ、魔物を殺し尽くせば、後顧の憂いもなく人類は平和の暮らしを実現するため尽力することができる。そう思わないかい?」

「然様でござるな」

冒険者はベレットの切り出した話に感心した。

「俺は魔物をぶっ倒す。一匹二匹ではなく、数千万だ。そう、魔物の草原の魔物をしらみつぶしに倒すつもりだ」

この場では、父と母が魔物に殺されて、生計のためやむを得ず冒険者になる人がいる。

魔物に襲われ、身体障害になった人もいる。

魔物に対する憎さは彼らの心を支配していた。その話を聞いて、彼らも思わず賛同の声を上げた。

だが、その中に懸念する人もいる。

「しかし、魔物が減らしたら、長い目で考えるとレベル上げの経験値も減らされてしまうじゃないか。魔物は自然に湧いてくるものじゃないぞ。人間と同じ生物だからな」

そう言って、彼は冒険者の面々に向けて言葉を続けた。

「魔物を殺し尽くして、自分の子供は経験値が得られなくなるんだ。それも大丈夫なのか」

その言葉を聞いて、冒険者たちも少々眉を顰めた。

だけど、ベレットは笑いながら言った。

「問題ない。レベルを上げるのは、我々の一番の理由は魔物退治のためだからな。それに、レベ上げする手段は魔物を倒す以外もたくさん方法はある」

わずかだが、剣術の稽古をしたり、魔法の練習をしたりすることで、経験値を獲得することもできる。

「それに、全部倒すのは言っていない。そもそもそれは無理な話だ。魔物とはいえ、脅威になる方とならない方に分けている。脅威になる魔物を大規模に退治することこそが、魔物の勢力を根本から削ることができるのだ」


そういうわけで、勇者ベレットは魔物の草原へと魔物退治に来た。

ちなみに勇者は人族の中でもっとも資質の高い存在である。

一番強いやつではないと言っておこう。勇者というのは一番才能のある者の称号で、獲得する経験値は普通の人より多く、何年も鍛錬を重ねると、人族の最強になることができるのだが、最初からそう強くはない。

けれど、勇者組の肩書きも伊達ではない。それなりの腕もある。ゴブリンなど弱小な魔物は脅威にもならないと思われ、ガン無視された。

しかし、オーク族、ミノタウロス、狼人族などの種族はこの人魔戦争から免れることができなかった。

勇者たちは魔物狩りだけではなく、物資も奪う。

何せ魔物の草原は広い、2、3日だけでは全攻略できるはずもない。勇者一行は武具の補修や食事などをする必要もある。魔物の物資は本当に助かるわっと、それは勇者本人の談である。

根絶やしのため、要らない物資は破壊する。

そのせいで魔物の草原は一時的に資源が減らされていた。

生活保障のため、草原の魔物たちは大暴走、限られた物資の奪い合いが始まった。

草原の中では、ゴブリンは知能のないスライムと並列に最下位の魔物だった。スタンピードの混乱に巻き込まれたら間違いなく潰されてしまう。

得られた記憶の中、勇者が現れた時点で予感はした。ゴブリン村が潰されたのは勇者のせいだった。

勇者の暴走は未来のとある時間点で確実に起こる。魔物たちは何にも知らない。

魔物の草原の生態バランスが破壊されるので、もちろん人族の領域も被害が出るだろう。

短絡的な思考の持ち主だな、現世の勇者は。

平和というものは、暴力を介して実現するものではない。魔物は知能の低いものだと俗に言うのだが、そういう根拠もない独断に生じる差別と偏見は、彼らの尊大な態度をさらに増長するのだ。言いたいことはただ一つ、魔物たちも馬鹿ではないことだ。

掃討作戦は百人程度の冒険者加えて勇者も参加する。作戦は成功した。魔物の大半は消滅した。で? その後はどうする?

それだけの人数で上位の魔物たちを全部倒すのは、所詮土台無理な話だ。魔物のことだから反撃するに違いない。

互いに牽制し合うことは魔物たちの暗黙のルールである。人族も例外ではない。

それに、魔物の頂点に立っている魔族のことを彼らが忘れたようだ。

一定の進化を遂げた魔物は、魔族になれる。魔族に進化した魔物は魔族領に召集され、基本的には魔族領に住むことになる。草原に残った魔族はいないはずだ。

だけど、魔物の草原で人魔戦争を引き起こしても、魔族たちは黙ったまま何もしないはずだと思うのかね。

なるほど人間のせいか。人間を殺せば、俺は罪悪感を抱くのだろうか。

俺は人間が嫌いだ。自己中心で、傲慢なやつばかりで、前世は人間だというのに、今はもうどうでもいいと思っていた。

ゴブリンになったが、人間に戻ることはそれほど望んでいない。働き詰めの生活に囚われてうんざりになったのかもしれない。

種族が変われるなら、吸血鬼になりたい。お昼は好きなだけ寝て、夜は人間の血を吸うために奔走する。どうせお昼は活動できないから、会社の仕事もできない。引きこもりのいい口実になれるから結構いいと思う。

人間は嫌だな。エルフほど長生きできないし、竜族ほどのパワーも出せない、神族ほどの知恵でも持っていないし、魔族みたいに自由奔放に暮らすこともできない。そりゃゴブリンよりも強いけど、もったいぶるやつばかりで好きにはなれない。

人間などどうでもいいや。

勇者を殺しても、罪悪感だとか良心の呵責だとか感じられることはないと思う。かまわないのさ、種族も違うし、彼らの言葉も通じない。罪悪感よりも大切な人を守りたい、彼らの死を目の当たりにしていたら、きっと気が狂ってしまう。

妹を、姉さんたちと兄さんたちを、そしてプーちゃんをむざむざ死なせるわけにはいかない。そうしない方こそが良心がおかしいじゃないか。

決意を固めなければならない。俺はそのベレットなんとやらを倒す。正面ではなく、汚い手でぶっ倒す。


俺は少し魔力を自然回復させて、『過去通路』を展開する。

チートスキル三つも抱擁する俺はもはや融通無碍な人生を満喫できることだろう。何もかもが思うままに誘導できるので、勇者を亡き者にすることも簡単だ。

目標人物のプライバシーを覗き見ることは賛成しないけど仕方がない。

勇者はやはり勇者だ。風呂場に入った彼の筋骨隆々の姿を見て、俺は思わず絶賛した。と同時に、目標人物をプーちゃんに替えたいと思っていた。俺の汚い考えが脳裏によぎる。

時間軸をいじって、プーちゃんのすべてが見たい。プーちゃんのお風呂姿が見たい。彼女のおっぱいが見たいんだ。

いいよね、幼馴染だし。プーちゃんは優しいから怒らないと思うわ。

いや、プーちゃんはまだ子供だ。見たいならやはりもっと年上のお姉ちゃんにしよう。

ああ、俺は本当に最低だ。

男の本質を完全に露呈させ、俺のいやらしい考えが膨張していく。


勇者が突然立ち上がり、服を着て湯殿から外へ出た。

何があったのかと思えば、ただ2階の自分の部屋に入って寝ろうとしただけである。勇者はいつも疾風のごとく用事を済ませるので、急にどうしたのかと勘違いさせた。

いかんいかん。今はバカなことを考える場合じゃない。

俺はぶんぶんと首を真横に振り、男の欲情を抑えた。

まあ、年端も行かない五歳の俺は、友情と欲情を間違えたのだろう。俺とプーちゃんは一緒にお風呂に入ることがあるのだ、仲良しなのだ。

時間軸をいじり、時間を一年前のとある日に巻き戻した。

『過去通路』の凄みは過去の場面が見られることだけではなく、過去に何かを放り込むことができるという点もその凄みの一つだ。

プログラマーレベルのチートスキルである。

PCゲームでチートを使った人なら分かる。普通のチートは一撃殺しやら無限HPやらのものばかりで、こちらはセーブデータを直接いじり、なかったことを実際に存在するように書き換えるのだった。それはプログラマーならではの仕業であって、チートスキルよりもシステムを凌駕する力だと言っても過言ではないのだろう。

うまく利用すれば、レベル3の俺がレベルカンストの魔王と戦って勝つことも夢物語ではない。

ないったらない。

スキルの特殊性から考えて、ターゲットの人はどこからともなく飛来する予想外の攻撃魔法を喰らい、狐につままれたような気持ちにさせられるだろう。

それも発動形跡のない魔法で、いや、ないではなく、未来のことが見えないのだ。それから何回も直撃され、目を白黒させてしまう。

手の出し様がない。もちろん納得もできない。

幻術師の術中にはめられて幻覚が見えたのか、それとも日光に当たると魔法に攻撃されてしまう呪詛に呪われたのか。分からないんだ。

一回避けたとしても次回は来る。次々と来る魔法を全部避けられるとは到底不可能だ。だから、地味な魔法に攻撃され続け、自分の死を待つしか無いのだった。

術者の存在に気づかずに一方的に相手を倒す不可思議な魔法。だが、その真髄はそれ以上のものだ。

もちろん重大な欠陥もある。

どんな悪い現状でも打破できるこの魔法は、実際、少しのイレギュラーで未来が望まない方向へ進んでしまう可能性があるのだ  。

いささかな齟齬だけならまだしも、何もかもが変わって、絶大的で、潰滅的な方向へと曲がってしまったら、収拾のつかないことになってしまう。

バタフライ効果でどちらのルートへ進んでいくのか誰でもコントロールできない。チートスキルを過信し、それを頼ってばかりいるとその弊害もあらわに出てくる。

無論、温存できるなら温存したい。やむを得ない時だけに使う。チートスキルなのに無条件で使えるのは、正直に言うと怖いのだ。

けど、今使わないと未来一ヶ月後の俺は確実に死ぬ。

悪いが、使わせてもらう。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ