第一章
一応様子を見てみるかなと十章以内に完結したいのですが、ちょっと長くなりました。
目が覚めた。
十分な睡眠を取れたのは三年以来か。俺はいつも目覚まし時計に起こされていて、昨日の疲労困憊はまだ消去されずに加えて寝不足、寿命が縮むわと叫びながら無理やり起きて身支度をする。そして会社へ行く。
でも今日はなんだかおかしい。
目の前にあるのは見覚えのない天井だった。
天井というよりテントの上部だった。
いきなり知らないところに放り込まれた俺は戸惑いながらも辺りを見回した。
現状確認を済んだ後、分かったのは、ここはテントの中ではなく、バラック小屋の中だ。
不安と焦燥を覚え、俺は次第に固い表情になって、眉を寄せた。
とりあえず身体を起こらせて、部屋の物品を調査する。
筋肉痛は全身に走り、最初は何ことかと思って床へと頽れた。
人さらいにさらわれたはずがない。未成年ならともかく、俺は立派な会社員だ。平社員の一般男性をさらうやつは妖怪たぐいのものだろう。もちろんそんな生物は存在しない。
まさか、俺はまだ夢の中に? けど、痛みも感じられるし、そうでもなさそうだ。
俺は床から起きあがろうとして寝床の布団を掴んだ。枯れ草を敷きつめた仮設の寝床は湿った土の匂いがする。それは故郷の土と同じ匂いだ。
子供の頃、俺はよく田んぼで寝そべる。眩しいお日様が照らしていた田んぼの畦道の草藪の下に寝ると気持ちがいい、爽快な草いきれの匂いが強く、なぜか嗅ぐと眠くなってしまう。
俺は今、知らないところにいた。何が起きたのかよく分からない。考えても仕方ないから、せめて周りから何か有用な情報を手に入れようと行動した。
俺は地面から身を起こした。少し筋肉痛で身体が痛いが、動きがやけに軽いことに気づいた。それだけでなく、全身には異様な感覚が止まらない。視界が異常に低い。
俺は俯いて体をチェックする。
俯いて下を見たら俺は混乱した。
どういうこと?
どういうこと?
大事なことは二回言います。
俺はボロボロの服を着ている。いや、民族服装か? まったく見たことのないボタン付き肌着デザインの子供服だ。こんな服を着用している今の俺は子供っぽいに違いない。他人に見られてはいけない部位はちゃんと遮られているが、いきなりの突風で肌寒い。こんな格好では風邪引いてしまう。
いやいや、確かにその服に俺は呆気に取られたけれど、今それところじゃない。
俺の肌はどう見ても変な色になっている。化け物じみた不健康な色合いだ。不健康だけの問題ならまだしも、種族ごと変わったとしか思わない。
人間離れの緑色の肌、トカゲのような足。
脛の曲がり具合といい、手の付け根の形状といい、ファンタジー小説によく出てくるあの生き物を思い浮かべてしまう。
ゴブリンだ。俺はゴブリンになってしまった。
いや、あり得ない。きっと夢だ。
そういう夢もあったもんね。リアルしすぎて怖いよ。
もうさっさと起きて会社へ行こう。今日も張り切って頑張ろうぞ。
会社に行く。心の中はそう叫んでいたが、身体は拒絶反応をした。
会社は行きたくない。
むしろゴブリンになったので会社へ行けなくなったことに俺はほっとする。
よかった。これで会社へ行かずに済んだ。
心情の表出は、さぞ怠け者だと思われることであろう、それはどうでもいい。
俺の在籍した会社はブラック企業だった。
毎日異常なほどに働かされて、帰宅したのは夜11時過ぎだったことはほとんどだ。ろくに休憩も取れない上に、毎日は苦労しながらも不摂生をしていた。
だから過労死で死んだんだろうか。そして転生した。
ゴブリンに転生するとか、ただの罰ゲームだ。けど、それはそれで良くも悪くもない感じだ。会社員の頃、俺はまさに地獄の淵に働かされているようだった。
そう思いながら、俺の視界の左上にログといった風なものが表示された。
『状態異常:混乱』
なにその異世界っぽいセリフ。
俺は周囲を警戒しながらバラック小屋から出た。日の光が強く、目が反射的に細めた。
思い通り、ここはゴブリンの村だった。
踏み固められた砂利道はゴブリン村の主要道路になり、鍬を背負ったゴブリンと子供連れのゴブリンが俺の前に通り過ぎて行った。
ゴブリンがいっぱいいる。
これを見て、身体の元主の記憶が、水嵩が増すように段々と頭に詰め込んできた。
まさに開いた口が塞がらないことだ。人間のように振る舞っているゴブリンは、ある意味人間以上に争いなく自然な暮らしをしていた。
ゲームの中では好戦的な種族で知能も低い雑魚敵だったはずなのに、実際に接触すると、彼らの暮らしはいかにも人間らしかった。家族もいるし、仕事はじみだけどちゃんとした仕事だ。
田植えのゴブリンがいれば、森に行って木材の調達をするゴブリンもいる。
ゴブリンは雑食性の生き物。我々の住まう村の中には大根やじゃがいもの菜園がある。我が家では猫の額くらいのトマト畑と、居所の前の大きな稲田がある。知能の低い魔物だと馬鹿にされがちなんだが、目前の田園風景を見て、おそらく人間たちも口ごもってしまうだろう。
農業や生産業以外、村には警固のゴブリンもいて、彼らは戦闘の鍛錬を怠らずに剣術と弓術の練習をしていた。
ゴブリンの記憶を覗くと、村には戦闘員の数がかなり多かった。しかし、上位種のホブゴブリンは情けないほど少ない。村を統治するシャーマンの長老はご死去になさって、村は一気に衰えてしまった。
他の種族は村に侵攻をかけてくることも度々あって、毎回は撃退に成功したけれど、村の戦闘員はそのせいで徐々に減らされていく。これからは村の警備問題も支障が出る。でも、何もできないゴブリンたちはレベルアップによる進化と出生率を期待するしかない。
俺は家族の七人兄弟の六番目で、下には三歳の妹がいる。皆は成人後、農業と製造職に営むことにした。俺は魔法が使えるから、村の皆にとって将来有望な戦闘員候補ということだ。
ていうか転生特典はないか。せめて鑑定のスキルは欲しいものだ。
よし、色々と試してみようか。
「ステータスオープン」
心にそう念じ、しばらくしてパソコンウインドウ画面さながらのステータス欄が視界に入った。こういうところもゲーム仕様みたい。実に異世界っぽい。
ええと、どれどれ。とりあえず全ステータスを見よう、それからはスキルを一から試そうかな。
<名前:ケアル>
<種族:ゴブリン>
<レベル:3>
<HP:28/39 MP:257/257 SP:20/100 攻撃力:3 防御力:3>
<スキル:『凍結魔法LV3』『鑑定LV2』『過去通路LV2』『未来視LV3』『世界情報LV1』『魔導力LV2』『火炎耐性LV3』『成長呪い』>
俺は自分のステータスを見て、感想はそれしかなかった。脆弱しすぎる。HPも攻撃力も防御力も全部低い。敵が来たら瞬殺されてしまう。SPはゲームの中では体力、スタミナだろうか、現在では飢餓度のようなものだ。なぜかHPが減っている。怪我でもしているのか。
ステータスを見る限り、あまりレベルアップしていない様子。この世界では、動物や魔物を倒せばレベルは確実に、ほぼ確実に上がるという仕組みだったのだが、いくら何でも子供に殺し合いを頻繁に行わせるわけには行かない。俺は一応4回の戦闘を経験した。そのため、俺のレベルも3になった。
なんだかスキルリストに訳のわからないものが入ったぞ。これ、大丈夫なのか? 『成長呪い』って。
一応スキルを鑑定してみよう。
『凍結魔法』:ターゲットをしばらく凍結させる魔法です。消耗MP:7
『鑑定』:物品や生物について説明を付け加えることができます。消耗MP:0
『過去通路』:ユニークスキル。過去の時間と繋がる通路を作ることができます。通路ではアイテムと現象的なもの以外のもの、例えば生物が通れません。事相を改変すると自分にまで及んでしまう可能性があります。LV2では、過去1年内に遡れます。消耗MP:100
『未来視』:ユニークスキル。未来が見えるようになります。LV3では、三年内の未来を見るのは限界値です。消耗MP:100
『世界情報』:ユニークスキル。直接にとある事件の一部の情報を記憶に送り込むことができます。消耗MP:50
『魔導力』:MPが増加します。LV2ではMPを220増やせます。
『火炎耐性』:火属性ダメージの軽減効果が付与されます。
『成長呪い』:スキル・経験値の獲得及びステータスの上昇ができなくなります。
「なんだこれ!」
いや、『成長呪い』のことだ。
このスキルがあるかぎり、鍛錬の必要がなくなったぞ。
正常に敵を倒して、強くなって、ゴブリンキングどやらになるつもりだった。ヤッホー~異世界転生だ、楽しんでもらうぞ。だって、いきなり異世界だし、憧れちゃうじゃないか。剣と魔法の世界だぞ~と思う途端。なにこの『成長呪い』って。『成長鈍い』じゃなく『成長呪い』だよ、完全に成長が止まってしまうスキルだよ。
ぶち殺す。前世の社長を。俺を死なせたあの野郎を殺してやる。
いや、落ち着いて。俺のせいでもあるんだ。俺はすぐに退社すべきだ。あの時はまだ卒業したばかり、即座に退社して再び就職活動を取れば絶対に新しい仕事が見つかるはず。そうに違いない。けど、俺は臆病もので、未来のことを考えていたら、退社することも怖くなった。
気がつけばあの会社で何年もやっていた。病気とか行事とかの休暇ももらえないあの会社で俺は頑張り続け、そして仕事場で俺は倒れた。
「ちっ、あの新入りは退社したか。だから今の若者は使えないな……」社長の罵りが聞こえた。
俺は営業のプログラムをチェックする。どうだっていい、全ては売り上げのためだ。今回の売り上げが上がれば、相応の給料ももらえる。どうせはもう退社できない。退社しても仕事は見つかるはずがない。
俺は栄養ドリンクを一気にあおる。そういえば今は何時? 朝か? それとも夜? なんかやばい、眠い、覚醒作用の栄養ドリンクを飲んだのに……やはり眠い……でも工事材料のチェックはまだやっていない。今は起きないと……
起きたけど……いや、起きたね。で、起きた早々体をチェックして、自分がゴブリンになったことに気付き、「俺は人間をやめるぞ」と嬉しげに同族の皆さんとおはようする。
なるほど、『成長呪い』か。今ではどうしようもない。呪いにかかった原因はわからない。でもかかったならどうしようもない。呪いを解く方法を探すだけだ。きっと方法はあるはず。
「お~い、ケアル、もう大丈夫か?」
ゴブリンは当然、日本語は喋れないが、俺はゴブリン語を理解している。
ケアルという名のゴブリンの記憶が俺に受け継いだので、言葉も、ゴブリンのことも全部覚えている。
俺の前に現れたのは幼馴染のプー。ゴブリンの寿命は短い、俺とプーちゃんは同じ五歳。五歳のゴブリンでは、人間の十歳くらいか。
「うん、大丈夫よ」
「そうなのか。ケアルは風邪引いちゃって、もう二日も寝込んだよ。頭に手をかけたら、すっごく熱いよ。もう、心配したから」
プーちゃんはまだ心配しているか、俺に近づくとすぐに手を俺の頭の方へ伸ばす。
「そ、それは大変だね。でも見ての通り、ぴんぴんしてるよ」
俺は安心させるように、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
というと、俺の筋肉痛は、風邪を引いたせいだったのか。HPが削られてしまうほどの風邪はかなりの高熱だ。
この世界は病気ですらHPを削ることもあるみたい。『病気耐性』のスキルはないから防ぐことも難しい、病気は恐ろしいものだ。まあ、病気させるスキルは聞いたこともないから、そんなに憂慮する必要もない、か。
プーは俺の様子を見て、一安心の顔になった。
「それはよかった。じゃ、防具作りの仕事を手伝ってよ。暇でしょ?」
プーは鍛冶屋の子である。
ゴブリンは人間ほどの武器制作技術は持っていないが、この世界には魔法というものがあり、ローテクでも想像以上の生産効率だ。
特にゴブリンの上位種族シャーマンは高位の火属性魔法も使える。鉱石があればシャーマンたちはミスリルの武器も作れるそうだ。
そうは言っても、ミスリルの武器はそう簡単に作れるものではない。普通であれば鉄製の斧が関の山だ。もちろん戦闘員の皆に鉄製やミスリルの斧を配りたいのだが、そうは問屋が卸さない。ほぼ半数以上のゴブリン戦闘員は黒曜石の斧を使っている。
ゴブリンは矮小で非力な種族である。人間の村に襲撃をかけるとはとても想像がたい。なぜかフィクション小説に登場するゴブリンは人間の村を襲撃するのかは分からない。作り話だから適当でいいなのかね。
ゴブリンは人間を襲う胆力はない。今の人族は銃や大砲など聞いたこともないものも作れる。魔法のできない人間でも銃を使えば脅威的な存在になる。人を襲っても一方的に打ちのめされるだけだ。勝てるはずがないと知っている俺たちは人間の街と離れた場所で暮らすようになった。
ゴブリンを襲うのはむしろ人間の方だった。この世界では魔物を倒すたびに経験値が手に入るシステムだったので、ゴブリンは狩られる対象となることも普通だった。
ゴブリンは確かにことあるごとに襲撃活動を仕掛けるけれど、襲撃するのはほかの魔物の集落だ。付近の魔物も都合のよい時に襲いかかってくるから、応戦も兼ねて襲撃に出るのも村のためである。平和主義なんぞこの世界には通用しない。
だから武器と防具が必要。
「ごめん、今日は色々調べたいことがあるんだ、明日でいい?」
俺は謝る。
転生したばかりでまだ不安定だ。『過去通路』やら『未来視』やら『世界情報』やらのスキルとか、なんかチートっぽい名称ばかりだし、調べるのは先決だな。
「そう? 分かったよ、じゃ明日でいいよ」
プーは怪訝そうな目で俺を見る。しばらくして微笑みを湛えながら「じゃね」と手を振った。
俺はこっそりと川を超えて入山する。
ゴブリンは単体行動が危険だと言われた。いつも群れに行動するゴブリンは、いざ単体になると戦力にもならない。でもそれは戦場での話だ。ここはまだゴブリンの村の範囲内、あやしい魔物はいない。
「ここで大丈夫だろう」
遠くには行っていないし、万が一危険があればすたこらさっさと森に逃げ込むこともできる。隠蔽性もいい。少し仰向けにすれば村の全貌も俯瞰できる。入山するゴブリンがいればすぐに気付く。
まずは『未来視』を使おう。
未来に良からぬことがあれば、十分に対応できるようにね。
さて、一ヶ月後のゴブリン村はどうなっているのか。
一ヶ月? イベントの発生時間としては短すぎるんじゃね?
まあいいや、発動したからしようがない。
『未来視』は一度発動すれば自分が終了しない限り無限に発動し続けるスキルだ。ならば一生発動し続ければ魔力消耗の問題も解決できるんじゃないか。
しかし、道で歩いたらうんこを踏んでしまっても気付けないそうで俺はやめることにした。
一ヶ月くらい、大それた事件は起こるまいとたかをくくった
でも、起こった、事件が。
なんだそれ?
正直、色々タイミングが悪すぎたと思った。
ゴブリン村は滅んだぞ、どういうこと?
全部焼き払われて灰になった。他の魔物の襲撃か? そうとしか思わない。
俺は家の方向を見る。両親と妹は家の近くで倒れて死んだ。殺された。
裏庭に大事に栽培したトマトの木が乱暴に切り倒された。
村の入り口近くを見やる。そこには、俺の死体があった。俺は誰かと戦って、最後はHPもMPも尽きて殺されたそうだ。
本当にこの一ヶ月間、何があった?
俺は『未来視』スキルを停止する。
目の前に、あの凄まじい血生臭い光景はまるで嘘のようになくなり、かわりに何事もなかったようにゴブリン村の子供は村の空き地で遊んでいる。今のところはそうだが、一ヶ月後みんなは死んでしまう。
ゴブリン村が滅んだら、俺も間違いなく追い詰めてしまう。どのみち、五歳のゴブリンでは村の庇護がないと生きられない。村が守らないと自分も死ぬ。
そんなまさか。
転生して一ヶ月後に死ぬ運命か。冗談にもほどがある。『成長呪い』をどうにかしたいけど、正直今はそういうところじゃない。まずは死の運命から逃れることだ。
何か方法が。
俺はステータスの『世界情報』を見る。とりあえずこれについて何か有用な情報を調べてみよう。
『世界情報』を発動する。