4・お嬢様はテンプレです
佐藤くんとの放課後勉強を始めてから早くも二週間が過ぎた。
期末テストまでの期日は一か月以上あるし、今のペースなら赤点回避は余裕。
それどころか、半分以上の順位を狙う事だって夢じゃない。
それほどまでに佐藤くんの集中力は凄まじかった。
勉強方が問題ではあるけれど……。
「がっはっは! いやー、那智のお陰で最近は授業の話も少しだけわかるような気がしてきたぞ!」
四人で四角に席をくっつけてお弁当を食べている最中、目の前に座っている佐藤くんが豪快に笑う。
ああ、本当にイケメン。
どうやったらこんなにかっこいい生物が爆誕するのでしょうか。
お昼ご飯に特大おにぎりにかぶりつく姿も絵になります。
「ええ、それはよかったです。まだ時間もありますし、しっかり続けていきましょうね。でへへ」
「駄目な笑顔こぼれてるぞー。最近特に揺るんでるよな、お前のほっぺ」
「こ、こほん。何のことでしょうか」
横に座っていた香苗が呆れたようにジト目で私を見る。
香苗こそ最近その目をすることが多い。
私のどこに呆れる要素があるのかわからない、こんなに可愛い美少女なのに。
「イメージ崩れてきてるって。まあ、そっちの方が私は好きだけどさ」
「な、何をまさか。見ててください」
自慢の長い銀髪を手でなびかせ、儚く目を細めて薄っすらとほほ笑む。
それだけでクラスの男子の目線が私に集中した。
「ほれ見たことですか」
「いや、うちのクラスに馬鹿が多いだけだろ……」
失礼な。
この前だって町を歩いていたらナンパされましたし。
まだまだ私の可愛さは衰えていない筈です。
多分!
「はー、那智って相変わらず可愛いな。見とれちまったぜ」
佐藤くんの横に座って弁当を食べている岩上くんが微笑んだ。ウインクも添えて。
佐藤くん以外の男性のウインクは寒気が走る。
見世物じゃありません、しっし。
「ふふ、ありがとうございます。少し虫がいたもので」
「虫? 那智は髪が長いから、確かに虫も止まることあるか」
呼び捨てするな。
ていうか、何故ここでご飯を食べている?
私と香苗、佐藤くんが席を着けようと少し動かしていたら当たり前のように混ざっていたけれど、どんだけ図太いメンタルをしているんでしょうか?
「岩上もこんだけアピって駄目なのによく諦めないよな。一周回って怖えよ」
「諦める? 香苗、俺の辞書にその二文字は無えよ。サッカー部エースだし」
「顔は良いだけに、こいつの台詞が余計腹立つな。ていうか呼び捨てすんな。香苗さんと呼べ。サッカー部エースを免罪符にするな」
「香苗、今日はツッコミなげーな。キレも無い。風邪か?」
「寝不足なんだよ!」
「そこに怒るんですか!?」
香苗は地味に岩上くんと仲が良いように見える。
あ、いや、仲は悪いですね。相性がいいのかもしれない。
「がっはっは! 翔太と香苗は仲が良いな! アベックか?」
「ったく、浩二。お前も恐ろしいこと言うな……、誰がこんな暴力女と」
「こっちから願い下げだわ。こんな性悪男」
「あ、ラブコメでよく聞く流れです。すごい」
「那智? 流石に怒るぞ」
「いふぁい! 香苗、いふぁいれす! ほっぺ延びます!」
頬をつねられた。
これのせいで最近頬が緩みがちな気がします。
「それにしても香苗、お前本当に調子悪そうだな。眼の下に隈が出来てるぞ」
「あ、言われてみれば」
「ん? 別に気にすんなって。誰でも寝不足の日くらいあるだろ」
確かに隈は気になりますが、そこまで深刻な問題ではないように感じます。
ですが、どうも岩上くんは引っかかるようで顎に手を当てて考え込む。
「あ、もしかしてあの噂を気にしてるのか?」
「「噂?」」
「ちょ、馬鹿! お前なあ……」
図星だったようで明らかに香苗が焦り出す。
噂?
いったい何の話でしょう?
首を傾げる私と佐藤くん。香苗は口ごもってしまったので、岩上くんが話してくれた。
「何でも、成績が優秀な生徒のノートが燃やされているって話らしい。俺が知ってる限りだと、那智以外の成績一桁台の奴らは根こそぎやられてる。そんで、唯一逃れてる那智が犯人なんじゃって疑われてるんだ。見た所、那智はまだ被害にあってないっぽいな」
「何い!? 那智が疑われてるだと!? どういうことだ!」
「うお! 落ち着けって!」
「こうなるから言いたくなかったんだよ……」
佐藤くんが何故か岩上くんの胸倉を掴んで詰め寄る。
その腕を香苗が撫でて落ち着かせていた。
何の話だと思えば、かなり今更な話ですね。
香苗はその話を聞いて心配してくれて寝不足だったんでしょう。本当に良い子です。
「はあ、それに関しては大丈夫です。噂が流れていたのも知ってますし」
「そうだったのか? 私はてっきり、知らないかと……」
「そもそも私もノート盗まれていますし」
「ええ!? マジかお前!」
香苗が驚いてあんぐりと口を開けた。
心配させまいと黙っていましたが、逆効果だったみたいですね。
「那智。そういうことあったなら、俺に相談しろよな?」
お前は黙れ。
「大丈夫だったのか!? 嫌がらせに気づけなくてすまん!」
はわわわ!
佐藤くんに心配されてる!
ドキドキで心臓吹き飛びそうです!
「大丈夫ですよ。そもそも私テスト前にノートをあまり見ませんので、影響ないです」
「そういうものか? ったく、私が心配してたのは無駄だったってことかよ」
「いえいえ、素直に嬉しいですよ。ありがとう香苗」
香苗が安心したように胸を撫でおろしている。
私が加害者でないと知ってここまでホッとできるなんて、どこまで良い人なのでしょうか。
安心した香苗と反比例するように、佐藤くんは怪訝な顔をしている。
「うーむ、だが根本的に問題は解決していないのだな。学校にそんな奴がいるなんて信じられんぞ」
佐藤くんの一言に岩上くんが驚いて、声を挙げた。
「浩二、お前そんな考えられるやつだったのか……。悪いもの食った?」
「失敬な。この程度小学生でもわかるぞ」
「それがわかってるから驚いてるんだよ」
「(こくこく)」
無言でうなずく。
放課後勉強の効果が少しずつ出てきましたね。
まさか佐藤くんが小学生並みの思考能力を身に着けるなんて。
イケメンすぎる……。
「ま、浩二の意見には同意だ。ノート燃やすとか普通にやべえだろ。何の恨みがあるんだか」
「あ、その辺は私ちょっと考えありますよ」
話が盛り上がって来た。
やはり学生たるもの校内で起きた事件には色々と考えさせられるものです。
かくいう私も興味のないフリをしていましたが、佐藤くんの勉強でそれどころじゃなかっただけで、普通なら確実に首を突っ込んでいる出来事です。
ノート盗られていますしね。
「おーっほっほっほ! ごめんあそばせー!」
その時、教室に場違いな程の高笑いを挙げながら誰かが入って来た。
クラス中の視線が集まる。
その人物はそれが狙いだったかのように、クスリと笑いそして入り口に立ったまま私たちのグループを見た。
「あら、そこにいるのは秋月那智さんですわね! まさかこのクラスにいらしたとは知りませんでしたわ!」
知らないというところを嫌に強調している。
そしてこの生徒には見覚えがあります。
金髪、縦ロールにですわ口調。
これだけでも目立つのに、私ほどじゃないですが容姿も端麗。
私と対照的な金髪なので二人合わせて二大巨頭とか意味不明な呼び名もあります。
「なあ、岩上。あれは確か転校生だっけか?」
「ああ、二年になって転校してきてあんま学校には来てないって話だ。名前は確か――」
入り口に立っていた人物がこちらに歩いて来て私たちの前で控えめな胸を張って高笑いする。
「神宮寺財閥が一人娘、神宮寺京子ですわ! 黒江!」
神宮寺さんの声に合わせてどこからともなく現れた黒髪の男性が横から紙吹雪を飛ばす。
「おーっほっほっほ! しばらく来ていませんでしたが今日からよろしくですわー!」
「お嬢様はあなた方が学校の人気者と聞いたので、挨拶に来たのです。よろしくお願いします」
黒江さんが礼儀正しく腰を曲げる。
背も高くすらっとした立ち姿は育ちの良さが伺える。
眼鏡をくいっと上げる仕草に早速女子から歓声が上がっていますし。
「は、はあ。よろしくお願いしますね」
取り敢えずヤバそうな人たちなので、無難に挨拶しておきましょう。
変に絡むと後が面倒くさそうです。
三人もそう思ったのか、香苗と岩上くんは何も言わず若干引き気味に見ている。
ん? 佐藤くんは?
あ、待って。この神宮寺さんって……。
一度全身を観察して確信する。お嬢様で、金髪で、縦ロール。それこそアニメに出てきそうな、テンプレ欲張りセットって感じです。
これは……やばいですね。
「神宮寺といったな!」
「あら、あなたは佐藤浩二でしたわね! お話は常々。頭は悪いですが、かなりの人格者とお聞きしていますわ」
「お嬢様、失礼です」
初対面でずかずかと自分のペースで話す二人にお構いなしに、佐藤くんは目を見開いて神宮寺さんを見た。
真剣な表情のまま。
「な、なんですの? 何もしていないのに文句ですの!?」
「お嬢様、先に謝りましょう」
「言いたいことがある!」
「は、はあ? まあ聞いてあげますわ」
「佐藤くん……ごっくりんこ」
唾を飲んだ。
私にとってそれほどまでに緊張の瞬間だ。
せっかく佐藤くんと放課後勉強でいい感じだと思っていたのに、まさかこんな、こんな事があり得ていいのでしょうか……。
「神宮寺。お嬢様で金髪縦ロールとは、最高だな」
「うわああん! やっぱりいいい!」
思った通り、佐藤くんはこの高飛車お嬢様を気に入ってしまいました。