2・メスガキリスペクト系女子高生
家のリビングで一人、頭を抱える。
帰ってきてすぐに鞄をソファに投げ捨て、食卓の椅子に座りそのまま机に突っ伏した。
夕方になり傾いた黄土色の日差しが窓から入ってきて私の顔に当たる。
窓から覗く庭で、洗濯物が風に揺れていた。
取り込んで畳む気力もない。
佐藤くんにはああ言ったが、今思えば軽率だった。
――私がメスガキになります!
うん。本当に意味の分からないことを言ったものだ。
「その場の勢いで言ってしまったものの、実際のところどうしたらいいんでしょう……」
私がメスガキになるということは、佐藤くんの聞いていた音声のようなセリフを自分で発言するということ。
恥ずかしくて今からでも悶え死にそうだ。
「メスガキの演技ですか……、案が無いわけではないですけど、嫌だなー」
その手の情報に詳しい人が身近にいる。
佐藤くんが真面目に勉強に取り組むためにも、恥を忍んで相談するしかない。
本当に嫌だけど。
「ただいまー」
玄関から聞こえた声に反応して姿勢を正す。
「……帰ってきましたか」
今回の件で頼らなければならない屈辱を今更ながらに後悔しながら、リビングに入って来るのを待った。
数秒後に扉が開かれ、顔だけは良い私のお父さんがリビングに入って来る。
「あれ、那智帰ってたんだ?」
ちらりと庭に視線を移しながら尋ねる。
普段は帰ったら家事をしているから、洗濯が干したままの状況に帰ってないと予想していたのだろう。
「さっき帰ってきたよ。えっと、今日はお父さんに相談があります!」
「え、何々? 那智が僕を頼るなんて珍しいね」
屈託のない笑みを浮かべ、人懐っこそうに近づいてくる。
私の向かい側の椅子に座って、頼られるのが心底嬉しそうに再度微笑んだ。
「頼りたくないですけど、お父さんの知識が必要なんですよ」
「え、それってどういう?」
うぐぐ。実の親に言うのも恥ずかしい。
でも佐藤くんのためだ。
私の恥で佐藤くんが助かるのなら、喜んで行動しよう。
「め、め、メスガキについて、教えてほしいの!」
「え?」
私の発言に当然のように目を丸くする。
実の娘から言われたらどんな親も似たような反応をしますよね……。
それでもここまで言った以上後は勢いで誤魔化すだけなので、やけくそ気味に口を動かした。
「あ、あれです! 香苗が何か言ってて、気になったというか……。お父さんそういうの詳しそうだし、何か知ってれば聞きたいなって」
「なるほど。まあ普通に生活してたらまず聞かないしね。うーん、僕の知ってる範囲なら教えるよ」
「うわー流石! お父さん大好き!」
「はは、よせやい。それじゃ、エロ漫画家の僕がメスガキについて教えちゃいまーす」
「楽しみー、ぱちぱち」
よし、上手く乗せれました。
上機嫌でメスガキについて説明をしてくれそうです。
私のお父さんは、整った鼻立ちに少し細い目といつもニコニコしている表情も相まって爽やか草食系イケメンといった印象でご近所さんからの評判は最高。
高身長のイケメンで近所付き合いがよい、父子家庭の苦労人。
その条件がそろっているのでよくいろんな人から言い寄られている。
しかし、その正体は売れっ子エロ漫画家の『しゅこしゅこヌポ太郎』先生。
この虫も殺さなそうな優男面で、ハードもソフトも様々なジャンルに対応したエロ漫画を描き続けるのです。サイコパスファザーだと何度疑ったことか。
ちなみにお父さんがエロ漫画家だという事は佐藤くんすら知らない秋月家のトップシークレットだ。
知っているのは家に遊びに来る香苗くらいでしょう。
「メスガキっていうのは少し前から爆発的に流行り始めたジャンルでね、小さな女の子に罵倒されることで快感を得るんだ」
「うわ……」
早速とんでもない思想を聞かされる。
恐ろしい。
「これでもかなり需要あるんだよ。僕だって何回お世話になったか……」
「え、実の父親の下の話ですか? 普通にキモイんですけど」
「まあ、落ち着いて那智。その目はお父さんに向けちゃいけないよ」
その後、お父さんは鞄からタブレットを取り出し画面を操作して見せてくる。
そこには小さな女の子が生意気そうな顔をして『ざーこ♡』と吹き出しに書かれていた。
「知り合いが書いたメスガキ本だよ。話を聞くより実物を見る方が早いと思ってさ。未成年だからエッチな部分は抵抗あるだろうけど」
「お父さんのせいで昔から見慣れてますよ。何を今更」
「あ、今のエロい」
「黙って」
画面を横にスクロールして電子書籍を読んでいく。
漫画の内容は教育実習生として学校に行った大学生の男性が、女子生徒に煽られ馬鹿にされ最終的に弱みを握られて犯されるものでした。
「うーん、雑魚雑魚うるさいですね。何か殴りたくなりますよ」
「それがいいんだ。殴りたいくらい生意気なのに、抵抗できずされるがまま。最高じゃないか」
「きっも」
「ナイス。メスガキっぽいよ」
お父さんは無視して漫画を読み進め、全て読破する。
「……うーん、結局わかったのは殴りたいくらい生意気な女の子が自分よりも大きな男性を手駒に取ることくらいですかね。このシチュエーションの何が良いのか理解不能です」
「流石僕の娘だ。それだけわかればメスガキをほぼ理解できたといっていいよ。後はメスガキわからせとかの派生系を履修すれば完璧だ」
「わからせですか……。確かにこの生意気な女の子に現実教えるのは爽快そうです」
「那智って、竿役の素質ありそう」
「娘に言うセリフじゃないですよ」
タブレットをお父さんに返して顎に手を当て考え込む。
佐藤くんはメスガキをわからすよりも、メスガキに分からされる方が好きな気がします。
となると私が演じるのは強いメスガキ。
わからせ不可能な最強メスガキこそ、佐藤くんの好きなメスガキでしょう。
「お父さん、私がメスガキになったらどうする?」
「待って! どういう経緯でそうなった!? 僕の性教育は間違ってない筈なのに……」
「性教育だけは間違ってます。私の部屋のエロ同人誌早く撤去してくださいよ」
動揺するお父さんを他所に、大きくため息を吐く。
人を舐めたような態度ですか。
メスガキがどのような性格なのか理解できても、その具体的な思考は意味不明だ。
何か身近にサンプルがあればいいのですが。
……あ。
そうだ。身近にいた。
メスガキの思考に近そうな相手。
「こうなったら、メスガキの思考回路を尋ねるしかありませんね。いやはや、本当に難解な作業です」
「お父さんは那智の思考が難解だな。エロ漫画見すぎて頭おかしくなっちゃったか……」
「見すぎてませんよ。お父さんの仕事の手伝いで偶に目に入るくらいですもん。とにかく、私はメスガキリスペクト系女子高生にならないといけないので、親として見守っていてください」
「くうう! 自立しようとする娘の成長が嬉しい! でもその方向性は間違ってる! お父さん反省するから、純粋で可愛い那智でいてよー!」
お父さんの言葉を完全に無視しながら次なる行動を起こすために、協力者に早速連絡を送る。
直ぐに返信が来た。
よし、明日の朝に家の前に来てくれるそうだ。
放課後までにメスガキ演技を完成させるために頑張りましょう。