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  雑魚雑魚マッチョ⑤


 佐藤くんの部屋で勉強をする夢のような時間。

 早くもニ十分が過ぎる。


 私は今日の学校から出された課題を終えました。

 思ったよりも簡単な問題が多かったので、いつもより早く終わった。

 ふうー、これなら佐藤くんを観察できる時間が多くありますね。

 ちらりと横目で見ると佐藤くんは一心不乱に課題に取り組んでいます。


「いやー、難しいな。うん、難しいぞー」


 たまに独り言を呟くくらいで、このニ十分部屋の中にはペンの音だけが響いていた。

 それ程までに集中して取り組めているという事だ。

 今どのくらい進んでいるんでしょう?

 気になって横から覗きこむ。


「って、真っ白! 何も進んでないですよ!?」


 佐藤くんのプリントは一問も進んでいなかった。

 あれだけ真面目にしていたのに何故…。


「……すまん。いざ勉強を始めると、集中できなくてな」


「ええ? 眠らずに座ってたじゃないですか」


「前腕筋に見とれてしまっていた。今日は特に調子が良さそうでな」


 ふんっと力を込めて佐藤くんが前腕の筋肉を引き締める。

 はあ、はあ、あの腕で思いっきり抱いてほしい。

 っと、危ない。また妄想に浸る所でした。


「確かに佐藤くんの筋肉は凄いですけど、もしかして今までの授業も聞いてなかったんですか」


「……ああ、聞かねばならないとは思うんだが、どうにも集中力が保てなくて。結局いつも筋肉の事を考えてしまっている」


「だからかー」


 佐藤くんが壊滅的に勉強を出来ない理由が分かった。

 シンプルに聞いていないからだ。


「そうとわかれば、事は単純です。佐藤くんがしっかりと授業を聞いて、毎日の課題をこなせば成績は上がるでしょう」


「お、おお。まあ、そうなんだが。それが難しいんだよな」


「とにかく、私が横で見ていますからまた一から解き始めてください。分からない問題はその都度聞いてくださいね」


「任せろ! 那智が見てくれていると頼もしいぞ!」


 佐藤くんが意気込み新たに問題に取り掛かる。

 十秒ほどプリントを唸るように見る。

 すると視線がずるずるとずれていき、自分の上腕二頭筋に移動した。

 見ると筋肉がぴくぴく動いている。


「佐藤くん、集中」


「おお! すまん! うおおおおおお!」


 もう一度勉強に集中してもらう。

 五秒後には視線が意味のないところを向き、何も考えていない顔をしていた。


「佐藤くん!」


「っぶはあ! す、すまん。やはり集中力が持続できないな……」


 佐藤くんが辛そうに頭を抱えた。

 本人にやる気が無いわけではない。

 佐藤くんは昔から興味のない出来事を直ぐに忘れてしまう人なので、その影響が勉強に出ているだけだ。


「うーん。佐藤くんは自分の興味のある事には人並み以上に集中するので、それが活かせればいいんですけど」


 佐藤くんの体を嘗め回すように見る。

 抱かれたい。


「筋肉は勉強には使えませんもんね」


「腕立てしながら暗記するとか?」


「それだと意識が腕立てに行くじゃないですか。うーん、どうしましょう……」


 佐藤くんの趣味は筋トレ以外に心当たりがない。

 憑りつかれたように昔から筋トレをしている。


「そういえば佐藤くんって筋トレ以外に趣味あるんですか? 部屋にも筋トレ器具以外ほとんど物がありませんけど」


 以前に何度か部屋を漁った事はあるけれど、本当に何もなかった。

 答えはわかっているけれど一応聞く。


「あー、えっと、そうだな……」


 その反応は少し意外だ。

 え、何か興味あることあったんですか?

 筋肉が恋人じゃないの?

 ああ、そうか。流石に狂ったように続けている筋トレだけでは飽きが来てしまう。

 佐藤くんも人間ですもんね。一つの趣味が続くわけないでしょう。

 息抜きに別のことに興味を持ってもらった方が健全です。

 変に真面目な佐藤くんだから、それをきっと負い目のように感じているはず。

 ここは優しく接して気まずさを紛らわせないと。


「佐藤くん、大丈夫です。人間だれしも興味が移り変わるもの。そこまで気負う必要はありませんよ。恋愛だけ一途なら大丈夫です」


「そ、そうか……。大丈夫か。ありがとう那智」


「ええ、私は何があっても佐藤くんの味方ですよ。それで、筋トレ以外の興味って何ですか?」


 気になるので尋ねると佐藤くんは心底安堵したように笑みを浮かべた。


「よかった。やっぱり、那智とは幼馴染だから色々話しやすくていいな。がっはっは」


「ふえ! あ、あ、恐縮でしゅ」


 噛んじゃった。

 佐藤くんが不意にきゅんと来る台詞を言うのが悪い。


「実は、隠していたんだが俺にも筋トレ以外の趣味はあるんだ。……隠し続けていてもう疲れたしな。もしかしたら印象変わると思うが、聞いてくれるか」


「ふふ、佐藤くんの印象が今更変わるなんて、ありえませんよ」


 ずっと前に心に決めた相手だ。

 何があっても嫌いになんてなれません。


「っふ、そうか。負けたよ、那智は相変わらずだな」


 吹っ切れたように微笑んだ佐藤くん。


「佐藤くんこそ、ずっと変わらないじゃないですか。えへへ」


「そうか? まあ、那智とは昔から仲が良いから、そうなのかもしれんな。お互い変わらん同士か、がっはっは!」


 豪快に笑った。

 そのまま大きな手に持った、スマホ画面を見せてくる。

 そして保存していた音声ファイルをタップして再生した。


『おっはよ~♡ おじさんまだ寝てるんだ、もう昼なのに♡ あ、そっかぁ♡ 休みの日もやることないから寝るしかないんだ♡ ざっこ♡』


「……へ?」


『はあー、酷いこと言うな? ふふ、きっも♡ おじさんがきもいのが悪いのに、私が悪者みたいじゃーん♡ あ、また落ち込んでる♡ よっわ~い♡』


 意味不明な謎の煽り音声が流れる。

 佐藤くんは何故か頬を赤く染めていた。


「ふ、やはり最高だな」


「変わりすぎでは!?」


 え、もしかして照れてます!?

 この音声に!?


「え、これってもはや変わる変わらないとかそういう次元の話じゃない気がしますが!?」


「二次元だしな」


「だまらしゃい」


 嘘だ。

 こんな謎の罵倒音声を聞いて、嬉しそうにするなんて佐藤くんじゃない。

 ムキムキマッチョの佐藤くんは誰よりも男らしいはずだ。

 一縷の望みに縋り、わなわな手を震わせながら声を掛ける。


「佐藤くん、これは何――」


『しょうがないからおねだりすれば、一つ聞いてあげる♡ 捨てちゃえ、人権捨てちゃえ♡ 小さい女の子の膝の上で耳かきしちゃう変態だって認めろ♡』


「……佐藤くん」


「認めー」


「ごっくりんこ」


「ます!」


「佐藤くん!?」


 何という事でしょう。

 佐藤くんの趣味がこんな音声作品だったなんて。

 認めたくはありませんが目の前で恍惚そうに、音声を聞いている様子を見ると否定する方が難しい。


『しょうがないな~♡ 雑魚おじさんのために、耳かきしてあげちゃいまちゅね~♡』


「ええい、うるさいです!」


「ああ! 何をする!」


 佐藤くんのスマホを取り上げて電源を切る。

 これであの耳障りな音声を聞かないで済みます。


「何をするって、こっちの台詞ですよ! どうしちゃったんですか、あんな生意気そうな声聞いて気持ちよさそうにするなんて、佐藤くんらしくない!」


 筋肉ムキムキで誰に対しても明るく平等に接する。

 それが佐藤くんの筈です。

 私の訴えに佐藤くんは虚構を見つめ、ぼそりと呟いた。


「すまん。俺はメスガキしか愛せないマッチョなんだ」


「佐藤くーん!」


 終わりです……。

 アニメが好きとかなら全然いいと思いますけど、佐藤くんがメスガキとかいう謎文化に傾倒するマッチョなんて……。


「そんな、佐藤くんは豪快で大らかな性格のマッチョじゃないんですか……」


「これが本当の俺だ。俺は那智の思うような人間じゃない、雑魚雑魚マッチョなんだ」


「雑魚雑魚マッチョ……」


 嘘だ。

 認めたくない。

 佐藤くんが雑魚だったなんて。


「はは、幻滅しただろ。どれだけ筋肉をつけて外を飾っても、俺は雑魚のままだ。これが、本当の俺なんだよ」


 自嘲気味にそう吐き捨てる。

 ……違う。

 佐藤くんは、雑魚なんかじゃない。


「佐藤くんは雑魚じゃありません……」


「ありがとう、そう言ってもらえるだけでも俺は嬉しいぞ」


「もう! そんな顔しないでください!」


 確かに今回のカミングアウトはびっくりした。

 ドン引きしたかしてないかだったら……、正直めっちゃ引いた。

 でも、私がどれだけ佐藤くんの事を調べても分からなかったということは、それだけ本人も気にしていることだったのだろう。

 それを私に打ち明けてくれたこと。

 信頼を寄せてくれているということ。

 今はそれが、何よりもうれしいのだ。


「私が佐藤くんを雑魚から救います! 今度のテストで高い点を取って、筋肉の中に知性もあることを周りに証明しましょうよ!」


「そ、そうはいってもだ……。俺はこの音声を聞いている時と、筋トレをしている時にしか集中できん。勉強用のメスガキ音声なんて、この世に存在しないんだぞ……」


 彼が悩んでいるのなら何でもしてあげたい。

 それは私が佐藤くんの事を心から愛しているから。

 理由はそれだけでいいじゃないか。

 世間が否定しようと、私だけは佐藤くんの味方だ。

 昔、佐藤くんがそうしてくれたように、今度は私が助ける番だ。


「それなら、私がなります」


「な、何を言ってるんだ……。まさか、那智!」


 私は大きく胸を張って不安を消し飛ばすように、声高らかに宣言する。


「私がメスガキになります!」


「なんだと!?」


 こうして私、秋月那智のメスガキ化計画が始動した。


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