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  雑魚雑魚マッチョ④


「いやー、本当にすまんな。わざわざ家まで来てくれるとはありがたいぞ」


「そ、そうですかね。まあ隣が! 私の家ですし! 帰るついでに寄るみたいな感じですよ!」


 結局一日中、妙にそわそわしたまま過ごした。

 気づいたら放課後になっていたといっても過言ではない。

 そのくらい佐藤くんとの放課後お勉強会は私の心を揺さぶっていた。


 それもこれも今朝、香苗に佐藤くんのことを私が好きなのではないかと何故か指摘されてしまったのが原因だ。

 改めて言われると佐藤くんへの気持ちは世間一般の恋愛感情に非常に近いものだと思う。

 少なくとも嫌いではない。

 生れてこの方、明確に恋愛感情を意識したことが無かったから、気持ちに蓋をして見て見ぬふりをしてきた。

 香苗の一言でやっぱりそうであったと、気持ちの正体を自覚させられた。


「お礼にはならないが、そこの自販機で何か奢るぞ。何がいい?」


 現に今、心臓の音が喉から出そうなくらい動機が激しい。

 佐藤くんと一緒に下校するという幸せK点越えのイベントが発生しているからだ。

 下校中にある自販機の前で佐藤くんが財布から千円札を取りだし、そのまま挿入する。


「えーっと、何でもいいですけど。佐藤くんは何を飲みますか?」


「俺はお茶だ」


「じゃあそれで」


「わかった。あ、いや、苺ミルクにするか」


「私もそれで!」


「お、おう」


 偶然佐藤くんと同じ飲み物を頼んでしまうのも価値観が似ているからだ。

 相性ばっちり。

 二人で苺ミルクを飲みながら下校する。

 こうしているとまるでカップルみたい。


 尚更佐藤くんと一緒に卒業する欲が強くなる。

 というか、成績が悪くて留年とかどれくらいの赤点なのだろう。

 本来最初に確認するべきことなのに、浮かれすぎて聞くのを忘れていた。

 でもまあ、酷いといっても真面目に授業を聞いている佐藤くんですし、多少低くても目を瞑りましょう。

 佐藤くんには悪いですがそれよりも、一緒に過ごすことのできる喜びの方が遥かに勝ります。


「あ、そういえば、肝心の佐藤くんの成績を聞いていませんでしたね。歩きながらでいいので、教えてくださいよ」


 尋ねると佐藤くんは、途端に真面目な顔になる。

 かっこいい。


「那智、俺は思うんだ。確かに将来の進路のためにも勉強は大切だが、人間としてそれ以上に大切な何かがあるとな。俺はそれを探したい」


「……かっこいいですけど、取り敢えず教えてください。中間テストの結果でいいですよ」


 佐藤くんはバツが悪そうに頬をポリポリかきながら、大きくため息を吐いた。

 ここまでわかりやすく落ち込むのも珍しい。


「……十二点だ」


「あれ? 案外悪くないですね。確かに低いですが、まあ許容範囲です」


 平均から赤点のラインを決めていると聞いたがある。

 今回の中間テストは難かしかったので、そのくらいの点数でも赤点になってしまったのだろう。

 先生が注意してきたのも学習を促すための脅しのような意味合いが強く、大袈裟に言っただけかも。


「それで、どの教科がその点数だったんですか?」


「その聞き方、やはり勘違いしているな」


「勘違い?」


「五教科だ」


「ふえ?」


 今何か恐ろしいことが聞こえた。

 佐藤くんが優しく微笑みながら頷く。


「五教科合計、十二点だ」


「……」


 え?


「ごう、けい?」


 国、数、理、社、英。

 すべて含めたのが五教科だ。そんなこと知っている。

 知って……います。


「がっはっは! まあ何だ、勉強は前から苦手だったからな。どうにも頭に入ってこないから困ったもんだ」


 佐藤くんが豪快に笑う。

 うん。

 かっこいいですよ。

 でも……。


「早く家に行きましょうか」


「む? お、おう。どうした那智、少し怖い顔してるぞ」


「うふふ。何でもないですよ」


「たまに怖いことあるが、また何か癪に触ることを言ってしまったか?」


 好きだとか云々の前に、今の成績は流石にまずい。

 何より本人に危機感が思ったより無さそうな言動は特に駄目だ。

 私も、心を鬼にして教えないといけないかもしれない。

 これまでどこか浮足立っていた事を反省し、兜の緒を締める。

 私は佐藤くんの手を引いて足早に佐藤くんの自宅に向かった。





「おわわわ。どうした那智、凄い力だぞ」


「いいからまずは座ってください」


 佐藤くんが自室の椅子に座ってから、部屋を見回す。

 ダンベル、バーベル、アンクルウェイト等の筋トレ器具が大量にあり、あとは小学生の頃から使っている勉強机とベッドしかない。

 佐藤くんがいない時に勝手に入っているのである程度何があるのかは把握していたつもりだ。

 だけどテストの答案は見たことが無い。

 どこかに隠しているのは明白だった。


「それで、テストの答案用紙はどこに隠しているんですか? 見せてください」


「うぐ。まあ、そうだよな。見せるしかないか、よいしょっと」


 佐藤くんは勉強机の引き出しを開いた。

 そこは何度か確認したことがある。

 でも中には何も入っていないはず。


 佐藤くんはペンの芯を取り出し、引き出しの底面にそれを入れ込んだ。

 すると何も無いように見えていた引き出しの底が浮き上がり、下にはテストの答案が入っているファイルが置かれていた。

 二重底というやつだ。

 デスノートで見たことある。


「隠し方! 後ろめたいなら勉強しましょうよ!」


「うちの母さんは、成績に厳しくは無いが流石に見られたら怒るからな……。そしてあの人は、キレると何をするかわからん。だから隠していたんだ、俺の命のために」


「その労力を学業に回しましょうよー。まあ、怒ると怖いのは否定しませんけど」


 佐藤くんからファイルを受け取り、そのままぺらぺらとめくって確認する。

 一応色々と答えを書いてはいるから、テストを捨てたわけではないのだろうけど、全力で取り組んでこの点数なのは逆に問題だ。


「本っ当に酷いですね。これは……」


 絶句して言葉を失う。


「俺なりには勉強しているつもりだけどなあ」


 だから質が悪いと言いたいけれど、流石に気の毒なのでぐっと飲み込んだ。

 中学の頃はもう少し出来ていたような……。

 いくら佐藤くんがイケメンでも、基本的な一般教養が無いのは非常にまずい。


「とにかく、ここまで出来ないのはまずいです。今日から早速始めましょうか」


 少しでも多く勉強時間を確保する必要がある。

 私は手早く佐藤くんの机に今日の課題プリントを置いた。


「ひとまずは学校の課題をしっかり解けることを目指しましょう」


 佐藤くんが拍子抜けしたように、きょとんとする。


「思ったより普通、というかそれだといつもと変わらないぞ。宿題はちゃんと提出しているしな。お願いしといて図々しいが、もっと本格的に教えてほしいぞ」


「それでもいいんですけど、最初は佐藤くんが何が苦手なのかをしりたいので。それに、学校のテストは普段の授業や宿題の範囲からしか出ません。宿題をただ解くのと、覚えるように解くでは力の着き方も全然変わってきますよ」


 実際うちの学校の数学や英語は授業の予習復習の意味合いが強い課題が出るので、真面目にこなせばテストで赤点なんてとる方が難しい。

 そうなると、佐藤くんの普段の勉強姿勢に問題があると考えるのが妥当だろう。

 今日はそれらの改善点を少しでも見つけるように努めて、本格的に教え始めるのは次回からだ。


「そ、そうなのか? まあ那智が言う事なら間違いないか。わかった、今からやるから見ていてくれ!」


「はい。私も後ろで解いてみますね」


 佐藤くんのベッドに座ってバインダーを下敷きにしながら、私も今日の課題に取り掛かる。

 数学・英語・国語のプリントが出ている。

 問題数的に多くないので、私なら全部で三十分。

 佐藤くんでも一時間といったところか。


「む。それなら那智が机を使ってくれ。俺は床でも構わん」


「佐藤くんの普段の勉強姿勢を見たいので、今日はお断りします。私はいないものだと思って、取り組んでみてください」


「そうか。もししんどくなったらいつでも言うんだぞ」


 佐藤くんがそう言って、課題と睨めっこを始める。

 私を心配してくれるなんてイケメンすぎる。

 かっこいい。

 このままベッドで抱かれたい。おっとよだれが。


 さて、私もさっさと課題を解いて佐藤くんの観察をしましょう。

 妄想をぐっと堪え、ベッドに腰かけたまま課題に取り掛かる。

 えーっと、まずは数学からしてと――。


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