9・メスガキ×執事
「あー、あー、あー……」
「那智、どうしたんだよ。さっきから壊れたラジオみたいだぞ」
昼休み、香苗の前でお弁当に手を付けず項垂れる。
他の生徒からの視線がありますが、それを気にしている余裕もありません。
だって、だって。
「ごっふぁあ!」
「うわあ、吐血した!」
考えただけで死にかけてしまいました。
香苗が驚いて本気で心配してくれる。優しい。
うう、口が鉄臭い。
「おえ、実は佐藤くんと神宮寺さんが放課後にセックスするって……」
「なるほど、放課後にデートするって事だな」
何でわかるんですか。
でも、私にとってはデートもセックスも一緒です。
神宮寺さんはそのくらい破廉恥な事をしようとしています。
「デートもセックスも一緒ですよ! どうせいい雰囲気になったらホテルに連れて行って、キスして押し倒すんです! エロ漫画みたいに!」
「おっさんかお前は。高校生のデートはもっとピュアだわ。しかも佐藤だろ、そんな事なるわけない」
確かに、佐藤くんが現実の女の子に手を出してゲヘゲヘするなんて考えられません。
もしリアルに欲情するのなら、私は今頃襲われています。
こんな魅力的な女の子を侍らせておいて、他の女の子を襲うなんてあり得ません。
でも。
「でも、神宮寺さんは縦ロールのお嬢様ですよ。佐藤くん、絶対好きそうですもん」
問題はそこなのだ。
佐藤くんは生粋のオタク。
筋肉と二次元を愛しているオタクマッチョです。
そんな佐藤くんが神宮寺さんとデートなんて……。
「やば、また吐きそう」
「落ち着けって。そんなに気になるなら尾行でもすればいいだろ」
「うう、そうしたいのはやまやまですが、放課後はフェイトと約束があって。先に約束していたので、流石に悪いですよ」
本音を言えば佐藤くんと神宮寺さんを尾行したいです。
怪しい動きを見せたら神宮寺さんを始末する必要があります。
でも、約束を反故にするのは抵抗が……。
「ったく、そんなんで暴走するなよな。ちょっと待ってろ」
香苗がスマホを操作して誰かに電話を掛ける。
直ぐに相手は出たようで、香苗が一瞬私を見てから話し始めた。
「お、フェイト。いやな、那智が放課後に佐藤の追っかけしたいって言い始めて。面白そうだし一緒にやろうぜ」
相手はフェイトのようです。
いつの間に電話番号を交換したのでしょうか。
流石香苗、手が早いです。
「おお、大丈夫大丈夫。私も付き添うしな。はは、わかった、じゃあ那智にも伝えておくな」
電話が終わった香苗は意地悪そうに目を細めて、薄く笑みを浮かべていた。
これ絶対に面白がっていますね。
「それで、どうだったんですか?」
「フェイトも来るってさ。これなら問題ないだろ」
「まあ、正直ありがたいですけど……」
「お前がから回るのには慣れてるしな。少しは落ち着けって」
「もう、ふふ」
香苗が私のために行動してくれたのはわかっているので、素直に感謝しています。
おかげで私も落ち着くことが出来ました。
教室でのイメージは清楚で可憐な銀髪美少女なので、いつも通り優雅に行きましょう。
「お、那智に香苗。ここにいたのか」
岩上くんが廊下から教室に入り、私たちに近づいてくる。
「さっきまでサッカーしててな。いやー、疲れた疲れた」
正直、岩上くんが何をしてようが一切興味ありませんが愛想笑いを浮かべる。
香苗は正直者なので面倒くさそうに見ていた。
「あ、そういえば佐藤と例のお嬢様が中庭で飯食ってたぞ」
「ごっふぁあ!」
「那智! 馬鹿野郎! やっと落ち着けたのに! 誰か担架持って来い!」
「何でだ!? 流石に血の量やべえだろ! 俺何やらかしたんだよ!」
あ、意識が遠くなる。
佐藤くん、もしかして本当に神宮寺さんのことが……。
思考を拒絶するように、意識が朦朧としてきた。
おかげでそれ以上考える前に、私の世界はプツリと途切れた。
――――――――――
放課後。
私は香苗とフェイトの二人と一緒に、デパートに来ていた。
佐藤くんを監視して、神宮寺さんを始末する為です。
「こっそり、そろり。佐藤くんと神宮寺さんは、あそこですね。見失わないようにしましょう」
神宮寺さんと一緒に歩いている佐藤くんを見るだけで、胸が張り裂けそうです。
二人は今、小物が多く並んでいる雑貨屋に入りました。
「うわわ、本当にデートしてる……。佐藤先輩って彼女いたんですね……」
「やめろフェイト、まだ決まった訳じゃないからな。那智、殺気出てるぞー」
動揺する私たちの頭を香苗はポンと叩いた。
「うう、だって香苗。佐藤くんが楽しそうに笑ってますよ」
「あいつはいつも笑ってるだろ。こんな所でぶっ倒れたら困るから、ちょっとは落ち着け」
「う、その節はすみませんでした」
学校で私は気絶してしまったようです。
佐藤くんと神宮寺さんがイチャイチャしている話を聞いて、精神が崩壊する前に防衛本能が働いたのでしょう。
私がおかしくなる前に気絶してよかったです。
「平日のデパートって久しぶりに来たなー。結構人多いんですね」
「フェイトもありがとうございます。私の我儘に付き合ってもらって」
「いえいえ、お礼をしたいと思っていたので、私結構お金あるので何か買わせてください」
「ふふ、後輩に貢がせるほど終わってませんよ。香苗、その顔やめなさい」
フェイトもあまりそういうことは言わない方がいいです。
香苗にゴミを見るような目を向けられるんですから。
私たちが話している内に佐藤くんと神宮寺さんが雑貨屋から出てきた。
楽しそうに何やらお話をしています。
「お、出て来たな。バレないように今の距離感保って追っかけようぜ」
「はい! 何だかこういうのワクワクしますね」
「あの女、簡単には殺しませんよ……」
こうして私たち三人は佐藤くんたちの尾行を開始した。
「あ、今度は服か。佐藤もああいうところ入るんだな」
「いえ、佐藤くんは私服でタンクトップ以外着ないので、あんなお洒落なお店には入りません」
佐藤くんたちが入ったのは流行りの最先端であるブランド物の服が売っているお店です。
レディースもメンズも幅広く揃っていますが、高校生が買うには少し値が張るでしょう。
プロテインのせいで、万年金欠な佐藤くんにそんなお金があるはずないです。
「少し近づいて話を聞いてきます」
「あ、ちょ、気づかれるぞ?」
「洋服に隠れながら近づくので大丈夫です」
いてもたってもいられず、佐藤くんたちに近づく。
幸い私は背が低めなので、展示されているマネキンや洋服の陰に隠れながら簡単に近づくことが出来ました。
ああ、佐藤くんあんなに楽しそうに……。
神宮寺さんは絶対に許しません。
「こそこそ、ここまでくれば聞こえますか」
佐藤くんたちに三メートルほどの距離まで近づく。
佐藤くんは声が大きいので十分聞こえますね。
えっと、なになに。
「がっはっは! 服ってタンクトップ以外にこんなに種類があったんだな! 奥が深い!」
「何を馬鹿言ってるんですの。ほら、ここなら色々見て回れますわ。佐藤様も少しはおしゃれに気を配るべきですし、吟味しますわよ」
確かに、佐藤くんがタンクトップか制服以外を着ている姿を想像したら生唾ごっくんものです。
でも、佐藤くんはファッション初心者高校生。
初手でこんなに高いお店に入る必要はありません。
ユニクロとかしまむらでいいです。
何着てもかっこいいんですから!
「おう! 任せるぞ! 後で神宮寺のも探そうな!」
「な! わ、私はいいですわよ。黒江が用意しますわ」
「そうか? なら、俺が選んでやろう! がっはっは、楽しくなってきた!」
「もう! ふふ、しょうがないお方ですね」
く、楽しそう。
真っ白な歯を見せて豪快に笑っています。
それを見て神宮寺さんはどこか呆れたように、でも愛おしそうに微笑んでいる。
そこのポジションは私だった筈なのに……。
一回戻りましょうか……。
「戻りましたー」
二人はお店から少し離れたベンチに座っていた。
周りを見渡せば見つけられるくらいには近かったので、探す手間はなかった。
私を見て、何があったのか悟ったのか、二人は苦笑する。
「お、おお、案の定、あれだったみたいな?」
「佐藤先輩、本当に……」
どんよりと気分が沈む。
まさかあんなぽっと現れた縦ロールに、横取りされるなんて。
佐藤くんも佐藤くんです。
結局二次元なら何でもいいんじゃないですか。
私がメスガキにまでなってあげたのに……。
「おや、これはこれは三人ともお困りのようですね」
突然声を掛けて来たのは黒江さんでした。
神宮寺さんの執事らしく、執事服を着てすらりと歩く姿は佐藤くんほどではないにしろかっこいいです。
現に周りの視線をとても集めています。
「あ、黒江先輩。今色々とあって、大変なんですよー」
そういえば、今日は神宮寺さんの隣に黒江さんを見てませんでしたね。
何かあったのでしょうか。
「承知しております。お嬢様がご迷惑をお掛けしているようで」
「う、黒江さんは何も知らないんですか。佐藤くんとのこと」
「知っておりますよ。馬鹿なお嬢様が、私が少し遠方に用事がありお側を外している間に、馬鹿な事をしているのですよね」
いつも笑顔な黒江さんが、少しだけ顔をひきつらせた。
これって、もしかして怒ってます?
「私もお嬢様にそろそろお灸を据えたいので、三人は協力していただけませんか? 正直少し怒っております」
「おわ、お前も怒るんだな。何か怖い」
香苗が怖気づくほどの圧を黒江さんが放つ。
神宮寺さんは一体何をしでかしたのでしょうか。
「お嬢様を酷い目に合わせます。秋月様はどう思いますか?」
「最高です。やりましょう」
私は黒江さんと握手を交わした。
佐藤くんを、あの女狐から奪い返そう大作戦の開始です。