いじめっ子の雑魚雑魚お姉ちゃん、お仕置きたーいむ♡②
放課後、黄土色の陽が差し込む教室で私と佐藤くんは待っていた。
ここは普段の授業を行う教室ではなく、移動教室などの授業を行うための別塔。
そこの三階の一番端の教室。空き教室で、部活でも授業でも使われない。
こんな時間に人が寄り付くはずもなく、多少騒いでもバレる心配はありません。
「那智。お前の言った通りにするけれど、それでいいのか?」
「はい。単純にお説教をして改心するのなら、虐めなんてしませんし」
私たちがここにいるのは、フェイトさんの虐めを止めるため。
そのためなら多少強引でも、泥をかぶる覚悟は出来ています。
「俺も少しは成長しているが、今回は上手くいくと良いな」
佐藤くんが独り言のように呟く。
「ええ、大丈夫ですよ。二人いますから、ね」
そう言うと、佐藤くんは少しほっとしたように笑みを浮かべた。
いまならあの時の事をもっと話せるような気もしますが、廊下から足音が聞こえてきたのでやめておきましょう。
人気のないこの場所に、誰が来ているのかはわかります。
「あ、先輩。よかったです、ここで間違ってなくて」
ひょっこりと顔を覗かせて来たのは、昨日知り合ったフェイトさん。
私たちの顔を見て少しだけ不安そうに、目を細めた。
「ええ。ここで大丈夫です」
とてとてと擬音が付きそうな足取りで、フェイトさんが近づいてくる。
可愛いです。
私よりも背の低い高校生を久しぶりに見ました。
「それよりも、フェイトさんは良かったんですか? 私が今からすること、演技でも少し嫌な事ですけど」
いじめを止めるためとはいえ、気持ちのいいやり方ではない。
そんな私の罪悪感を知ってか知らずか、フェイトさんはにっこりと笑った。
「はい。私もこれが続くのは嫌ですし、迷惑かけちゃったので、やってください」
「ぐ、了承されてもやりづらいが、頑張るぞ!」
「はい。なるべく抑えますから、少し耐えてくださいね」
「は、はい!」
フェイトさんが返事をしたタイミングで、廊下から更に足音が聞こえる。
二人分の足音。
間違いなく私が呼んだ人たちです。
「来ましたね。死ぬほどムカつきますけど、頑張りましょう」
「「おー」」
二人が小声で反応してそれぞれ配置につく。
私はここまで誘い込んだので、訪問者を迎え入れるために教室の入り口に向かう。
演技はここ最近でとても得意になりました。
いまだって、煮えたぎるような嫌悪感を抱えながら、こんなにも人の良さそうな笑みを浮かべられています。
「ふふ、来てくれましたね。ありがとうございます」
私が笑顔で迎え入れると、教室に入って来た二人の女子生徒は驚いたように頬を赤らめた。
この二人が、フェイトさんの虐めの主犯格。
名前をからかい始め、そこからどんどんエスカレートして入学早々同級生の中で浮いた存在を作った正真正銘のクズ。
二人とも派手に髪を染めていて、見た目からしてお茶らけています。
「あ、ちわっす那智先輩!」
「ちわーっす。先輩って、まじめっちゃ可愛いっすね!」
本当に腹の立つ二人です。
他人を貶めて何故そのような顔が出来るのか。
「ふふ、二人に少し用事があったので呼んじゃいました。迷惑でしたか?」
尋ねると二人はブンブンと首を振って否定した。
「いえいえ、あの那智先輩に呼んでもらえるなんてマジで光栄っす!」
「先輩ってー、学校一の人気者ですもん。一年のウチらでも知ってますよ」
「本当ですか? そこまで言ってもらえると嬉しいです」
表情を崩すな私。
この二人から、フェイトさんを解放するためです。
「それで、ウチらに用事って何ですか?」
向こうから話を振ってくれました。
やりやすい。
「はい。用事というのは、フェイトさんの件についてです」
その名前を出した瞬間に二人ともピクリと眉を上げる。
こいつら、自分が他人の嫌がることをしている自覚はありますね。
今の反応はわかりやすく私を警戒していました。
「はあ、フェイトのこと? 先輩、フェイトと仲いいん?」
「いえ、二人がフェイトさんで遊んでいると聞きまして」
「あ、何? そういう系? フェイトっちがチクったから、お説教でもしに来たのかよ。うっざ」
あー、殴りたい。
でも我慢です。
警戒して帰ろうとする二人に、更ににこりと微笑んだ。
「お説教じゃないですよ。実は私もストレス発散がしたくて、フェイトさんを少し貸してほしいんです」
「はあ、貸すって?」
そこで私は二人に教室の中を見るように体をどけて促した。
今まで私に気をとられて視界に入っていなかった光景に、二人は絶句し固まっていた。
「え、先輩、これ何して……」
教室の中では佐藤くんが座っていました。
四つん這いにしたフェイトさんの上に。
フェイトさんは苦悶の表情を浮かべて、苦しそうに悶えている。
「ふふ、私も二人と同じで弱い者いじめが大好きなんですよ」
ちらりと佐藤くんに視線を送る。
これも、事前に決めていた合図だ。
「がっはっは! こいつは良い椅子になるな! 最初は抵抗したが腹を殴ったらすぐおとなしくなったぞ」
「は? 殴ったって、先輩がフェイトを!?」
「ああ、顔は跡が目立つからしっかり腹をな」
「うう」
フェイトさんが少し声を漏らす。
佐藤くんがそれを見て、豪快に笑った。
……。
流石、佐藤くんです。
勿論佐藤くんは本当にフェイトさんに座っている訳ではありません。
よく見ると紙一重で空気椅子をしています。
二人を騙すための演技ですが、これは佐藤くんしか出来ないでしょう。
「くす、ぷくく」
私の笑い声に二人が思わずこちらを見た。
佐藤くんもずっと空気椅子をしたら流石に限界が来るので、ここからは私の頑張りです。
日頃培ってきたあの演技を披露しましょう。
「あはははは! さっすが佐藤くん、最高じゃん人間椅子♡ 二人もやってみない?」
話を振ると二人は何も反応しなかった。
出来なかったのでしょう。
それくらい今眼前に広がる光景は異常なものです。
敢えて私と佐藤くんは狂気を演じ続ける。
「い、いや、今はいいっす」
やっと絞り出した言葉を無視して、私はフェイトさんに近づく。
しゃがんでなお、見下ろした。
「あっれー♡ ここまでされて抵抗も出来ないんだ♡ ざっこ~い♡」
「うう、うう……」
フェイトさんは泣きそうな顔になった。
これも台本通りですが、フェイトさん迫真です。
まるで演技経験者みたい。
「え、先輩って、そんな口調だったっけ……」
「こっちが素ですけど♡ あ、ごっめ~ん♡ ざこざこ一年生の二人には~、ちょっと難しい状況だったね♡」
私だってこの状況は理解できません。
なので、目の前の二人も本当に意味が分からなくなってしまい、完全に黙りこくってしまいました。
「二人とも黙っちゃってどうしたの? もしかして、先生に言っちゃう? そしたら~、どうなるか分かってるよね~♡」
「いや、そっちが呼んだんじゃん。ウチら悪くないし」
「でもでも~♡ 二人がフェイトちゃんを虐めてた証拠もあるからさ、もしバレたら道連れにしちゃおっかな~♡」
「はあ! ざっけんなよ!?」
うわ、ちょっと怖い剣幕。
それでも休まず畳みかける必要があります。
「佐藤く~ん♡ 今度はそのざこざこ椅子の写真撮っちゃおうよ♡ 拡散拡散♡」
「ひ、それだけは……!」
「がっはっは! いいなそれ!」
佐藤くんがフェイトさんから立ち上がって、スマホを持ち写真を撮るふりをする。
そして二人を見据えた。
「お前らも、見たからには共犯だ。他言するなよ。これからこいつは俺のペットとなるのだからな! おら!」
「うう、なんてハムストリングス! 太ももの重さだけで、潰れそう!」
佐藤くんがフェイトさんの背中に足を乗せるフリをして、フェイトさんも反応する。
ガチムチ筋肉マッチョに脅されてしまい、クズ人間二人は意気消沈。
そのまま後ずさって、教室の入り口まで行くと顔を見合わせてから全速力で逃げていった。
「う、うっさいんだよ、キモイし!」
「そんな奴なら勝手にしろ! ウチたちに関わるなっつうの!」
クズ二人はそう言い残してどこかに走り去った。
教室には私たち三人が残される。
暫くの静寂の後。
「や、やった。これならもう絡まれなさそうです」
フェイトさんが喜んでいた。
「おう! よかったな!」
「ふふ。私も一肌脱いだ甲斐がありました」
「はい。まさか、いじめっ子も引くくらいのやばい人間を演じるなんて、二人とも凄い!」
「がっはっは! そうか、それじゃあ後は――」
佐藤くんが勢いよく床におでこを付けた。
私も合わせて土下座する。
「「すみませんでしたー!」」
二人で声を揃えて全力で謝る。
その行動にびくりとフェイトさんは震え、動揺していた。
「え、ええ! 先輩方どうしちゃったんですか!」
「手っ取り早く止めるためとはいえ、根本的に何も解決していませんし。二人はフェイトさんを誤解してしまいます。それに、あの二人は何も罰を受けませんし」
「ペットとか言ってすまん! この前同人誌でそういうの読んでしまって!」
「佐藤くんは、何を謝ってるんですか……」
そんな事を言ってしまっては、フェイトさんに嫌われ――。
「くす、あははは! 先輩たちって学校の有名人なのに、変な人ですね」
フェイトさんはお腹を抱えて笑い出す。
え、今そういう反応するところありましたっけ。
「それに私、気にしてませんよ。先輩たちともっと仲良くしたいと思っていますし」
「フェイトさん……」
「フェイトでいいですよ!」
「えー、フェイト可愛い」
こんな妹が欲しかった。
その時、教室に神宮寺さんが勢いよく入って来た。
「おーっほっほ! 那智さん、こっちもばっちり完了しましたわ!」
「え、早かったですね」
「当たり前ですわ! てか、何で二人とも土下座の姿勢なのかしら?」
神宮寺さんが首を傾げる。
それにしても流石です。まさか今日一日でやってのけるなんて。
「頼み事?」
「はい。ノートを盗まれた人に何とか納得してもらえるよう、手を打ってもらっていました」
「ええ。黒江が頑張ってましたわ」
「ええ! それって、私が謝るべきじゃないですか……」
「あなたは被害者だからいいんですの。先輩を頼りなさいな」
神宮寺さんがフェイトの頭を撫でる。
「うう、先輩方。本当に人が良すぎますよー」
嬉しそうに、申し訳なさそうに、フェイトがはにかんだ。
まあ、この笑顔を見るためなら今回の苦労も問題ではありませんね。
暫く変な噂は流れるでしょうけど、まあ、その内沈静化するはずです。
「何かお礼を……うーん」
「はっは! お礼なんて気にするな。俺がやりたくてやったことだしな!」
佐藤くんがそう言うと、フェイトさんは突然はっとしたように目を見開いた。
「あ、そうだ。佐藤先輩、昨日私の名前を聞いてブイチューバ―みたいって言ってましたよね。同人誌とかも言ってたし、そういうの好きなんですか?」
「ん? ああ、まあそこそこな」
「私本当にブイチューバ―として活動しているんですけど、よければ先輩配信を見に来てくれませんか? 先輩の好みかはわからないですけど、えっと、もし好きだったらそこでお礼したくて」
「な、なんですと……。配信者ですか……」
まずい、佐藤くんは二次元のコンテンツがとにかく好きなマッチョ。
まさかこんな所にトラップが仕込まれていたなんて。
そりゃ、フェイトは声も可愛いですけど。
妙に演技慣れしていたのも配信をしているからだったんですね。
「さ、佐藤くん」
「安心しろ、那智」
佐藤くんが窓際に移動して外を見る。
夕日に照らされた顔が素敵です。大好き。
「俺はここ最近で、メスガキやお嬢様に出会い、そこそこ耐性を付けた。確かにブイチューバ―は好きだから、お礼したいというなら配信を見せてもらうつもりではあるがな」
「ぶい、ちゅーばー?」
わかってない神宮寺さんを置いてけぼりにして佐藤くんは、ふっと余裕そうに笑った。
確かに、今までがおかしかっただけですよね。
信じます、佐藤くん。
「ちなみにどんなキャラの魂なんだ?」
「あ、猫耳のピンク髪ロリっ子です。語尾はにゃーです。私、声が少し子供っぽいから」
「なるほどな」
佐藤くんが窓を開けた。
大きく息を吸い込む。
はい来た嫌な予感。唸る私のシックスセンス。
「えっと、佐藤くん……」
「んーー、好きいいいいいいいいい!」
「もう嫌このパターン!」
顔を押さえてうずくまる私をフェイトと神宮寺さんは不思議そうに見ていました。
まさか、いじめ解決の問題がブイチューバ―に繋がるなんて流石に予想しませんよ!