7・いじめっ子の雑魚雑魚お姉ちゃん、お仕置きたーいむ♡
夜の学校から徒歩で移動し、私の家に皆を案内する。
佐藤くんにも連絡をしているので、後で来てくれるはず。
エロ本が落ちていないか不安で仕方ないですが、今回の事件の詳細を聞くためです。偶にはお父さんを信頼しましょう。
「あららら、これが那智さんの家ですか」
「ん? どうかしたんですか?」
家を見るなり神宮寺さんが口に手を当てて少し驚いている。
「いえ、失礼ですがもう少し大きな家に住んでいると思っていましたわ」
「お嬢様。秋月様は一般の家庭の生まれです。一般家庭はこのくらいの大きさが普通なのですよ」
「あらま、そうなんですの? この辺はてっきり倉庫かと……」
「本当に悪気無しで言うから質が悪いですね。後で佐藤くんにプロレス技をかけてもらいましょうか」
軽い冗談のつもりで言うと、神宮寺さんは顔を青ざめた。
既に佐藤くんの技を見ているので効果が大きかったようです。
「かか、勘弁ですわ! よく見ると素敵なお家で、見上げてしまいます!」
「よろしい」
「那智様もお嬢様の扱いがかなりわかって来たようですね」
がくがく震えている神宮寺さんを他所に、黒江さんは笑っています。
執事と主の関係にしては本当に不思議な二人です。
「あ、あの、そろそろ降ろしてほしいんですけど」
黒江さんに担がれていた子が、おずおずと口にする。
「これは失礼。持っていることを忘れておりました」
黒江さんが肩から降ろしてぺこりと一礼。
少女はブンブンと手を振って慌て始めた。
「あ、えっと! こちらこそ、ありがとうございました! 腰も少し大丈夫そうです!」
うーん。
やっぱりこの人は悪人ではなさそうなんですよね。どちらかというと純粋で素直な良い子って印象を受けます。
「それでは、我が家へどうぞ。倉庫のような狭さですが」
「あー! ごめんなさいですわー!」
玄関を開けてリビングに進むと、事前に連絡をした甲斐もあってか怪しげなエログッズは一つもなく片付いた綺麗な状態だった。
流石お父さん、感動です。
「あ、いらっしゃい。えっと」
リビングでテレビを見ていたお父さんが、私の後ろにいる面々を見て少し固まる。
初対面なので、対応が分からないのでしょう。
「学校の生徒です。少し込み入った話がありまして家に呼びました」
「そうかい。それじゃあ僕は部屋にいるね。遅くならないようにするんだよ。帰りは車で送ろうか?」
「えーっと、神宮寺さんどうします?」
話を振られると思っていなかったのか神宮寺さんはびくりと固まった。
「あ、お構いなく。黒江が迎えを呼んでくれますわ。この子も一緒に送っていきます」
「だそうです」
「わかった。それじゃあ、部屋にいるからね」
「はい。それでは」
軽くお父さんに会釈すると、そのままリビングを出て自分の部屋に向かって行った。
改めてその場の顔ぶれを見ると、初めて家に上がったから勝手がわからず全員立っていました。
「あ、その辺に適当に座っちゃってください」
「それではお構いなく」
「あ、ありがとうございます」
黒江さん以外はソファに座る。
黒江さんは執事なので立ったまま話を聞くのでしょう。
「あ、私はコーヒーをお入れしましょう」
黒江さんがそのまま勝手に我が家のキッチンに立って色々といじり出す。
まあ、話し合いの場では執事って飲み物持ってきますもんね。
アニメとかだとそんなイメージなのでツッコみません。多分食いついたら負けです。
「それで、そろそろ名前を聞いてもいいですか?」
食卓の椅子に座って話を振る。
流石に少女Aのままだと色々不便ですし。
「あ、えっと、私は小鳥遊フェイトっていいます」
「ふぇ!?」
思わず大きな声が出てしまう。
上から下まで名前の情報量が多すぎませんか。
「フェイト、運命ですか。良い名前ですわ」
「え、神宮寺さんまじで?」
この名前に違和感なしですか?
絶対に偽名ですよ。
「だー、何とか振り切ったぞ!」
困惑している所に佐藤くんが帰ってきました。
何度か家のリビングまでは来たことがあるので、案内無しに勢いよく扉を開けて満面の笑みを浮かべています。
「佐藤様。ご苦労様です、こちらをどうぞ」
「お、ありがとう黒江。それで今は何の話をしていたんだ?」
「あ、この子の名前を聞いていました」
佐藤くんの頑張りを労ってしこたま褒め倒したい願望を押さえ、質問に答えます。
「名前か、それで何というんだ?」
「あ、私は小鳥遊フェイトです」
「がっはっは! ブイチューバ―みたいな名前だな! 可愛いぞ!」
流石佐藤くん、私が言い出せなかったことを平然と言ってのけます。
そこに痺れて憧れるので、結婚したいです。
「あうう、可愛いなんてそんな。学校ではこの名前のせいでからかわれますもん」
「学校? そういえば、あなたは何年ですの?」
「あ、一年ですよ。先輩たちとの一個下です」
「高校生ですの!?」
「うう、ちっこいのも気にしてるんですよ……」
フェイトさんが落ち込んでいる。何か妙に可愛いですね。
庇護欲が駆り立てられます。
でも今は事件の真相を聞くことが大事です。私がしっかりしないと話が進まないでしょうね。
頑張れ私。今回は真面目モードです。
「それで、何で人のノートを盗んだんですか?」
「あう! うう……」
くっ! 私が悪いことしてる気分です!
何で俯くんですか。神宮寺さんも若干引いたような目をしないでください。あなたのためでもあるのに。
「フェイト、正直に話してくれ。俺たちは責めたいわけじゃない。理由を知りたいだけなんだ」
佐藤くんが膝を曲げてフェイトさんと視線を合わせ、優しく言った。
羨ましいなー。私もあれしてほしいー。
「あ、えっと、その、でも先輩に迷惑がかかります」
「がっはっは! 気にするな、誰だって他人に迷惑かけて生きていくんだ! 独り言のつもりで話してみろ。偶々聞いているかもしれんがな」
ええ、ちょ、何このイケメン。
やだー、安心させるために柔らかく微笑むのやばー。
かっこいい、抱いて。
「那智さん? 何で腕を前に突き出してますの、中国拳法?」
「ハグ待ちです」
「は?」
フェイトさんは佐藤くんを見て少し安心したように頷き、目を細め、口をキュッと絞めた。
思い出したくない、辛いことを話す。
その動作から今の心情が少しわかった。
「私は、入学して直ぐにいじめられたんです。きっかけは名前が原因で、からかっているのが、どんどん酷くなって……」
これまでの振る舞いだけでも気弱なのは明白なフェイトさん。
そんな子が、自分がいじめられていることを他人に話すのにどれだけの勇気が必要なのかは想像を絶します。
「人気の子が、率先して虐めてきて、それで最近はゲームをさせられてるんです……」
「ゲーム?」
神宮寺さんが首を傾げる。
フェイトさんはそれを見て更に辛そうな顔をした。
もう今にも泣きだしそうです。
「はい。指定された先輩のノートを盗むゲームです。成功したら何もないんですけど、失敗したらその、痛いことをされます……。う……ひぐ……」
「那智さん」
神宮寺さんが泣き崩れたフェイトさんを抱きしめ、私をじっと見る。
これ以上話を聞くのは余りにも酷だと、そう言いたいのでしょう。
それでも、最後に一つ。
あと一握り勇気を絞ってもらう必要があります。
「辛いことを聞いてしまいすみません」
「いえ、先輩は悪くなんて。私が、私が悪いから……」
佐藤くんがギっと歯を食いしばる音がした。
ええ、分かっています。
私も佐藤くんも、こういうのは一番嫌いですから。
「もう一つだけ聞かせてください。あなたを虐めていたのは誰ですか?」
「え? まさか、何かするつもりですか!? やめてください! 私が言ったのがバレたら、もっと酷くなります!」
懇願するように、それまでで一番大きな声でフェイトさんがそう言った。
私の腰にしがみ付いてきて、顔は涙でぐしょぐしょ。
ええ、怖いですよね。
いじめは、怖いです。
その思いは、被害者にしかわかりません。
だから、私と佐藤くんは、少しだけ理解できます。
「大丈夫。大丈夫です」
フェイトさんを胸に埋めるように抱きしめ、髪を何度も撫でる。
もう、大丈夫。
これは私と佐藤くんの贖罪ですから。
「明日の放課後には、全て終わります」
「え? 何を言って……」
「ね、佐藤くん」
佐藤くんはゆっくりと立ち上がり、その拳は怒りで皮膚を貫通しそうな程握りしめられていた。
フェイトさんを見ていると、昔のことを思い出すのでしょう。
だから、佐藤くんは。
「がっはっは! 当然だ! いじめっ子など俺が成敗してくれる! まあ任せろフェイト! 那智が上手くやってくれるからな!」
こうやって、不安を吹き飛ばすために気丈に笑う。
ええ、今の私なら上手くやれます。
だから、フェイトさんはもう頑張らなくていいです。
「もう、また私頼りですか。仕方ありません、上手くやりましょう。ええ、上手くやりますとも」
「すまんな、頼ってばかりで」
「今更何をいってるんですか。雑魚雑魚マッチョでも、そんなにしおらしくなったら、からかい甲斐もなくなっちゃうんですけど♡」
みんなの前だけど、少しだけメスガキっぽく言ってみます。
佐藤くんも虚を突かれたのか、それまで少し力んでいた表情から思いきり吹き出した。
「そうか! がっはっは!」
「がははです!」
二人で笑い合う。
他の三人は意味が分からくて首を傾げていました。
とにかく、明日です。
この下らない虐めを、ぶっ壊してあげましょう。