お嬢様はテンプレです②
「お、落ち着け浩二! おかしいぞお前! ていうかお前らも手伝え!」
「お、おう!」
「俺は足抑えるぞ!」
「ぐ! 離せ! 俺は金髪縦ロールの誘惑に負けた雑魚だ!」
佐藤くんを岩上くんが羽交い絞めにする。
周りの男子生徒も続々と佐藤くんに集まり、全員で協力して動きを封じていた。
「流石佐藤だ。筋肉が人間の格好をしているだけあるな」
「香苗、言いすぎですよ。多分……」
佐藤くんがここまで我を失っているのも、突如現れたお嬢様のせいだ。
神宮寺京子さん。
その名前くらいは私も聞いたことがあった。
日本の中でも有数の財閥、神宮寺財閥のお嬢様だ。
「な、中々に個性の強い方のようですわね! ですが今日来たのは、あなたに用事があった訳じゃありませんわ!」
神宮寺さんが私の方を向いてニヤリと微笑む。
ああ、嫌な予感がします。
「あなたが秋月那智さんですわね。噂通り、いえ、噂以上に可愛い方ですわ」
「は、はあ……」
あれ、良い人かも。
ふわりと高級そうな香水の匂いもします。
「ま。私の方が可愛いですが! おーっほっほっほ、庶民で草!」
「うふふ」
よし、殺しましょう。
「神宮寺、今すぐ逃げろ!」
私が動く前に香苗が後ろから肩を押さえて来た。
流石に勘が良い。
命拾いしましたね。
「あなた何を言っていますの? それよりも、秋月さん。お伺いしたのはあなたに相談があったからですわ。光栄に思いなさい庶民」
「お嬢様は、転校して学校にもあまり来ていないから相談する相手もいないの。お願い話を聞いて、と仰っております」
「その翻訳無理ありません?」
黒江さんがどういう役割なのかわかった。
神宮寺さんは素で空気の読めない発言をすることがありますし。
悪気が無いのはわかるので、私は何とも思いませんけど……。
「私でよければ構いませんよ? 昼休みもまだありますし」
「本当ですの!? 聞いていた通り良い人ですわー! 黒江!」
「っは! こちらを」
黒江さんがアタッシュケースを取り出し私に手渡してくる。
これって、まさかお金!?
「いえいえ! いいですよ、こんなに!」
「お嬢様からのお気持ちです。受け取ってください」
「ええ……流石に罪悪感が」
「チキンラーメン三十個です」
「うーん、絶妙な数。ありがたく貰います」
「やっぱり那智も変わり者だよな」
私がケースを受け取ると香苗が呆れたように言ってきた。
私の好物がインスタントラーメンであることは秘密なのだけれど、何で知っているのでしょうか……。
それも含めて確認しないといけませんね。
――――――――――
「さて、ここなら大丈夫ですわね」
神宮寺さんと黒江さんと一緒に空き教室に移動する。
昼休みも残り十分程度だが、どうしても話があるとのことで私だけここに来た。
佐藤くんもついて来ようとしましたが、人数の少ないところで神宮寺さんに襲い掛かったら止められないので教室に置いてきました。
「……それで、話って何ですか?」
尋ねると神宮寺さんが少し真面目な顔似なって、私と向き合う。
「その前に一つ。秋月那智さん、あなたは今学校で起こっているノートの焼却事件に聞き覚えはありまして?」
「はい。ついさっきもその話をしていましたよ。それに私のノートも盗られていますから」
「黒江」
「はい、こちらですね」
黒江さんがどこからともなくノートを取りだす。
それは紛れもなく私の物だった。
「……え、何で黒江さんが?」
脳裏に最悪の事態がよぎる。
この二人が事件の犯人だった場合、今の状況は非常にまずい。
とりあえず廊下までは私が近いので、少し下半身に力を込めた。
今後の話次第で直ぐに逃げ出そう。
「ご安心を。これを確保したのはお嬢様でございます」
「おーっほっほっほ! 感謝するがいいですわー!」
何故か誇らしげに高笑いする神宮寺さん。
まずい話が見えてこない。
「えっと、話がわからないんですけど、神宮寺さんは私のノートを盗んでたでいいですか?」
「左様でございます」
「左様じゃないですわ!」
ゴホンと一回神宮寺さんが咳払いする。
「真犯人から隠すために仕方なく保護してましたの。私と黒江で犯人を捕まえるために」
「はあ。何でわざわざそんな事を?」
正直すっごく怪しい。
初対面の人っていうのもあるけど、神宮寺さんの台詞はずっと演技臭い。
「それは、私は神宮寺財閥の娘だからですわ。身近で起こっている悪事を見逃すのは神宮寺魂に反しますの」
神宮寺魂……。
ネタじゃなければ大物です。
「実はお嬢様が犯人だと一部で疑われておりまして、疑いを晴らすために尽力なさっているのです」
「それが犯人を見つけることですか。まあ、筋は通ってますね」
「はい。それに、お嬢様はこのように誤解されやすい。今回もどこかで失言をしたせいで疑われているのだと思われます。完全にお嬢様のまいた種ですので、尚更犯人を見つけるのに気合を入れているのです」
黒江さんの説明も分かった。
少し話しただけでも神宮寺さんが残念美人だというのは伝わります。
「でも、それじゃあなんで私のノートを盗んだんですか?」
「それは、私があなたのノートを事前に確保して犯人が来るのを待ち伏せていたからですわ。まあ、来ませんでしたけど……」
「え、じゃあ、終わったら戻してくれればよかったんじゃ」
「そ、それは別の作戦があって……」
「お嬢様は待ち伏せ作戦中に気分が高揚してしまい、馬鹿みたいな声で笑っていたら生徒指導の先生に怒られ、那智様のノートを持っていることを忘れて泣いて帰ってしまわれたのです」
「可愛い」
「何を言うとりますの!?」
「それはお嬢様言葉じゃないのでは?」
恥ずかしい話を暴露されて残念美少女の神宮寺さんは顔を真っ赤にした。
腕をバタバタ振って黒江さんに攻撃している。
うーん、この二人結構良い人なのかもしれません。
悪気泣く変な事をするだけで。
佐藤くんに悪影響があるのは懸念点ですが。
「あ、そういうわけでこちらお返ししますわ。すみません」
「いいですよ別に。ふふ、神宮寺さんは可愛い人ですね」
「かわ! え、ええ! 当たり前ですわ!」
「お嬢様は照れておられます」
さっきと同じくらい顔を真っ赤にする。
うん。思った通りからかい甲斐のある人だ。
可愛いのは本当ですけど。
「あ、そ、それでですね。那智さんを呼んだのにはもう一つ理由がありまして……」
神宮寺さんがもじもじしだす。
そして少し悩んだ後に意を決したように話し始めた。
「実は、私たちだけでは少し行き詰っておりまして、学校でも人望に熱く尚且つ成績優秀で犯人に狙われているあなたにしか頼めないことでして……」
「お嬢様、単刀直入に行きましょう。ちなみに那智様のことは少し調べさせてもらいました。信頼に値する素晴らしい方です」
「ああ、どおりで好物が知られているわけです。え、待ってどこまで調べたんですか!?」
「お嬢様、お願いをどうぞ」
私が黒江さんに聞いても、我関せずとそっぽを向いてしまう。
佐藤くんとの放課後勉強まで調べられていたら一巻の終わりなんですけど。
え、大丈夫ですよね……。
不安になる私を他所に、神宮寺さんが少し近づいてきてキリっと力強い目で見られる。
「犯人探しに協力してほしいんですわ!」
ふふ。本当に神宮寺さんは可愛い人だ。
それだけのことを言うために、空き教室まで私を呼んだのだろう。
ノートの件は気にしていないし、この人とは友達になりたい。
緊張して少し震えている神宮寺さん。
私はそんな彼女に満面の笑みを浮かべた。
「えへへ、お断りします」