1・雑魚雑魚マッチョ①
「あっれ~、ここの翻訳おかしいよー♡ あ、英語じゃなくて日本語が覚束ないんだったっけ?」
皆さん初めまして。
ただいま聞いた人を不快にする暴言を吐きました、秋月那智です。
これ以降機会もなさそうなので、手短に自己紹介をしておきます。
母譲りの銀灰色のストレートヘアーが自慢で、お肌も毎日の入念な手入れで滑らかな乳白色を保っています。大きな丸い瞳を覆う長い睫毛がありとても愛くるしい西洋人形のような美少女です。
今年で高校二年生。身長は百五十センチですが、スタイルはいいです。これまた外国人の母の血でしょう。背丈は残念ですがまあ気にしていません。
ここまでの説明でお察しいただけたでしょうが、私は可愛いです。
その上勉学もスポーツもそつなくこなし、常に圧倒的完璧美少女であり続けています。
そんな私に、過去最大の悩みが出来ました。
昔からの幼馴染の性癖についてです。
そんなもん好きにしておけばよかろうと思うでしょう。
私だってそれが生活に影響しない範囲であれば見逃します。
ですが、佐藤くんの性癖レベルはマックス。
「ぐう! 罵倒されているのに、悔しいのに、やっぱり勉強が捗るぞ!」
私が思いを寄せる相手はどこか嬉しそうに勉強机の上のプリントと睨めっこしています。
原因は明白。
絶賛披露中のメスガキの演技だ。
演技です。
好き好んでこんな事するわけがないでしょう。
「ああ、佐藤く――おっほん! 浩二お兄ちゃん、高校生にもなってこの程度の英文も読めないんだ♡ ざーこざーこ、英検5級♡」
「ぐ! ちくしょう! このメスガキが!」
佐藤くんの部屋で放課後勉強を教えることが日課になり、この訳の分からない状況にも少しだけ慣れて来た悔しさがある今日この頃。
「あ、また間違い見つけちゃった! ……もしかして、わざと間違えてるのー?」
「そんなわけないだろう! 俺だって必死に勉強して……」
「それでこれなら本当にお兄ちゃん雑魚すぎ♡ ミジンコの方が記憶力良いんじゃないの?」
「っぐ! そこまで言う必要ないだろ!」
「あ、ごめんなさい。言いすぎました……」
「いや、続けろ!」
「どっちですか!」
好きな男性の部屋にいる際の妙な高揚感はどこに消え去ったのか……。
数々の罵倒に悔しそうに歯を食い縛る佐藤くんに、私は英語の教科書を広げて今回の課題の範囲になっているページを見せる。
若干小生意気に目を細めて、馬鹿にした顔を忘れず作ってと。
「ざこざこお兄ちゃんは……、このページを読んで単語覚えるまでご飯抜きにしちゃいま~す♡ あ、宿題の翻訳もだったね♡」
「そんなことをしたら、俺の夜ごはんはどうなってしまうんだ! プロテインだけでは腹は膨れないぞ!」
狼狽える佐藤くんの耳に顔を近づけて、囁くように練習した台詞を呟く。
正気に戻るな私。
私はメスガキだ。
恥ずかしくなるから普段の思考は捨てろ。
「口より手を動かせ♡ クソ雑魚お兄ちゃん♡」
「は、はいー!」
佐藤くんが必死になって宿題に取り掛かり始めた。
自分から辞書を開いて分からない単語を引き、学習への強い意欲を感じる態度です。
やっと集中し始めましたね……。
近くにあった佐藤くんのベッドに腰を下ろしてほうっと一息吐き、鞄からペットボトルを取りだして喉を潤す。
割と長い間話していたので、お水を飲んだら喉だけでなく高くなっていた体温も落ち着くような感じがする。
「……はー」
ちらりと私が思いを寄せている佐藤くんに視線を送る。
熱心に勉強に取り組む横顔は、今更ながらじっと見ると胸の奥がポカポカ温かくなる。
「くっ! メスガキに言われたら、断ることが出来ない! 俺は雑魚だー!」
……。
完全に自分の世界に入っているので、私は音を気にせずベッドにそのまま倒れむ。
天井を見つめると、どんどん虚無感が大きくなる。
「いや、本当。何でこんなことになったんでしょう……」
好きな人の部屋で、メスガキプレイ。
これだけでもとんだ変態です。
やばいのは、佐藤くんが私に対して恋愛感情が無く、勉強を指導するときだけメスガキムーブを強要してくること。
惚れた方が負けとはよく言ったものですが、私も断れずに付き合う毎日。
「あー、何か考えたら嫌になってきました! 今すぐ辞めたいです!」
「どうした那智! お兄ちゃんが用意したお菓子が不味かったか!? すまん、今すぐ新しいのを用意する! 何でもお仕置きしてくれ!」
「佐藤く、浩二お兄ちゃんはさっさと勉強する! 集中力雑魚すぎ!」
「っぐ! このメスガキが!」
佐藤くんは苦悶の表情を浮かべて再び机と向き合う。
本当に、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
ベッドに座ったまま頭を抱えて片頭痛を抑えるようにこれまでの出来事を振り返る。
私が、メスガキになってしまった原因だ。
……改めても、頭おかしい状況ですよね。