17 少女探偵団の危機!
学校からの帰り道、駅に向かいながら菊乃が何やら考え込んでいる。
そんな菊乃を見て美穂子が心配する。
「ね。菊ちゃん、大丈夫?」
それには答えずに菊乃は自分に言い聞かせるように言う。
「そっか。そうだよね。やっぱ、そうしよう!」
「菊ちゃん?」
「ね、美穂子。こうなったらアタシらだけで調査しようよ!」
「えぇ!? そんなの無理っ! それにカズ君が危ないって……」
美穂子は完全に腰が引けている。
「だって、悔しくない? アタシら『足手まとい』って言われたんだよ」
「それはそうだけど……」
「アタシらだって役に立つってトコ見せてやろうよ。ね?」
そんな菊乃の熱意に負けて美穂子がしぶしぶ承諾する。
「わかった。でも、ホントに危なくない?」
「平気だって! それよかさ。どっから手ェつける?」
菊乃は張り切っている割には特に考えは無いらしい。
仕方なく美穂子が提案する。
「とりあえず、うちの生徒が襲われた駅に行ってみる?」
「そだね。で、どこ?」
「あのね。うちのクラスの荻野さんと小向さん。彼女達、T台の駅使ってるんだけど昨日の四時ごろ知らない人に絡まれたみたいよ」
それを聞いて菊乃が身を乗り出す。
「じゃ、さっそく行ってみよっ!」
美穂子は内心、先に被害者に聞き込みした方が良いと思ったが、菊乃の勢いには敵わない。
結局、菊乃に引っ張られる形でT駅に向かうことになってしまった。
* * *
とりあえずT台駅で降りてみたものの、どこで何をすれば良いのかがさっぱり分からない。
菊乃がため息をつく。
「はぁ……とりあえず来てはみたものの。これからどうしよっか?」
何も考えないで電車に乗ってしまったのは菊乃のせいだったが美穂子は文句が言えない。一応、菊乃の気に障らない程度に言ってみる。
「とりあえず適当に歩いてみれば何かあるかもよ?」
「ん……そだね」
軽く頷いてから菊乃が「とりあえず」と言いかけて気が付いた。
「アレ? なんかさっきから、とりあえず、とりあえずばっかり言ってるよね? アタシ等」
美穂子が苦笑いを浮かべる。
「うん。そだね……」
時間を持て余してしまうのは良くあることだが、とりあえず何かをやってみるというのは大事なことだ。
そこで二人は適当に歩き出した。
T台の駅前は下町風味満載のごくありふれた町並みだった。
夕方ということもあって行き交う人の半分は学生で、残り半分は買い物をして家路につく人々のようにみえた。
素朴な感じの商店街を行き交う人々の間を縫うように自転車が走る。
そんな光景を眺めながら目的もなくとぼとぼ歩いていると菊乃は自分が何をやっているのか分からなくなってしまった。
(何やってんだろ……アタシ)
十分も歩けば駅前の商店街はあっさり終わってしまった。
目に付くのは民家やマンションばかり。
そのうちのひとつ、茶色っぽい小さめのマンションに何気なく目をやると一人のおばあさんが怒っているのが目に入った。
なんだろうと思いながら菊乃がその横を通過しようとした時だった。
おばあさんの「誰がこんなもん捨てるんだろうねぇ」という独り言が、ふと気になった。
立ち止まって、おばあさんの様子に気を取られている菊乃を見て、美穂子が声をかける。
「菊ちゃん、どうしたの?」
「いや……ちょっとね」
菊乃の視線の先にはゴミ袋がひとつ。
おばあさんがブツブツ言いながら、それを片付けようとしている。
「ちょ、ちょっと待って!」と、菊乃が突然大きな声をあげる。
それに驚いたおばあさんが振り返る。
菊乃は、おばあさんから袋を取り上げて美穂子に中を見せる。
「ね、美穂子。ちょっと見てこれ!」
訳が分からない美穂子が困った顔をする。
「それがどうかしたの?」
「美穂子、分かんない? これ。うちの制服だよ!」
「制服!?」と、思わず美穂子の声が裏返る。
菊乃が得意げに美穂子の顔を見る。
「ね。うちの制服。上着でしょ?」
「確かに……そうだよね。でも、何コレ?」
半透明のゴミ袋には、制服のジャケットが四着、押し込められていた。
菊乃が「何コレ? ボロボロじゃん!」と、それをつまみ出す。
美穂子がしげしげと眺める。
「なんか切られてるみたいじゃない?」
「誰がこんなトコに……」
そう言いかけて菊乃が、はっと何かに気付いた。
「ね。これってもしかして!」
菊乃にある考えが浮かんだ。
美穂子が菊乃の反応に戸惑う。
「え? え?」
菊乃は、おばあさんに向かって「あ、これ回収しま~す」と、言い残してその場から立ち去ろうとした。
美穂子が慌てて、それを追いかける。
二人はマンションのゴミ置き場から退散して、近くの公園に移動した。
一息ついたところで美穂子がゴミ袋を見ながら顔を顰めた。
「ね、これって何なの? キモくない?」
「何言ってんの! 大発見だよ。よっし。カズ君に教えてやろっと」
そう言って菊乃はスマホを取り出した。
そしてカズに電話する。
呼び出し音六回目でカズが出た。
『どうしたの? 藤村さん』
菊乃が得意げに報告する。
「あ、カズ君? へへ。アタシら手がかり発見しちゃった!」
『え? 手がかりって……ダメじゃないか。危ないって言ったでしょ』
「大丈夫だよ。ていうかこれ見たらカズ君も驚くよ」
『驚くって、何を見つけたんだい?』
「それは見てのお楽しみ。ね、今から来れる?」
『それはいいけど……藤村さんは今どこにいるの?』
「T台駅」
『え、近いな。分かった。今からそっちに向かうよ』
「場所はね……えっと、駅前の商店街ぬけて、神社? みたいなトコの隣に公園があるんだ」
『了解。じゃ、そこで待ってて』
「ん。じゃあ待ってる」
そう言って菊乃が電話を切ると美穂子が「カズ君、来るの?」と、顔をほころばせた。
「ん。何か近くにいるみたいよ」
「マジで!」
美穂子はちょこんとベンチに座ると、いそいそと鏡やらブラシを取り出した。
どうやら菊乃の大発見よりもおしゃれの方が大事らしい。
菊乃は背伸びをしながらふと喉の渇きに気付いた。
「あぁ、なんかいい仕事したら喉渇いちゃった」
公園の外を眺めるとコンビニが目に付いた。
「アタシ、何か買ってくるよ。美穂子もなんか飲む?」
「私はいい」
美穂子は身づくろいに夢中なので、菊乃は一人でコンビニに行くことにした。
コンビニに行って帰ってくるまでほんの十分足らず。
菊乃が公園に戻ってみると美穂子の姿が無かった。
彼女が座っていたベンチには菊乃のカバンと美穂子のカバン。
そしてゴミ袋がぽつんと置き去りにされている。
(あれ?)と、思って公園内を見回すが、そられしき人影は無い。
いつの間にか日が暮れ始めていて辺りはすっかり人の気配が消えていた。
「美穂子? ねえ。美穂子っー!」
大きな声で呼んでみたが反応は無い。
おかしいなと思って菊乃は園内を少し歩いてみることにした。
それほど大きな公園ではない。
三分もあれば一周できるぐらいの広さだ。
歩き始めて、ちょうど菊乃達のいたベンチの反対側に公衆トイレがあった。
(美穂子、トイレなのかな?)
そう思ってそちらの方向に足を伸ばす。
何気なくスタスタ歩いていると、ふと何かが耳に入った。
(話し声?)
菊乃の位置からは死角になっているがトイレの方から誰かの声が聞こえたような気がした。
嫌な予感がする。
足音を立てないようにそっと建物に近づく。
静かに。耳をすませて。ゆっくりと……。
切れかかった蛍光灯が瞬く音が耳につく。
「早く脱げよコラッ」
今度ははっきり聞こえた! 男の声だ。
(ウソでしょ……まさか……)
周りに聞こえてしまうかと思うほどに菊乃の心臓がバクバク鳴った。
(どうしよう……どうすれば……)
こういう時こそ大きな声を出すべきなのは分かっている。
しかし、頭がパニくってしまうとそれができない。
それでも菊乃は、ありったけの勇気を振り絞って声を出した。
「美穂子っ!」
思ったよりしょぼい声しか出ない。
が、反応はあった。建物の影からすっと黒い人影が現れたのだ。
「何だテメェ……」
暗がりの中でよくは見えないが、黒っぽいニット帽を深々とかぶった若い男が菊乃を睨みつけている。
さらに「何だよ。連れかよ?」と、別な声がして、ひょっこりと別な男が顔を出した。
こちらの男は金髪にダボダボの服装だ。
「一緒にやっちまうか?」と、ニット帽がにやっと笑う。
金縛りにあったように菊乃の身体が硬直する。
(やや、やっちまうって何を!?)
予想外のピンチに菊乃は戦慄した。