第二写
アスファルトを砕き、シキを引っ張り出す。
体に飲み込まれるようにして組み込まれているアスファルトを大きいものは引っこ抜き、細かいものを取り出すためにシキの体を潰して化け物の死体とバイクの残骸で出来上がった日陰に投げ入れる。
「…乱暴。もっと丁寧に扱いなさい」
「体に指突っ込まれていじくりまわされるよりはましだろ」
「……」
「おいまてなぜ顔を赤らめる」
いつもの少女姿に戻ったシキが俺の発言に自分の体を抱きしめるようにして顔を赤らめる。
「そ、そんなことよりも修理できそう?」
シキから顔を逸らし、ひしゃげたバイクの方に目をやる。
そこにはひしゃげた紙のような、そうとしか形容できない鉄の残骸が転がっていた。
「んー…二年くらいか」
「そう?じゃあしばらく休もうか」
二年。最早俺たちにとってはその月日ですらすぐに過ぎ去るものに思えてしまうのだ。
もともと吸血鬼に寿命という概念はないらしい。
基本的にデビルハンター、ヴァンパイアハンターと呼ばれるものに狩られてしまうし、その当時含めて最年長だった最初の吸血鬼が自殺したのでこれくらいが最長という記録があるだけで寿命らしきもので死んだ奴がいないだけ。だからその概念も生まれていない。
個人的には、もしもあの神父や伯爵のような奴が実在するのならばぜひとも会ってみたい。
「…期待しているところ悪いけど。ここまで世界が終わったら特殊部隊なんて存続してないよ」
「……地味に吸血鬼になってからの夢だったんだけどなあ…………」
バイクの部品を一つ一つ無事な物から取り出しながら雑談をする。
自分でも思った以上にへこんでいる僕を見かねたのか、シキが僕の目の前でアイドルのようなポーズをとる。
「まあでも、美少女吸血鬼はここにいるよ?」
「そこにいたら燃えるぞ」
「アッ……」
「《助けろっ!》」
体が強制的に動き、シキの腕をめいっぱい引っ張って日陰の中に入れる。
こういうところさえ直してくれれば素直に尊敬できるんだけどな。とくだらないことを考えながらバイクの残骸に向き直る。
「あぶなかった。しぬかとおもった」
「自分から日向へ突っ込むバカはそうそういねえぞ」
「あ゛?………ん?」
「この化け物、吸血鬼の眷属だ」
思考と共に手が止まり、シキの方を振り返る。
眷属。
吸血鬼に熟れ切れなかった生物の成れの果て。
自我はなく、主たる吸血鬼の命令に盲目的に従う暴力装置。
「生き残りがいるってことか?」
「……違う」
化け物の、顔に当たる部分を抱えたシキがいつか俺に見せた人ではないものの笑みを、決して理解し合えない人の上にいる笑みを向ける。
「これは、わたしの家族……五百年前、私が作った最初の化け物」
「あなたとは違う、正真正銘、私の犠牲者」
「わたしの、おにいちゃん」
「んで、それがどうかしたか」
「え?それだけ?」
顔色一つ変えずに返事をする俺を見てシキが素っ頓狂な声を上げる。
「いや、関係ねえし」
「……いや、うん。出会った時からあなたはそうだったね」
「そうか?今よりは感情的だったぞ」
シキと俺は少しだけ昔話を、どっかの位を四捨五入して二百年ほど前の話に花を咲かせる。
正直、最近の百年よりもすごく濃かった出会った当時のほうが記憶に残る。
だから二人ともすぐには話のネタが尽きない。
「ねえ、二年間暇だし、本作ろうよ」
「俺は暇じゃねえが」
「じゃあできたら見せてあげる」
そう言ってシキは右手を前に向けると、自分の血をひねり出して紙を作る。
「じゃあ、まずは私とあなたが出会った話」
そう宣言し、紙束を前にシキは物語を紡ぎ始めた。