第一写
近づくにつれてわかったことが二つ。
音楽などかかっていないこと。
焼けている肉は人間の物だということ。
「盗賊…でも、何で焼く?」
隣のシキが遠くを見ながら不思議そうに呟く。
「俺らと同じ人間が食糧の化け物なんじゃねえのか?」
「ん、そうかも」
シキが珍しく即答してくるので何か見えているのかと自分も遠くを見つめるとぼんやりと、本当にギリギリでなんらかの、少なくとも確実に化け物の類である巨体が見える。
「なんだ?あれ」
「……逃げよう?私、太陽の下じゃ役立たず」
「そうした方がいいかもな、バレる前に…」
バイクを止めようとした瞬間、唐突に手が震えだす。
横のシキを見ると、焼けるような痛みを感じるはずなのに、いや、これ以上は燃えるはずなのにいくつかの装備を捨ててバイクから飛び出そうとしている。
「シキ!?」
「燃えてもいい!〝離れろっ!〟」
こっちの質問にすぐ答えるより何十倍も珍しい命令系でシキが声を荒げる。
主人である吸血鬼の命令に体が勝手に動き、吸血鬼のバカみたいな身体能力でその場から離れる。
クシャリ。
さっきまでいた場所から紙を潰したような音がする。
「…〝逃げろ!〟」
もう一度シキが叫び、こちらに手を伸ばす。
体は勝手に動き出し、シキの手を掴んで来た道を全力で逆走する。
「…化け物」
シキが呟く。
少なくとも、シキにはあの化け物に見覚えがあるらしい。
「あーあ…バイクが勿体ない」
「…また直せばいい、時間は要らないほどあるから」
「…戦わきゃならんのか」
「嫌だとしても命令。私の横にいなさい」
さっきとは違う言葉だけの、強制力がない命令。
でも、はっきりとした「命令」という言葉に呪いのように体が動く。
足が止まり、腕からシキを降ろすと自分の腕を片方もぎ取る。
引きちぎれた面から流れ出た血を掴み、固めることで即席の刃物を二つ作成。痛みに顔を歪めながらも腕を付けなおす。
「…何百年たっても慣れねえ」
「太陽の下だから、余計痛いだろうけど頑張って」
「無茶言いなさる」
二人共ギリギリ肌が発火しない程度に上着を脱ぎ、シキはカバンに入っているナイフ、俺はさっき作った刃物を両手に持つ。
夜まで待つのが一番戦いやすいが、シキは思い入れがあるものは奪われたらすぐに奪い返す質なのでその提案は無視された。
「怪異の王たる吸血鬼に歯向かった化け物に愚かさを教えてあげる」
「………吸血鬼が王なのか?」
「ん、怪異は神と同じように知られているほど強い。その点、私達吸血鬼の知名度は圧倒的」
「数百年吸血鬼やってて初めて知ったんだが?」
「教えなくても変わらないし、一々性質を教えるの面倒」
後者が九割くらいの理由な気がするが、そんなことはどうでもいいとばかりに話を打ち切ってシキが目元以外を布で覆い隠す。
一見白色のシスターにも見える服装だが、顔は口元を布で隠してゴーグルをかけている時点で異様の一言で表せるだろう。
「相変わらず、シスターみてえだな。吸血鬼の癖に」
「…シスターだろうと、吸血鬼だろうと、私達に祈る神はいない」
「そりゃそうだ。俺らが殺したんだからな」
「うん。だから言うことはない。いつも通り、」
「殺そう」
その一言を合図にしたように、シキはアスファルトを崩しながら突進する。
とーん、とーん、ぱっ、と一歩ごとに異常なほどに響く声で歩数を数え、俺たちを追いかけているのであろう、疾駆する化け物にまっすぐと突っ込んでいく。
こちらに気付いたのか、化け物が足を止めて人間が使うような武術と呼べるような構えをとる。
シキが足を緩め、一瞬だけ長い呼吸をすると超がつくほどの前傾姿勢で構えている相手に突っ込んでいく。
「無駄」
その巨体に正面から突っ込んだシキは迎撃に差し出された腕に直撃し、体が貫かれる。
化け物はその腕を地面にたたきつけ、シキの体がひしゃげる。
だが、シキの言ったようにその行動は無駄だった。むしろ一番の悪手ですらあった。
「吸血鬼の、再生能力を舐めるなよ。青二才」
シキの容貌が小柄な子供から女性へと変わり、腕も、アスファルトすらも巻き込んで体が再生する。
「やれ、眷属」
ハスキーな声に命令され、体が動き出す。
まだ自由な腕を使い抵抗しようとしていた化け物は一対の赤に斬り落とされる。
死体の腕を引き抜き、地面に埋まっている主人を見下ろす。
太陽はもうすぐで頂点に上り詰めるであろう時、燃えないには心許ない大きさの影に彼女は守られていた。
「…さて、助けてくれ」
「締まんねえなおい」