終わった世界と死出の旅
挑戦と冒険は本質的には変わらないものじゃないかと最近思う。
新しいこと、誰も知らないこと。自分がやりたいこと、自分で決めたこと。
やり遂げ、証明する。その過程は自分以外分からない。いや、自分でもわからない。
「最高」
「だろ」
地図を眺める相棒と短く会話を交わし、荷物をまとめてから鞄に詰めると、つばの大きな帽子をテントで寝転んでいる相棒に手渡し、自分の手首を軽くナイフで切る。
「飯」
「ん、いただきます」
傷口の周りに刺されるような痛みが走り、何かが吸い取られていく感覚と共に目の前の相棒。吸血鬼のシキの顔色が良くなっていく。
シキは数秒間口を付けた後、口を離して入れ替えるように僕の手首に包帯を巻きつける。
「自分でできるって言ってるだろ」
「手当は正確で速い方がいい。それを言ったの、あなた」
「…そうだったな」
包帯を巻き終えるとシキは自分の鞄を背負って長い紺色の髪を後ろで一つにまとめ、帽子をかぶる。
「行こう、新しい景色に」
「おう」
キャンプ道具一式を後部に巻き付け、サイドカーにまだ眠たそうな紺色の髪の少女を乗せた三輪バイクが砂埃を上げて走り出す。
二三三〇年 六月八日 天気快晴 気温48℃ 湿度85%
暑さが増し、冷房が恋しい時期になってきている。
「あつい」
「我慢するか影に入ってろ」
「ん~…」
サイドカーのシキは既に夏バテによってダウンし、座席の上で丸まって太陽に顔を、正確には露出した肌を向けないようにうずくまる。
僕は半吸血鬼なので帽子と薄い上着で太陽は大丈夫だが、純血の吸血鬼であるシキはそうもいかない。
日中に動くなら厚着は当たり前、それに日陰にも入っていなければいけない。それを数秒でも怠れば体中が発火する。
吸血鬼の能力で、影の中に入ることはできるがシキは頑なにそれを良しとしない。
本人が人間でありたいとの願い、そして僕を助けてしまった代償行為だとシキは言っているが僕としては恩人であり相棒であり主人であるシキが苦しむのは見たくないのでおとなしく入っていて欲しい。
だが、それ以上にシキがサイドカーを気に入っているのが理由だと思う。
このサイドカーはシキが自らの手で選び、修理して塗装までしたこだわりの逸品なのだから気に入らない方がおかしい。
そのあたりの感性が人間と同じかはわからないが少なくとも、シキはこれに愛着を持っている。いつかの山道で壊れかけた時には三日三晩寝ずに修理し続けたほどには
「…寝ててもいいが、落ちるなよ」
「うん」
シキは体を丸めると、体を固定するようにシートベルトを巻き付け、白い上着も相まっておにぎりのようにも見える状態になる。
いつの間にシートベルトがそんな伸びるようにしたんだと思いながら緑が溢れる道路の残骸の上を走る。
一匹の吸血鬼とその眷属は、今日も死に場所を探して世界を巡る。
「今日はどこ行く?」
「……東名高速RTA?」
「やめてくれ」
「じゃあ中央自動車道RTA」
「RTAから離れろ」
おにぎり状態のシキはむぅーと声を出して不貞腐れる。
ネットがちゃんと機能していた時、シキはバイクでのRTA動画を見ていたな、と懐かしみながらもその提案を却下する。あれはやっている側はすごくきついし今の道路じゃまともにできるかもわからない。
先代の……ガソリンが必要なバイクで走っていた時代を思い出しながら道路を適当に曲がっていく。
次の町はどのくらい先にあるのだろうか、そう思いながらまだこの国の人口が一億だった頃、一時間も走れば大都市が見えていただろう道を標識も信号も気にせず走る。
「………人の匂い、する」
いつの間にか顔を出していたシキが鼻を動かしながら周囲を見渡す。
微かに聞こえる音楽のようなもの。それとともに肉の焼ける匂い……
「行くか」
「ん!」
目的なくさまよう予定だったバイクが進路を変えて香ばしい匂いがする方へ曲がる。
澄み切った空はバイクの走行音をよく通した。