鏡のない世界
○前書き
この世界では鏡がないため絵師という職業が生まれた。人々は絵師に自分の顔の絵をかいてもらい自分の顔を初めて認識する。本作の主人公も絵師の一人である。
○本文
不細工だ、
ただ一言、正面の椅子に座る少年に抱いた印象だった。
まじまじともう一度よく少年の顔を観察する。照れくさそうにする仕草。窓から入ってくる木漏れ日。かすかに感じる春の訪れ。すべてが不快に感じられた。
何度握ったかわからない筆を取り、絵具を画用紙にぶつけるように描きなぐる。数刻の時間がたてば色が形を成し、美しい少年が現れる。私が筆をおくと椅子に座っていた少年が画用紙を受け取り、嬉しそうに親と会話する。
「ありがとう」
不細工な唇を吊り上げ、笑顔でお礼を言う。
少年は真新しい制服を着て、でかく感じられるランドセルを背負いながら桜が並び立つ道を駆けていった。
私は報酬を受け取るとそそくさと逃げるように家から出た。
少年の両親がなにを考え、私にそうさせたのだろうか。わが子を思う親に悪意はないはずだ。確かにわかるのは、私が少年に対し嘘をついたことだけだ。両親と私は共犯者になったのだ。
あれから7度目の春になった。
少年は真新しい制服を着て真正面の椅子に座っている。
驚くべきことに少年は未だに絵の中にある美しい少年を自分だと勘違いしていた。1年に一度この家を訪れ、美しい少年の絵を描くたびに憂鬱になる。自らの罪を目の当たりにしているからだ
あれから10度目の春になった。
少年は真新しい制服を着て真正面の椅子に座っている。
「ありがとう」
少年はかすかに震える唇を吊り上げ、笑顔でお礼を言った。
少年は両親の優しい嘘を、私の嘘を受け入れていたのだと私は気づいた。
やはり少年は不細工である。
以降、私が少年の家に足を運ぶことは無かった。
少年は道化にいつづけることが出来なかったのだ。
私の年金生活の楽しみは新聞を読むことである。ほとんど動かなくなった右手を使い新聞を広げると、目を見開いた。今日の新聞は近頃の一番のホットニュースである連続殺人鬼の顔の絵が見開きページいっぱいに広がっている。見覚えのある顔であった。
やはり不細工である。
後書きを入力するとこ