第九十五話 HERE COMES DAREDEVIL
どこまでも蒼く、どこまでも広がる空を駆ける鋼鉄の翼――アドリヴァーレ号。
艇が安定飛行に入り、自動操縦に切り替わって随分時間が経つが、〈北ホーコン大陸〉はまだ見えない。
長時間フライトに際し、ショーコ達は共和国本庁内で起こった出来事を共有しあった。
ショーコとフェイがヨーカと共に【大書庫】でレベッカとエドワードと交戦した経緯……
クリスとマイが【繁栄と安寧の広間】でレオナとマリーナと交戦した経緯……
そして、ショーコが禁書を読み上げ、ドラゴンを呼び出した経緯……
「なるほど、レベッカがフェイに因縁ありげだったのはそーゆーことだったんだな」
「クリスさんも、ご家族の誤解が解けたようでよかったですね。……あ、失礼。元、家族でしたね」
気を遣うフェイにクリスは鼻を鳴らした。
「まっ、どーでもいーけどよ」
クリスの母――シルヴィアは現実を否定し、自身の子供達を終わりのない戦いに囚え続けてきた。その事実を知った……いや、思い出した彼女は、自らの行いを悔いている様子だった。きっと近い内に腰を据えた家族会議が行われることだろう。
「それよか気になるのはショーコが魔法を使えたってことだな。言えよな~そーゆーことはよ~」
ショーコの肩を小突くクリス。ショーコは背を丸めて頭を掻いた。
「いやあ、あっしとしやしてもなにがなにやら……」
「魔導書は古代ガイエ語で記されていました。それを読めるなんて流石ショーコさんですね。私は社会学専攻だったので古文は苦手です」
当然、ショーコに異世界の古い魔導書なんか読めるハズがない。「魑魅魍魎」すら読めないし。ましてや読めたとしても魔法を扱うなどできるハズがない。ゲームじゃMPよりHPにステ振りするし。
「アイツも……“最初の転移者”も似たようなものだった。魔族と言葉を交わし、古代語を読み上げ、土壇場で窮地をひっくり返す……そういうものなのだろう。“転移者”というものは」
マイが食糧庫から食べ物と水の入った瓶を持ってきた。右手一本で四人分の食事を運ぶとなるとそれなりに難しい。
クリスが椅子から立ち上がって受け取り、マイに代わって机へと運んだ。
「すまんな」
机上に並ぶ、共和国謹製の食糧。冷凍保存された鶏肉と、冷凍保存された果物、そして冷凍保存されたパン。
「あたため」
マイが呟き、自身の分の食糧に触れる。予め施された簡易魔法によって解凍され、食事に適した温度に変化した。
ショーコらもそれに倣う。電子レンジと違って熱すぎることもなければ冷めたままでもない、鶏肉はホクホク、果物は常温、パンは出来立てさながらのちょうどよい塩梅だ。
「そういえばマイさん、ずっと気になってたんだけど――」
ショーコが鶏肉を頬張りながらマイの失われた左腕を見つめて言う。
「すっげーカッコイイね! 戦士としてハクがついたっていうか、めっちゃ似合ってるよ!」
アホな言に、マイは小さく口角を上げた。
「ふっ、お前ならそう言うだろうと思ったよ」
「私も気になっていたことがあります。オードバーン卿が言っていた、異世界召喚術が使えるという“緋色の御子”……そのような方がおられるなど初耳でした」
「そーそー。言えよな~そーゆーことはよ〜。無駄に引っ張りやがってさ~」
マイの肩を小突くクリス。マイは仏頂面で口を尖らせた。
「別に隠してたワケじゃない。知ってると思ってた」
“最初の転移者”一行について、世間にはさほど詳しく知られていない。「異世界から現れた“転移者”が魔族の王を倒した」という部分だけが広まり、それ以上のことを詳しく知る者は非常に少ないのだ。共和国本庁でマイが門前払いされた例もあるし。
十五年間共和国で積極的に活動していたレオナは例外として、“最初の転移者”一行は救世の英雄でありながら偶像的な存在なのだ。
「私の世界でもそういうのあるよ。漫才コンビやトリオでも一人が目立って他の人はあんまり認知されないの。○○じゃない方なんて呼ばれてさ」
「じゃあマイは『魔王を倒したけど有名じゃない方』ってワケだ。ハッハハハ」
「やめてくれクリス。その言い方は私に効く」
「もっと聞かせてください。ショーコさんの世界のこと。私、気になります」
「おー、アタシも聞きてー。そっちにはどんなバケモンがいるんだ?」
「えー、この世界に比べたらウチなんて大したことないよ」
「私も気になる。強いヤツはいるか?」
「うーん、そうだなあ……ウルトラマンっていう四十メーターくらいの巨人がいる」
「えっ」
「あと、ゴジラっていう怪獣王もいるし」
「は」
「七つ集めたらどんな願いも叶うボールがあったりするよ」
「めちゃくちゃ面白そうじゃないですかショーコさんの世界」
――……
「――で、その配管工はキノコ食ったら巨大化するし花持ったら火ぃー出せるし星取ったら無敵になる」
「どういう理屈だ」
「ワケわかんねーなショーコの世界」
「でも楽しそうなのでいつか行ってみたいです」
「お、いいよいいよ。みんなでおいで――……って、もう夜じゃん!」
ショーコがふと窓の外を見やると、空はスデに蒼暗く染まっていた。陽が落ち、二つの月が闇夜を支配している。話し込んでいる内に随分時間が経っていたようだ。
フェイが操縦席に座り、現在地を確認する。
「まだ海上ですが、もうすぐ〈北ホーコン大陸〉の上空に入りますよ。マイさん、ここはどういった地域なんですか? 私は初めて訪れるので……」
「ああ、北の大陸は乾燥地帯でな。気温が高く雨が滅多に降らないが、反面ほとんど常に快晴なんだ」
マイが語った直後――進路上に何の前振りも無く黒雲が立ち込めてきた。
瞬く間にブ厚い雲が飛行艇の周囲を取り囲み、激しい雨が機体の装甲を叩き始める。
「……」
「大丈夫だぞマイ。知ったかしちゃう時ってあるもんな」
クリスがマイの肩にポンと手を置いて慰めた。
ショーコが窓に顔を寄せ、外の様子を伺う。大きな雲の奥でゴロゴロと恐ろし気な轟音が響いていた。
「わ……なんかヤバそうな天気。大丈夫なのコレ?」
「雷が直撃したら墜落間違いなしだな」
「全然笑えないからそれ」
クリスをジト目で睨みつけ、ショーコは再び窓の外へ目を向けた。
暗く、先が見えない。暗闇の奧から何かが襲ってくるんじゃないかと、漠然とした恐怖が湧いてくる。
「あーダメだ。私こういう暗いの苦手――」
稲光が光った――その時、雲の中に大きな影が写った。
「!」
目を擦り、窓に張り付いて注視するショーコ。
瞬きをしようとした瞬間、雷光が再び闇を照らした。
……間違いない。何か大きな生き物の影が見えた。
「なにかいる! そとになにかいるよぉ!」
ショーコ警報発令。すぐさま三人が集まり、頬で押し合いへし合いしながら同じ窓から外を覗いた。
「どこだ。何が見えた」
「ぐえっ、ちょ、みんな、退いて、くるし」
「暗くてよく見えません。これで見つけるなんてさすがショーコさん」
「お前ら隣の窓から見ろよ。これはアタシの窓だぞ」
すし詰め状態で外を注視するが、異変は見られない。こういう時に限って影を写す稲光が来ない。
フェイとクリスとマイはとりあえず窓から離れた。妙な沈黙が流れる。
「……ほ、ほんとだもん! ほんとになにかがいたんだもん! ……うそじゃないもん」
「いや別に疑ってねーよ」
「この高度でこの嵐の中を飛ぶ生き物……すぐには思い浮かばないですね」
「あのビビとかいうドラゴンがついてきたんじゃないのか」
マイが反対側の窓から外を見やった。
重なる雲の一つに違和感を感じた。わずかに動いているように見える。
――稲光が光った。
マイの瞳に写ったのは、共和国政府本庁を襲撃した龍の魔物だった。
「っ……! みん――」
「マイさん、そっち側は何か見えた?」
「――――」
「……? ……マイさん?」
ショーコが振り向く。
マイが……固まっていた。
まるで石のように――だが呼吸はしている。喉と、瞳だけがわずかに動いているだけではあるが。
ショーコは異変を知らせようと、フェイとクリスへ振り向いた。
口を動かすのを忘れた。
突如、フェイの背後の頭上――飛行艇の天井が赤く変色したのだ。
次の瞬間、鋼鉄が溶け、機体上部に穴が空いた。
穴から船内に影が飛び込み、フェイの背後に立ったと思った瞬間――
――彼女の胸部を、焔色の拳が突き破っていた。
「っ……え…………」
何が起こったのか、ショーコにもクリスにもわからなかった。フェイ自身にもわからなかった。
「『悪ぃな、お嬢ちゃん』」
フェイの胸を穿ったのは、六本腕の魔物――シュラ。
ズルリと拳が引き抜かれ、フェイはその場に倒れた。
「てめーーーーーーーーーー!!!」
クリスがシュラめがけ黄金の拳を振るう。
しかし、六本の腕が交差するように重なりあい、彼女の拳を真正面から受け止めた。
「『大したパワーだな。だが焦りすぎだぜ』」
右側の二本の腕が防御から離れ、クリスの横っ面に打ち込まれる。
「がっ……!」
凄まじい威力だった。
クリスの脳が激しく揺れる。視界がパチパチと乱れる。
「んのっ……!」
意地で意識を繋ぎとめ、渾身の一撃を撃ち返す。
しかし、シュラは右の腕三本を重ね合わせ、クリスの拳を――またしても――防いだ。
「『おいおいおい、名乗り口上ぐらいさせてくれよ。これなるは! 異世界よりの強者、その名も――」
「じゃかあしいっ!」
クリスが連続して拳を繰り出す。しかし、鉄壁の守りを崩せない。
「『あー、冷静でいれねーのな。それじゃ俺ッ様には勝てねーぜ』」
返す刀で、シュラは左の三つの拳を矢継ぎ早に繰り出した。
クリスも防御姿勢を取るが、三本の腕からなる連撃がガードの隙間をすり抜け、彼女の身体を打ちつけてゆく。
「ぐっ! くそ……!」
三つの腕が束状に集まり、一際強烈な一撃が繰り出される。
両腕を上げて防御するクリス。
その両腕ごと叩き潰す勢いで焔色の拳が炸裂した。
目も眩む威力。クリスの身体は大きく吹き飛び、壁に叩きつけられた。
「がっ……! は……」
「『ホントは正々堂々やり合いてぇが、こっちも事情があってよ。さて』」
六本腕の魔物が振り向き、へたり込むショーコを見下ろした。
「っ……!」
ショーコは助けを求めてマイを見やった。しかし、依然固まったままだ。
「『あー、アイツは一番厄介だからよ、“レイ”が止めてるんだわ。こないだ見たろ? アイツの神通力はあのデケェドラゴンでさえ抗えなかったのをよ』」
六本の内、右側の真ん中の腕がショーコの胸元を掴み上げた。
「いづっ……! ぐ、ぐるじい……!」
シュラが右側下部の腕を飛行艇の壁面に向けた。焔色の掌から煉獄の如き炎が噴き出し、鋼鉄の機体を瞬く間に灼き溶かした。
溶けた穴から覗く外の様子は、雷雨で激しく荒れ狂っていた。
ここは遥か上空……眼下には漆黒の闇夜が広がっている。
ショーコは察した。同時に、血の気が引いた。
逃げようにも、彼女には宙で足をバタつかせることしかできない。
「『悪く思うなよ、“転移者”サンよ』」
シュラはショーコを掴む腕を機体の外へと向けた。
「てめーっ……ショーコを放せっ……!」
ボロボロの身体を庇いながらクリスが言った。
シュラが一瞬動きを止め、クリスに振り返る。
そして――
「『放せってのはマズくないか?』」
――わざとらしく手を放した。
「っ! ショー――」
ショーコを追って飛び出そうとするクリス。
しかし、焔色の拳が彼女を床に叩きつける。
クリスが伸ばした手がショーコに届くことはなかった。
シュラが飛行艇から身を乗り出して下を覗く。ショーコが虚空に消えたのを確認し、一つ息をついた。
「『さて、と。レイ、頼むわ』」
シュラが言うと、彼の身体が電磁膜に包まれ、宙に浮いた。
同時に、マイを縛っていた力が解けた。
即座に刀を抜き、シュラめがけ振るうマイ。
しかし、敵はスデに艇の外へと飛び立っており、刃は寸でのところで届かなかった。
「くっ……!」
嵐の中へ飛び去るシュラを目で追うマイ。
黒雲の中に潜む龍が、マイを睨みつけていた。
雲の中で瞳が光る――雷鳴が轟き、飛行艇に落雷した。
右翼が根本から折れ、機体上部に火が着く。
急ぎ操縦席に向かうマイ。しかし、片翼を失った飛行艇には、もはやどうすることもできない。
「『おい、レイ。狙いは“転移者”だけだったろ』」
「『奴は、お前を斬ろうとした』」
「『……ま、俺ッ様もエルフをやっちまったしな。とりあえず仕事は終わりだ。帰ろうぜ』」
……火を吹き、黒煙を巻き上げながら、飛行艇アドリヴァーレ号は夜の闇へと墜ちていった。




