第九十三話 それは、別れ歌
――共和国政府本庁・応接室。
「いやはや、予想通り随分取り乱していたね」
獄中のショーコとの通話を終え、レオナがおかしそうに口元に手を当てて笑った。
室内にはレオナの他にフェイ、クリス、マイ、アンナ、ハイゼルンが同席していた。
加えて、ハイゼルンの部下ウィラが長机に向かって事務作業をしている。
「ショーコちゃんの投獄に対する市民の声は、賛成八割五分、反対一割五分といったところですね。やはり理由はどうあれドラゴンを召喚したという事実が印象を悪くしているようです」
ウィラが長机に小さな魔法陣を展開させながら言う。共和国は公共魔法により、市民の声をリアルタイムで集計することができるのだ。
「これでショーコはしばらくブタ箱の冷や飯食いってワケだ。まー、たまにゃ差し入れでも持ってってやるかな」
椅子にふんぞり返って笑うクリス。一応国家のお偉いさんの前だというのに態度の悪いこと悪いこと。
「な、なんでお二人ともそんな態度なんですか! 英雄が投獄されてるんですよ! クリスさんだって友達でしょうに!」
「オードバーン卿、もしショーコさんをこのままにしておくというのなら、私は無理にでも救出いたします」
フェイとアンナが憤るのも当然だった。ショーコの投獄はあくまで一時的な処置で、早々に釈放される予定だったのだから。
「誤解しないでくれ、フェイくん、ペンゼスト評議員。私とてキミ達と同じ気持ちだよ。しかし、これが民主主義というものなんだ」
「ですが――」
「今後の議会では、あの六本腕の魔物と龍の魔物らについて話し合う予定だ。言葉を理解する魔物に魔導書を奪われたとあっては、これ以上他のことにかまけている暇はない。つまるところ……もし今、囚人が脱獄でもすれば、対応が遅れるやもしれないな」
「……!」
レオナの言わんとしていることにアンナは感づいた。
「……?」
フェイにはわかんなかった。
「フッ、あのお堅いレオナ・オードバーンがずいぶんワルになったもんだ」
ハイゼルンが椅子にもたれかかり、わざとらしく頭の後ろで両手を組んだ。
レオナも同様にわざとらしく肩をすくめる。
「おかげさまでね。まあ、私が何を言わずとも、マイやクリスくんが力ずくでどうこうする気だったろうが」
「???」
「レオナは『ショーコを脱獄させろ』と私達に促しているんだ。立場上明言できないから遠回しにな」
全然話が見えないフェイにマイが耳打ちした。
「ああ、なるほどそういうことですか」
「……何も聞かなかったことにします」
アンナは両の耳を手で押さえた。一応評議員なので。
「よっしゃ、そんじゃ今から牢獄脱獄大脱走計画たてようぜ。まず俺が看守どもを――」
ハイゼルンはなぜかやたらウキウキで脱獄手引きの段取りを決めはじめた。一応評議員なのに。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――階層式囚人収容施設。
日暮れから数時間が経った頃、罪を犯した者達の牢獄に神聖なる評議員が足を踏み入れた。
「これはっ! ニコラス・ハイゼルン評議員殿っ! お疲れ様でありますっ!」
「おう、お疲れさん」
看守長が力強く敬礼を示し、ハイゼルンは軽く手を上げた。
共和国評議員のアポ無し訪問に看守達に緊張が走る。それでなくともハイゼルンは歴戦の戦士。眼帯で覆われた強面の傷面が多くの者に畏怖と敬意を抱かせる。
「して、此度はどういった案件でご足労なられたのでしょうかっ。評議員殿が視察されるとの連絡は来ておらず――」
「あー、固いこた抜きにしてよ、メシでも行こうぜ。ここの連中全員でよ」
国家のお偉いさんからの突然のお誘いに看守達は互いに顔を見合わせた。
「……それはどういう……あっ! も、もしやリストラ通告!? 職員総辞職!?」
「そんなんじゃねえっての。おっさんになるとな、たまにムショーに昔話をしたくなるんだ。聞き役を頼まれてくれや。飲み代は持つからよ」
「はっ、しかし本官達にはまだ仕事が――」
「ほっとけほっとけ。俺が許可したって言やいいんだよ。それに、牢は魔法で守護されてんだから囚人どもはなんにもできやしねえよ」
「……それもそうでありますね。では、お言葉に甘えさせてもらうでありますっ。総員っ! すぐに退勤準備に入れっ! 今日の飲み会は評議員殿の奢りだっ!」
「「「はっ!」」」
看守長の号令に牢獄の看守達がキレの良い敬礼を返した。
「あ、言っとくが俺の持ちは一杯だけな。リンゴジュース指定で」
「「「えっ」」」
――も抜けの空となった看守室に三つの人影。
フェイとクリス、そしてヨーカの三人だ。
「なんとまあ厳重な警備だこと」
「クリ姉の皮肉マジウケる♪」
看守室の壁には監獄の天井図が階層ごとに分けて描かれていた。各牢に一つずつ魔法陣が描かれており、煌々と光りを発している。
ヨーカが第六階層――最下層の六一六番房に描かれた魔法陣に触れると、牢の格子に流れる雷魔法が停止した。
牢獄の中心――吹き抜けに吊された滑車式エレベーターを使い、三人は階層を降って行く。
最下層に着き、石造りの通路を突き進み、ショーコが収監されている六一六番房へと辿り着いた。
格子の向こうには、角に設置されたベッドでこちらに背を向ける形で丸まっているショーコの姿。縮こまってる子犬のようにも見える。
「起床ーーーっ!」
クリスが大声を張り上げた。
牢の中のショーコは慌てふためきながら立ち上がる。
「気を付けーっ!」
クリスの号令に従い、ショーコはビシッと姿勢を正す。
「やすめーっ!」
クリスの号令に従い、ショーコはダラ~っと姿勢を崩す。
「気をーつけっ!」
クリスの号令に従い、ショーコはビビシッと再び姿勢を正す。
「番号ーっ!」
「いぃちっ!」
クリスの号令に従い、ショーコは叫んだ。
「あっひゃひゃひゃ! ショーコっちマジ言いなりワンコ♪」
「ハッハハハ、こいつはいいや。よーし次は宙に浮け!」
「意地が悪いですよ、クリスさん」
鉄格子の向こうでカラカラ笑うヨーカとクリス、そして呆れるフェイを見て、ショーコの脳みそがようやく動き始めてきた。
「……はれ? お、おさんがた、なしてこげな時間に面会を……」
「ヤッピー☆ おひさ~ショーコっち」
「我々は面会に来たのではありません。ショーコさんを脱獄させにきました」
フェイの言に、寝ぼけ眼のショーコがビクリと跳ね上がった。
「ぬわっ!? ぬゎんですと!? だ、ダメだよ脱獄なんて! 昔見た映画で言ってたけど、無実で捕まっても脱走したらそれはそれで罪になるんだよ!」
「マジメすぎワロタ」
「ショーコさん、急がないと気付かれてしまいます」
「んなこと言ってもこれ以上罪を重ねるワケにはいかないよ! ちゃんと正規の手順を踏んで、法律に従い堂々と――」
「本音は?」
「だじげてくだしゃいいいぃぃ!」
鼻声の涙声で土下座するショーコにクリスは呆れた様子で鼻を鳴らした。
「真面目ぶるなら貫けよな。ったく」
クリスは両手で格子を掴み――
「ふんぬらばっ!」
――左右に開くようにねじ曲げた。
「わ……すごい。ゴリラも驚く馬鹿力」
「さあ、行きましょうショーコさん」
フェイがショーコの手を引き、牢獄から外へと連れ出した。
が、その時――
「やっぱりこんなことだろうと思った~」
背後からの声にフェイ、クリス、ヨーカが振り向く。
声の主は、十三騎士団の一人であるレベッカ・ウォーシャンだった。
「……! あ、あの時の……!」
大書庫で暴威を振るった魔法騎士を前にし、思わずフェイの後ろへ隠れるショーコ。
「べ、ベキ姉! な、なしてこげな時間にこがいなところに……!」
「ハイゼルン議員がここの看守達を引き連れて飲み屋街に向かったので、もしやと思って~。ダメだよヨーカ、クリ姉。脱走の手引きは犯罪だよ~」
「い、いやこれは――」
言いかけるもヨーカは押し黙った。レオナが脱獄を容認していると口にしてしまえば、彼女に迷惑がかかる。
言いたいことも言えないこんな状況にヨーカは口をモニョモニョすることしかできなかった。
代わって、フェイがショーコの無実を主張しようと弁護に出る。
「ベッキーさん、ショーコさんは――」
「その名で私を呼ぶなァッ!」
レベッカの怒気にフェイは閉口した。
「……わかってますよ~。その“新たな転移者”が投獄されてるのは冤罪だって。でも、共和国に忠誠を誓った騎士として、囚人の脱獄を見過ごすわけにはいきません~。スデに連絡を入れてあるので、すぐにでも近衛兵が駆けつけますよ~」
さしもの十三騎士団といえど、一人でフェイとクリスとヨーカを相手取っては勝ち目はない。レベッカは事態を把握した時点で早急に魔法連絡を入れていたのだ。
もはや強行突破するほかないとヨーカが意を決する。
が、フェイが彼女の眼前に手をやり、制止した。
フェイは一歩前に踏み出し、レベッカと向き合った。
「レベッカさん、我々はショーコさんを連れてここを去ります。どうか邪魔をしないでください」
「……そう言われて素直に従うと――……!?」
レベッカは目を剥いた。
フェイが冷たい石畳に三つ指を着き、額を地面にこすりつけたのだ。
「貴方を騙し、利用しようとしたこと、改めて謝罪いたします。申し訳ありませんでした」
ショーコとヨーカは口元に手を当て、クリスは黙ったまま様子を見守る。
「貴方の立場、職務は重々承知しております。我々が法に反する行いをしていることも自覚しています。ですが、それでも私はショーコさんをここから連れ出します。私は、何があってもショーコさんをお守りする所存です。貴方がショーコさんを檻に戻そうとするのなら――」
フェイは立ち上がり、ゆっくりと徒手空拳の構えを取った。
「――貴方と戦わねばなりません。再び」
「っ……」
レベッカは腰に携えた魔道具に手をやった。
「……一つ、答えてください。たとえここを出たとしても、一生追われる身ですよ。共和国転覆を図った大罪人を連れ出すなんて、貴方の名も世紀の罪人として世に報じられるでしょう。自身の人生をかなぐり捨ててでもその娘の側に居ると……本気でその覚悟があるのですか」
「無論」
一瞬の間も置かず答えるフェイ。
レベッカは小さく……そして、苦い笑みを浮かべた。
「………………負けだぁ……完全、敗北だ~」
魔道具から手を離し、魔法騎士は大きく息を吸いながら顔を真上に向けた。
「……そういえばいつもマリ姉が言ってたなぁ~。『勝ち目のない戦いに直面したら、味方が来るまで無茶をするな』って~。あと二十秒くらいで近衛兵団が到着するから、それまで待たなくっちゃ~」
「……」
レベッカの言わんとしていることを察したフェイは構えを解いた。
あえて問わない。あえて礼を言わない。フェイは振り向き、レベッカに背を向けた。
「行きましょう。時間がありません」
「……! おけりょ!」
頷くヨーカ。
クリスがヨーカの肩に手を置き、フェイがショーコに右手を差し出した。
一瞬ノンキしてたショーコ、その行動の意味がわからなかったがすぐに理解し、フェイの手を取った。
「……っ……あのっ……最後に一つだけ!」
レベッカの言にフェイが振り向く。
少し俯きながら、レベッカは絞り出すように言葉を紡いだ。
「呼んでください……私のこと、ベッキーと……最後に……最後にもう一度だけ……」
「イヤです」
フェイのハッキリした言葉に、レベッカの胸が締め付けられた。
「最後だなんて。これからも何度でも呼ばせてもらいます。また、いずれ……ベッキーさん」
「!」
「では、お願いしますヨーカさん」
フェイは左手をヨーカの肩に置いた。
「ぴょっ!」
ヨーカが小さく跳ぶ――瞬間、四人は空間を跳躍し、一瞬にして姿を消した。
想い人を見送った――ないし見逃したレベッカは膝から崩れ落ちるようにへたり込んだ。
――ちょうどその直後、共和国近衛兵団が数十の軍靴の音を伴って牢獄の最下層に駆けつけた。
「御用だ御用だ! ゴヨウだゴヨウだ! 合わせてニジュウヨウだー!」
「天下の共和国から逃げ出すたあフテェ野郎もいたもんだ! あっしらがフン捕まえて――……って騎士レベッカ!? ど、どうなさったんですか!? なんでこんなとこでうずくまって……」
「ど、どっか具合悪いんですか!? お腹痛いとか!? お、おい! 誰か担架持ってこい! お薬と水も!」
慌てふためく近衛兵達を他所に、レベッカの頬を大粒の涙が流れる。
「…………うう……うくっ…………なんでぇ……勝ち目がないってわかってるのにぃ……なんで希望持っちゃうかなぁ……私ぃ……」
暗く冷たい地下の牢獄に、誇り高き騎士の啜り泣く声が響いた。




