第九十二話 神聖ヴァハデミア共和国評議会
大きな壁を臨むように五十二の席が段差状に並んだ、広大な議事堂。
壁に近づくにつれ段差が下がって行く、ショーコの世界で例えるなら映画館のハコのような構造。段差の最下段、壁の手前の中央には五十二の議席と向き合う形で発言席が設けられている。
それら五十二の議席には、人間、獣人、エルフ、ドワーフといった様々な種族で構成される共和国評議員達が軒を連ねていた。
「では、これより神聖ヴァデミア共和国臨時評議会を開会いたしまーす」
発言席から少し離れた位置の司会席で、“マナ”を可視化する黒い眼鏡をかけた進行役のエルフの男性評議員が言った。ちなみに評議会の司会は持ち回り制である。
「えー、今回の議題は、先日この共和国首都にアークドラゴンが出現し、政府本庁を半壊させた事件についてでーす。では、最初の発言者はオードバーン評議員でーす。どうぞー」
間延びした紹介を受け、レオナが発言台に立った。議員達が拍手の雨を降らせる。
「評議員諸氏の皆、まずは、なぜアークドラゴンがこの街に現れたのか、経緯も含めて詳しく説明をしようと思う」
「ほー、天下のオードバーン卿が自ら語ってくれるってのか」
議員席の一つからヤジが飛んだ。机に足をどっかと乗せた、行儀の悪い評議員――ニコラス・ハイゼルンのヤジだ。
何人かの議員が眉間に皺を寄せる。ほとんどが親レオナ派である評議会において、彼女に不敬な態度を取る者は疎まれて当然だ。
当の本人であるレオナは意に介さない。むしろ、ハイゼルンの言を待っていましたと言わんばかりの様子だ。
「ああ、部分的に把握している者はいれど、コトの真相を全て把握しているのは私だけだからね。それに……なにより、私の口から語らねばならないんだ」
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同時刻――本庁内の応接室にて。
「いーじゃんかよー。別に邪魔しよーってワケじゃねーんだからよー」
「ダメったらダメです」
クリスは議事堂に行きたがっていた。特に理由はない。単に面白半分だ。
そんな野次馬根性の彼女を制すべく、ハイゼルンの部下であるウィラが応接室の扉の前に立ち塞がっていた。
「神聖ヴァハデミア共和国評議会はその名の通り神聖視されている厳格なものです。議事堂で交わされる議論は市民の耳に触れることはなく、報せられるのは評議結果のみ。つまり完全にオフレコというワケ。そして、何を公表し何を伏せるか、議員達の投票によって決められる。それほど特別なものなんですよ」
神聖な評議会には十三騎士団でさえ足を踏み入れることはできない。武を司る十三騎士団と、政を司る評議会は互いに干渉できない機関なのだ。唯一、その両方に席を置くレオナ・オードバーンという例外を除いて。
「ずいぶん閉鎖的な国政なんですね」
「ここではあなたの御国より、政治がもう少し複雑なんです。故に不正も働けますが」
ウィラの皮肉にフェイは苦笑いを浮かべる他なかった。
「レオナは虐殺に関する全ての情報を明かすと言っていたが、議会が承認しない限り、市民がそれを知ることもないワケか」
マイの言にウィラが小さく頷いた。
「そういうことです。ですが……オードバーン卿を強く支持する者の多い評議会がそれを認めるかどうか……」
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……レオナは明かした。包み隠さず。
平穏を望む魔族の生き残りを“南方の離れ山”に匿っていたこと。
その存在に感付き、退治しようとした人々が逆に正当防衛で全滅したこと。
魔族を匿っていたという事実を隠蔽する為、魔族を虐殺したこと。
その為に、錯乱させ共食いをさせる非人道的な“新造魔法”を開発、使用したこと。
それらの事実を隠し、衰弱した魔族を一掃するよう“新たな転移者”達に依頼したこと。
そして、真相を知った彼女達を口封じしようとしたこと……
さらに、万が一にも真相が明るみになるのを阻止する為、忘却魔法で共和国全市民の記憶を操作しようとしたこと……
「全ての指示は私が自らの意思で下したものだ。関わった者は皆、全容も知らずに私に言われるがまま従っただけ。全ての責は私にある。全ての罪も……」
議事堂を静寂が包む。
議員の誰もが口をつぐむ。ハイゼルンでさえも。
しばしの沈黙の後、一人の議員が口を開いた。
「じ、自分はオードバーン議員の判断は正しかったと思います。降伏したとはいえ、魔物が共和国の近くにいると知れば市民は不安になり、我々の責任問題になる。不必要な情報は隠匿して然るべきかと」
「右に同じであります。レオナ殿の采配がなければ、世間に多大な混乱をもたらしていたでありましょう」
「まさにまさに。貴方のおかげで被害は最小限に抑えられたというもの」
評議員の多くがレオナを讃え始める。共和国評議会のいつもの光景だ。
「……でも、レオナさんは間違っていたと自認しているから、こうして話してくれたんですよね」
一人の議員が流れに逆らった。新米議員――アンナ・ヴァレイ・ペンゼストだ。
彼女の言にレオナが口角を上げる。
「ああ、その通りだよ。今になってようやく気付いた――……いや、気付かされたんだ」
レオナの言に今度はハイゼルンが口角を上げた。
「し、しかし! そうでもしなければ国中パニックでしたぞ! 我々の立場も危うかったやもしれん!」
一人の獣人の議員が立ち上がって言った。
それを皮切りに、他の議員達も口を開く。
「右に同じであります! 全ては平和の為に必要だったこと!」
「いや、オードバーン卿の仰る通り、隠蔽は良くない。何より市民からの印象も悪くなる」
「いやいや、だからこそ隠し通さねばなりませんよ! 世間に知れれば不和が広がり……」
「いやいやいや、噓なんていつかはバレるんですから過ちを認めて公表すべきです」
「バカを言うな! 共和国が虐殺を行っていたなんて認めるワケにいかないだろう!」
「だが!」
「しかし!」
「やいの!」
「やいの!」
「やいの!」
評議員達がやいのやいのと言い合いを始める。
事実を公表するか否か……五十二人も大人が集まれば主張がぶつかり合って当然。
議会がヒートアップする中、レオナが――わざとらしく――肩をすくめた。
「まあ、こんな風に意見が対立するだろうと思っていたよ。だけど、私はもうこれ以上隠し事はしたくない。だから、全部聞いてもらうことにしたよ」
「「「「「えっ」」」」」
評議員達が同時に間の抜けた声を漏らす。
「今回の評議会は、【魔法送】で現在進行形で共和国全域に公開されている。すまない、事前に言うのを忘れていた……いや、噓もやめよう。わざと言わなかったんだ」
レオナはイタズラっぽく顔をくしゃった。
議員達がオフレコと思って話していたことは全て、リアルタイムで世間に公開されていたのだ。
\ぜ、全部見られてたというのかあ~!?/
\盗撮だ!無断転用だ!/
\そりゃあないッスよレオナさぁん!/
\おん!おん!/
\オフレコだから言ったのに!/
\はずかしー! はずかし評議員ー!/
議事堂が花火大会と化した。評議員達の阿鼻叫喚。よくわからないことをただ大声で張り上げてるだけの者もいる。
「なっ、なっ、なんちゅうことをするんですかオードバーン卿! 告知なしの公開生放送なんて!」
「ハッハハハ、いいじゃねぇか。俺は大賛成だぜ」
「き、貴様は適当すぎるんだハイゼルン議員! これでは市民が我々に不信感を抱くぞ!」
「そりゃけっこうなこった。お国がどういう動きをしてるのか、注意深く監視するのも国民の義務ってモンだろ」
ハイゼルンは反対派議員の口を封じるとレオナに向き直った。
「で、今の話を踏まえた上で、一体なんだって未船ショーコを――“新たな転移者”を牢獄《ブタ箱》にブチ込んでるんだ? 汚れ仕事だけじゃなく責任も全部押し付けようってハラか?」
「返す言葉もないよ。一時的な措置とはいえ、あの混乱した場を治めるには他に手が無かったんだ」
レオナが――またもやわざとらしく――肩をすくめた。
「い、いや、経緯はどうあれ“新たな転移者”がドラゴンを召喚し、政府本庁を破壊したことは事実なのだから、罪人に変わりありませんぞ!」
\そ、そうだそうだ!/
\魔物を使役するなんて前代未聞!/
\極刑に処すべき! 今すぐに!/
\おん! おん!/
\人柱だ! 生贄だ!/
\悪いのはぜーんぶそいつのせいってことにしよ!/
一人の議員の主張を皮切りに、他の議員達も後に続く。
自らの醜態が晒された今、市民の意識を逸らせる槍玉が必要だ。故に彼らは必死になって憎しみの矛先をショーコに向けさせようとしている。
神聖なハズの議事堂がたちまち醜悪な言葉で溢れ返った。
「いい加減にしてくださいっ!」
アンナ・ヴァレイ・ペンゼストが声を荒げた。
「みなさんそれでも評議員ですか! いいトシした大人が十代の女の子に責任擦り付けて! お母さんが聞いたらきっと泣きますよ! なんですか保身ばっかり気にして!」
評議員達は十六歳の議員が発する気迫に気圧されていた。
「ショーコさんは共和国とレオナさんの不当な行いを止める為に、無い力を絞って懸命に抵抗したんですよ! ショーコさんがいなかったら、この国は難民を虐殺する最低な国のままで、しかも市民の記憶を好き勝手に弄る下衆国家に成り下がってたんですよ! それを止めた英雄に対してよくもそんなことを……義も筋も通さない議員なんて最低です! いっそ辞職してください!」
一転、再び静まり返る議事堂。
いい歳した評議員達が一様に顔を伏せた。
「だから俺ぁああいうバカ真っ直ぐなヤツが好きなんだ」
一人、口角を上げて呟くハイゼルン。
「よく言ってくれた、ペンゼスト議員」
アンナは強く畏敬の念を抱く相手――レオナに名を呼ばれ、我に帰った。
「私もキミと同じ気持ちだよ。だが、この国の是非は道理で決まるわけじゃないんだ」
レオナが発言台に描かれた魔法陣に触れた。同様の魔法陣が評議員達が座る議席にも浮かび上がる。
「これより決を取る。“新たな転移者”こと未船ショーコの処遇を如何とするか……」
共和国評議会が執り行うのは“行政”だけではない。犯罪者の裁定や罰則といった“司法”も司っており、裁判所の役目も担っているのだ。
議員席に浮かぶ魔法陣に触れ、有罪か無罪かを頭に浮かべることで投票が行われる仕組みだ。
「諸君、各々の考えを持って投票してくれ」
アンナもハイゼルンも、そしてレオナも、迷うことなく無罪に一票を投じた。
だが……大半の議員は違った。
彼らは、未船ショーコがどういう人間なのかを知らない。
誰とも知らない人間が、ドラゴンを召喚し、首都を破壊した。スケープゴート云々を別にしたとて、その事実だけを聞けば恐れを抱いて当然。経緯を聞いて理解はできても、恐怖は拭えない。
計り知れない力を使役する十代の少女……果たしてそれを野放しにしていいのか。
先入観は恐れを生み、安堵を求めて排外を望む。
「判決は――」
――……
「有罪ィ!?」
獄中で判決を知らされたショーコは間の抜けた声を上げた。
『本当にごめん、ショーコちゃん……いっしょけんめいやったんだけど……』
牢の前で看守が描いた魔法陣が向い正面に浮かんでおり、陣の中にアンナの顔が映し出されていた。ショーコの世界で言う、テレビ電話のようなものだ。
『事態を重く受け止めた評議会は、向こう千年間ショーコさんを牢に繋ぐという決断を下しました。誠に遺憾であります。上訴します』
魔法陣の向こうでフェイが横入りし、アンナと頬で押し合いをしながら言った。
『わ、私も次の評議会でもう一度訴えるよ。ショーコちゃんが無罪放免になるまであきらめないから』
「え、えっと……次の評議会っていつ……? 明日とか明後日とかにまたやるんだよね?」
『…… ほ、他にも議論しなきゃいけない問題が山積みで……ショーコさんの再審は……えっと……』
『五十年くらい後かと』
「終わったああぁ~~~~~~! これから五十年間牢獄暮らしなんだあ~! 万策尽きたあ~~~!」
『大丈夫ですショーコさん。きっとなんとかしてみせます』
『そ、そうだよ! たとえ百年かかろうが二百年かかろうが私達絶対にあきらめないから!』
『おいお前ら、その辺にしとけ。あんまり絶望させると精神的にまいっちまうぞ』
魔法陣に映っていない所からハイゼルンの声がした後、テレビの電源を切るかのように映像がプツリと消えた。
「わっ! 待って! 置いてかないで! 一人にしないで~~~!」
ショーコの嘆きが吹き抜けの牢獄にこだまし、さらに哀愁を誘うのであった。




