第九十一話 笑って赦して
〜これまでのあらすじ〜
十五年前に魔王を打ち倒した“最初の転移者”に会うため、神聖ヴァハデミア共和国を訪れたショーコ達だったが、“最初の転移者”のかつての仲間であるレオナ・オードバーンから、悪いドラゴンを退治するよう依頼を受ける。
魔族の生き残りが潜んでいるという“南方の離れ山”に向かうショーコ達一行。そこで彼女らが目にしたのは、錯乱状態で共食いをする魔物達だった。
常人には聞き取れない魔族の言葉を理解したショーコは、窮地を救ってくれた魔物のビルや、悪いドラゴンことアンジェリア・ビビ・アークエデンと心を通わせ、魔物が決して意思疎通のできない害獣などではないことを知る。
実はビル達は十五年前に“最初の転移者”に降伏した平和を望む魔族の難民であり、“南方の離れ山”で人知れず平穏に暮らしていたのだという。
だが、その存在が明るみになることで平和が乱れるのを恐れたレオナにより、非人道的な“新造魔法”で虐殺されていたのだ。
真実を知ったショーコらは共和国首都に戻り、レオナらと対峙。
フェイやクリスが激闘を繰り広げ、マイは腕を失いながらも戦い、ショーコがーー使えるハズのないーー召喚魔法を使ってアークエデンを召喚したりとてんやわんやの末に、レオナが自らの過ちを認め、共和国を揺るがす大事件の幕が降りた。
……のだが、そこへ六本腕の魔物ーーシュラと龍のような魔物が突如として現れ、複数の魔導書を奪い去って行った。
「自分達もショーコと同じく、異世界からの“転移者”だ」と言い残して……
元魔王城――神聖ヴァハデミア共和国政府本庁地下、階層式囚人収容施設……通称“タルタロス”。
地上の光も届かない冷たい牢獄。地面を筒状にくり抜いたような構造の施設を一人の人物が降ってゆく。
階段を降り、牢の前を通る度に収監者達から好奇の目を向けられた。
「おいおいおい、こんなとこに似つかわしくないヤツだな。面会か?」
「なあなあ、そんな急がねえでさ、寂しい罪人の話し相手になってくれよ〜」
「無視してんじゃねえぞ! 慈悲の心で接しやがれ! おいっ!」
牢の中から飛んでくるヤジに見向きもせず、彼女はひたすら地下へと進んでゆく。
そして、最下層まで降り、いくつもの牢を通り過ぎ――とある牢の前で足を止めた。
「お久しぶりです。調子はどうですか?」
面会人――フェイが牢の中の囚人に声をかけた。
鉄格子を挟んだ向こうで、“大罪人”が顔を上げる。
牢獄最下層。
囚人番号六一六。
収監者名――未船ショーコ。
罪状――国家転覆未遂。
「フェイ~~~~~~!」
囚人――ショーコが鉄格子に飛びついた。同時に彼女の身体に電撃が流れる。
「あばばばばびびびびびび!」
「あ、気を付けてください。牢に触れると雷属性の魔法が発動する仕組みです。ちなみに考案者は“最初の転移者”様ですよってに」
ファンタジーな異世界だっちゅーのに電磁柵で囲われた家畜の気分を味わうことになるとは、ショーコも思いもしなかった。
「――ゲフ……ふぇ、フェイ! 迎えに来てくれたんだよね!? ここから出して! 暗いし狭いしなんか周りからおっかない笑い声が聞こえてくるし、一分一秒でも早くお天道様と再会したいよ!」
「落ち着いてくださいショーコさん。事態はそう簡単ではありません。今、地上では貴方の処遇を巡って議論が行われています。なにせショーコさんは『神聖ヴァハデミア共和国首都の本庁に魔物を召喚し、国家転覆を図った大罪人』ということになってるんですから」
「なっ、なっ、なしてそげなことになってんだっぺか!? うちゃ悪いことなんかいっこも……――……やったかもしれない」
ショーコは自身の行動を思い返した。共和国の首都で巨大なドラゴン――アンジェリア・ビビ・アークエデンを召喚し、政府本庁を半壊させたのだ。世間から見ればとんでもなく大胆なテロリストに映るだろう。
「……! そ、そうだ。ビビは……ビビはどうしてる? ま、まさか私と同じように捕まったんじゃ……そ、それにビル達は……あの山に隠れてる魔物達は!?」
「安心してください。“南方の離れ山”にかけられていた新造魔法は解かれました。もう魔族が共食いをすることはありません。それと、あのドラゴンさんはショーコさんが連行されたすぐ後に“南方の離れ山”の方角へ飛翔して行きました」
「……そっか。ホっとしたけどなんかアッサリ見捨てられた気がしないでもない」
そりゃまあ巨大なドラゴンが共和国の首都に長居すればとんでもない大騒動になっているだろう。それでなくとも市民に目撃されているので大変なのは大変だが。
「で、ところで、フェイさんや、あたしゃいつになったらこっから出れるんかいな? こういうのってホシャクキン払えば意外とすぐ出れるんだよね? そうだよね? ねっ?」
「ショーコさんが投獄されているのはあくまで表面上の話です。ショーコさんが悪人ではないことはハッキリしているので、すぐにここから出れるでしょう」
「ホント!? ヤッタ!」
「ですが、ショーコさんの今後をどうするか方針が固まるまではここに居てもらうそうです」
「ウソ!? ヤダー!」
「仮に今すぐ地上に出ても身を隠し続けねばなりません。共和国だけでなく世界中が貴方の話題で持ち切りです。一部ではショーコさんのことを“新たな魔王”と呼ぶ者もいるそうですよ。一夜にして有名人ですね」
「笑ってる場合じゃにゃーよ! 他人事だと思って! とにかく早くここから出してよ! 周りに犯罪者がいっぱいいるって思うと夜も七時間しか眠れないんだ!」
「大丈夫ですよ。ここは逆に言えば世界一安全な場所でもあります。誰も抜け出すことはおろか、侵入することもできない厳重な警備体制なんですから。では、また来ますので、今はゆっくりしていてください」
「ま、まってフェイ! おいてか――びびばばばばばののののの」
去り行くフェイに追いすがるように鉄格子に触れたショーコは再度電撃に見舞われた。
「ふぇい~~~! わだじをおいでいがないで~~~!」
「よーよー、どこの牢屋か知らねえけどうるせえぞ。泣くならシリアルみたいに夜中にコソコソ泣けよな。みっともねぇぞ」
「ぅおい! カッコ悪いこと言うんじゃねえスムージー!」
隣の隣の牢とそのまた隣の牢から囚人達の声がした。
「わっ、わっ、私は無実だあ~~~!」
牢獄の最下層にショーコの叫びがこだました。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――共和国政府本庁、医務室
「――……っ……う……」
カイル・ウォーシャンが意識を取り戻すと、見慣れた天井が視界に写った。
一瞬遅れて状況を理解し始める。今、自分が居るのは医務室のベッドの上……つい先ほどまでは“南方の離れ山”に居たはず……頭の中で、意識を失う直前までの記憶が徐々に戻ってくる。
「……僕は……」
「おっはー☆ カイ兄」
ベッドの脇の椅子に腰かけた妹――ヨーカが言った。
「ヨーカ、僕は……自分は一体……」
「クリ姉にド突き回されてブッ倒れてたんだよ。リアルガチ姉弟喧嘩パネェかったけど、医者のセンセイが治癒魔法かけてくれたし、あとは寝て飯食ってりゃ治るってサ」
皆まで聞かずともカイルには察しがついた。自分がこの場に居るということは、スデに事が終わった後だと。
身体を起こすカイル。同時に、全身に走る痛みで顔が歪んだ。
「あーあー、無理に動いたらよくないべ。とりま落ち着きや。まだ腹八分目なんだから」
ヨーカの言う「腹八分目」というのは、未だカイルの傷が完治していないことを意味していた。
この世界に数ある魔法の中には、瀕死の状態からでも全快に回復させる魔法も存在する。効率を考えれば、怪我人にはすぐさま完全回復魔法を施す方がずっと良いだろう。
しかし、急激な体調変動は脳を混乱させ、過度な負担を与えることになる。外的な傷は完治しても内面への負荷があるのだ。
その為、よほどの状況でない限り即効性の回復魔法は使用せず、本人の自然治癒力を促進させる回復魔法の使用が推奨されている。
ショーコの世界で例えるなら、即効性の回復魔法は副作用のある強力な傷薬で、治癒力促進魔法は安定して効果のある傷薬、といったところか。
「……クリス姉さんは?」
痛みに表情を歪めながらカイルは妹に問うた。
「あー、それなら――」
「どこだここは!」
カーテンを挟んだ隣のベッドから大声が聞こえた。カイルもヨーカも聞き慣れた声だ。
ヨーカがやれやれ気味な様子でカーテンを開くと、ギリギリベッドに収まるくらい大柄な兄――アルフォンスの姿があった。
「アル兄うっせー! 保健室ではお静かに!」
妹に叱られ、兄は喉を詰まらせたようにたじろいだ。
「アルフォンス兄さんも、やられたクチみたいだね」
「っ……アイツは……ヨーカ、アイツはどうしてる? それと……母さんは?」
「マッマは別室だよ。よーわからんけどなんかメンタルブレイクしてるからマリ姉が傍にステイしてる。クリ姉なら――」
医務室の扉が開いた。三人の視線が一斉に扉へと向けられる。
扉を開いて入ってきたのは、小脇に瓶ジュースを数本抱え、手に革製の財布を握りしめたクリスだった。
「ここの売店終わってんな。酒類が一個もなかったぞ」
「……クリス姉さん、ここ一応国の行政機関だからね」
カイルが呆れ気味に言った。
「こんなとこで働いてんなら酒でも飲まねーとやってらんねーだろーによ。ホレ」
クリスが瓶ジュースをヨーカとカイルへぶっきらぼうに放り投げた。
「わーい♪ アリが十匹♪」
「あ、ありがとうございます」
二人の礼などまるで聞こえていないように、クリスは右手に持った二本の瓶の内一本を器用に片手で開け、豪快に一気飲みして瓶を空けた。
息をつき、弟――アルフォンスを見下ろすように見やる。
「……」
「……」
アルフォンスも無言で姉――クリスを睨み返す。
……数秒の間を置いて、クリスはおもむろに――
「オメーも一本飲むか?」
――蓋の空いてない瓶をアルフォンスに差し出した。
「…………そりゃ俺の財布だろうが」
アルフォンスはクリスが左手に握りしめている財布を指して言った。
「アハッ! アッハハハハハ☆ ヤッバ! 今のめっちゃウケんだけど〜!」
「ぷふっ……はっははははは」
たまらず、ヨーカとカイルが吹きだした。
「なに笑ってんだテメーら」
「アハハハ! だってさ〜」
「全く、クリス姉さんは……」
「…………ふ……ふふふ」
……つられて、アルフォンスも笑いだした。
彼自身気づいていないが、こうして純粋に笑ったのは実に数年ぶりのことであった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――政府本庁、【繁栄と安寧の広間】
「……」
ショーコとアークエデンによって破壊された壁の大穴から、神聖ヴァハデミア共和国を臨むマイ。
彼女達、“最初の転移者”一行が十五年前に建国した国。かつて〈西ヴォーガ大陸〉に存在した二十六の国家が一つとなった国。魔王が打ち倒され、世界が平和になった証でもある国。
……この国を、いや、この世界の平和を守るためなら命を賭す覚悟が、マイにはある。
十五年前の、あの戦いの日々を無駄にしないためにも。
「感慨深いだろう? 何もかも手探りで始めた共和国が、こんなに立派になって」
背後からの声にマイが振り向く。
「……レオナ」
「まあ、お前は建国してすぐにここを離れたから、思い入れもさほどないか」
レオナはマイの隣まで歩を進め、崩れた壁の向こうを見つめた。
マイも同様に視線を遠くへやる。
「……十五年前、私達はこの美しくも素晴らしい世界を救った。そうして掴んだ平和を維持しようと躍起になっていたけれど……やり方が間違っていたとわかったよ。マイ、お前達のおかげでね」
「私達じゃない。ショーコのおかげだ」
「ふっ……ああ、その通りだね」
レオナは小さく笑みを浮かべた。
「午後からの評議会でショーコくんの処遇を話し合う予定だ。一刻も早く彼女が牢から出れるように尽力するよ」
「そうか」
「……」
「……」
「…………腕のこと……すまなかった」
「……」
「医療部の話では、魔法による治療を拒否しているそうじゃないか。十五年経っても治癒魔法嫌いは相変わらずか」
マイの左腕は先日の戦いでレオナによって肘から先が切り落とされ、失われたままだった。切断された部位を魔法で結合させることが可能であるにもかかわらず。
「治癒魔法は油断を招く。傷を負っても、死にかけてもすぐに回復できるという慢心から命を落とした戦友を何人も見てきた」
「アーロム、ユミカ、ジュード、ブシック、エヴィンユー……」
十五年前の戦いで散っていった戦士達。深手を負いながらも「魔法で回復できる」と果敢に戦い続け、結果戦死した者達。
生きてさえいれば回復は出来るが、死んでしまえば命を再生させることはできない。どんな魔法であっても。
瀕死の状態から魔法で一気に全快したとしても、脳と神経は乱れ、感覚のズレが起こる。それは戦場において命取りとなる。せっかく即効性の魔法で回復しても、直後に致命傷を受けた者も少なくなかった。
「マイ、魔法に頼りたくない気持ちはわかる。お前は根っからの戦士で、仲間想いの女だからな。だが、あの時と今は状況が違う。変な意地を張る必要はないだろうに」
「勘違いしているなレオナ。私が腕を治さないのはそんな理由じゃない」
マイは自身の失われた左腕を見やり、レオナへと視線を上げた。
「お前が私の“失い腕”を目にする度、罪悪感に苛まれるのを楽しむ為だ」
得意げに口角を上げるマイ。
レオナは呆然とした。
そして……小さく吹き出し、苦々しく笑った。
「……イヤな女だよ、お前は」
「お前ほどじゃないさ」
勝ち誇った表情のマイ。
しかし、そんな彼女を見て、レオナも嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……まあ、今となってはその毒のある言動も微笑ましく感じるけどね」
「……? なぜだ」
「だってお前は、私のことを尊敬しているんだろう?」
「っ…………知らん」
「ふふ、いいよいいよ。今のマイは何を言ってもかわいく見えるよ」
「…………やっぱりお前の方がイヤな女だ」
レオナの笑みはいつまでも、いつまでも消えることはなかった。




