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スデに世界は救われた!! ―とっくの昔にSAVED THE WORLD―  作者: カーチスの野郎
第五章 Sin
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第八十二話 平和の支配

「……!? あ、あなたは……“殺戮の天使”……!?」


 二つの人影の一方――シルヴィア・ウォーシャンは、かの英雄マイ・ウエストウッドの姿に目を丸くした。

 対し、マイは無言のまま刺し貫くかの如くレオナを睨みつける。


「全て知っているぞ、レオナ。お前は降伏した難民である“南方の離れ山”の魔物達を共食いさせ、皆殺しを目論んだ。だが、例のドラゴンだけは魔法耐性が強く、新造魔法の効果がない。だから我々に討伐を依頼した。我々が真実に気づかぬうちにドラゴンを始末させる狙いだったらしいが……アテが外れたな」


 レオナはまるでマイの言が一字一句予想していた通りだったかのように鼻を鳴らした。


「ああ、その通りだよ」


 否定しないどころか取り繕おうとすらしないレオナに、マイは顔をしかめた。


「『ドラゴンが上空を飛行し、共和国を脅かしている』と言ったな。たしかに条約違反かもしれんが、あれは魔族が生きるのに不可欠な“マナ”を収集するためだ。何より彼女は――あのドラゴンは共和国に一切の危害を加えていない。それでも惨たらしく殺す道理になると本気で思っているのか?」


「そうだね」


 レオナのあんまりな返しにマイは困惑した。


「……何故だ。お前と私は度々意見を違え、何度も何度も喧嘩してきた。だが、だからこそおかしいとわかる。レオナ・オードバーンはこんな殺戮を良しとするヤツではないハズだ。私は、お前が頭を下げたからには相応の理由があるのだろうと思ってドラゴン退治を引き受けた。それなのに――」


「失礼ですけれども」


 遮られ、マイはシルヴィアに視線を移した。


「かつての大戦で武勲を上げた“殺戮の天使”――マイ・ウエストウッド。数多くの魔物を仕留めた貴方の逸話には心を踊らせたものだし、年下だけど純粋に尊敬もしているわ。けれど……一体何の話をしているの? 難民がどうとか条約がどうとか。我々はただ、あの山に巣食うクソッタレの魔物どもを退治する為に尽力しているのよ」


 シルヴィアの物言いは“南方の離れ山”の真実を、魔族の真実を知らない様子だ。彼女にしてみれば害獣駆除程度にしか思っていないのだろう。


「……知らないなら教えてやる。あの山の魔物は“最初の転移者”と和平を結んだ、平和を望む難民達だ。魔族というのはただ言葉が通じないだけで、我々と同じように意思と知性を持った種族。そんな者達を発狂させ、共食いを強いるなど人道に反する行いだ。到底許されるものではない」


 “最初の転移者”一行とショーコ達のみが知る事実を知らされたシルヴィアは困惑するかと思われたが、何ら表情を変えることはなかった。


「だったらどうだと言うの。会話のできない連中に人権などありはしない。非道だなんだと言われようと全ては共和国を、世界を、人々を守る為。ようやく訪れた平和を維持する為に全力を尽くすのが私達の仕事よ」


 シルヴィアの言をクリスが鼻で笑った。


「聞こえのいい言葉ばっか並べても魂胆はわかってんだよ。テメーが口八丁でレオナ・オードバーンをたぶらかしたんだろーが。偉そうな大義名分を盾にして魔族への憂さを晴らしてる、最低のゲス野郎だ」


「なっ……! わ、私はそんなことは――」


「勘違いしているようだね」


 レオナが会話を遮った。


「シルヴィア局長が魔族に対して私怨があるのも、復讐の為に共和国に加わったのも承知だよ。それも含めて彼女と話し合い、利害が一致したからこそ共に尽力しているんだ。……虐殺は、私自身の意志で決断したことだよ」


 マイの顔色が曇る。

 それに気づきながら、レオナは続ける。


「シルヴィア局長に魔族を根絶やしにする魔法を開発してくれと指示したのも私だ。彼女はそれに応えただけだよ。勿論、誰かに言いくるめられたわけでも断じてない。全ては私が、自らの考えで行ったことさ」


 マイはどこかで信じていた。レオナは騙されているだけで、裏で糸を引いている者がいるハズだと。決して本人が望んで非道を行ったわけではないのだと。

 答えを聞くのが怖いが、訊かないわけにはいかない。マイは最後の希望に手を伸ばした。


「確認させろ、レオナ。お前は自分の意志で……和平を結んだ相手を虐殺したと認めるんだな」


「そうだよ」


 ほんの少しも躊躇することなく、真っ直ぐと答えた。差し伸べた手は取られる素振りすら見られなかった。


「……もういい、わかった」


 マイは決意した。自分が止めなければ。かつての仲間の……友の暴走を。

 冷たい声色と共に、腰に携えた刀の柄を握る。


「私が……貴様の腐った魂に引導を渡してやる」


「ま、待ちなさい! 貴方、正気!? こんなところで剣を抜けば……その意味くらいわかるでしょう! 共和国に対する――」


 まるでシルヴィアの言など聞こえないように、マイは刀を抜いた。


「……~~っ! もはや言い逃れはできないわよウエストウッド氏! 今、この時より貴方を共和国の敵とみなします!」


 シルヴィアの眼前に魔法陣が浮かび、人間大の氷柱が放たれる。

 が、マイの眼前にクリスが割って入り、黄金の籠手ガントレットで砕き割った。


「魔法局のおエライさんともあろうモンがこの程度か。身の丈に合ってねーな。クソ野郎が思い上がるからだよ」


「クソや……!? ……さっきからやたらと無礼な言葉ばかりを並べ立てて……一体なんなのよ貴方は。何故そこまで私を目の敵にするの」


「……あ? テメー、アタシが――」


「私は初対面の相手(・・・・・・)にそんな物言いをされる覚えはないわ」


「!?」


 そこで、クリスの自制心という手綱はねじ切れた。


「――こンのクサレブタァ!」


 シルヴィアに飛び掛かるように拳を振るうクリス。

 しかし、その拳が狙った相手に炸裂することはなかった。


「そうはさせない」


「お前の思い通りになんか何一つさせるかよ」


 クリスの姉――マリーナと、クリスの弟――アルフォンス。どこからともなく二人が突然姿を現した。

 アルフォンスが握る大きな斧の刃が壁となり、その後ろからマリーナが足裏で押さえ止めるという形でクリスの拳が防がれていた。


 斧を振り払い、クリスを弾き飛ばすアルフォンス。


「んぐっ……どっから湧いて出やがったテメーらっ!」


「我々二人は魔法局長の護衛ガードでもある。局長に危機が及んだ時、いつでもその場に現れることができるよう魔術的繋がりを構築してある」


 クリスの姉――マリーナが淡々と言う。ヨーカが自身の槍の下へ瞬間移動できるのと同じように、シルヴィアは実子をいつでもどこでも呼び出せるらしい。


「グッスリ眠ってたのに、お前らがここに姿を現した時点で警報魔法アラームに叩き起こされたぞ。まあ、護衛ってのはそういう仕事だがな」


 自身の背丈程の巨大な斧を肩に担ぐアルフォンス。それだけで床が揺れるほどの重量だった。


「よく来てくれた、騎士達。シルヴィア局長、貴方は引き続き“リギオーマ”の魔法陣の組み込み作業を頼むよ」


「わかりました、オードバーン卿」


 レオナの指示に従い、シルヴィアは踵を返して魔法陣の柱に向き直り、作業を再開した。

 “リギオーマ”という魔法がどんなものなのか皆目わからないが、なにか非常にマズイものであるのは容易に推察できる。


「この状況下で敢行するほど大事な魔法作業か。貴様達、一体何を企んでいる」


 マイの言にシルヴィアは鼻を鳴らした。


「私達はマヌケな悪党とは違うの。妨害される可能性がありながら計画を説明するようなことはしないわ」


「人の記憶を削除する魔法だよ」


「ぁえっ!? お、オードバーン卿……!?」


 シルヴィアの舌も乾かぬ内にアッサリと明かすレオナ。


「ウォーシャン局長、貴方は我々の行いが正しいことだと信じているのだろう? なら胸を張って堂々と話せばいいとは思わないかい?」


「ぇう……そ、そうかもしれないですけど……」


 レオナは光の柱――重なり連なった魔法陣を指して言う。


「この共和国の心臓部(ヴァハデミック・レヴ)に組み込まれた魔法は、国内全土隅々に至るまで効果を及ぼすことができる。この“レヴ”に新たに追加する魔法――“リギオーマ”は強力な忘却魔法だ。“南方の離れ山”や魔物に関する情報など、共和国にとって都合の悪いことを知る者の頭から、その記憶を消去するんだよ。……無論、君達も含めてね。これでようやく、この国に完璧な平和(・・・・・)が実現する」


 マイもクリスも耳を疑った。それはつまり、共和国の領土内にいる者の記憶を自在に改竄するということ。情報操作や隠蔽など比ではないほどの非人道的行為だ。

 マトモな行いではない。そんなフザけた政策が許されるわけがない。


「……イカれてる」


「ンな馬鹿な話聞かされてハイそーですかって言うとでも思ってんのか」


「いいや。だけど、君達に止められるかな?」


 レオナの言に従って、十三騎士団のマリーナとアルフォンスが立ち塞がった。魔法陣の組み込みを行うシルヴィアを守護するように。


「てめーら、マジでそいつを守るってのかよ。手前テメーの子供を奴隷にするクソ親だぞ! 今だって我が身を守るためにテメーらをコキ使ってんじゃねーか!」


「知ったふうなことを言うな。俺達を見捨てて一人で逃げたクセに」


 アルフォンスの語気には力が込められていた。

 四年前、クリスは母親であるシルヴィアと仲を違え、家族の縁を切った。これを裏切り行為と捉えたアルフォンスは、兄弟姉妹の中でも特にクリスのことを憎悪していた。


「お前が裏切った後、お袋は共和国の魔法局局長に、俺達は十三騎士団に選ばれた。わかるか? お前は疫病神だったんだ。お前がいない方がみんな幸せになれる。ようやく地位も名誉も手に入れたっていうのに、また台無しにされてたまるか」


 十三騎士団随一のパワーを誇る腕で斧を握り、構える。

 彼の二つ名は“攻城のアルフォンス”。その名の通り、単騎で城を落とせるほどの驚異的な力を誇る騎士なのだ。


「お前らが共和国を脅かすだとか、市民を危険に晒すだとか、そんなことはどうでもいい。いや……正直、感謝しているくらいだ。裏切り者のお前を堂々とブチのめす口実ができたからな。反逆者になってくれて……共和国を脅かしてくれて、ありがとうよ」


 アルフォンスは煽るように吐き捨てた。

 そして、「さあ、戦いだ!」と言わんばかりに斧を振り上げた。その時――



騎士ナイトアルフォンス」


 ――名を呼ばれ、アルフォンスが振り向く。


 その瞬間、レオナがアルフォンスを一刀の下に斬り捨てた。



「ッ――!? っ…………か……――」


 二メートルの巨体が膝から崩れ落ちた。

 油断していたとは言え、たった一撃で。


 突然の出来事にその場の全員が目を丸くした。シルヴィアは特に。


「お、オードバーン卿!? なっ、なにを……!?」


「我々十三騎士団の使命は、共和国市民全ての――ひいては世界の全ての人々の安全と安心の為に尽力すること。共和国を脅かし、人々を危険に晒す反逆者に対し感謝するなど、騎士として許されるものではない」


「っ……!」


 シルヴィアは口を噤んだ。失言をしたからと言って息子を斬り伏せられては文句の一つも言いたいところだったが、レオナの尋常ならざる様子に気圧された。


「……マイ、アンタのツレ、イカれてんな」


 クリスが思わず呟く。

 マイは僅かに顔を伏せた。


「ああ……いや、もうヤツは私の知る女ではない」



「さて、これでちょうど一対一と相成ったわけだな。騎士ナイトマリーナ、平和の為に一緒にがんばろう」


「わかりました」


 レオナとマリーナが向き直る。

 マイとクリスも同様、互いに何も言わずとも自身の相手を正面に見据えた。


 二人の反逆者が二人の騎士と相対し、視線を交差させる。


 刀を構えたマイは、かつての仲間であるレオナと。

 拳を握るクリスは、かつての姉であるマリーナと。

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