第八話 おめえの出番だぞ、ショーコ!
ドワーフ達は炭鉱で自分達が採掘した鉱石や貴金属を運ばされていた。
子供を人質に取られては従う他ない。さらに彼らの足首には鎖の枷――ドワーフ逹自身がこの村で作った物――を嵌められ、抵抗も逃走も出来ないようにされている。
彼らが掘り起こした鉱石や金属が、強盗団の逃走用の馬車の荷車にどんどんと積まれてゆく。しかるべき筋に売り飛ばせばかなりの富になる量だ。
ギジリブ強盗団はその様子を満足げに見ていた。
「へっへっへ、これだけありゃあ当分は食ってけますねおやびん。あんまり奪いすぎるのもかわいそうだからこの辺でやめといてやりましょうか」
「バカヤロ、強盗が遠慮してどうすんだ。志をもっと大きく持て」
「さっすが~。容赦ないッスねおやびん」
「“鋼腕のユートマン”とあだ名されてた頃を彷彿とさせる仕事っぷりですね!」
「バカヤロ、そんな昔のことを引き出すな」
ユートマンはかつて、腕の立つ傭兵だった。モンスターの被害から人々を守る、真っ当で立派な戦士だった。とある国を何年も守り続けた彼の勇名は近隣国にも轟くほど。
だが十五年前、魔王が討たれモンスターの脅威が世界から無くなった時、彼は職を失った。
彼に長年守ってもらっていた国の重役達は、新しい仕事を与えるでもなく、別の就職先を紹介するでもなく、あっさりと切り捨てたのだ。
ユートマンだけではなく、彼と同じように用済みの烙印を押された傭兵が各地に大勢いた。そんな傭兵達を集めて、ユートマンはギジリブ強盗団を結成したのだった。
金のためだけではない。自分達を使い捨ての道具にした者達への仕返しのためだ。ギジリブ強盗団は貧しい人々を狙うことはない。金持ちか、大国相手に商売をしている連中だ。
だからと言って犯罪に変わりはないが、彼らには彼らのポリシーが、プライドがあるのだ。
「この村は色んな国に鉱石や工業品を輸出してるからな。金も手に入って、お偉い連中も困る。まさに一粒で二度美味しいってやつよ」
「さすがおやびん、頭イイですね。ヨッ、大悪党! 強盗の天才!」
「ワッハハハ、もっと褒めるがいい」
「最低最悪のゲス野郎! ドケチで頑固ですぐ手が出る中年オヤジ! 風呂くらいちゃんと入れ脂顔!」
「悪口はやめろ」
――その時である。
「きみたち、まちたまいーーー!」
何者かの声。
ユートマンは振り返り、声の主を視界に捉えた。
目に映ったのは、腕を組んで得意げにふんぞり返っている少女とスーツ姿のエルフ。
「……? なんだ? ドワーフじゃねえな」
「おやびんの知り合いですか?」
「いや、しらねえな。お嬢ちゃん達、おじさんらは今お仕事してるんだ。邪魔しないで余所で遊んできなさい余所で」
「ショーコさん、我々まるで相手にされてないようですね」
「んにゃろ、子供だと思ってナメてるな……フェイ! あれ出してちょうだい!」
フェイが手に握った縄をぐいと引っ張った。縄の先には先程やっつけた見張りの三人がまとめてぐるぐる巻きにされている。
それを見てユートマンはようやく事態を把握した。
「あっ! ウチの子分達!」
強制労働させられていたドワーフ達もその様子を見て歓喜する。
「おお! 誰だか知らんが助けが来てくれたのか!」
「やったぞ! さっさとその強盗団をやっつけてこの足枷を外してくれ! わしらがトイレに行きたくなる前に!」
「お、おやびん! 見張りがやられたってことは人質も助けられちゃったってことですよ! あれ? 助けられたって言うのはなんかヘンか? 助けられれた? 助けられられた?」
「バカヤロ! そんなこたどうでもいいんだよ! てめぇらぁ! ウチのかわいい部下に何しやがった! 何モンだてめぇらぁ!」
「私は――」
「控えい控えぃ!」
ショーコが名乗ろうとしたところをフェイが眼前に割って入った。
「この方をどなたと心得る! 遙か異世界の彼方より召喚されし偉大なる“転移者”、ショーコ様なるぞ! 控えおろーヒカエオロー!」
「なんでそんな喋り方なの?」
「な、なんと!? “転移者”だって!?」
ドワーフ達の瞳に希望の光が灯る。世界を救いし救世主と同じ、異世界からの転移者が助けに来てくれたのだと。
逆に絶望の色に染まったのはギジリブ強盗団の面々だった。
「お、おやびん! ヤバイですよ! “転移者”様が相手だなんて勝てっこないですよ!」
「や、やかましい! なにが“転移者”だ! どう見てもただのガキじゃねえか! ビビるな! 全員で一斉に攻撃しろ! フォーメーション“ダボハゼ”だ!」
「で、でもおやびん、女の子に手をあげるなんて男のやることじゃねえっすよ」
「ウルセエーッ! 女がどうした! 世界の半分は女だ! さっさとかかれぇぃ!」
ユートマンにせっつかれて子分達が渋々ナイフを構えた。しかし見るからに腰が引けている。
「……やべ、俺体調不良だわ。援護するから先にかかれよ」
「てめーずるいぞ。決めた通りにしろ」
まごまごして一向に行動しない子分達にユートマンはしびれを切らした。
「えぇいもういい! どけぇ~~~い!」
子分達を押しのけてショーコの眼前に立った。
「俺は男女差別なんざしねえ。男だろうが女だろうが分け隔てなくブチのめしてやる。邪魔するってぇなら覚悟しろ」
指の関節をポキポキと鳴らし、今から喧嘩しますよ感を前面に押し出すユートマン。
ショーコは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「お下がりください、ショーコさん」
さながらお姫様を守る騎士の如く、フェイがショーコの前に出た。
「お、おお……やってくれるかねフェイくん!」
「お任せください」
「なんだ、そっちの嬢ちゃんが相手か? どっちが先でも変わらんぞ。仲良く病院のベッドに並ぶんだからよ」
「この村のベッドはドワーフの体格に合わせて作られたものなので私には縦の長さが足りません」
「てめぇみてぇな真面目ちゃんを見てるとムカっ腹が立つぜ。ぶちのめしてやる!」
先に仕掛けたのはユートマンだった。フェイの顔よりも大きな拳骨が迫る。
しかし、フェイは首をいなして回避し、ユートマンの肘関節を逆向きにへし折りにかかりながら一本背負いで放りなげた。
ユートマンの丸太のような腕は折れなかったが、ダメージは与えられた。
「ぐっ……! このっ……!」
すぐさま立ち上がり、右腕をハンマーのように振り下ろすユートマン。
フェイはひらりと躱し、続けざまに首筋へ蹴りを叩き込んだ。
手応えはあったが、ユートマンはまだ倒れない。
「っ……! ふんぬあああ!」
超合金の両拳が連続して突き出される。
しかしフェイは素早い体捌きで右へ左へ身体を翻し、ユートマンの拳はかすりもしない。
苛立ったユートマンが、今度は両手を交差させるように掴みにかかる。
フェイはジャンプでユートマンを飛び越え、おまけとばかりに足蹴りを背中に三発お見舞いした。
「がっ! あだっ……!」
背後を蹴り飛ばされ、顔面から地面にすべりこむユートマン。
「お、おやびん!」
手下達の不安の声に応えるように、強盗団の頭目は口元を拭って立ち上がった。
「このヤロウ……俺様を舐めると承知しねえぞ」
「申し上げにくいのですが、あなたは見たところ清潔ではなさそうなので舐めるようなことはいたしません。お風呂には定位的に入ってください」
「てめっ! バカにすんな!」
ごつごつした腕を振り回すが、フェイにはかすりもしない。
「ここですね」
針の穴を通すかのごとく、相手の鳩尾を肘で打ち抜く。
続けて、右足を天へと突き上げる。ユートマンの下がった顎に革靴の底を炸裂させた。
「がっ……!」
ユートマンは腕っ節に自信があった。しかし自身の怪力はフェイに通用しないということを身をもって実感させられた。
たとえ屈強なドワーフをねじ伏せる程のパワーだろうと、当たらなければ意味がないのである。
フェイの戦い方は速さと手数で攻めるものだ。ユートマンのようなタイプにとってはまさに天敵。
ジャンケンで言うなればユートマンがグーでフェイがパー。
「クソッ……このガキ……!」
肩で息をしながらズタボロになってゆくユートマンと、涼しげな顔で攻撃を躱し続けるフェイ。
もはや勝敗は誰の目にも明らかだった。だが……だがしかし!
「いいぞーフェイ! そのままやっつけちゃえー!」
「……」
突如、フェイはピタリと動きを止めた。
そして、腰に手を当ててその場にうずくまった。
「いた、いた、あいたたたた」
棒読みで苦痛の声を上げだした。
「!? フェイ!? どしたの!?」
「いたたたたた。すみません、エルフ特有の腰痛を発症しました。腰が痛くてこれ以上動けません」
「ふぇあ!?」
「な、なんだ? なにを言い出すんだコイツ」
ショーコもユートマンも突然の茶番にどうリアクションしていいか困惑する。
「あ、ついでにエルフギックリ腰にもなりました。これは痛い、あー痛い」
――いや、どー見てもウソだった。恐ろしいほどの大根演技。学校をサボりたい小学生でももっと感情がこもった演技をするはずだ。
数秒間を置いて、ショーコは理解した。
自分に“見せ場”を譲ろうとしてくれているのだと……カッコイイところを譲ってくれているのだと。
「フェイ……そういうことか……そういうことなんだね。わかったよ!」
「いたたたた、エルフ通風がー」
あまりの猿芝居にさしものユートマンも我慢できなくなってきた。
「……なんだかよくわからねえが、動けねえってんなら好都合だ。俺様のゲンコツで――」
「あいやまたれいっ!」
ショーコの勇ましい声がドワーフの村に轟いた。
「かよわい乙女が困っているのに、黙っているほどヤワじゃない! ここからは最強の異世界転移者こと、このショーコちゃんが相手をするぜ!」