第七十七話 迅雷のカイル
「……本気か?」
剣を向けられたマイは静かに尋ねる。
だが、鎧を纏った騎士が剣を収める様子は無かった。
「たとえ貴方であろうと……世界を救ったウエストウッド殿であろうと、平和を脅かす行為は許せません! ヨーカ! 貴方も加勢してください!」
「っ……」
兄の要請に妹はたじろいだ。
彼女自身、何が正しいのかわからず、取るべき行動を判断できないでいる。
「う……ウチは……えっと……ウチ……」
「っ~~~……! ならば、自分だけでも正義を貫く!」
無手のマイめがけ、カイルは剣を振り下ろした――
――しかし、その刃がマイに触れることはなかった。
クリスが間に割って入り、両腕を交差させ籠手で受け止めたからだ。
「っ……このバカ! 頭冷やせカイル!」
「どいてください姉さん! 敵を斬れません!」
クロスさせた籠手と剣が互いに押し合い均衡を保ちながら、クリスは説得を試みる。
「アタシは難しいことはわかんねーけど、やっていいこととダメなことはなんとなくわかる……! お前だってホントはわかってんだろ! 魔物もアタシ達みたいに喋って、考えて、怒って、泣いて、笑ってるってんなら、こんな酷い殺し方はねーだろーが!」
「共和国は“正義”です! ウエストウッド殿は世界の平和を脅かす“悪”なんです! どうして邪魔するんですか!」
兜に隠されてはいるが、カイルの眼は狂気に染まっていた。
彼の主張は自分自身にも言い聞かせているようにも聞こえた。忠誠を誓い、正義と信じた共和国の行いを否定してしまえば、これまでの全てを否定することになってしまう。
誰よりも真面目に、誰よりも正義に殉じてきたカイルにとって、それだけは受け入れられないことだった。
「バカ! なに意固地になってんだ! 客観的に考えろ!」
「馬鹿は姉さんです! 貴方ほどの人が反逆者の肩を持つなんて……邪魔をするならたとえ姉さんだろうと斬ります! 本気ですよ!」
「…………ああそうかよ」
――均衡は突如として破られた。
クリスは交差させた腕を振り払い、恐るべき速さで右の拳をカイルの顔面に叩きつけた。
目が覚めるような強烈な一撃に、全身武装した騎士は大きく後ずさる。
「寝言抜かしてるよーだからグッスリ眠らせてやるぜ……このバカタレが」
装甲で覆われた指をニギニギしながら見下ろすクリス。
カイルは姿勢を戻し、目の前の“敵”を睨みつけた。
「――……なら……姉さんも平和を脅かす“悪”とみなします……」
カイルの足元に魔法陣が浮かび上がる。剣を両手で握ると、目に見えるほど濃い雷気エネルギーが刃に纏われた。
「雷電波!」
剣が振るわれると共に電撃の斬波が放たれ、宙を駆け抜けた。
クリスは迫りくる電撃を殴って打ち落とす。
だが、斬撃は一つだけではない。二度、三度、四度とカイルが剣を振るう度、魔法によって生み出された電撃波が放たれる。
クリスは一歩も引かず、その全てを正面から殴って打ち消してみせた。
しかし、カイルの狙いはあくまで牽制だった。
防御させることで相手の足をその場に留め、注意を逸らすのが目的。
百戦錬磨の騎士はその隙に一気に距離を詰めていた。握りしめた剣に雷の力を纏わせて。
「稲妻二段斬り!」
左斜め下の角度から切り上げ、すぐさま右斜め上の角度から切り下ろす。あまりの速さにほぼ同時に感じるほどの二段攻撃。
とっさに身を引いたが、電気を帯びた刃はクリスの脇をわずかに抉った。
「んぐっ……!」
思わず後ずさるクリス。共和国政府から支給されたジャケットに二重の斬り傷が刻まれた。
カイルの足元に再び魔法陣が浮かぶ。途端に空模様が黒雲に包まれる。純白の剣を天に向けて掲げると、黒雲から放たれた一筋の雷が刃に直撃した。
「必殺力! 稲妻力波!」
カイルが剣先をクリスに向けると、剣に落ちた雷が力を増して放たれた。強力な稲妻が標的目掛けて迸る。
クリスは両腕を立て、籠手で受け止めた。目もくらむ程のエネルギーが周囲に飛び散る。
「ぎっ……! こンのッ……!」
押し負けそうになりながらも力づくで振り払い、稲妻の軌道を反らした。
クリスが懐から、空間魔法が施された紙を取りだす。印された魔法陣に手を突っ込み、武器を引き出した。ショーコの世界で言う、マグナムに似た銃だ。
「おらおらおら!」
重い銃声と共に五発の弾丸が放たれる。
十三騎士団の武装鎧が防いだものの、その下にまでダメージは伝わった。
「ぐっ……! 共和国から与えられた武器を自分に向けるなんて……! 侮辱も甚だしい! 雷閃撃衝!」
カイルを中心としてドーム状に電磁波動が巻き起こる。
腕を交差させて防御したものの、魔法によって生み出された電磁のエネルギーがクリスの身体を突き抜けた。
「びっ……! し、痺れる……!」
電撃麻痺状態となり、クリスの手から銃が取り落とされた。
「毎日毎日、来る日も来る日も鍛錬を重ね、十三騎士団の一員となっても尚数多の魔物と戦い続けてきた自分と、ケチな賞金首相手に追いかけっこしていただけのクリス姉さんとはモノが違う!」
紅のマントをなびかせ、連続した剣撃を見舞うカイル。
クリスは痺れる身体を無理矢理動かし、なんとか籠手でガードする。
「やかましいっ! イチイチ技名叫びながら戦うなんざガキかテメーは! 昔っから成長してねーんだよずっと!」
「“技”とは努力の証。その全てに名を与え、心を込めて呼ぶのは当然。姉さんにはわからないでしょう……貴方がいなくなった後も我々が魔物を倒す為にどれほど努力してきたか!」
またしてもカイルの足下で魔法陣が輝く。握る剣が発光し、雷のエネルギーが収束される。
「雷牙剣……稲妻帯電!」
直視できないほど眩く光る剣が振るわれると、電磁の嵐が発生した。
クリスは防御体勢を取ったが、躱すべきだった。強力なエネルギーの渦が彼女の両腕の籠手を弾いた。防御するつもりが逆に大きな隙を晒すこととなったのだ。
「っ! やべっ――」
「超雷牙剣、旋風迅雷斬り!」
カイルはクリスの防御を崩したところへ、帯電させた強力な斬撃を食らわせた。
マトモに受け、さしものクリスも苦痛の声を上げた。
「ぐあっ……! ……クソッ……!」
「雷速……!」
相手が怯む隙にカイルは駆けた。雷の魔法により強化された、尋常ではない速度で。
彼の足裏と地面の間には電流が走っていた。驚くべき速さで駆けた後に稲妻の残滓が軌跡を刻む。
「雷速斬舞!」
電光石火のスピードでクリスの周囲を駆け巡りながら無数の斬撃を見舞う。稲妻が唸りを上げ、踊り狂う。
ひたすら防御に徹するクリス。致命傷こそ防いでいるものの、数えきれない連撃の多くをその身に受けることとなっていた。
「刃を防いでも追随する電撃は姉さんの体力を確実に奪っています。自分は姉さんが知る頃よりもずっと成長しているのですよ!」
「くっ……ンのヤロッ……!」
「姉さんがいなくなった後も……家族みんなで力を合わせて、鍛錬を重ね成長し、魔物と戦い続けてきた。そして、共和国から声がかかって誉れある十三騎士団に迎え入れてもらえた……姉さんは僕達を捨てたクセに、今度は僕達を拾ってくれた共和国を壊すつもりか!」
一際に力と想いを込めた一撃が打ち込まれ、ついにクリスは地に伏した。
「僕達のあの……嵐のように燃えていた日々を、息が切れるまで走った日々を、空しいものにさせるか! いや……させてたまるかっ!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
ショーコ達がビルに連れられて来た場所は、地下世界の端っこの端っこ。そこには半径二百メートル程の巨大な穴が開かれており、巨大な魔法陣で蓋がされていた。
『「これが“門”だ。この穴の落ちた先が地上の世界へと繋がっている」』
「……思ってた門と違う」
ショーコが不満げに言うのももっともだ。ここは地面の下にある地下空間だと聞いていた。そしてこれから向かう先は地面の上の世界のハズ。上に上がるのになぜ下に落ちるのか。彼女の理解を軽々と飛び越えてゆく案件だ。
『「できることなら共に行きたいが、私は地上へ上がることはできない。アークエデン、頼むぞ」』
ビルからの信用を託され、アークエデンは――またしても――得意げっと胸を張った。
『「ふっ、しょーがねーなー。かんしゃしろよ人間とエルフ!」』
「えっ、ちょっと待って、連れて行くってどうやって――」
――ショーコが言い終えるよりも先に幼げなトカゲ少女が光に包まれた。
そして、一メートル前後の小さな身体が百メートル級の灰黒いドラゴンへと姿を変えた。
「…………ひぇ」
アークエデンの本来の姿を前にし、ショーコはトラウマが蘇って硬直する。
目の前に具現化した災禍の竜があのナマイキなクソガキと同一人物とはとても思えない。いや人じゃねーけど。
『「んじゃ、いくぞ」』
ドラゴンの巨大な口が開き、ショーコとフェイを真上から覆おうとした。
「わー! ちょっと待ってちょっと待って!」
ショーコのタイム申請にアークエデンは静止した。
『「え、なに?」』
「なに? じゃねーんだわ! 食われる方の身にもなってみ!? 自分がやられてイヤなことは人にやっちゃダメって幼稚園で教わらなかったの!?」
『「大じょうぶ大じょうぶ。かまないようにするから」』
「あっ! 根本のとこわかってないこの子!」
『「わざわざ口にふくまずとも背に乗せればいいんじゃないか?」』
ショーコの気持ちを汲んでか、ビルが提案する。
『「えー、それなんか服じゅうしてるみたいでヤなんだよな~。まっ、仕方ない。ワガママ聞ーてやるか」』
「こ、このガキクソッ……」
「何を言っているのかわかりませんが、ショーコさんが小馬鹿にされているのはわかります」
ワナワナと怒りに震える小娘のショーコ。状況が理解できず傍観するエルフのフェイ。長い舌をベ~っと出すドラゴンのアークエデン。肩を竦める悪魔のような外見のビル。なんとも奇妙な光景だ。
オチョけるアークエデンを宥めるように、ビルは優しく彼女の前脚をポンポンと叩いた。
『「アークエデン、いい加減にしておけ。すまないな未船ショーコ、この子も歳の近い友達ができて浮かれているんだ。大目に見てやってくれ」』
「くっ……まあビルが言うなら……」
『「と、友だちじゃないもん! こんなちっぽけな生きもの、ただのオモチャだよオモチャ!」』
「今時珍しいくらいベタなリアクションだな……」
ビルが“門”に手をかざす。地上との往来を禁ずる魔法陣が消え、封印が解かれた。
『「さあ、アークエデン」』
ビルに諭され、巨大なドラゴンは渋々ながらも長い首を垂れ下げた。
促されたショーコはアークエデンの背へ登ろうとするが、当然登る用の取っ手も無ければ引っ掛けも無い。ツルツルした鱗を掴んで自身の身体を持ち上げるほどの筋力は彼女にはなかった。
まごまごしているのを見かねたフェイがショーコの脇の下に頭を入れて担ぎ上げ、ジャンプして飛び乗った。ショーコはなんだか恥ずかしい気持ちと、最初からそれやってよという気持ちのサンドイッチ。
ドラゴンの背びれ(と言っていいのか?)に掴まったショーコは眼下のビルに向けて手を振った。
「んじゃ、色々ありがとうビル! ヨーカ達と再会したら共和国に戻って、ここの魔物達が苦しんでるって偉い人に伝えるね。きっとなんとかしてもらえると思うから、それまで待ってて!」
『「ありがとう、未船ショーコ。頼んだよ」』
何も知らないショーコは無垢に信じていた。共和国に――レオナにこの地で起きている現象を報告すればなんとかしてくれるだろうと。
魔物にも心があり、ビルやアークエデンのように心を通わせることができるとわかれば、きっと共和国とも共存できるだろうと。
「ほら、フェイも助けてもらったんだからお礼言って」
「えっ……あ……そうですね」
フェイはしどろもどろになりながらも、悪魔のような姿をした魔物に対して頭を下げた。
「……ありがとうございました」
エルフの言葉は魔物に伝わらないが、ビルはフェイが何を言ったのか理解していた。
『「どういたしまして」』
小さく頷くビル。フェイも同様、言葉はわからずとも彼が何を言わんとしているのかを理解していた。
『「そんじゃあ飛ぶぞ。おしっこもらすなよ」』
アークエデンは魔法による浮力で巨体を浮かせた。地面から離れ、巨大な虚の上へと移動し、浮力を放してその身を落とした。
底の見えない穴へ消えてゆくショーコ達を見つめ、ビルは呟いた。
『「…………君を見ていると、人間も捨てたものじゃないと改めて思えたよ。こちらこそ感謝している、未船ショーコ」』




