第七十二話 燃えよフェイ
『BOWWAAAッ!』
石造りの大剣が空を裂き、大地を穿つ。剣と言っても刃は分厚く、斬るというよりむしろ叩き割る為のモノだ。
フェイは敵の背後に周り、脚部――膝裏に蹴りを入れる。
普通ならフェイの蹴りを受ければ膝を着くものだが、ガノトフの頑強な脚はまるで揺らぐことがなった。
振り向きながら大剣で横薙ぐるガノトフ。
咄嗟に姿勢を落として回避するフェイ。
すぐさま姿勢を戻し、振るわれたガノトフの腕を取り、関節技の“脇固め”を狙う。
だが、肉体の密度が違いすぎた。エルフの腕力ではガノトフの腕をへし折るに力不足だ。なにより何倍もの体格差がある相手のブ厚い腕を脇固めに極めるのは無理があった。
コンマ数秒の間に思考し、フェイは関節技から打撃へとシフトする。
「はいっ!」
独楽の如く――この世界には恐らく独楽は無いだろうが――身体を回転させ、回し蹴りを繰り出す。
フェイの踵がガノトフの顎を打ち抜いた。
二の手、三の手と連続して攻め立てる。
「せい!」
肘鉄を顎に打ち込み――
「せい!」
さらにもう一撃――
「せいやっ!」
最後に膝を叩き込んだ。
『GGHHHHH……!』
一連の攻撃は全てガノトフの顎へと集中していた。
体格で圧倒的に劣るフェイがデカくて頑丈な魔物を打ち倒すには弱点への一点集中攻撃が有効だ。故に、逐一ジャンプしながら顎へ狙いを定めていたのだ。
しかし――
『BBRRRUUUWWWAAAAAAAAAA!』
「!」
ガノトフの振るう右腕がフェイを横殴りにした。
華奢なエルフの身体が浮き、放り投げられたオモチャのように軽々しく吹っ飛ぶ。
「ぐあっ……!」
岩に叩きつけられ、フェイは倒れ伏した。
「フェイッ!」
『BBWWWWOOOOOO……』
フェイという害敵を排除したガノトフがショーコへと視線を向ける。
「っ…………な、なに見てんだコノヤロー……!」
腰が引けながらも精一杯強がるショーコ。自分では気づいていないが、手も足もブルブルと震えていた。
ガノトフが大きく鼻息を吹き出しながら、ゆっくりと彼女に近づく。
『FSSHHHUUUUUUUU……』
「……わ、私は“転移者”だよ! ギッタンギッタンのメッタンメッタンのブッチンブッチンのウッチャンナンチャンにしてやるぞおらー!」
懸命にスゴむショーコ。ケンカなんかしたことも、ましてや人を脅したことも一度としてないのでこーゆー時何を言えばいいのかも全くわからなかった。
当然、そんな虚勢に魔物が反応するハズもなく――
『「…………“テンイシャ”……」』
「キイイィヤアアアァァァーーー!? 喋ったアアアァァァーーー!?」
魔族が……魔物が言葉を発した。
今まで遭遇したどの魔物もグルルルとかグアアアとか唸り声しか発してこなかった分、ショーコにはかなりの衝撃だった。
『「……ヨコセ……!」』
重低音の声を伴いながら、ガノトフがショーコへと手を伸ばす。
「っ……」
逃げようにも逃げられない。足がまるで言うことをきかない。
恐怖がショーコの全身を覆い尽くし、一切の抵抗を許さなかった。
『「……ヨコ……セ……!」』
魔物の指先が彼女に触れる寸前――
「私の友達に手を出さないでください」
――ガノトフの横っ面に鮮烈な蹴りが叩き込まれた。
「っ! フェイ!」
その一撃は今までのものとは段違いの威力を誇っていた。
威力だけではない。魔物を蹴り飛ばし、大地に立ったフェイの姿が心なしか淡く輝いているように見えた。
着込んだスーツの下から、まるで湯気が沸き立つかのようにうっすらと光が溢れているのだ。
「……ど、どしたのソレ……なんかスーパーサイヤジンみたいだよ」
「“マナ”を用いて身体能力を増強しているのです」
「え!? そんなことできんの!?」
「エルフは元来、“マナ”の扱いが上手いんですよ。たとえ魔法使いの血筋でなくとも多少のことならできます。もっとも、私の自前の“マナ”はヨーカさん程多くはないし、この山にも“マナ”がほとんど無いので長くは保ちませんが」
「そんなことできるなら最初からやってよ! 特撮ヒーローみたいに必殺技は最後まで取っとく主義!?」
「いや、これやると疲れるんですよ。すっごい」
「割と俗っぽい理由だったよ!」
『GGWWWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
激昂したのか、ガノトフが一際大きな唸りと共に石の大剣を振り下ろした。
フェイは横飛びで回避する。着地した足が地面を砕く程の勢いで反動をつけ、勢いを乗せた掌底をガノトフの脇腹へ打ち込んだ。
『GAッ……!』
魔物の巨体が、今までビクともしなかった巨体が、動いた。
攻撃の瞬間、“マナ”が波紋を広げ、その威力を物語る。
「す、すげー!」
フェイはジャケットを脱ぎ去り、カッターシャツにネクタイ姿となった。
袖をめくり、黒い手袋を両手に装着し、ギュっと引き締める。
「回転上げていきます」
――恐るべき速さだった。
ショーコがたった一度の瞬きをする間に、細身のエルフが大柄の魔物の懐に出現した。
素早く、重い打撃の連続。
フェイの拳が、蹴りが、肘が、膝が炸裂する度、周囲の空気に“マナ”の波紋が広がる。
「せいっ! はいっ!」
脇腹、鳩尾と立て続けに拳を打ち込む。魔物が前屈みになったところを――
「とっ!」
――顎を垂直に蹴り上げる。フェイの踵がガノトフの頭をカチ上げた。
『GGHHHHH……!』
よろめくガノトフ。
ここぞとキメにかかるフェイ。
「お父さん直伝! スーパーユアンテンセンゴーゴーイケイケスペシャル! でえぇい!」
身体を回転し勢いを乗せ、左肘による強烈な一撃をくらわせる。
その勢いを伴ったまま、跳躍と同時に右拳によるアッパーをブッくらわせた。
そして最後に、顎が跳ね上がったところへ空中回し蹴り。
『GAFFッ……!』
痛烈な連撃をモロに受け、ガノトフの巨体が地鳴りと共に仰向けに倒れた。
「はあっ……はあっ……」
難敵を打ち倒し、肩で息をするフェイ。彼女の言の通り、“マナ”を用いた身体能力強化は疲労が大きいようだ。
『GGG……GGHHH……』
しかし、一息つくのはまだ早かった。唸り声と共にガノトフが身体を起こしてきたのだ。
まだ立つのか……と、フェイは思った。
「……手強い……さすがは“名有り”……そろそろ休息したいんですけどね」
この魔物を倒すには半端な攻撃では足りない。決定的な一撃が必要だ……
相手の意識を完全に断ち切る、キメの一撃が!
「フェイ!」
名を呼ぶショーコへ視線を向ける。
何かを訴えるようにショーコはある物を指し示していた。
それは、亀裂と年季の入った石造りの柱。
直径十メートルはあろう程太く、そして背の高い石柱だ。
彼女の意図を汲み取ったフェイは口角を上げた。
「流石ショーコさんです」
『GGHHWWWAAAAAAAAAA!』
芸も無く繰り返し襲いかかってくるガノトフ。
大剣の一振りをかいくぐり、懐に潜り込んだフェイは掌底で巨猪の腹部を打ち上げた。
怯んだ隙にガノトフの影から出る。……角度良し。狙った通りの位置取りだ。
『GGGWWWRRRRRAAAAAAAAAA!』
ガノトフの攻撃――大地を砕かんとする勢いの、真っ向唐竹割り。
かわしたものの地盤が割れ、フェイは足を取られた。
「っ! しまっ――」
その隙は逃されない。
魔物の裏拳が叩きつけられる。フェイにとっては自身の身体よりもずっと大きな拳が。
「がっ……!」
やっと当てたのをガノトフほどの猛者が逃しはしない。
瞬時に剣を握り直し――
『DDOOWWWAAAAAAAAAAAA!』
――フルスウィング。
石の大剣を横薙ぎにフェイへブチ込む。
「――っ! ……――――」
彼女の全身が、再び岩壁へと叩きつけられる。衝撃の余波で砕けた岩肌がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
あまりの威力と勢いにショーコは青ざめた。さしものフェイもあんなのを食らっては……
「フェイ!」
――しかし、
「――…………大丈夫……です……!」
彼女も魔物に負けないくらいタフだった。吐血しながらもまだ意識を繋ぎとめている。
崩れた岩の影で、フェイは懐から小さな結晶を取り出した。
人差し指と親指で摘まめるほど小粒のそれを、握り砕く。
――フェイの全身から発せられる光が蒼く変化し、より強く輝きだす。
これこそ、フェイの奥の手。
それは、“マナ”が溜め込まれた結晶。
中に凝縮されていた“マナ”がフェイの身体に宿り、さらなる力を付与する。
『――ッ……!』
「テンション上がります……!」
――蒼白く輝くエルフが地を蹴った。
目にも止まらぬ速度。ガノトフはすぐに目で追ったが、まるで追いつけない。ショーコはどこへ跳んだかすら把握出来なかった。
さらにもう一度大地を蹴る。一度目の跳躍はガノトフの右斜め後の位置取りが目的であった。
振り向くのがやっとのガノトフめがけ、直角的なV字の軌道を描き、地面と水平に一直線に飛ぶ。
“マナ”の輝きが尾を引くその様を例えるなら――地上を駆ける一筋の流れ星。
「せいやあああああぁぁぁぁぁあああああ!」
光輝くフェイの飛び蹴りがガノトフの鳩尾に突き刺さる。
“マナ”の波紋が広がり、衝撃波となって周囲に伝わる。
『――――ッ!』
魔物の巨体が地面を削りながら蹴り押されてゆく。
その先には――先程ショーコが示した、巨大な石柱。
ガノトフの背が石柱にめり込む。威力が突き抜け、石柱を砕き割る。
――瞬間、離脱するフェイ。
直径十メートルの石柱がへし折れ、傾き、影を落とす。
――そして……ガノトフを押しつぶした。
「ハアッ! ハアッ! ハアッ……! ハアッ……!」
力を出し尽くし、大きく息を荒げるフェイ。
細身のエルフが、怪物の如き恐ろしい魔物に勝利した。
「や、やった……ぅやったー! さっすがフェイ! あたしゃ絶対勝つって思ってたよー!」
強大な魔物を打ち倒したエルフのもとへ、両手を上げてショーコが駆け寄る。
“マナ”の発光が納まり、激戦を終えたフェイはその場に尻餅をついた。
「おっとと、大丈夫なのフェイ」
「はあ……はあ……ええ……奥の手まで持ち出したので……さすがに疲れました……」
通常、十三騎士団が“名有り”の魔物の討伐に当たる際は必ず三人以上のメンバーで任務に着く。それほどの脅威をたった一人で打ち倒したのだから本当に大したものだ。
「最初っからずっとスゴかったけど、特に最後のスーパーモードみたいなやつはめちゃくちゃスゴかったよ! なんなのアレ! なんかちいちゃい石みたいなの取り出したのは見えたけど」
「純度の高い“マナ”を閉じ込めた結晶です。ふうっ……この山のように荒れ果て、乾いた地にはほとんど“マナ”が無いので……はあっ……万が一に備えておいてよかったです」
「あれ? でも魔族って“マナ”を食べて生きてるんだよね。じゃあこの山にいる連中は何を――」
その時――
「!」
――音がした。
ショーコとフェイが視線を向ける。
倒れた石柱から、小さな欠片がパラパラと滴り落ちる。
二人は固唾を呑んで注視し続けた。
石柱が僅かに振動する。欠け落ちる小石の数が増えてゆく。
――まさか……
『―― …… GHHH……WWWHHHHH……』
砕けた石柱を押しのけて、ガノトフが姿を見せた。
「…………うそぉ……」
無意識の内にショーコは思わず声を漏らした。
「…………奴は不死身なのか……」
フェイが呟いた、その時――
後方に気配を感じ、振り向く――
「!」
『GGGRRRRRRRR……』
――ヨーカが食い止めてくれていたハズの魔物……ジュエルハーツの姿。
前後を“名有り”に挟まれ、フェイは薄らと苦笑いを浮かべた。
「…………これは勝てない」




