第七十一話 Tri Battle
クリスとマイ、カイルの三人は“南方の離れ山”の麓へと到着した。
周囲に生き物の気配は無い。枯れ折れた木々や歪な形の岩々が散乱しており、大地はヒビ割れ、干ばつしているかのようだった。
いわゆる荒れ地。見るからにモンスターが生息してますって感じのエリアだ。
「ここから先は魔動二輪車では進めません。歩いていきましょう」
「クリス、“マナ”を識別できるとかいう眼鏡を使うといい」
「あー、これか」
マイに言われ、クリスは共和国を発つ前に支給された装備――魔眼鏡をスーツの内ポケットから取り出した。
このサングラスは空間に浮遊しているような薄い“マナ”は無視し、濃度の濃いものだけを捉える。魔族は生きる為に“マナ”を取り込んで内包している為、このサングラスをかければ居場所を識別できるのだ。ショーコの世界のもので例えるならサーモグラフのように。
そして、それは“マナ”を身の内に蓄えているヨーカも同様だ。
「これで魔物やヨーカがどこに居んのか見えるってわけだな」
サングラスを装着するクリス。
彼女の瞳に映ったのは、自身らの足下が真っ赤っかに染め上がった光景だった。
「えっ」
――次の瞬間、地面を割って巨大な物体が飛び出してきた。
『GGYYYEEEAAAAAAAAAAAAA!』
「どわーっ! またかよ!」
衝撃に吹き飛ばされるも、すぐさま着地する三人。
大地を割って姿を見せたのは、全長四、五メートルはあろう巨大な亀に似たモンスターだった。
怪獣じみた魔物が凶悪に尖った両爪を光らせてクリスに襲いかかる。
「姉さん!」
『KKWWHHHAAAAAAAAAAAAAAA!』
「最硬武装」
クリスの両腕に装備された腕輪が展開、変形し、指先から肘までを黄金色の籠手となって包み込む。
「どぅおらっ!」
キョーレツな一撃が魔物の腹部を穿った。
その威力は一直線に背中まで貫通し、頑丈な甲羅をも突き抜けた。
『GOGッ……――!』
圧倒的な体格差でありながらクリスの凄まじいパンチの前に魔物が崩れ落ちる。
「どけ。アタシが通んだよ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
『GGWWAAAAAHHHHHH!』
『SSSHHHHEEEEEEEEEEE!』
『KKLLLLRRRRRRRRRRRR!』
『OOOOOOOOOMMMMM!』
五体の魔物が全武装ヨーカににじり寄る。
十三騎士団の一角とはいえ、たった一人で五体もの魔物を同時に相手にするのはあまりにも危険である。それも、内一体は“名有り”のジュエルハーツ……
正攻法で戦うべきではない。囲まれれば終わりだ。
体力と“マナ”がある内に一番厄介な相手を仕留めておきたい。
ヨーカは頭の中で算段を立てる。
そして、実行に移す。
「ほないきまっせ~……!」
――あまりの速さに、魔物達は何が起こったのかすら気づけていなかった。
ヨーカが投げた槍が蛇型の魔物に突き刺さり、瞬刻の間を置かず瞬間移動。
斬り裂くように槍を引き抜き、返す刀で昆虫型の魔物の胸元に斬撃を三撃浴びせた。
敵が未だ反応に遅れている内に、トカゲ型の魔物の脚に槍を突き立て、柄を掴んだまま顎を蹴り上げる。
槍を抜き、空中を舞いながら鬼型の魔物めがけ槍を投擲。腹部に刺さった瞬間に槍のもとへ飛び、柄を握って敵を蹴り飛ばし、引き抜く。
全身を鎧で武装した分、速度は犠牲になるかと思われたがそんなことは一切無い。
そして、槍を両手で握りしめ、渾身の力を込めてジュエルハーツに突き刺す――
「――っ……!」
――いや、刺さらない。
岩にフォークを思いっきり突き立てたかのような不快な感覚がヨーカの両腕に走る。
魔族の頑強な皮膚を幾度となく貫いてきたヨーカの槍がほんの少しも通らない。
すぐさま体勢を直し、槍に“マナ”の刃を纏わせて斬撃を放つ。
しかし、“マナ”による非実体刃はジュエルハーツの内側に到達したものの、まるで効いていない。槍の実体刃は先程と同じく甲高い音と共に弾かれた。
その硬さは身体の表面だけでなく内側もらしい。外からの攻撃に対しても内部への攻撃に対しても無敵ということだ。
聞きしに勝る硬度。彼女の戦いの歴史において、これほどまで手応えがない相手は初めてだった。
『GGAAOOOOOOOOOOON!』
歪に巨大な腕を振るうジュエルハーツ。
瞬間、ヨーカは後方へ槍を投げて瞬間移動。
魔物の拳が空を裂き、地面を割った。
“硬さ”は即ち“攻撃力”。何者にも砕けないジュエルハーツの身体は何者をも砕く破壊鎚と同義なのだ。
もしヨーカが槍による瞬間移動ではなく単なるバックステップで回避していたとすれば、砕き割られた地面に足をとられ、窮地に陥っていただろう。
即座にその判断が下せたヨーカのセンスもさることながら、恐るべきはジュエルハーツの強さだ。この魔物を傷つけることができる武器など存在するのかどうかも怪しい。
『GGWWW……!』
『FFSSHHHHHH……!』
他の魔物達も唸り声を上げる。昆虫型の魔物も、蛇型の魔物も、トカゲ型も鬼型も、いきなり斬りつけてきたヨーカに対してご立腹らしい。
ヨーカとしては今の一瞬の連撃で魔物達が怯んでいる間に一番の強敵であるジュエルハーツに致命傷を与えたかったのだが、アテが外れてしまった。
つまり……ここから先は小細工無しの真っ向勝負。
つまり……数で劣るヨーカが圧倒的に不利。
つまり……特大のピンチだ。
『SSHHHAAAAAAAA!』
昆虫型がカマキリのようなカマを振るう。槍で弾き、お返しを見舞おうとした。が、側面から鬼型が棍棒を振り下ろしてきたので回避を優先。足を着いたと同時にトカゲ型が飛びかかり、大きな口でヨーカに喰らいつこうとする。
「うぉい!?」
咄嗟に槍を縦にし、トカゲの上下の顎を閉じさせないつっかえ棒にした。刃と柄尻が鋭い牙を阻む。しかし、槍を防御に使ったことで生まれた隙に――
「あ、ヤバいかも」
『GGAAAAAAAAAA!』
ジュエルハーツの拳がヨーカにぶつけられた。
「おぐっ――!」
その拍子にトカゲ型の牙から槍が外れ、吹き飛んだヨーカの身体は地面にゴロゴロと転がる。なんとか槍を手放さずに済んだがダメージはデカい。
恐るべき破壊力の鎚。騎士団の鎧が彼女の身を守ったが、その威力は装甲の上からでもエグいものだった。
荒地に伏す彼女に鬼型の魔物が棍棒を叩きつける。二度、三度、四度と。
「がっ……!」
しかし、そんな鬼型を押し除けて昆虫型がクワガタのような大顎でヨーカを挟み込む。彼女の胴を万力の如く締め上げ、鎧がミシミシと音を立てる。
脱出を試みようとしたところ、蛇型の魔物がヨーカの上半身に噛み付く。厚く強靭な上下四本の牙の内、右側の二本の牙が肩の装甲に突き立てられ、今にも貫かんとする。
「ちょっ……! 待てって……! の!」
肘から先の腕の動きだけで槍を放り投げ、瞬間移動で脱する。
解放されたと思った瞬間、トカゲ型の魔物と鬼型の魔物、そしてジュエルハーツが飛びかかってくる。
ヨーカは兜の下でため息をついた。
「……モテる女はツラいぜ……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
『GGWWAAAAAAAA!』
「んどりゃあっ!」
クリスは亀型の魔物の攻撃をかいくぐり、懐に入り込んでボディに強烈な一撃を打ち込んだ。
アダマント製の世界最硬パンチに悶絶し、魔物の巨体が地に伏した。
しかし、何度目だろうか――
『――……GGWWW……!』
――魔物が立ち上がった。
クリスの馬鹿力の前に何度も何度もダウンしているというのに、まるでゾンビの如く彼女の前に立ちふさがり続けた。この世界にゾンビがいるのかは定かではないが。
「このっ……いい加減にっ……!」
再度魔物の腹部に重い重い一撃を叩き込む。
前屈みになった魔物の顔面がクリスの目線の高さにまで降りた。
「――寝てろっ!」
顔面めがけ、打ち下ろし気味に拳を放つ。
魔物の頭部が岩肌の地面に叩きつけられ、大きな亀裂が生まれた。
『ッ……! ……――――』
魔物の瞳から光が消えた。意識を断ち切ることに成功したようだ。
ようやく沈黙した魔物を見下ろし、クリスは大きく息を吐いた。
「ふうーーーっ……ったく、手こずらせやがって。アタシに歯向かうなんざ三十年はえーんだよ」
「お疲れ様です、クリス姉さん」
「おい、オメーの話じゃここの連中は“新造魔法”とやらで弱体化してるって話だったよな。どこが弱ってんだ! しつこいぐらい食らいついてきたぞ!」
「たしかに……個体によって魔法の効果にムラがあるのかもしれません。ですが、私達のやるべきことに変わりはありません」
打ち倒された魔物のもとへ向かって歩きながら、カイルは鞘から剣を抜いた。
「!」
――魔物の頭に刃を突き刺す。
そのまま剣を返し、息の根を確実に止めた。
「さあ、進みましょう。ヨーカ達が待っています」
まるで流れ作業のように眉一つ動かさず剣を引き抜き、刃を振って血を払うカイル。今までに何度も何度も仕事としてこなしてきたのだろう。
「チッ、相変わらずマメなヤローだぜ」
さっさと歩を進めるカイルとそれに続くクリス。
数歩歩いたところで違和感に気づき、ふと振り返る。
マイが無言のまま立ち止まり、頭を刺し貫かれて絶命した魔物を見つめていた。
「……」
「よー、何ボーっとしてんだ。行くぞマイ」
「……ああ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
フェイの後ろに着いていく形でショーコは駆けた。
周囲にはゴツゴツとした岩が散見され、草木はほとんど枯れており、荒れ果てていた。
どういうわけか朽ち果てた石造りの建築物も見受けられる。へし折れていたり亀裂が入った石柱や、砕けて元の形を想像するのも難しい門構えなど、まるで古代の遺跡跡のように思えた。
恐らく大昔にはこの山に居住する種族がいたのだろう。人間なのかドワーフなのか獣人なのか定かではないが、今や魔物が住み着いたことで淘汰された……といったところか。
「!」
突然、急ブレーキをかけるフェイ。後を走っていたショーコが彼女の背にむぎゅっとなる。
「むぎゅっ。……ど、どしたのフェイ」
彼女が睨む視線の先。岩陰から何者かの気配がする。
大きな足音と共にわずかに地面が揺れる。その音源であり震源が姿を見せた。
『GGRRRHHHHHHHH……』
猪のような魔物。だが普通の猪とは明らかに違い、体つきは人型のそれだ。筋肉質かつ肥大化した前脚が腕となっており、屈強な二本の後ろ足で歩行している。その背丈は三メートル前後といったところ。右手には自身と同じ程大きい石でできた大剣が握られていた。
また、猪のように前方へ突き出た鼻と並んで下顎も大きく前へ突き出ている。すごいシャクレっぷりだ。
巨大な二本の牙が生えた顔には無数の傷跡が印されている。いや、顔だけではない。身体中に斬り傷や矢を受けた痕、火傷痕などが散見される。その魔物が長い時間、多くの戦いを経験してきたであろうことを物語っていた。
「……! ……“剛獣ガノトフ”」
フェイが呟く。彼女の声色からショーコはイヤな予感がした。
「……もしかして、アレもヤバイやつ……?」
「かって暴虐の限りを尽くしたことで知られる強大な魔物です。十五年前の大戦以降目撃情報が途絶えていたので“最初の転移者”様達御一行に討たれたと思っていましたが、この山に隠れ潜んでいたとは……」
先程のジュエルハーツと同じく、“名有り”の魔物――ガノトフ。
その強さは折り紙付きであり、たった一体で国家を滅ぼしたこともあるとまで噂されていた。
その存在は時の流れと共に世間の記憶から薄れつつあったのだが、今、フェイとショーコの目に写っているのは、紛れもなくヤツだ。
『GGWWWWWAAAAAAAAAAAA!』
大気を揺るがすほどの咆哮とともにガノトフが石の大剣を振り上げた。
フェイは咄嗟にショーコを後方へと突き飛ばす。
「っ……! フェイ!」
押し倒される形で軽く転んだショーコはすぐに顔を上げた。
彼女の視界が外れたわずかな間に、フェイは振り下ろされた大剣を寸でで躱し、ガノトフの首元へと蹴りを入れていた。
「せいっ!」
大木の如くブ厚い首に鋭い一撃。つま先に鋼が詰め込んである革靴での蹴りだが、大したダメージにはなっていない様子。
『RRWWWGGGAAAAAAAA!』
ガノトフが腕を振るう。その一振りは素手で大岩を粉々に砕く石鎚の如し。
フェイはバク転で躱し、体勢を整えると徒手空拳の構えを取った。
「ルカリウス公国外交官、フェンゼルシア・ポート・ユアンテンセン。交渉の余地のない魔物を退治いたします」




