第七十話 Shall me dance
『GGWWWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
「ゥアッチョー!」
ヨーカとワニ型の魔物が戦闘を開始して数分。その戦いは激化の一途をたどっていた。
闇雲気味に突進してくる魔物を持ち前の身軽さでヒラリと飛び越え、背面を斬りつける。魔物はうめき声を上げながら身体を反転させて爪を振るうも、ヨーカは宙を舞いながら槍で弾く。
着地と同時に突きを繰り出し、胸元にブッ刺す。そのまま横に薙ぎ、大きな斬痕を刻んだ。
『RRRGGGGGAAAAAAAAAAAAA!』
効いてはいるようだが、まだ倒れない。
魔物の長く前突した上下の顎が大きく開き、咆哮を上げる。口内には鋭い歯が剣山のように並んでおり、さらにその奧にもう一つ口が見えた。口の中に口があるとは、まさにバケモノじみた生き物だ。
「いい加減……やられろっての!」
槍を振るい、斬撃を重ねるヨーカ。
魔物は既に全身斬り傷だらけになっているが、いまだ二本の脚が折れることはなかった。
巨体に似合うタフネス。これを仕留めるには強力な一手が必要だ。
ヨーカが槍の先端に“マナ”を収束させる。刃が発光し、光の膜を纏う。
“マナ”で構成されたエネルギーが刃だけでなく柄尻まで包み込むと、次第に形を成してゆく。先端部はより長く、より鋭利に。柄の握った箇所よりも後ではギザギザとした光の刃が形作られた。
一本筋の通った美しい槍を(二股だが)凶悪で残虐な武器へと変化させたのだ。
『GGAAAAAAAAAAAAA!』
「成っ!」
渾身の力で放り投げられた槍が魔物の胸を刺し貫く。
鋭い刃が背中まで突き抜け、槍の半分が胴体に残った状態で静止した。
同時に、ヨーカが空間跳躍で現れ――
「敗っ!」
――魔物の背から突き出ている槍の柄を掴み、引き抜いた。
『RRRYYYEEEEAAAAAAAAAA……! ッ……――』
分厚い身体に風穴が空き、光の刃で内部を抉られた魔物が衝撃音と振動を伴ってその場に伏す。
「ふぃー、疲れたビー。こりゃ特別ボーナス支給してもらわなきゃ割に合わんな……」
額の汗を拭うヨーカ。同時に、槍が纏っていた“マナ”の刃も消失する。
ちなみに、十三騎士団は公務員だ。
「ありがとうございますヨーカさん。お見事です」
「す、すごかったよヨーカ! こんなでっかいワニ公を仕留めるなんて! ギネス記録はアンタのモンだ!」
「おつありー。でもさっきの鳥バードよりこっちのクロコダイルダンディーの方が手ごわかったからさー、ちょいと休憩したいべさね~。この山、全然“マナ”ないからさ、けっこう使いすぎて今月ピンチなんよね」
魔法を使用する際に必要となる“マナ”はこの世界のいたる場所に存在し、そして誰もが例外なく身の内に宿すエネルギーである。
多くの者はごく僅かな量しか内包していないが、魔法使いをはじめ、ヨーカのように魔法を駆使して戦う者は日々の鍛錬により“マナ”の貯蔵量を拡大している。
つまるところ、RPGで言うところのMPってやつだ。
個人が消費した“マナ”は時間の経過と共に少しずつ回復する。それは木々や花々、風や水などの自然が生み出す“マナ”が世界に満ちているからこそ。
しかし、この山のように荒廃し枯れた地では“マナ”は生成されず、回復はほとんど見込めない……ということなのだ。
「とりまどっか茶店で一服したいっちゃね。テラミスが食べたいやテラミス」
「なんですかそのてらみすというのは」
「共和国でブーム来てるスイーツじゃよ♪ おいしいんだコレが☆」
「あー、こないだアンナとスイーツ食べ放題行った時にやたら推されてたなそういえば。この世界、ウチの世界の流行が何週か遅れでやってきてるみたいだね」
『……RR……ッ……R……』
討たれたはずのワニ型の魔物が小さく声を漏らした。
一瞬ドキリとしたショーコが目を向ける。
「っ! ……ビクったぁ……まだ生きてたのか」
胸を抉られ、血だまりに倒れ伏している魔物はもはや虫の息。立ち上がることすらできない状態であることは明白だった。
瀕死の状態で苦しむ姿は、ショーコの胸の内にモヤモヤとしたものを浮かべた。
「う~む……モンスターとはいえ、やっぱ生き物が血ヘド吐いてるの見ると精神的にキツいものがあるね……ちょっとかわいそうというか……」
「ショーコさんの慈悲の心には頭が下がる思いですが、相手は魔族です。意思の疎通のできない害獣であり、我々に危害を及ぼす生き物ですよ」
「うん……それはわかってるんだけど……」
その時――
『……R……RR……』
残された微かな力で、魔物が喉を震わせた。
『……R~RRRR……R~RRRR……』
奇妙な、独特のリズムの鳴き声が響く。
耳にしてすぐ、ショーコはその意味を理解した。
「……! なっ、仲間だ! 仲間を呼んでるよ!」
「仲間を……?」
「マ? コイツ、ダチ集めようとしてんの? なに、負けたから慰めてよパーティーでもする気か? かまってちゃんだなコイツ」
「ショーコさん。どうしてそんなことがわかるんですか?」
「どうしてったって、そりゃ聞いたらわかるでしょ! どー聞いても仲間呼び寄せてるよコレ!」
その音は……「ルールルルル」という声は、ショーコの故郷である日本では“野生動物を呼び寄せる声(音)”として広く認知されているのだ。主にテレビドラマやバラエティ番組の影響で。
『R~RRRR……R~RRRR……』
とはいえ、あくまでそれはフィクションの産物。そんなモンでホントに野生動物が集まってくるなんてことは――
『GGRRRRRrrrrrr……!』
『KKKYYYEEEEEE……』
『GGAAAAAAAA!』
――ホントに来た!
「ほらほらほらほら!」
「なっ……!」
「二体、三体、四体……あっちゃ~……五体もいんべや」
さしものヨーカも肝を冷やした。
――二足歩行する巨大なトカゲのような魔物。
――クワガタとカマキリを掛け合わせたような昆虫型の魔物。
――全長二十メートルはあろう大蛇そっくりな魔物。
――ドデカい斧を担いだ赤い鬼のような魔物。
――全身がダイヤモンドのような、宝石で出来ているかのような魔物。
多種多様な、しかしいずれも凶悪な面構えのモンスター達。いずれもデカく、小さい魔物でさえ二メートルは超えている。
その最も小さい一体――宝石のような魔物を見て、フェイの顔色が変わった。
「ッ……! “ジュエルハーツ” ……!」
「な、なんじゃその失恋ソングみたいな名前は……」
思わずショーコが聞き返す。
「かねてより名の通った、いわゆる“名有り” の魔物です。呼び名のある魔物とは、それだけ何度も観測されてきた魔物ということ……つまり、それだけ強力な個体ということです」
呼称がある……それは、何度も人前に姿を見せ、今まで生き残ってきたということだ。魔族にとって“名有り”とは、強さを示すステイタスなのだ。
「ってことは……あのミスターダイヤマンみたいなヤツはめちゃんこ強いってこと……? さっきのムカデサソリとかデカイ鳥とかよりずっと小さいけど……」
「魔物の強さは単に大きさに比例するものではありません。ジュエルハーツの噂は私も聞いたことがあります。見た目の通り恐るべき“硬度”を誇る魔物……その硬さは何人たりと傷一つ付けることができないと言われている、絶対無敵の防御力を持つ魔物です」
ジュエルハーツと呼ばれる魔物は体形こそ人型のシルエットをしているが、その全身は光を反射し、ギラギラと輝く宝石そのもの。ダイヤモンドが人の形を成している、としか言いようがない姿をしていた。
人型と言っても魔物であるが故、異形だ。額から大きな角が一本、その左右に小さめの角が二本生えていた。
何より目を引かれるのは極端に大きな両腕だ。細い上腕に対し前腕が異様に大きく、肘から先が巨大な柱状の形状をしている。その大きさは自身の背丈と同じくらいあった。
噂にしか聞いたことのなかったフェイでも一目見て気づくほどの特異な姿。
そして、目の前に現れたのが噂通りの魔物だとすれば、非常に厄介なこととなる。
「……これはヤバたん」
ヨーカはショーコとフェイに背を向ける形で魔物達と相対した。
足のスタンスを広げ、腰を落とし、二股の槍を構える。
「ウチがバトるからフェイぴっぴとショーコっちはバックレてちょーだい。『ここは俺に任せて早く行け!』ってやつ☆」
「っ……! ヨーカさん……!」
本来ならばヨーカの瞬間移動で三人揃って逃走するのが望ましいのだろう。だがヨーカは十三騎士団……第二次調査団としてこの山に赴いた時は魔族の数を調べるのが任務だったが、今回は違う。生き残っている魔物を一匹残らず駆逐するのが使命だ。
「ちょっ、それめちゃくちゃ死亡フラグじゃん! 派手な攻撃して『やったか!?』って言っちゃうのと同じ!」
「心配せんチュリー♪ イザとなりゃーウチもトンズラすっからサ♪ 知ってんべ? その気になりゃーウチどこまででも飛んでけるんけんね↑」
無邪気な笑顔を見せた後、ヨーカはすぐさま魔物達へと向き直る。その背中はとても十七歳の少女のものとは思えなかった。
「っ……ヨーカ……!」
ショーコはたじろいだ。
漫画やアニメでよく見たテンプレ展開に実際に遭遇した時、こんなにも心が締め付けられる思いになるとは夢にも思わなかった。
一般ピーポーである彼女はこの場から一目散に逃げるべきなのだと十分理解している。しかし、同い年の……それも友達を一人危険な場に残して逃げるなんて、彼女の倫理観に大きく背き、後ろ足で砂をひっかけるが如き行為だ。
だが、自分でもわかっていた。
ヨーカとフェイの二人がかりで魔族と戦おうにも、五体も相手にしてはショーコを守り切れない。一瞬の隙で魔物の毒牙がショーコに降りかかる。
自分は足手まといなのだ。
だからこそ、フェイが取るであろう行動も予想できた。
「……っ……ありがとうございます、ヨーカさん」
フェイが呟いた。喉に詰まったものを必死に飲み込むように顔を歪めた後に。
「行きましょう、ショーコさん」
「……! ……でもっ……」
「さっきの魔物の呼び声でまだ増援が来るかもしれません。三人揃ってこの場に留まるのは危険です。彼女が足止めしてくれている間に逃げるべきです」
躊躇するショーコの手をフェイが引く。
後ろ髪を引かれる思いだったが、これ以上ここに居続ければサソリムカデや怪鳥の魔物の時と同じように状況を悪化させかねない。
そうなる前に退散すべきだ。これ以上ヨーカに迷惑をかけないうちに。
断腸の思いでショーコはヨーカに投げかけた。
「……がんばれヨーカ! 無事に帰れたらティラミス奢るからね!」
僅かに振り向き、ヨーカは口角を上げた。
「マカロンとパンケーキも付けてな☆」
その笑顔を目にしたショーコは安堵し、同じように口角を上げた。
ヨーカならきっと大丈夫だ。そう確信し、フェイと共にその場から退散する。
「さ~て、もうひとふんばりしますかっ。そいじゃあ魔族の皆さん、ウチと一緒に――」
ヨーカは手に持った槍の柄尻で地面を叩いた。
同時に、彼女の身体の各部――肩、肘、手首、腰、膝、足先、胸部に纏われた装甲が可変し、展開を始める。
装甲同士が連結し、まるでSF作品に出てくるハイテクパワードスーツのように何も無かった箇所が装甲で覆われ、鎧となってゆく。
これは十三騎士団の正装であり、ここ一番の戦いで武装する鎧――
恐らくクリスがドワーフの名工ギルタブよりもらった籠手と似た仕組みなのだろう。普段はコンパクトに収納されていた鎧が、イザという時にこうして姿を見せるのだ。
ヨーカの身体が艶やかな鎧に包まれ、頭部も甲冑で覆われる。目元にバイザーが下り、口元までも全て着装された。左のこめかみには赤と白に彩られた羽飾りがワンポイントアクセとして揺らめいている。
最後に、背面の肩部が開変し、中に収納されていた真っ赤なマントが顔を出し、彼女の背に垂れ下がった。
この“真紅のマント”と“紅白の羽飾り”こそ、十三騎士団の証。
全身を鎧で武装したギャルがブンブンブンと槍を回し、構え、五体の魔物と相対した。
「踊ろうぜ♪」




