第七話 ドワーフの炭鉱
村の中央に位置する水汲み場に、住民のドワーフ達が地べたに跪かされていた。
周囲には刃物や鈍器を持った強盗団が彼らを囲むように立っている。
強盗団のメンバーは全員作業着のようなツナギ姿で、身元が割れないためか大きなゴーグルを装着している。加えて頭目の男の口の周りには髭が無造作に生えていた。
「妙な動きすんじゃねえぞドワーフども! てめぇらの村はこのユートマン様率いる“ギジリブ強盗団”が占拠したー! わかったかー! わかったら拍手しろー! はーくしゅっ!」
強盗団の中でも一際大きな体格の頭目――ユートマンが野太い声で言う。
跪かされたドワーフ達は(若干困惑しながら)ユートマンの言う通りに拍手する。
「動くなっつったろ! 手を頭の後ろで組めーぃ!」
ユートマンの矛盾した命令に(若干困惑しながら)従い、ドワーフ達は再び後頭部で手を組む。
「大人しく言うこと聞いてりゃこのガキどもの玉のお肌が傷つくこたぁねぇんだ。黙って従えぃ!」
ユートマンの後方には、彼の手下達に囲われた子供のドワーフ達の姿があった。その数なんと十人。
「つかまった~!」
「人質だって~」
「おっかな~い」
状況を真面目にとらえていないのか十人の子供ドワーフ達は遠足気分だ。
数では強盗団よりも村の住民達の方が勝っているが、人質がいる以上下手に動くことができない。彼らの言う通りにする他ないドワーフ達は無力感を噛み締めていた。
「……っ~! えぇい! もう我慢ならん!」
そんな中、跪かされていた一人のドワーフが立ち上がった。
「子供を盾にする必要などない! ラホーリ村の腕相撲チャンピオンであるこのゴルスタッグと正々堂々一対一で勝負せよ!」
立ち上がったドワーフは、顔の半分以上が赤い髭と眉毛と揉み上げで覆われた男性で、腕の太さは平均的な人間の五、六倍はあった。
強盗団のメンバーが刃物を握り直すも、ユートマンが制止した。
「俺とやろうってか。いいだろう。その喧嘩買ってやる」
ユートマンが腕捲りをし、握りしめた拳を目線の高さまで上げ、腕を畳み、腋を締め、背中を丸めた。
その構えは、ショーコの世界でいう“ボクシング”のスタイルにそっくりだった。
「ラホーリのためにーっ!」
屈強なドワーフであるゴルスタッグが、果敢に殴りかかる。
ユートマンは身体を右に躱し、回り込むようにゴルスタッグの背中を突き飛ばす。
自身の攻撃の勢いをそのまま利用され、大きく体勢を崩すゴルスタッグ。転倒しそうになるも、とっとっと、と身体を残した。
慌てて振り向いた瞬間、ユートマンの超合金のような拳骨が炸裂した。
「ぶふっ……!」
ゴルスタッグの鼻に鮮血の花が咲く。
さらに、腹部に続けてもう一撃。ユートマンの重い拳を受け、前のめりになるゴルスタッグ。
一気にトドメにかかるユートマン。ゴルスタッグの首根っこと腰を抱え、頭よりも高く持ち上げ――
「うおらあああああ!」
――地面に叩きつけた。
「ごほあっ……!」
大きく息をついたユートマンが、倒れ伏すゴルスタッグを見下ろしながら吐き捨てる。
「プロを舐めんじゃねえよ」
ドワーフという種族は平均的な人間よりも背が低いが、筋肉の密度が高く頑強な種族だ。
それを腕力でねじ伏せるとは、ユートマンの馬鹿力は並大抵ではない。
「自慢じゃねえが俺ぁ昔、十匹のオーガを一人でブチのめしたこともあるんだぜ」
「どーだ! すごいだろ! オヤビンの数少ない自慢だぞ!」
「あとは十四件連続で食い逃げしたのと、強盗に入った銀行で鉢合わせた同業者とケンカになって勝ったことくらいしか自慢できることがないんだ!」
「うるさい! カッコ悪いこと言うんじゃねぇ!」
部下の余計な説明にユートマンが一喝する。
ドワーフ達の戦意はもはや微塵も残っていなかった。村一番の力自慢であるゴルスタッグが完敗したとあってはお手上げだ。
「き、貴様ら一体どういうつもりだ……ここは何もない村だ。お前らの欲しいものなんかないぞ」
ドワーフの一人が跪いたままの状態で問う。
「馬鹿言っちゃいけねえ。お前さんらが汗水流して掘りだしてる鉱石がたんまりあるじゃねえか。炭鉱ってのは文字通り金脈だからな。ついでに鍛冶場で作った、できたてホヤホヤの武具もたんまりいただいていくぜ」
ユートマンが合図を出すと、強盗団の面々がドワーフ達を立ち上がらせた。
「まずは鉱山まで案内してもらおうか。さあ、キリキリ歩け。言うこと聞いてりゃ誰も痛い思いしなくてすむんだからな」
「おやびん、ガキどもはどうしますか?」
強盗団の一人がユートマンに尋ねる。
「ここで大人しくさせてろ。坑道は暗くて危ないから近づけるんじゃねえ。お前等三人で見張れ。さあ、ガッポリ稼がせてもらうぜドワーフの皆さんヨオ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「な、なんかヤバイ状況っぽいんだけど……」
「どうやら修羅場に直面したようですね」
ショーコとフェイは一連の様子を物陰から見ていた。
強盗団がドワーフ達を跪かせる様も、ユートマンがゴルスタッグをぶちのめす様も、子供達がワーキャー騒いでいる様も、バッチリ見ていた。
「彼らは元傭兵で、大陸中でお尋ね者の“ギジリブ強盗団”です。ギジリブとは古い言葉で“打ち捨てられし”という意味です」
「強盗団って……十五年前に世界は救われたって言ってたのに全然平和じゃないじゃん!」
「“最初の転移者”様が現れる前は、彼らのように悪事を働く人間はほとんどいませんでした。しかし、魔族が消えて世界が平和になると、他者を傷付けて私服を肥やそうとする連中が出てくるようになったのです」
皮肉な話だ。モンスターの脅威がなくなったと思えば、邪悪な人間の脅威が蔓延するようになったとは。
「ど、どうする? さっき言ってた世界なんちゃら保安局を呼んで逮捕してもらおうよ」
「それでは間に合いません。我々で対処しましょう」
「私達で!? そりゃ無茶ってもんだよ! 私はただのか弱い乙女だもん! 華も恥じらうオンナノコ! 強盗退治なんて無理無理!」
「何を仰るのですか。あなたは“転移者”じゃないですか」
「んなこと言ったってあたしゃどうすることも――」
「ショーコさん、“最初の転移者”様は無敵の強さを誇り、なんでもできる人だったと言われています。同じ“転移者”であるあなたも、きっと特別な力があるはずです」
「っ……」
「見せてください、ショーコさんの持つ“チカラ”を。あなたがなにをできるかを」
ショーコはいわゆる異世界転移モノには疎いが、幼少期の朧気な記憶の中にいくつかの異世界転移モノのアニメや漫画が確かにある。
それらの作品では、異世界に転移した主人公は総じて特別な力を持った“選ばれし者”だった。
英雄の生まれ変わりだったり、巨大ロボットの操者だったり、伝説の剣豪だったり、皆何かしらの特別な力を持っているのがお決まり。
つまり……ショーコにもそういう、なんかしら特別なものがあるハズだ!
まだ自分では気づいていないけど、ショーコにもなにかがあるハズなのだ!
「……そうか……そうだよね。“最初の転移者”も魔法が使えたっていうし、私にもできるはずだよね! 私は異世界転移モノの主人公! 」
ショーコは若者が持つ最大の武器――『根拠の無い自信』を装備した!
「わかったよフェイ! 私達であの悪党達をやっつけよう!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
見張りを任された強盗団員は正直退屈していた。
見張りといっても相手は子供。しかも行楽気分でキャッキャしている。逃げだそうとする素振りも見えない。
「やれやれ、おやびん達早く戻ってこないかな」
「おじさん達ゴートー団?」
子供の一人が尋ねた。
「そうさ」
見張りの男は答えた。
「オイラ達人質なんだね」
別の子供が言う。
「そうだよ」
律儀に答える見張り。
「おじさん達賞金首って言うんだよね」
また別の子供が尋ねる。
「よく知ってるね」
ちょっと打ち解けてきた。
しかし、見張りの男は気付いていなかった。
子供のドワーフと会話のキャッチボールをしている間に、スーツを着たエルフが背後に忍び寄っていることに。
「――ん?」
見張りが気配に気づいて振り向く。
「こんにちは」
「あ、こんにちは」
――フェイの肘が見張りの鳩尾を貫いた。
「っ……!?」
鋭い一撃に意識は遠のき、見張りの男は膝から崩れるように倒れた。
「な、なんだ!?」
別の見張りが気づく。
フェイは瞬時に相手の懐に入り、掌底で顎を打ち抜く。瞬く間に行動不能に追いやった。
「あっ! て、てめぇ何モンだ!」
三人目の見張りがナイフを構えた。
フェイは今度は近づかず、相手の出方を見る。
「こんの野郎!」
見張りがナイフを振りかぶる。
フェイは冷静だった。相手のナイフを持っている腕を掴み、勢いそのままに背負い投げ、地面に叩きつけた。
「がっ……!」
「お粗末様でした」
あっという間に三人を気絶させると、フェイはお辞儀をした。
「すっご~い! お姉さんつよーい!」
「今のどうやったのー!?」
「お姉さんいくつ? 緑黄色野菜食べれるー?」
ドワーフの子供達がフェイに群がる。人質のはずなのに拘束も何もされていなかったらしい。
子供達に混じってショーコも駆けよってきた。
「すごいやフェイ! あっという間にやっつけちゃった! いや~私も無敵スキルでギッタンバッタンやっつけてやろうかと思ったけど出番なかったね。ハハハ、いや~残念残念」
「露払いは私がします。ショーコさんの相手は強敵じゃないと釣り合いませんからね」
「お、おお……こんなに期待されるの小学校の運動会で玉入れメンバーに選ばれた時以来だよ」
「さあ、炭鉱へ向かいましょう。いよいよショーコさんの力を発揮する場面です」
「そ、そうだね……まあ『あれ? 私、またなんかやっちゃいました?』って感じで楽勝しちゃうから安心してよ。うん」
ショーコは“転移者”として、自身に秘められた無敵チート能力で悪者を成敗してくれようと息巻いていた。
果たして、彼女の持つ特別な力とは一体……!
次回を待て!