第六十九話 真実
「墜落したぞ」
遥か遠方を見つめ、マイが言う。研ぎ澄まされた彼女の視力は恐るべきものだ。
クリス、マイ、カイルの三人は怪鳥を追ったヨーカを見送り、地上で待機していたのだが、どうやらヨーカは怪鳥を地上にブッ墜としたらしい。
「墜落!? オイ、大丈夫なのかよそれ! ショーコは無事なのか!?」
「恐らくな」
「恐らくって……なにゆーちょーなこと言ってんだマイ!」
声を荒げるクリスをカイルが諫めようとする。
「落ち着いてください姉さん。彼女は“転移者”なんですよ。身を案ずるべきはエルフ殿の方でしょう。いくらケンカしてるからって――」
「バカ! フェイなら何があったって切り抜けるけど、ショーコはそーじゃねーんだよ!」
“転移者”であるショーコのことを“最初の転移者”と……魔王を打ち倒した英雄と同じように強い存在だと思い込んでいる者は多い。そういった思い込み故、大勢がショーコに勝手に期待してきた。カイルもその一人なのだ。
「大丈夫だクリス。フェイが一緒なら何があろうとショーコに傷一つつけさせはしないだろう」
「っ……そりゃそーだけど」
マイが先ほどの魔物との戦闘で荒らされた周囲を見渡す。
地面が穿たれ、キャンプグッズが散乱した中から、まるで子供が遊んだまま放置されたオモチャのように倒れている魔動二輪車を見つけて抱き起した。
「行くぞ。墜落地点は“南方の離れ山”だ」
――……
翼を失った魔族の怪鳥は山の中腹に墜落した。
当然、背に乗っていたフェイとヨーカ、そしてショーコも含め、全員地面に激突して――
「ありがとうございますヨーカさん。おかげで助かりました」
「いんやフェイぴっぴがナイスアイディ~ア閃いたおかげっすわ☆ アリがじゅっぴき♪」
――いなかった。
墜落する寸前、三人はヨーカの瞬間移動魔術で難を逃れたのだ。
まず、フェイがヨーカにしがみつき、ヨーカは怪鳥が咥えていたサソリムカデの鋏を槍で切断し――先んじてカイルが関節部にダメージを与えていたため容易に切断できた――鋏にひかかっていたショーコを救出。
そして、地面に激突するよりも先にヨーカが地上に向けて槍を投擲。山肌に突き刺さったのを確認してから槍のもとへと瞬間移動。三人は無事に地上に跳躍することに成功したのだ。
ちなみにこの方法を提案したのはフェイだ。墜落中という極限状態の中でありながら冷静に打開策をまとめられるのはさすがといったところ。
「短時間の間にショーコさんを救出するだけでなく、猛スピードで落ちゆく中で地表に向けて正確に槍を突き立てるとは、やはり十三騎士団の名は伊達ではないですね」
「も~ウチのこと褒めゴロシにする気かこんにゃろーめ☆ でもシュンカンイドーがウチだけじゃなくて三人一緒にトベるってよくわかったね」
「ヨーカさんが触れるものも一緒に移動するのは見ていてわかりました。そうでないとヨーカさんが着ている服や鎧がその場に置き去りにされるハズですからね」
「な~るっ☆ ま、触れてても一緒に飛ぶかどうかは自分でチョイスできるんだけどね。にしてもフェイぴ名探偵じゃーん♪ こりゃ眠ってても名推理披露しちゃう系の探偵だわ↑ ショーコっちもそー思うっしょ?」
「…………かぺ」
ショーコの表情はおよそ女子高生が人前でやっていいものではなかった。目は四方八方へぐるぐる回り、半開きの口から涎がタラリ。
無理もない。高々度からの落下を生身で体験したのだ。スカイダイビングのようにインストラクターもいなければパラシュートも無く、その覚悟すら無いままで。
「ダミだこりゃ。完全にピヨピヨ状態」
ヨーカは頭上でヒヨコがピヨピヨ飛び回るショーコの鼻に指を突っ込んだ。
「ふがふぉぁ!? な、なになになに!? なにがどーなったの!?」
「落ち着いてくださいショーコさん。さっきまでは大ピンチでしたが今はもう大丈夫です」
「そ、そうなんだ……で、ここはどこなのよさ?」
「魔物が居る“南方の離れ山”です」
「なっ、なっ! にゅわんどぁってえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
一難去ってまた一難。モンスターに襲われ、モンスターに連れ去られ、辿り着いたのがモンスターが生息する山。
元々この山に居るドラゴンの討伐に向かって来ていたのだが、ショーコにはまだ心の準備ができていなかった。彼女は夏休みの宿題も『まあ最終日までまだ時間あるし、直前になってからがんばればいいや』ってタイプなので目的地に近づくまでちゃんと考えていなかったのだ。
「とととととりあえず帰ろう! 一旦戻ろ! アタッカー役のクリスもマイさんもいないんじゃ仕事になりませんよ!」
暗に頼りないと言われたようでフェイはちょっとだけ口を尖がらせた。
「いんや、今はヘタに動かないほうがいいべ。下手に動くと魔物と遭遇する確率も高まる水産。カイ兄達が来るまでステイがベストですわ☆」
ヨーカの物言いは理解するのにちょっと時間を要する。
「で、でもヨーカ強いんでしょ? フェイもいるんだし、あのデカイドラゴンならまだしもその辺のモンスター程度なら大丈夫なんじゃないの?」
暗に頼りになると言われたようでフェイはちょっとだけ嬉しそうに表情を緩めた。
「そりゃーナメプすぎだべ。この山に何匹魔物がいるかわからんけど、ウチが小指で倒せるようなヤツもいればカイ兄やクリ姉が束になっても太刀打ちできねーバケモンもいるかもしれん。だから極力敵に出会わないようにするのが吉なんじゃよ☆」
「……そう……か。ヨーカって意外にちゃんと考えてるんだね」
正直、ショーコは驚いていた。ヨーカのことは言動からして自分と近しい……端的にいえばアホっぽい子だと思っていたが、冷静に状況を分析し、理にかなった判断を下している。
性格はおちゃらけてはいるが、彼女にはこれまで魔物と戦ってきた経験と知識があるのだ。
「まっ、ここでジーっとしてても遭遇する可能性もあるから、ドーにもなんないけどね♪」
「いえ、ヨーカさんの言う通りここは無闇に動かない方が安全かと」
「……うん、そうだね。ゲームでも歩かない限りモンスターとエンカウントしないもんね」
二人に言いなだめられ、ショーコはその辺の石に腰を下ろした。
「そうビクビクしなさんな♪ そもそも魔族なんか絶滅危惧種なんだからそーそーいないって~☆」
ヨーカがそう言った直後――
「R?」
「え」
――ショーコの真後ろ、岩壁の陰からワニのような魔物が顔を出した。
「RRRRRAAAAAAAAAAAAA!」
「わああちゃああああああああ!」
「ショーコさん!」
――瞬間、魔物の胸へめがけ槍が飛来した。
突き刺さったと同時に持ち主であるヨーカが瞬間移動で現れ、槍を引き抜いてショーコの眼前に立つ。
「お相手つかまつろー↑」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ちくしょーあのバカ鳥、この距離をよくもまああんな短時間で飛んだもんだぜ」
一刻も早くショーコ達と合流しようとアクセル全開で荒れ地を突き進むクリス、マイ、カイルの三人。
急ぐあまりクリスは言葉遣いがアホになっちゃってた。
「焦ることないですよ姉さん。ヨーカは聡い子ですからきっと三人とも無事ですよ」
「焦ることない……か。魔物に攫われた子供のことなんかどうでもいいという具合だな」
「えっ……」
マイの一言にカイルは一瞬口を止めた。
そして、理解するのに時間を要してしまった。
「――あ、ああ……そうですね。いえ、決してどうでもいいわけではないですよ。ただ……」
そう、ショーコ達がこのドラゴン討伐遠征に出た理由は“魔物が巣くう南方の離れ山に遊びに出かけたリジットという少年が魔物に攫われた”為だ。
魔物狩りを頑なに拒むマイと、危険なミッションに関わりたくないショーコがこの遠征に挑んだのはそれが大きな理由だった。だが……
「ふっ……必要なんかないもんな。ハナから子供なんか攫われちゃいないんだからな」
「!」
「は?」
「そうだろう? レオナが言うには、子供達が離れ山に遊びに行き、内の一人が行方不明になったという話だった。だがこの通り、共和国から離れ山まで向かうのに魔動二輪車でもかなりの時間がかかる。こんな距離を子供がやすやすと行けるわけがない。普通に考えればおかしいと誰でも気付くさ」
「っ……それは……」
「子供が攫われたというのは我々をこの山へ向かわせる為の作り話だ。違うか?」
「っ……」
カイルは魔動二輪車を止めた。マイとクリスもブレーキをかけ、停車させる。
しばしの間苦悶の表情を浮かべた後、観念したかのようにカイルが口を開いた。
「…………ウエストウッド殿の言う通り……子供が攫われたというのは事実無根――作り話です……」
俯き加減で言うカイル。
マイは呆れた様子で鼻を鳴らし、クリスは驚きのあまり目を丸くする。
「ウソ……だと? マジかよ……あのカイルが嘘をついたってのか? ……超ド級の生真面目で優等生でバカ正直なカイルが……信じらんねー……ウッソォ……」
「……これだけは誤解しないでください。自分は騎士団長から……レオナさんから話を聞いていますが、ヨーカは知らないんです。あの子は純粋に……子供が攫われたと信じて――」
「噓と気付いていながら何故私がこの話に乗ったと思う? レオナ・オードバーンという女はいつだって“正しいこと”をする女だ。性格上ソリが合わないことはあるが、奴のことはそれなりに……信用している」
ちょっとむずがゆそうに言うマイ。本人がいないとはいえケンカ友達のことを褒めるのは気恥ずかしいものがあるのだ。
「そのレオナが……誇りやプライドを重んじるレオナが嘘をついてまで頭を下げた。アイツ自身も、私が気づくとわかった上で作り話をしたんだ。それだけどうしようもない事態と察したから渋々了承した。ショーコとフェイは微塵も疑わなかったがな」
「あ、アタシは気づいてたけどなトーゼン」
「……」
マイに看破されたカイルは白旗を上げるかの如く真相を話し始めた。
「……南方の離れ山に魔物がいるという情報を掴んだ共和国政府が、調査団を三度派遣したという話は聞いてますよね。最初の部隊はほぼ壊滅……わずかな生き残りだけが命からがら帰還しました」
「その隊がドラゴンの存在を確認したという話だったな」
「はい。政府は第二次調査団を組織し、十三騎士団のメンバーであるヨーカに指揮を任せました。ですが……その遠征で確認した新たな情報では……あの山にはドラゴン以外にも魔族の生き残りが二百体以上隠れ住んでいると分かったのです」
「な、なに!? 二百!?」
ベネディクト評議員が「魔物が集落を形成している可能性もある」と言っていたが、さすがにクリスもそれほどの数が現存しているとは想定していなかった。
「じょ、冗談じゃねーぞ! じゃーなにか! アタシ達たった六人で二百匹も魔物を相手にしよーってつもりだったのか!」
「それなのですが……ヨーカ率いる第二次調査団は、予想以上に敵が多いということで情報を集めるだけに留めて帰還しました。そして自分が指揮を任された第三次調査団は、魔物を殲滅する為に奴らを弱体化させる策を打ったのです」
「なに?」
マイが反応する。
「魔族のクズどもをジワジワと弱める魔法です。効果が表れるまで数か月の時間を要するとのことで、我々第三次調査団は魔法を発動させてすぐに帰還しました。あれから二、三ヵ月経過した今、効果が表れている頃合いです」
「……そんな魔法、聞いたことないぞ」
「共和国魔法庁が開発した【新造魔法】です。自分が調査団を連れて出陣する際、オードバーン卿から託されました。その新造魔法によって弱った魔物を少数精鋭の部隊で叩く……! ドラゴンだけでなく、あの山に潜む魔物全てを掃討するのが今回の遠征の目標なのです」
マイは眉を顰めた。
「オードバーン卿に代わり、子供をダシにするような嘘をついたことは謝罪いたします……ですが……もうこれ以上、事実を隠し続けるのは限界なのです。真実が明るみになる前になんとしてでも魔族を殲滅しなければならないのです。だからオードバーン卿は――レオナさんは作り話をしてまで皆さんに……わかってあげてください。あの人は平和を守るために必死なんです。誰よりも何よりも……人々の平穏の為だけに尽力されているのです」
「……」
カイルの懸命な釈明に、何も返さないマイ。
そして無言のまま、魔道二輪車のアクセルを吹かした。
「……事実がどうあれ急ぐぞ。今頃、ショーコ達は魔物と遭遇しているかもしれん」




