第六十五話 いせキャン◇(異世界キャンプ)
共和国首都を発って数時間。陽が暮れ始め、空に光が点々と姿を見せ始めた。
この世界の空の向こうにも“宇宙”が広がっているのだろうか。あの夜空で輝くものは、宇宙に息吹く星々の生きた証なのだろうか。
ファンタジックな異世界なのに宇宙空間や惑星が存在しているのかと思うと、どこか夢が崩れるような気がするが、その答えを知る術はショーコには無かった。
周囲は岩地。大小様々な岩があちらやこちらに散見される。大地の下から突き出た大岩が、永い年月雨露を受け続けた結果大きく削がれ、反り立つ崖と成っている。
ハッキリと視認は出来ないものの、なんとなく動物の気配が周囲に感じられたが、ショーコ達がやって来たのを察して何処かへと気配は散っていった。
「日も暮れますし、今日はここを野営地としましょう」
「うぇーい☆ やえーちヤエーチー! アッガるゥ~↑!」
カイルの提案で一同は魔動二輪車を停車させた。
「んがぁーっ、疲れたァ~ッ……」
半日ぶっ通しの運転から解放されたクリスが大きく伸びをする。ショーコも一緒になって屈伸屈伸。
「あ~、座りっぱなしでお尻がゴワゴワになっちゃった」
「ここの地形は野宿には向いていない。地面が固くて体力回復に支障がでるぞ」
サバイバル経験豊富なマイが提言する。さすが幼少期から野生で生きてきただけはある。
「大丈夫です。その心配には及びませんよ」
カイルが地面に手の平をつけ、呪文を唱える。
空間魔法が展開し、その場にテントが出現した。いや、テントと言うよりもコンテナのような箱型で、むしろコテージと言う方が近いかも知れない。
「わあ! ホイポイカプセルみたい!」
「ほう、お前も魔法が使えるのか」
「ええ、自分もヨーカも多少は。と言っても、高位魔術は使えませんが」
魔法を扱えるのは魔法使いの血を引くものか、魔導師に師事した者のみ。共和国では短期間で魔法の指導を受けられる事業が流行っているくらいだから、カイルやヨーカが学んでいるのも当然と言える。
今回の任務にあたり、二人は事前に武器やテントなど様々な道具を魔法空間に準備していたようだ。
コテージの中は大人五人が余裕で入れる広さ。ご丁寧にベッドに枕と、魔法で点灯するランタンまで備えてある。そこらの安宿よりよっぽど豪華だ。
「わ、すごい。ホテルの一室を丸ごとくり抜いたみたい」
「見てくださいショーコさん。奥にはお風呂部屋までありますよ。湯船にミカンが浮いてます」
「快適とまでは言いませんが、多少ゆったりできますよ。落雷にも耐えれる強度ですし、防音性も高いので中で騒いでも無問題――苦情の心配は無し」
「このテントはアタシらが使うから、カイルは外で寝ろよ。言うまでもねーが、二十歩以内の距離に近づいてきたら頭蓋をブチ割るからな」
クリスが拳を突き出して警告する。これはハッタリではなくガチの警告だ。
「勿論ですよ姉さん。自分がそんなことをする人間ではないと重々分かっているでしょう。それに自分、婚約してるんですよ」
持ち前の爽やかな笑顔と共に、首から下げたペンダントを見せるカイル。
どうやらそれが、ショーコの世界で言う“左手の薬指に嵌める指輪”と同意のようだ。
「へー、そうか。祝いの言葉は言わねーぞ」
「ええ、姉さんがそんなことするわけないってわかっていますよ」
「ハッ! 真面目な優等生クンが言うようになったじゃねーか」
クリスは乾燥した笑顔を浮かべた。
「ほいじゃアチシは晩ディナーでも作るっぺかな☆ キャンプ飯といえば“最初の転移者”様考案、全人類の大好物“カレー”っしょ! バチクソにうめーカレー作っちゃうぜベイベ☆」
ヨーカは、舌をペロっと出した表情で袖をまくり上げる。
“最初の転移者”はカレーのレシピも輸入していたらしい。誇大広告も付け加えて。
「えっ、ヨーカさん料理できんの?」
「ロチのモン! 料理はオトメのタシナミだべ♪ いつでもオヨメさんに行けるようにしとかなきゃサ☆ まっ、簡単なモンしかできないけどネ」
「ギャルの上に炊事まで出来るなんてズルい……!」
同い年の女子がカレーを作れることに対し、絨毯コロコロ以外ロクに家事の出来ないショーコはちょっと焦りを覚えた。
「っつかウチら同い年の親友なんだから呼び捨てでいこーぜっ☆ それにホラ、“ショーコ”と“ヨーカ”って名前の響きも似てんべ? これもう運命っしょ!」
「こ、これがギャルの距離感……」
出会って数時間で親友認定してくれるヨーカにたじろぎながらも、内心ちょっと嬉しかった。
星空の下、ヨーカが空間魔法の呪文を唱えながら大袈裟に指を振ると、その場にテーブルが召喚さらた。続いて鍋や包丁等の調理器具、そして人参やタマネギ等の野菜類と、動物肉等が机上に並ぶ。
「ウチとマイパイセンが具材担当すっから、ショーコっちとフェイぴっぴはお米担当ね」
まだ炊かれていないカチカチのお米が入った袋と、四角い形状の飯盒を手渡され、ショーコはキョトンとする。
「えっ、ヨーカが作るんじゃなかったの?」
「冗談はヨーカちゃん! 手分けした方が早いし、みんなでやる方が楽しいっしょ♪」
「オトメのタシナミとは……」
「いいじゃないですかショーコさん。私、キャンプでお米炊くの小さい頃からの夢だったんです」
「フェイは少年みたいな夢抱いてたんだね……」
ワクワクしながらお米を研ぎ始めるフェイ。隣でショーコも作業に入る。途中「え? やり方これで合ってる?」と五、六回ほど呟きながら、恐る恐る米を洗う。
「っしゃ! マイパイセン、ウチと一緒に具材の下ごしらえすんべえな↑」
「任せろ」
ふんす、と力強く鼻から息を吐くマイ。かつて魔族の王を倒した伝説の英雄が、カレー作りに挑戦だ。
力強く握りしめた包丁を天高く振り上げ、そして勢いよく振り下ろす。切断されたジャガイモは、自身が切られたということすら気付いていない。世界最強の太刀筋だ。
「わはー☆ パイセンめっちゃワイルドじゃん。お野菜は魔物とちゃうねんから、もちっと優しくやってもええんやで」
「……実はこういうのちゃんとやったことないんだ」
「マ? パイセンお料理ビギナーじゃったか。ギャップにキュンです。しゃーなし、ウチがおせーてあげるっちゃ☆ 包丁使うなら左手はグーパンにすんだよ♪」
ヨーカは指を折り畳んだ左手でジャガイモを押さえ、右手に持った包丁でカットする。
その様子をじっくり真剣に観察したマイは少々ぎこちない動きで切ってみせた。
「こうか?」
「そーそー! ナイスゥ~♪ スジいいッスよ! さっすがパイセン! こりゃ天才ッスわ! ウチも負けてらんねーズラ!」
「ふっ……やはり天才か。自分でも薄々わかっていた」
ヨーカとマイの二人は楽しげにジャガイモ、ニンジン、タマネギをカットしてゆく。
「ヨーカ、自分と姉さんは何をすればいい?」
やることがなく、手持ち無沙汰のカイルがヨーカに問う。ちなみにクリスはなーんもやらずにふんぞり返ってる。
ヨーカは「んー……」と思案し、カイルに使命を告げた。
「カイ兄は……アゲアゲ担当!」
「任せてくれ」
どこからともなく弦楽器を取り出すイケメン騎士。アゲアゲ担当とは盛り上げ担当……つまるところ、BGM担当らしい。
「クリ姉はボーカルね!」
ヨーカの依頼に対し、クリスは無言のまま握りしめた拳を見せつけた。
「むーっ、クリ姉のイジワル↓ マジテンサゲチョベリバヤロー。いいもんっ、カイ兄とウチでデュエるから。オリコン金メダルでハットトリックブチかますおれの歌をきけーっ!」
もはやギャル語という概念をぶっちぎってるヨーカの物言いに、隣で聞いているショーコは頭がクラクラしてきた。
「カレーはどう作ってもうまいのだ~♪ でもタマネギ切ったら涙が出ちゃうのよ~♪ 女の子だモン~♪」
ゴキゲンに歌いながら具材を切り終え、ヨーカが指をくるりと回して魔法の炎を生み出した。
フライパンで動物肉と一緒に切った野菜を炒め始める。脂が跳ねる音がどこか心地良い。
彼女の歌声に合わせてカイルが音楽を奏でる。その音色は、ショーコの世界で言うギターではなく、バンジョーのような音質だ。
そのビョンビョンとした独特なサウンドにヨーカの気の抜ける歌声が合わさり、なんだか頭がフワフワしてくる。
球状に錬成された香辛料の塊を鍋にぶち込むヨーカ。ショーコの世界で言う、カレールーってやつだ。
焦げないようにぐるぐる混ぜるマイ。物凄く雑把だが、いい香りが辺りに漂い始めた。
「カレーは飲み物な~のよ~♪ ほらほらっ、みんなも歌って歌って~☆ ウチらでブドーカンMAXにして紅白トリるぜ~!」
ヨーカとカイルのデュエットを横目に、ショーコとフェイは飯盒で米を炊く作業に入っていた。カイルが魔法で点けた火種に小枝をくべ、脱いだジャケットでバサバサと風を送って火力を上げる。
「……ねえフェイ、あの二人って……十三騎士団ってホントにすごいの?」
「それはもう。世界の各地に赴き、並の賞金稼ぎでは太刀打ちできないような凶悪な賞金首を討伐したり、魔族の生き残りを狩り立てる。二年前に結成され、今や名実ともに世界最強の騎士団です。その武勲と勇名が悪党に対する抑止力にもなるくらいの存在ですよ」
ショーコは再び視線をカイルとヨーカに向ける。
「甘口カレーなんて存在しないのよ~♪ 甘くて刺激があるのは恋愛くらいのもんなのよ~♪」
「いいぞーヨーカ、いいリズムだ。維持して。維持し続けて……そこっ! ビブラート効かせて! 心震わせてっ!」
疑うのも当然だ。こんなお気楽そーな兄と妹が、世界最強の騎士団のメンバーだなんて……
「…………とても信じられない。この二人がクリスの兄弟ってことも……」
「“元”だ」
二人の会話を聞いていたクリスが力強く、そして確かに訂正した。
「アタシはアイツらと縁を切ったんだ。もう家族じゃねー。そこんとこ忘れるんじゃねーぞ」
「そ、そう……なんかコワいねクリス」
「……」
クリスの言説に、フェイは憤りを感じていた。
都度都度“元”家族だと訂正したり、兄弟についてやたらと悪態を吐く。フェイにとってはそれがどうにも理解できない。
血の繋がった家族を、愛すべき大切な存在と縁を切るなんて、間違っていると思った。
「あの、クリスさん、どうしてそこまでご家族のことを嫌うんです? 過去にいざこざがあったのかもしれませんが、そんな態度では仲直りもできませんよ」
「仲直すつもりねーよ。お前んトコは親と仲良しこよしかもしれねーけどな、世の中のどの家族もそうってわけじゃねーんだよ」
「そんなことありません。きちんとお互いが向き合い、誠意を込めて話し合えば分かり合えるはずです。私はそう信じています。血を分けた家族なんですから、きっと――」
「おい……いい加減にしろよ。お前がおとぎ話を信じるメルヘン思考なのは構わねーけど、他人に自分の考え方押しつけんじゃねーよ」
「……でも――」
「やめろ。じゃねーと爆発すんぞ」
「…………すみません」
会話が止まった。沈黙が流れ、気まずい雰囲気が周囲を覆う。
今までずっと仲良くやってきたが、フェイとクリスが険悪な仲になるのは初めてだった。
それほど、クリスにとって家族の話はタブーなのだろう。
ちょうどその時、凍り付いた空気を溶かすかのように、ヨーカが大鍋を持って場に割り込んできた。
「ほいさっさ~☆ お待たせデマカセ! ヨーカちゃんのテンアゲ↑イケイケ↑カレクックのできあがりだよ♪ お残しはゆるしまへんで~!」
「私も手伝ったぞ」
指先をケガしながらもマイが得意げに胸を張る。
「お、おお~! ヨーカとマイさんのとくせいカレーだ~! おいしそー!」
ショーコが棒読みながらも空気を変えようと努める。
「さあさ、熱いうちに食べてくんろ! おかわりもあるぜよ♪ カレーは飲み物だからね、グイグイいっちゃって~♪ 飲んじゃって~♪ ナンチャッテ☆」
ヨーカのおどけた言動は場の悪い空気を払拭する為のものなのか、それとも天然由来のものなのか。
「姉さん、冷めないうちにいただきましょう」
「……チッ」
「ほ、ほら! フェイも食べよ! おいしいもん食べたら元気でるから。ねっ」
「……はい」
ショーコは夕食をとりながらも、常にクリスとフェイの様子を心配そうに注視していた。
そしてついぞ、夕食を終えるまでの間、二人の視線が合うことはなかった。
その夜食べたカレーの味は、忘れられないほどとても辛かった。




