第六十話 さいかい
――神聖ヴァハデミア共和国 演劇場――
『遙か遙か昔のお話……虚無と呼ばれる場所に、二柱の神々がおられました』
灯りの落とされた劇場で、ナレーションと共に演劇が披露されていた。
『“創世神 エターニア”と“破壊神 ヴェルセリア”……最初に、破壊神が虚無を壊し、“空間”が生まれ、そこに創世神が“世界”を創られました』
この世界の神話と歴史を簡潔に舞台化した演目。会場は観客でビッシリだ。
『今から五千年前、この世界は創世神によって創られました。“生命”と“マナ”に溢れる豊かな世界を。しかし、それを脅かす邪悪な存在も同時に生まれました。それが“魔族”です』
その満員御礼の客席で、未舟ショーコは――
「ぐぅ……」
――鼻提灯を膨らませていた。
『彼らは凶暴で、野蛮で、他のあらゆる種族にとっての脅威でした。世界の始まりの日以来、我々と魔族は争い続け、その戦いは終わりがないかと思われていました……しかし――』
「すやぁ……」
『十五年前、異世界から現れた“転移者”様が全てを変えたのです。人間、獣人、エルフ、ドワーフ……あらゆる種族との絆を紡ぎ、一丸となって魔族に立ち向かい、そして、魔族の王を……魔王を打ち倒したのです!』
「すややかぁ……」
――……
三時間半の上映時間を終え、ショーコ逹は劇場を後にした。
「ふわあ~~~~~~む……」
「デカいアクビだ」
「爆裂に眠ってましたねショーコさん」
「だってよくわかんないんだもん」
ショーコ、フェイ、マイの三人が共和国首都の路上を歩く。
先の共和国評議委員選挙が終わって二日、彼女達はハイゼルンの計らいで演劇のチケットを譲り受け、まあせっかくなので行ってみっか、と劇場へ足を運んだのだった。
「せっかく世界の歴史をおもしろおかしく現代に伝える演劇『ガイエの夜明け』なのにもったいない。チケット売り切れ続出で、四人分もらえるなんてとてもすごいことなんですよ」
「その割にマイさんは終始鼻で笑ってたし」
「ふっ、“最初の転移者”があんな風に演出されているとはお笑いだ。実物を知っていたら噴飯ものだぞ」
「クリスにいたってはダフ屋にチケット売っちゃったもんね。ホントに人気の劇なの?」
「そりゃあもう。三ヶ月先まで予約でいっぱいなんですから。券の転売が社会問題になってるし、来週には観客も声を上げていい応援上演なるものも始まります」
「需要あるんだ……あ、クリスいたよ」
クリスはとある建物の前に立っていた。
そこは犯罪と賞金首を取り締まる世界安全保安局の本部。各地の賞金首に関する情報だけでなく、民間からの依頼の仲介もしている。
「めぼしい依頼はあったか?」
「いんや。ただ気になるのがあった。これ、二週間前から行方不明になってるって男の捜索依頼だ」
クリスは手に持っている依頼書をマイに見せた。突然消息を絶った三十代男性を探してほしいという民間の依頼だ。
私生活で特にトラブルも無い普通の一般市民が、ある日突然姿を消したという。動機もなく、あまりにも不自然な失踪事件だった。
ショーコは先日、魔動車ターミナル前での扇動集団(ジョナ・ジャーナル率いる魔法送配信グループ)が言っていた『魔族が人間を攫っている』という話を思い出した。
「これって……もしかして魔族に誘拐された……ってことなのかな」
「なんだショーコ、おめーあんな陰謀論信じてんのか?」
「だ、だってもし本当にモンスターの生き残りがいるんだったら十分ありえる話じゃん。おっかなくてメシもノドを通らないよ」
「さっき劇の上演前にキャラメル味のポップコーン注文してましたけどね」
「開始五分で食べ終わってたな」
「中サイズが思ったより小さかったの!」
四人が路上でワーキャーやっていると――
「ショーコちゃん」
後ろから声をかけられ、ショーコは振り返った。
聞き覚えのある声。見覚えのある顔。しかし服装は記憶と違い、フェイと似たスーツ姿。
彼女は、ショーコを違法魔術の売人のもとへと誘った黒髪の女性――ウィラだ。
「あっ、客引きのお姉さん」
「その覚え方は不本意だけど事実だから仕方ないわね」
ウィラが苦笑いを浮かべる。なんせショーコを“カモ”として売人に引き渡したという消したい過去があるのだから。
「改めて……ショーコさん、フェンゼルシアさん、クリスさん、そしてマイさん、私、ハイゼルン評議員の使いでお迎えに参りました、ウィラ・ダイムと申します」
姿勢を正し、頭を下げるウィラ。
どうやら彼女はハイゼルンの下で働くことになったようだ。そう言えばそんなこと言ってたような気がするような気がしないでもない。
「いい就職先が見つかってよかったですね。もし上司からパワハラとかされたらクリスが解決してくれるよ、拳で」
ショーコがそう言うとクリスは指をポキポキと鳴らしてみせた。
「実はその上司……ハイゼルンにみなさんを連れてくるように言われて来たのよ」
「ハッ、ハイゼルンに!?」
ショーコは青ざめた。彼女にとってハイゼルンはちょっとおっかない存在なのだ。
なんせギャングのアジトに単身乗り込めとか命令されて、断るなら口封じするって脅してくるような相手だもん。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ウィラに連れられ、ショーコ逹は共和国政府本庁へと招かれた。
真っ白に塗り替えられた元魔王城の大きな門を潜り、エントラスを進む。
「……ん……」
前回門前払いされた記憶がフラッシュバックして顔色が曇るマイ。
「マイさん大丈夫ですか? 鼻の中に虫が入り込んだみたいな表情ですけど」
「こないだ自意識過剰な鼻っ面をへし折られたトラウマが蘇ってるんだろ」
「気持ちわかるよマイさん。私も中学の時に先生のことお母ちゃんって呼んだ黒歴史が今でも消えないもん」
ウィラが受付の女性に会釈をする。前回マイを応対した女性だ。
前もって話がついていたらしく、受付の女性はすぐさま入場許可の書類に判を押した。
「ハイゼルン評議員からお話は伺っております。お待ちしておりました。ウエストウッド様、先日は大変申し訳ありませんでした」
受付の女性がマイに頭を下げた。
一瞬マイは嬉しそうな表情を見せたがすぐにポーカーフェイスに切り替えた。
「いや、いい。気にしていないさ。そもそも別になんとも思っていなかったし大丈夫大丈夫」
「おねーさん、あの後コイツすげー凹んでてさ。めっちゃウジウジしてたんだよ。笑えるよな世界救ったクセにメンタルふにゃふにゃで」
クリスが面白がって茶化す。
「いらんこと言うな」
マイに両の頬を摘ままれてグニグニされるクリス。
「いはいいはい」
「マイさんってけっこう見栄っ張りだよね」
「普段はクールなのに持ち上げられると途端にメッキ剥がれますよね」
「第一印象はもっとビシっとしてる人だと思ったのにね。表紙詐欺だ表紙詐欺。子供舌だし」
「しゃけものみぇにぇーしにゃ(酒も飲めねーしな)。んひゃひゃひゃひゃ」
「よし、全員そこに並べ。背の高いヤツから順に殺していく」
「なにをアホみたいなことやっとんのだお前らは」
建物の奥から評議員のハイゼルンが姿を見せた。アホ四人組のわちゃわちゃに呆れながら。
「ハイゼルン、指示通り四人をお連れいたしました」
「おう、ご苦労さん。今日はもう上がっていいぞ」
「えっ、まだ昼過ぎですけど」
「いーんだよ。稼ぎたいなら働けばいいし、休みが欲しけりゃ休めば。どっちでもやりたいようにしな」
「あー……じゃあ上がらせてもらいます」
「自由な職場だ」
「選べるっていいですよね」
「お役所仕事ってもっとオカタイのかと思ってたぜ」
「こいつは傭兵時代からテキトーだったんだ」
定時より数時間早く退勤できるのが嬉しいらしく、ウッキウキでその場を後にするウィラ。
彼女の背を見送った後、ショーコはハイゼルンにこわごわ尋ねる。
「……で、ハイゼルンさん、私達を呼びつけて一体何のご用でしょうか……?」
「ああ、とりあえずこっち来な」
彼の後についていく形で、両脇に衛兵が立つ扉を通り抜け、関係者以外立ち入り出来ない深部へと進む。
元魔王城だけあって、内装はファミコン時代のRPGに出てくるお城のようなクラシカルなものだった。
とはいっても綺麗に改築されており、煉瓦向きだしってわけでもなくちゃんと舗装されている。
長い廊下を進みながら、ショーコは周囲をキョロキョロと見回していた。
「なんかファミコン時代のRPGに出てくるようなお城だね」
地の文とおんなじこと言っちゃうショーコ。
「ここが神聖ヴァハデミア共和国の心臓部だと思うとワクワクしますね」
「ローグリンドで賞金稼ぎやってたモンからしたら到底来るようなところじゃねーわな」
「私にとっては落ち着かん。やはりここの空気は合わん」
「おーおー、天下のマイさんは庶民派で――」
そこでクリスは言葉と足を止めた。
「れ? どしたのクリス」
ショーコが尋ねるも、彼女の視線は廊下の先へと向いていた。
ショーコがそちらに目をやると、向かいから歩いてくる二人の男女の姿があった。
一人はキリっとした切れ長の目の、黒髪でショートカットの女性。
一人は背が高く、肩幅も広い大柄の男性。オールバックにした前髪が数本額にかかっているのと、マスクのようなもので口元を覆っているのが特徴的だった。
「……!」
「どうしたマリ姉、なにを――……!」
二人の男女がこちらに――クリスに気づき、同様に足を止めた。
「……マリーナ……」
クリスがそう呟くと、
「クリスティーナ」
黒髪ショートの女性がクリスの本名を口にした。
大柄な男性も彼女に続く。
「驚いたな……なんでお前がこんな所にいる」
「ずいぶん偉そうなこと言うようになったじゃねーかアル」
不機嫌そうに返すクリス。
アルと呼ばれた大柄な男性は冷めた目つきでクリスを睨む。
「……我々とお前の縁はもう切れた。指図される覚えはないだろ」
「へっ、違いねー」
鼻を鳴らしたクリスは、黒髪ショートの女性――マリーナに視線を移す。
「……何か言いたそうだなオイ」
「先日の“氷の竜騒動”の件は聞いていた。まだ賞金稼ぎをやっているとは思わなかった」
「……」
どれくらいの時間だったかは定かではないが、二人が睨み合ったまましばらく沈黙が続いた。
やがてクリスがプイっと視線を外し、
「行くぞ」
足を進める。
ハイゼルンが「もういいのか?」と尋ねるも、クリスは答えなかった。
「行くぞアル」
「……ああ」
マリーナとアルの二人組も、ショーコ達が今しがた来た方へと歩を進める。
ショーコは頭の中で、クリスとあの二人がどういう関係なのかを推理していた。
(……こ、これってもしかして……最近流行のパーティー追放モノ!? 『ガサツだけど最強な私を追放した元仲間と再会してケンカした件』的な!?)
「クリスさん、お知り合いですか?」
アホなショーコに代わり、フェイが尋ねた。
クリスは不満そうな表情で、吐き捨てるように答える。
「……元家族だよ。姉と弟だ」
「あっ、パーティーより繋がり濃い関係だった」
ショーコの推理は見事に外れた。
「お前に姉と弟がいたとは初耳だな」
「なんだか険悪な雰囲気でしたが、なにかあったのですか?」
フェイの何気ない、悪意のない質問に、クリスは顔を歪めた。
「あのなあ……人には触れられたくない、思い出したくない過去ってもんがあんだよ。この話は禁止だ。いいなっ」
思い出したくない過去とは、なぜ“元”家族と言ったのかショーコは物凄く気になったが、クリスの言いように「あ、これガチで踏み込んでほしくないやつだ」と思い、口をつぐんだ。
気を取り直し、政府本庁の廊下を進む。
一体どこへ向かっているのだろう。一体なぜハイゼルンは自分達を呼び出したのだろう。
ショーコがそんなことを考えていると、ハイゼルンがとある部屋の扉を開けた。
中はとてもシンプルな部屋だった。円形のテーブルと、それを囲むように十三個の椅子が配置されている。
「ここで待ってろ。じきに来るからよ」
ハイゼルンがそう言うと、椅子の一つに腰かけた。
何がなんだかわからないショーコが尋ねる。
「あ、あの……来るって誰がスか?」
「そりゃお前らが会いたがってるヤツだろ」
ハイゼルンの答えに、ショーコは頭を捻った。
会いたがってるヤツ……? そんな人いたっけ……?
しばらく頭上に「?」マークを浮かべていたショーコだったが、“それ”が“誰”なのか、ハっと気付いた。
“最初の転移者”のことだと。




