第六話 エルフは強いぞ賢いぞ
――翌朝。
ショーコが目を覚ますと窓辺から朝日が差し込んでいた。
どうやらこの世界もショーコが元居た世界と同じように陽が沈み、夜が流れるらしい。
彼女の腹時計も時差ボケを起こしていないところからすると、時間の流れ方もほとんど違いがないようだ。
地球とは異なる地のハズなのに太陽が在るのは何故なのか? もしかすると空で輝いているのは太陽ではなく別の何かなのだろうか。
「おはようございます、ショーコさん」
「あ、おはよーフェイ」
「顔を洗って準備ができたら出発しましょう。あと十分で延長料金取られちゃいますよ」
「漫画喫茶みたいな宿だな」
白いワイシャツをパリっと着こなし、ネクタイをキュっと締め、襟をピシっと正したフェイの格好は、これから出社するやり手ビジネスマンにしか見えない。とてもファンタジー世界のエルフとは思えなかった。
「ねえ、疑うわけじゃないんだけどさ……フェイってホントにエルフなの? バリバリのキャリアウーマンにしか見えないんだけど」
「本当ですよ。ほら、耳もとんがってますし」
フェイは髪をかき分けて耳を見せた。普段は銀髪に隠れているくらいなので特別尖っているわけではないが、人間の耳と比べるとややツンとしていた。
「おお、ホントだ。エルフといえばとんがりお耳だもんね」
「エルフにしか解読できない古代文字も読めますし」
「おおっ、それっぽい」
「エルフしか知らない秘密の泉の場所も知ってますし」
「おお! 異世界ファンタジーっぽい!」
「エルフ割クーポンのおかげでここの宿代も二割安くなりました」
「急にスケール小さいこと言うのやめて」
・ ・ ・ ・ ・ ・
旅支度を終え、〈ファローブ村〉を後にする二人。
馬車は陽の光が木々の隙間から差し込む森を通過する。
なんでわざわざ森の中を進むのかと尋ねると、ここを突っ切った方が近道らしい。
ショーコは旅に出る前は絶対にモンスターとでくわしてピンチになると思っていたが、今のところその気配は一切無い。
RPGによく出てくる序盤のダンジョンっぽい森の中を進んでいる今この時でさえ、不穏な空気は感じられなかった。
「全然モンスター出てこないね。あんだけフラグ立ててたのにホントに襲われないなんて逆にビックリだよ」
「かつて恐れられた、魔族と呼ばれる種族は総じて他の種族よりも強く、軍隊をもってしても防衛に徹するのが関の山でした」
この世界の魔族――モンスターはとても強靭な生物だったらしい。
ショーコがイメージするRPGのモンスターは、そりゃ強いのもいるけどもゴブリンやスライムみたいな弱っちいものもいるんだろうなって印象だったが、フェイの総じてという言い方から察するに、軒並み強いようだ。
「ですが、魔族には“王”と呼ばれる存在がおり、十五年前に“最初の転移者様”が王を打ち倒して以降、魔族は急激に弱体化し、数も減りました。今や魔族は絶滅を待つばかりの種族です。滅多に人間の前に姿を現さなくなりました」
「でも私、森ん中でめちゃデカイ狼に襲われたけど」
「それは稀な出来事です。そういった場合に備えて各地に騎士団や自衛団が組織されているのです」
「魔王が倒された後の平和な世界だからモンスターもいないってわけか。それはそれでちょっと期待ハズレかも……な~んて」
ショーコは油断していた。油断しきっていた。こういうこと言っちゃうとホントにモンスターが出てくるフラグだということは重々承知しているハズなのに、つい言っちゃうほどに。
――その時であった。
「止まれぇい! お嬢ちゃん達!」
突然、馬車の前にナイフを持った二人組の男達。
馬が驚き、嘶いて歩みを止める。
「わ! な、なんだなんだ!?」
急ブレーキで荷台に頭を打ったショーコが馬車から顔を出す。
その瞳に写ったのは、見たことのある顔だった。
「俺達ゃ泣く子も黙る盗賊コンビ! シリアル!」
「アーンド、スムージー!」
「痛い目見たくなきゃ金目のもの出しな!」
「げっ! あの時の二人組!」
苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるショーコ。
彼女を見て、シリアルとスムージーも声を上げた。
「あっ! てめぇはあの時の小娘!」
「この前はよくも痛い目に遭わせてくらたな! おかげで歯が三本抜けたし鼻が折れ曲がっちゃったんだぞ!」
「俺なんか犬恐怖症になっちまった! 野良犬をモフモフするのが俺の趣味だったのに! この礼はたっぷりしてやるぜ!」
彼らが痛い目を見たのはモンスターによるものであって別にショーコは何もしていないのだが、そんなことはこの二人には些細なことだった。
「アワワのワ……に、逃げなきゃ! フェイ! お馬さんにゴーサインだして!」
魔物と遭遇しなくて期待ハズレとか言ってた割に、ケチな盗賊に対してビビリ散らすショーコ。
対して、フェイは全く動じずに落ち着き払っていた。
「安心してくださいショーコさん。私がお片付けします」
「お、おかたづけ……!?」
フェイは手綱を放し、ゆっくりと馬から降りる。
急ぐ素振りもなく、銀髪のエルフはジャケットの内ポケットから黒い革手袋を取り出した。
「お相手つかまつります」
両手に手袋を装着したフェイは、手首をキュっと締めた。
細身で、かつ若い女が相手とあって、シリアルとスムージーはケタケタと笑う。
「おいおいお嬢ちゃん、冗談はよしとくれよ。俺らと構えようってのかい?」
「へっ、ずいぶんとナメられたもんだな。ここは人生のセンパイとして、世の中のルールってモンを教えてやんなくっちゃあな」
最初に動いたのはスムージーだった。
ナイフを右手に持ったり左手に持ち直したりしながらじりじりと距離を詰めてくる。
対するフェイは武器の類を一切持たず、拳法家のような構えをとった。
「おらぁ!」
スムージーが猛獣の如く襲いかかる。
フェイは刃をかわし、同時にスムージーの顎へ掌底を叩き込んだ。
「んごっ……!?」
一撃。意識を断ち切られた盗賊は白目を向いて倒れ伏した。
それもそのはず。フェイの掌底はカウンターとしてキマったのだ。
襲い掛かるスムージーの前進する勢いに、真正面から力が衝突したことで威力が倍増する……それが“カウンター”。
しかも、人体の急所の一つである顎に食らったのだから、ダメージはひとしおだ。
「なっ……! て、てんめぇ!」
シリアルが刃を振りかざす。冷静さを欠いた動きはお粗末そのもの。
フェイは軽やかな身のこなしで易々とかわし、ナイフが空を切る。
回避の動きそのままに、フェイの右の踵がシリアルのこめかみに打ち込まれた。
「がっ……!」
大きくよろめくシリアル。
その鳩尾に、フェイは間髪入れず肘を入れた。
「ごぶぁっ……!」
苦悶の表情と共に、シリアルはうつぶせに倒れた。
――この間、約三秒。
「いかがですか? ショーコさん」
まさに速ワザ。大の男二人を瞬時に沈めながらも、フェイは涼しい顔で、汗一つかいていなかった。
「す、すごい! すごいすごい! 一瞬で成敗しちゃった! フェイってそんなに強かったの!?」
自分と(外見的に)年齢の変わらない華奢な女性が、野蛮な盗賊二人組をあっという間に倒す様を見て、ショーコは小さく飛び跳ねながら拍手する。
“転移者”に称賛されたフェイは僅かに口角を上げた。
「私はあらゆる格闘術を体得していますので。この世界のものだけでなく、“最初の転移者”がもたらした武術……“ジュージュツ”なども勉強しました。国の外交を担うには強さも必要ですから」
「さっすがー! カッコイイよフェイ! ぃよっ! 有能外交官! 言葉より暴力!」
「えっへん」
フェイは得意げに胸を張った。
「――……っんが……っぐ…………こ……んの野郎……っ」
スムージーの意識が回復する。
フラつきながらも立ち上がり、ナイフを握り直し、油断しているフェイに背後から襲いかかる。
――が、それに気付いていたフェイは後ろ回し蹴りでスムージーの顔面をぶち抜いた。
痩せ身の盗賊は本日二度目のおねんねタイムに突入した。
「おっと、少々やりすぎましたかもしれませんね」
ルカリウス公国で「たとえモンスターに遭遇してもフェイがいれば安心だ」とは聞いていたが、ここまで武闘派だとは思いもしなかった。
「こりゃフェイを怒らせちゃヤベーな……」
「さて」
フェイは馬車の荷台から縄を取り出した。
気絶している盗賊どもの身体を起こし、二人まとめて縄でぐるぐる巻きにする。
「この二人は指名手配されている小悪党の賞金首です。【世界安全保安局】に引き渡しましょう」
「なにそのかっこいい名前の組織」
ショーコはちょっと幼稚なセンスの持ち主だった。
「世界各地での犯罪率は年々増加傾向にあります。凶悪な犯罪者を取り締まり、その脅威から人々を守るために組織されたのが世界安全保安局です」
「ほう、よくわからんが簡単に言えば世界規模の警察ってことかな」
「ここから少し進んだところにドワーフの村があります。そこから保安局に連絡し、引き渡しをお願いしましょう」
「ドワーフの村! すごい! いよいよ本格的に異世界ファンタジーって感じがしてきた!」
「ちょうどドワーフ商業組合加盟店でしか使えないクーポン券の有効期限が切れそうなのでついでができて良かったです」
「なんで急にロマンぶち壊すようなこと言うの?」
――……
ドワーフが暮らす炭鉱の村――〈ラホーリ〉。
鉱石が採掘される鉱山を中心に築かれた村で、掘り出した鉱石をすぐ製鉄、加工出来るように炭鉱の傍に鍛冶場が並び、少し離れた所に石造りの家屋が軒を連ねている。
しかし、昼間だというのに人の気配は無い。普段なら陽気なドワーフ達が働きながら歌を歌っているハズなのだが……
「誰もいませんね」
「どっかで特売でもやってんじゃないの」
ショーコは事態を甘く見ていた。
反面、フェイには嫌な予感がしていた。
「ショーコさん、警戒してください」
「へあ? なにを?」
「厄介な事態に陥っている可能性があります」
村の入り口に馬車を停め、拘束したシリアルとスムージーをその場に置き、二人は村の中へ足を進めた。