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スデに世界は救われた!! ―とっくの昔にSAVED THE WORLD―  作者: カーチスの野郎
第四章 Backstreet Side Story
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第四十九話 十二人の怒れる魔法使い

 瞬く間に事務所内が炎に包まれた。

 窓が割られる瞬間、異変を察知したクリスが覆い被さるように頭を下げさせたので、ショーコは無傷で済んだ。


「――……あ……ありがとクリス。ってどわぁ! 事務所が火の車!」


 火炎瓶でも投げ込まれたのだろうか。ほんの一瞬でここまで火の手が広がるのは尋常ではない。


 炎が壁を昇り、天井や柱にまでその手を伸ばそうとした時――


「魔刃剣――氷牙(ひょうが)


 ――マイが刀を抜き、氷の魔法を纏わせた刃を振るう。

 その一振りで、荒れ狂う炎が一瞬にして鎮火した。床も壁も、何もかもが凍結し、白い世界へと様変わりしたのだ。


「す……すんげえ……」


 炎を包み込んで消火するほどの圧倒的な凍度。マイの魔刃剣は何度見ても度肝を抜かれる。常識を覆す魔法の威力(パワー)だ。


 ……が。


「むぐ……ぐうぅ~っ……」


 当のマイがふらふらと頭を揺らしながら倒れ込む。

 体内に流れるアルコールがいまだに彼女の意識を歪めているのだった。


「私が!」


 フェイが割れた窓から外へ飛び出し、着地と同時に周囲を見回す。


 遠くに人影が見えた。灰色のローブ姿の男が背を向けて走って逃げている。

 即座に追跡するフェイ。ビジネススーツに革靴だが足は速い。


 ぽかんとしていたショーコがようやく我に帰り、辺りを見回す。

 

「ぐっ……クソ……ツイてねぇ」


 左腕を押さえながら苦悶の表情を浮かべるハイゼルンの姿が目に入った。

 どうやら先程の炎の“飛び火”を食らってしまったらしい。左腕に重度の火傷を負っている。


「だ、大丈夫スか!? きゅ、救急車呼びましょか! いや消防車の方がいいのか!? それより火傷はすぐ冷やさないとマズイんだっけ!? み、水! いや氷か!?」


「俺はいい……それよりあのエルフっ娘を追え。さっきのは恐らく魔法による襲撃だ。それもかなりの火力のな……敵はタダ者じゃねぇぞ」


 まさか、何者かが評議員事務所に魔法攻撃を仕掛けてきたということか。

 ショーコは息を呑んだ。もしマイがいなければ、今頃どうなっていたか想像するのも怖かった。


「おいショーコ、手ぇー貸せ」


 クリスがぐでんぐでんになっているマイに肩を貸し、立ち上がらせようとする。


「えっ、ど、どうするつもりなの?」


「この酔っ払いを連れてくんだよ。フェイが追っかけてったヤツがマジで魔法使いだとしたら、対抗手段が要るだろ。急げ!」



 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 フェイは謎の逃走犯を追い、月灯りの夜を駆け抜ける。

 逃げる男は活気のある大通りから逸れ、人気の少ない裏通りへと入っていった。


 “裏通り”と言ってもそれほど細い道ではない。魔動車がすれ違えるくらいの道幅はあった。

 街灯がポツポツと立っており、左右を二階建て、三階建ての建物――おそらく大通り沿いと違って企業や店舗ではなく、集合住宅のようなものだろう――に挟まれた生活感のある通りだ。


 フェイが逃走犯に迫る。彼女の足は相手よりも速い。間もなく追いつく。


 右手を伸ばす。

 指先が男の背に届こうとする寸前――


「っ!」


 フェイの右手が凍結しはじめた(・・・・・・・)

 肌の色が瞬く間に青白く変色し、霜が付く。表皮がパキパキと音を立てて氷に覆われてゆく。


 咄嗟に伸ばした右手を引っ込めるフェイ。

 ――が、右手だけではない。腕から肩にかけて……さらには顔の右半分までもが霜に覆われた。


 思わず足を止める。

 同時に凍結の進行も止まった。このまま追いかけていたら全身氷漬けになっていたかもしれない。


 身体の芯まで凍る前に気づけたのは幸いだった。

 これは間違い無く、魔法による攻撃。


「くっ……」


 辺りを見回すフェイ。しくじった。逃走犯を見失った。


「お~いフェイ~。だ、大丈夫~?」


 ショーコとクリスが遅れてやって来る。

 二人に肩を担がれて千鳥足のマイも一緒だ。


「来てはいけません!」


 振り向きざま、フェイが警告する。

 思わずショーコとクリスはビクリと足を止めた。


「……ど、どしたのフェイ? そんなマジな顔で……走って汗かいたから匂い気にしてるとか?」


「待ち伏せです。どうやら……敵を追いかけていたつもりが、誘い込まれてしまったようです」


「え!?」



「悪いのはお前達だ」


 月明かりの夜空から声が聞こえた。


 フェイは顔を上げた。クリスも咄嗟に拳を構える。

 二人で抱えていたマイの体重が一気にのしかかり、ショーコは体勢を崩した。


 三階建ての建物の屋上からこちらを見下ろす人影が二つ。

 暗くてよく見えなかったが、次第に目が慣れた。


 一人は背が高く、真っ黒な髪が胸の辺りまで伸びている。ショーコは一瞬女性と見まがったが、背格好から男性と推測できた。

 髪色と同じく深い黒色の装束に身を包んだ、どこか不気味な雰囲気の男だった。


 もう一人は女性だった。いや、女性というより少女だ。ショーコと同年代くらいの、青い髪の女の子。

 頭の左右で髪を結んでおり、表情はどこか不安げだった。黒髪の男性の隣ではなく一歩後ろに立っている。

 服装は黒髪の男性とは対照的に普通の格好。その辺の喫茶店でアルバイトでもしてそうな年相応のものだ。


「なんだテメーら! 人を見下ろしてんじゃねーぞコラッ!」


 クリスが吠える。

 青い髪の少女はビクついたが黒髪の男性は眉一つ動かさなかった。


「私はルカリウス公国外交官のフェンゼルシア・ポート・ユアンテンセンと申します。つい先程、ハイゼルン評議員の事務所が襲撃され、容疑者を追跡していました。こちらへ逃げたと思うのですが、何か知りませんか?」


 フェイの問いに答えるように、黒髪の男性の背後から灰色のローブ姿の男が顔を見せた。

 息を切らしているところから察するにフェイが追っていた逃走犯本人だろう。


「あ、その人ですその人」


 状況から見て、彼らはグルらしい。


「テメーら人が楽しく酒飲んでるとこに放火するたあ失礼な連中だ! 降りてこい! ゲンコツくらわしちゃる!」


 クリスがガナる度に青い髪の女性がビクっとおののく。


「な、なんなんだチミたちは! あんたら一体どこの何(モン)なんだ!」


 懸命に威勢を張るショーコ。

 黒い髪の男性は小さく鼻を鳴らした。


「我々に関心などないくせに……」


「え?」


 ――それらは、ショーコ達が気付かぬうちに、這い寄るように姿を見せた。


 周囲の建物の屋上に複数の人影。

 黒い長髪の男達が立つ左右にも、通りを挟んだ反対側――ショーコ達の背後――の建物にも、屋上からショーコ達を見下ろすように……計十二人の男女が現れた。


 服装も年齢もバラバラで、〈ローグリンド王国〉で戦った新世組のように統一された集団というわけではないらしい。ローブ姿の者もいればラフな格好の者もいる。

 だが十二人の男女全員に共通していたのは、憎しみを込めた目でこちらを見下ろしている点だった。


「これは困りました。囲まれたようですね」


「なっ、なっ、なんかヤバめな雰囲気……」


 物々しい雰囲気にあてられ、ショーコはクリスの背後に隠れた。

 その様子を白い目で見降ろしながら、黒い長髪の男性が口を開く。


「我々は虐げられし、名も無き者……貴様等の偽善によって苦しむ魔法使いだ」


「……!?」


 ショーコには心当たりがなかった。

 彼ら十二人の男女は魔法使いだというが、ショーコは彼らのことなど全く知らない。今ここで初めて会った相手だ。

 「偽善によって苦しむ」という文言にも理解が追い付かない。一体何の話をしているのかさっぱりわからなかった。


「わけわかんねーことをウダウダ言いやがって。テメーらどこのどいつだ! 名乗らんかいコラァ!」


 クリスのガナりに対し、黒い長髪の男は少しバツの悪そうな顔を浮かべた。


「……私はブリス・ジャンヴェイル・ペンゼスト。暗闇に生きる者、名も無き者、忘れ去られし者だ」


「す、すごい厨二病感溢れるポエマーだ……」


 あまりにダークネスでニヒルで十四才的センスな物言いにショーコは身震いした。

 対照的に、フェイはその名を聞いて耳を疑った。


「ペンゼスト……もしや魔法使いの名門一族の……」


 黒い長髪の男――ブリスに続いて、青い髪の少女がたどたどしく口を開いた。


「……わ、私はアンナ・ヴァレイ・ペンゼストです」


「アン、お前は名乗る必要はない」


「あっ……ごめんなさいお兄様」


 ブリスに諭され、青い髪の少女――アンナは再び口を紡いだ。


「私はフェンゼルシア・ポート・ユアンテンセンです」

「賞金稼ぎのクリスちゃんだコノヤロー!」

「あ、えっと、未舟ショーコと申します。以後お見知りおきを」


 何の対抗心かフェイとクリスが名乗り返したのでとりあえずショーコも続いた。


「あなた達はあの(・・)ペンゼスト家の兄妹なのですね。先程からあなたが言っていることがよく理解できないのですが……詳しく説明していただけますか?」


 フェイの言に、ブリスは再び鼻を鳴らした。


「我々は娯楽演劇の悪役ではない。一から十を律儀に説明すると思うか? わざわざ名乗ったのは貴様等が我らに行った仕打ちを身に染みさせるため。我らという存在を認識させるためだ」


「だーからっ! それがわかんねーっつってんだよ!」


「あなた方は何か勘違いをされています。こちらにおられるショーコさんは異世界からの“転移者”です。あなた方に憎まれるようなことなど何もありません」


「!……て、てんいしゃ……様?」


 その肩書きに、魔法使い達に動揺が広がる。

 彼らはショーコが誰なのか、いやフェイ達のことすらよく知らずに襲撃したのだろうか。


「“転移者”様……ほ、本物の……!?」


 アンナが小さな声を震わせ、顔を乗り出して階下のショーコを見つめる。


「アンナ」


 兄に制され、我に帰ったアンナは後へ引き下がった。


「……貴様は異世界からの新たな“転移者”なのか?」


「あっ……ハイ、我ながらそういうことになりますですハイ」


 ブリスに見下ろされながら、どこか申し訳なさそうに頷くショーコ。


「そうか……ならば……我らの怒りはより激しく燃え盛ることとなる」


「えっ」


 ブリスがゆっくりと掌を地上へ向けた。

 宙に赤い魔法陣が浮かび上がる。



「焼け朽ちろ」


 地上を飲みつくさんとする炎の大渦が、ショーコ達に襲いかかった。

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