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スデに世界は救われた!! ―とっくの昔にSAVED THE WORLD―  作者: カーチスの野郎
第四章 Backstreet Side Story
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第四十六話 政治の世界はキナクセェ

 ――ショーコが連れられて来たのはビル街の一角にある小綺麗な建物だった。


 グスタフに促されるまま、ショーコと黒髪の女性は建物の中へと足を踏み入れる。

 何らかの企業か事務所だろうか……スーツを着た複数の男女が書類仕事をしていた。


 階段を上り、廊下を進む。

 突き当たりの両開きの扉を開くと、大きな机と立派な椅子に腰かけた男が書類に目を通していた。

 

「ニック、会わせたい奴がいる」


 グスタフが言うと男が顔を上げた。


 左目に大きな傷痕があり、こめかみの辺りには白髪が混じっている。

 見るからに……“カタギ”ではなさそうだ。


「グスタフ……俺ァ仕事が山積で一秒と惜しいんだ。それなりに重要な案件なんだろうな?」


「違法魔術売買の現行犯で捕まえたパイプ役と買い手のガキなんだが……どうやら新しい“転移者”だそうだ」


 “転移者”の一言に、傷の男の顔色が変わった。


「……そいつァおったまビックリだな」


 椅子から腰を上げ、ショーコと黒髪の女性に近寄る。

 傷の男はまず黒髪の女性に質問した。


「お嬢ちゃん、名は?」


「……ウィラといいます。あの……私、仕事を探してて……売人の二人に『物を知らなそうなカッペを連れてくれば報酬を払う』と言われて……ごめんなさい」


 黒髪の女性――ウィラは傷の男に許しを請うように言う。


「信じてください! 案内したのはこの子一人だけです。でも罪悪感に苛まれて、あちらの男性に助けを求めて……」


「安心しな。お前さんをしょっ引くつもりはないさ。だがまた法を破れば今度はブタ箱だぞ。いいな」


「……! もちろんです。あ、ありがとうございます」


「さて、お嬢ちゃん、あんたも名前を伺っても?」


 傷の男がショーコに視線を移す。

 ビビったショーコは半歩引き下がった。


「あ、あの……」


 彼女が怯えているのを察したのか、傷の男は姿勢を正した。


「失礼したな。俺はニコラス・ハイゼルン。こう見えても共和国評議会議員だ」


 ショーコは「評議員!? ウソつけ! どーみてもヤクザだろ!」とツッコみたい衝動をグっと抑えた。


「え、えっと……未舟ショーコと申します。あの……わたくし何か粗相を……?」


「お嬢ちゃんに絡んできたチンピラどもが扱ってたのは、違法魔術【シャブラグ】……通称“シャブ”というものだ。最近ああいう売人が頻繁に現れて困っている」


 ハイゼルンは後ろ手で手を組み、部屋を歩き回る。


「シャブは身も心も腐らせる魔法だ。詠唱すれば疲労が消えて気分が高揚するが、そう思い込んでるだけで実際は違う。幻覚を見せる魔法……って言やぁわかりやすいか」


「えと……つまり『元気になったー!』って思ってるけど実際は全然元気じゃないってこと……?」


「そんなとこだ。身体に鞭を打って無理矢理活性化させているだけさ。引き延ばしたゴムが千切れるように、いつか身体も頭もブッ壊れる。何より恐ろしいのは一度唱えればもう一度、またもう一度と使いたくなる依存性だ。シャブでしか満たされないようになっちまう」


 ショーコは自分の世界での危険な薬物……いわゆるドラッグを連想した。

 ファンタジー異世界でドラッグのようなものが出回っているなんて想像もしていなかった。


「元締めは“ルガーシュタイン”って男だ。ヤツを叩けば違法魔術の流布は止められるが……こともあろうにこいつは評議員の一人でな」


「評議員派閥同士の抗争は禁止されている。俺達は奴に手を出せないし、誰かを雇ってけしかけるわけにもいかない」


 グスタフが付け加える。今更だが彼はハイゼルンの部下ということらしい。


「だが異世界から来た“転移者”なら、この国の法に縛られるいわれはないわな」


 ハイゼルンが口角を上げた。

 ショーコはイヤな予感がしてきた。


「……えーっと……なんで私にそんな話を?」



「ルガーシュタイン評議員の事務所にカチコんで、違法魔術売買の証拠をつかんでもらいたい」


「ほらァ! またきたよ! みんな“転移者”を便利屋かなんかだと思ってない!?」



 またしても頼まれ事。この世界に来てからアレしてコレしてばっかりな気がする。

 しかも今度は違法薬物(的なもの)を取り扱うヤベー連中の巣に飛び込めときたもんだ。


「言わせてもらいますけどね、あたしゃなんのパワーもない普通の女子高生なんスよ。ギャングのアジトにブッ込みかけろなんて無茶通りこして無理です。これは、無理」


「そうですよ議員。いくら“転移者”だとしてもこんな女の子に……」


 ウィラが擁護する。どうやら彼女はマトモな感覚の持ち主のようだ。

 ハイゼルンは大きく息を吐きながら椅子に深く腰かけた。


「ノるかソるかはお前次第だ。だがこの話を蹴るってんならそれなりの対処をするしかないな」


「えっ」


「“ハイゼルン議員がルガーシュタイン議員襲撃を企てている”なんてタレ込まれたら困るからな。口止めせざるを得んだろうよ」


 ハイゼルンの声色が変わった。ドスを効かせた、脅しのようなトーン。

 グスタフが無言のまま指をポキポキと鳴らす。


 アホのショーコでもわかる。自分は断れる立場ではないと。


「……で、でもでも、私ゃ“最初の転移者”みたいに強くないから返り討ちにあっちゃうよ」


「外に部下を待機させておく。お前が適当に暴れたら、偶然(・・)近くにいたグスタフ達が『評議員事務所が襲われてる』という大義名分の下、突入する。そこで偶然(・・)違法魔術売買の証拠をおさえるってシナリオだ」


「つ、つまり私に鉄砲玉になれってことでわ……」


「来週には共和国評議員総選挙がある。それまでになんとしてもルガーシュタインの悪事を曝かにゃ、ヤツが再選したらコトだ。やってくれるよな? “転移者”さんよ」


 あまりにも無茶な依頼だ。

 違法薬物(的なもの)を密造する連中のアジトに突入なんて普通の女子にできるわけがない。

 だが断れば目の前のヤクザじみた連中に“口封じ”される……もはや選べる状況ではなかった。


「……つ……謹んでお受けいたします」


 己の“異世界からの転移者”という肩書きが憎らしくなるショーコだった。



 ――……


 ハイゼルンの事務所から西へ遠く離れた、ルガーシュタイン評議員事務所。

 五百名程の党員で構成されているルガーシュタイン派閥は、平時は共和国各地に党員を派遣し、国民の生活と安全を守る――という建前で――活動をしている。

 だがその実態は、違法魔術をはじめとする様々な汚職で汚い金を稼ぐ薄汚い連中であった。


「ボス、今週の売り上げです」


 事務所の二階で、党員が違法魔術売買の詳細が記された帳簿を評議員に渡す。 

 部屋の中には九人の党員が居るが、誰もが強面で怖そうな男ばかり。ハイゼルン事務所もそうだが、どーみてもヤクザの組事務所みたいだ。


「ドゥッハハハハ! また随分稼いだな! これじゃ精製が追いつかんぞ。けっこうなこった」


 大口を開けて笑うルガーシュタイン評議員。撫でつけた金髪と口髭をたくわえ、真っ赤なスーツに身を包んだ壮年の人間男性だ。


「また安上がりの魔法使いを雇っとけ。駅前魔導師に習った三流魔法使いならゴロゴロいるだろう」


「でも魔法使いの腕が落ちれば質も下がりますよ。客が離れるんじゃないですか?」


「シャブは一度使えばやめられん。依存した奴はどれだけ純度が落ちようとすがる思いで金を出すさ」


 ルガーシュタインは口髭を撫でながらイヤミな笑みを浮かべる。

 彼は政治家という立場でありながら人の苦しみで私腹を肥やす最低な人物だった。


「全くいい商売道具を見つけたもんだ。評議員になって正解だったと心から思うよ。ドゥッハッハッハ!」



 その時、ルガーシュタインの笑い声に紛れてどこからか大きな物音が聞こえた。


「あ? 何の音だ?」


「多分リフォーム業者が来たんでしょう。ボス、一階の壁紙をピンクに張り替えろって言ってましたよね」


「ああ、あれ来週だと思ってた。まあいい、誰か下に居るモンが相手する――」


 ――突然、部屋の扉が激しい騒音と共にブチ破られた。


「――!? なっ! なっ! ……!」


 党員達が目を丸くする。辺りに埃が舞い上がる。

 何が起こったのか理解できずにいる中、壊された扉の向こうに三つの人影が見えた。


「こんちゃーっす」


 現れたのは金髪の賞金稼ぎ――クリス。

 隣にはビジネススーツのエルフ――フェイと、革ジャンの英雄――マイ。


「んなっ!? なァっ! なんだぁてめぇーらはぁ!」


 党員達が狼藉しながらナイフを抜く。


「お初にお目にかかります。私、ルカリウス公国外交官のフェンゼルシア・ポート・ユアンテンセンと申します」


「ここにショーコという少女がいるはずだ。引き渡してもらおう。返答と、彼女の状態次第では貴様等の命の保証はない」


 マイの刀は鞘に収められたままだが、柄に手が置かれていた。


「!?……な、何の話をしてやがる! ここは共和国評議員のルガーシュタインさんの事務所だぞ! わかってんのか!」


 当然、党員達は何の話か理解できなかった。

 だってここにショーコなんていないんだもの。

 そもそも彼らからすれば「ショーコって誰だよ」って話だ。


「トボケちゃダメだぜ。こいつらを知らねーとは言わねーだろ」


 「――……ぁ」

 「――ぅ……」


 クリスが提示したのは、ボロ雑巾以下にズタボロにされたクラウスとラルクだった。


「こいつらはショーコを知ってた。いくら居場所を聞いても口を割らねーからよ、責任者出せっつったらここのボスだって言うもんだからよ、こーやってお邪魔したってワケ」


「ショーコさんがここにいるのはわかっています。解放してくれませんか」


「……!? ……マジで何のことだ……マジで意味わかんねぇぞ」


 党員達は混乱していた。たしかにクラウスとラルクは身内だがショーコという人物のことはサッパリ知る由もないのだ。


 ……しかし、ルガーシュタインの反応は部下のそれとは違った。

 彼がとった行動は、「よくわからんが面白そうだから話を合わせてみる」という悪ノリだった。


「イヤだと言ったら……どうするかね?」



 クリスは左右の拳を打ち合わせた。


「ぶっ潰す」

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