第四十五話 裏路地裏筋裏界隈
「迷ったぁ~~~! どこがどこだかわかんない! 迷子になっちゃったぁ~~~!」
ショーコは泣き叫んでいた。
右も左もわかんない街で、それも異世界で仲間とはぐれちゃったのだ。
思えばこの世界に来てからずっと誰かが一緒にいてくれた。最初に三人の騎士に助けられ、その後は常にフェイと一緒。
ショーコはここにきて初めて孤独になってしまったのだ。
「どぼじよう……誰か助けてくれそうな人……」
誰でもいいから道を尋ねたい。
いや誰でもいいのはウソ。怖そうな人には尋ねたくない。
警察――衛兵に頼ろうにも、さっきの騒動で顔が割れてるかもしれない。ここは市井の人に頼るしかない。
行き交う人々に目を凝らす。誰も彼もが足早にどこかへ向かっている。とても声をかけられる雰囲気ではない人ばかりだ。
――その中で、一人パン屋の前に佇む黒髪の女性を見つけた。
誰かを待っているのだろうか。周囲を何度と見回している様子だ。
勇気を振り絞り、ショーコは声をかけた。
「あ、あの~、スンマセン、ちょっといいですか?」
「はい?」
「あ、アタクシ旅の者なんですけど……えと、友達とはぐれちゃってものすごく困ってます。どうかお助けしてもらえませんか。ケーサツは勘弁です」
女性は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに状況を理解したらしい。
不安げなショーコに対し、優しく微笑んでくれた。
「……そう。共和国は初めて?」
「へえ、なにぶん田舎もんでして、右も左もわからねえもんで……」
「……わかった。人探し屋に案内してあげる」
「ほ、ホントですか!? ありがとうございます! あ、お姉さん美人さんですね。外見も内面もキレイ! いよっ! 天が二物を与えた女!」
「ヨイショしなくていいのよ」
やはり困った時は誰かに助けてもらうのが一番。都会の喧噪の中でショーコは人の優しさに包まれていた――
・ ・ ・ ・ ・ ・
――ショーコは不安に包まれていた。
案内されるがまま大通りから逸れて脇道に入り、人通りの少なそうな細道を進み、現在は路地裏を進んでいる。
人探し屋に連れて行くと言っていたが、どんどん人気の無い裏道に潜っているのだ。
「あ、あの~……お姉さん? ホントに道合ってます?」
「……」
前を歩く女性に尋ねるが返事はない。
ショーコは黙って後をついて歩くことしかできなかった。
辿り着いたのは、路地裏の建物と建物の狭間の空間。
陽が当たらないような暗く細い道の先に木箱やタルが無造作に設置されている。
二人組の男が木箱に腰かけ、トランプのようなカード遊びをしていた。
「連れてきました。旅行者だそうです」
黒髪の女性が声をかけ、二人組が振り向く。
一人は頭に赤いバンダナを巻き、一人はサングラス――この世界にも元々存在していたのか“最初の転移者”がもたらしたのかは定かではない――をかけている。
「おう、ご苦労さん。取っときな」
サングラスの男が懐から封筒のような包みを取り出す。
黒髪の女性は包みを受け取ると、今しがた来た道を戻るようにその場を去る。
すれ違う瞬間、ショーコは女性の表情が冷たく哀しげにこちらを見ていたように感じた。
「えっ……ま、待って――」
「お嬢ちゃん、観光客かい?」
「――えっ……あ、あの……えっと……私迷子で……友達を探してて……」
ショーコは女性を追いかけようとしたが、バンダナの男に呼び止められ、返事をしてしまった。こうなってはもう自然にその場を離れられない。
「あらら、そりゃ大変だ。まあちょっと落ち着こうぜ。な?」
ショーコは危険を感じた。
根拠はないが何かヤバイ。すぐにここから逃げなければならないと本能が警告する。
「そう警戒しないでくれ。俺はクラウス。こっちのはラルクってんだ。あんたは?」
サングラスの男――クラウスが優しげな声色で言う。
「う……ショーコです……」
「ショーコちゃんか。俺達はここで“魔法”を売ってるだけだ。お嬢ちゃんも買わない? 辛いことや悲しいことを消し去って心が軽くなる回復魔法さ」
バンダナの男性――ラルクも続く。
「疲れも吹っ飛んで気分爽快、元気ハツラツになるぜ」
どうやらこの二人は魔法商人らしい。RPGでも街で魔法を買うシステムのものがたまにあるが、彼らもその類だろう。
なぁんだ……とショーコはホっとした。
「でも私、魔法使いじゃないから……」
「大丈夫、この魔法陣に触れながら詠唱すれば誰でも使えるのさ」
クラウスが懐から小さな紙きれを取り出す。
そこに描かれた魔法陣に回復魔法とやらが印されているのだ。
「一つ五千ゼンだ。ただし詠唱できるのは一度だけ。また唱えたくなったら買ってくれよな」
魔法使いでなくても使える回復魔法……きっと役に立つだろう。
それにドラゴンとの遭遇からこっち、駅前での騒動や本庁でのトンズラ劇と、体力的にも精神的にも疲れている。
五千は安いとは言えないが、ショーコが持たされているポケットマネーでも決して手が出ない額でもなかった。
「じゃあ……とりあえず買いま――」
「オイ」
「あ?」
――突然だった。
何者かに声をかけられたかと思うと、ラルクがいきなり顔面を殴りつけられた。
「べっ!?」
殴ったのは見知らぬ黒髪の男性。
フェイと同じくビジネススーツに身を包み、髪を整髪料で整えた背の高い男性だった。
「テメェら何やってんだ。あ? ガキにそれを売ろうってのか? あァ!?」
青ざめるクラウスの腹部に、黒髪の男性のケンカキックがめり込む。
「ごほぁ!」
前屈みになり、膝をつくクラウス。
黒髪の男性はクラウスの髪をわしづかみにして無理矢理顔を上げた。
「俺が誰か知ってるか?」
「……ぐ……グスタフ……」
「あァ!?」
「っ……グスタフ……さん……」
一連の出来事を、ショーコは全く理解できていなかった。
「な、なん……なにが……えっ、なにコレ……どういう……」
彼女が混乱し、目を丸くしていると、突然後ろから手を引かれた。
驚き、振り向く――ついさっきこの場を立ち去った黒髪の女性が慌てた様子でショーコの手を握っていた。
「大丈夫!? ギリギリ間に合った?」
「ほぇぁ!? お、お姉さん? ど、どゆこと? 何がどうなってんのコレ」
「……さっきはごめんなさい。あの二人は“違法魔術”の売人よ。私はカモを見つけてここまで案内する役だったの。でもどうしても気になって、助けを呼んで来たの」
「い、違法魔術!?」
「ここらは“ハイゼルン”がシメてる。テメェらは“ルガーシュタイン”とこのドサンピンだろうが。人様のナワバリで何してんだコラ」
黒髪の男性――グスタフはクラウスのサングラスを外して投げ捨て、眼前数センチまで顔を近づけて脅す。
「か、勘弁してくれ……俺達はボスに言われて――」
「勘弁してくれだぁ!? してくれだとあァン!?」
クラウスの顔面を地面に叩きつける。前歯が折れ、鼻血が噴き出す。
「か……勘弁……してくだ……さい……」
グスタフは胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、クラウスの背中を壁に叩きつけた。
「いいかよく聞けこのヤロー! また俺達のシマでウロウロしてるのを見たら殺すぞ! テメェらだけじゃねー! 仲間や上のモンが現れてもテメェら二人を真っ先に探し出して顔を剥いで玄関の飾りにしてやるからな! わかったか!」
「わ……わかっ――」
「わかったかコノヤロー!」
「……わか……わかりました……ゆるして……ゆるしてください……」
完全に抵抗する意志を喪失しているクラウスを、グスタフは突き飛ばすように解放した。
「失せろっ!」
「……ぅぅっ……」
フラつきながらなんとか立ち上がり、倒れていたラルクを抱き起こすクラウス。
肩を支え合いながら二人組は必死の思いで逃げ帰っていった。
「こら嬢ちゃん」
振り向いてギロリとショーコを睨みつけるグスタフ。
「は、はいっ!」
「お前が買おうとしたのは禁術指定の違法魔術だろ。ガキでも知ってる。わかってんのか?」
「ご、ごめんなさい! 私全然知らなくって……この世界の法律とか常識とかわかんなくて……」
「あ……? どういうことだ?」
「アッ、ハイ……一応わたくし……“転移者”やらせてもらってます……」
グスタフは黒髪の女性と顔を見合わせた。
彼女も「信じられない」と言った表情をしていた。
数秒考え込んだ後、グスタフは顎で方向を示した。
「……ついて来い」
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「うう……クソッ……鼻が折れた……血が止まらねぇ……なんだってこんな目に……」
「チクショウ……あのショーコってガキがグズグズしてねぇでさっさと金出してりゃ……クソ……」
クラウスとラルクの二人はフラつきながら愚痴をこぼしあう。
あと一歩で商談成立だったのにヒドイ目に遭わされたのだ。その怒りの矛先はショーコに向けるしかなかった。
「すみません、よろしいでしょうか」
不機嫌な二人に声をかけたのは、スーツ姿のエルフ――フェイだった。
「今、ショーコさんのことを話していましたよね? 私は友人です。彼女が今どこにいるのかご存知なのですか?」
「なんだあ? 知るかバカ! あんなガキもう関わりたくねぇよ!」
「今頃人買い屋に連れてかれてるかもな! とっとと消えろ田舎モンが!」
「……」
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「どうだマイ。なんか手がかりは?」
「いや。そっちも空振りだったようだな」
捜査結果を報告し合うクリスとマイ。
そこへ遅れてフェイが合流する。
「フェイはどうだった? ……ってなんだそのボロ雑巾どもは」
「……ぁ……ぁぁ……」
「ぅ……ぅぅ……」
フェイが引きずっているのはさらにボロボロにされたクラウスとラルクだった。
「このお二人がショーコさんのことを知っているようなのですが、教えてくれなくて」
「お手柄だなフェイ」
「よーしお二人さん、ちょいとお話ししようか。早いとこゲロった方がいいぜ。言っとくがクリスちゃんはフェイほど優しくねーぞ」
「い……いや……俺達ちょっと喋っただけで……その後のことは何も知らない……」
「そうか。そんじゃあ喋る気になるまで説得するとしますか。拳で」
「……ぁろ……ホゲェェェーーー!」




