第四十一話 オラが村はせかいいち
――翌朝
「アルル、ティモシー、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうフェイ」
「ありがとな!」
大きな湖の畔。晴天の下、フェイの友人である二人のエルフ――アルルとティモシーの結婚式が行われていた。
厳かな儀式は済み、参列者達はそれぞれ料理や会話を楽しんでいる。
新郎新婦の親族、友人知人が大勢参加しており、屋外立食パーティーの様相を呈していた。
「しかしなんだか申し訳ないです。私に合わせて式を前倒しさせてしまって……大勢にご迷惑をおかけしたのでは?」
「大丈夫、昨日運営側に相談したら『あ、いいすよ。早いほうがウチも気が楽なんで』って言ってたから」
「今日を逃したら次にフェイがいつ帰ってくるかわかんねぇからな」
「ふふ……ありがとうございます」
昨日父に言ったばかりだ。「結婚だけが幸せになれる手段ではない」と。結婚しなくても幸せに生きることはできるのだと。
だが決して結婚というものを否定しているわけではない。幸せの形は人それぞれ。愛する人と結ばれることで幸せを得られるのも確かだ。
今日、愛を誓い合った二人は間違いなく幸せに満ちている。眩しいほどに。
フェイは幸せな二人を見て、自分まで幸せな気持ちになれた。
「二人とも、どうか末永くお幸せに」
「いや~、結婚式って初めてだけどなかなかいいもんだね」
湖に停泊している飛行艇の側で料理に舌鼓を打つショーコ、クリス、マイ。
そして彼女達を微笑ましく見守るラカンとソフィアの姿があった。
「タダ飯食えるからな」
「キミにはデリカシーっちゅーもんがないのか」
ショーコはクリスの花より団子っぷりに呆れるほかなかった。
「ふふ、フェイのお友達が面白そうな人達でよかったわ」
「君達を見てるとあの子が外の世界でも楽しく過ごせてるようで安心するよ。ちょっと心配でもあるけど」
「いや~それほどでも」
「まー、とーぜんだな」
デヘヘヘとテレるショーコと得意げに胸を張るクリス。ラカンはいっそう心配そうな表情を浮かべた。
「楽しんでいるかな、新たな“転移者”殿」
ショーコらが料理を堪能しているところに、里長のレグルスが声をかけてきた。
「あ、長老さん……と、ドワーフの人?」
彼の隣に、赤茶の髭に力強いモミアゲが特徴的なドワーフの姿があった。
レグルスの腰位置程の身長で、背に負った鋼鉄の箱が目を引く男性である。
「アンタが新しい“転移者”様かい! 聞いてた通りにかわいらしい小娘だわい! どわっはっはっは!」
「紹介しよう。友人のギルタブだ。世界でも一、二を争う腕の鍛冶職人だ。自称な」
「他称でもあるわい!」
ガナるドワーフ――ギルタブを見て、マイが口角を上げる。
「久しぶりだな、ギルタブ」
「おお! マイ! デカくなったな! あのチッコロい娘っ子が立派になったもんだ! どわっはっは!」
「フッ、お前は相変わらずだな」
「エルフの長老にゃドワーフのツレもいんのか。また精霊サマが嫉妬すっぞ」
クリスがイヤミを言うと――
『嫉妬などするか!』
「どわぁっ!」
――突然、何も無い宙に“風の精霊”クロノア(人間態)が姿を現した。
『ギルタブも我が友だ。それにレグルスが誰とどう付き合おうと嫉妬する理由などない』
クロノアは腕を組んで鼻を鳴らした。昔のツンデレキャラみたいなリアクションだ。
「あれ、精霊さんって〈月影の森〉から出れないんじゃなかったんスか?」
ショーコの言にどこか気恥ずかしそうにするクロノア。
『あー……そのことなんだが……実はアレは自分で決めた戒めみたいなものでな。別に守る必要はないのだ』
「えっ」
『森の奥でしか会えない方が威厳出るしなんかカッコイイだろ』
「こりゃみんな震え上がるわな」
『だがもう意地を張るのはやめたんだ。こうやってみなと交流する方がずっといい。それに気付かせてくれたお前達には本当に感謝している』
「別段大したことしてないんだけどなあ」
「いや、君達のおかげで我々は和解できたんだ。改めて感謝するよ。約束通り飛行艇に永久術式を施しておいた。これでいつでも、そしてどこまでも飛べるはずだ」
サラっと言うもんだから聞き逃しそうになったが、レグルスによる飛行艇改修は既に完了しているようだ。さすが五千歳、仕事が早い。
「それとクリス、君に渡したいものがある。昨晩の内にギルタブを召喚魔法で遠方から呼び寄せ、時空魔法で時の流れを遅くした作業場で鍛造してもらったものだ」
「あ?」
レグルスが目配せすると、ギルタブが背負っていた鋼鉄の箱を降ろした。施錠しているベルトを解除し、蓋を開く。
中に入っていたのは金色の装甲を纏った手甲だった。
「世界最硬の鉱石【アダマント】製の籠手だ。見た目の割に重さは無く、指と手首の動きを邪魔しないように作ってある。籠手の内側に衝撃は通らん。岩だろうと地面だろうと全力で拳を打ち込んでも自身への負荷は一切ないわい」
ギルタブが手に取り、軽く弄る。籠手が変形し、小さく折りたたまれ、腕輪の形に格納された。どういう仕組みなのかわからんがコンパクトに持ち運べる仕様らしい。
「私からの……いや、里のエルフ達からの感謝の印だと思ってくれ。ギルタブを説得するのは骨が折れたがな」
レグルスの言に、クリスは目をパチクリさせる。
「これを……くれるってのか? ……アンタが? アタシに? ……いくらだ?」
「金などいらないさ。ショーコ、君にもいいものがある」
「えっ、あたすですかい? やった。なにくれんスか」
箱の中の仕切りを外し――二重底になっていたようだ――その下にある物が取り出される。
もったいぶるようにギルタブがニヤリと笑う。
「こいつは作るのに苦労したぞ。驚くなかれ、貴重な金属【オリハルコン】で作った――」
「おおっ!」
「シャツだ」
ショーコはガクっとズッコケた。
「……シャツですかい?」
「アダマントほどの防御力はないが伸縮製の高さを利用して服に仕立てた。綿のようななめらかさと高い防護性を両立しておる。通気性抜群で暑い日は涼しく寒い日は暖かい着心地」
オリハルコンのシャツを受け取るショーコ。驚くほど軽い。少し艶やかだが普通のシャツと全く遜色ない。
金属で出来たシャツ、即ち防弾ベストの超軽くて薄い版って感じだ。
「あ、でも単純に質感好きかも。ありがたく着させてもらうよ。ありがとね長老さん、ギルタブさん」
クリスも口をすぼませ、不本意ながら感謝の言葉を述べる。
「……まあ、一応礼は言っといてやる。金にガメついヤローだと思ってたけど案外きっぷのいいヤツだったんだな」
「私も君達のことを侮っていたよ。結果的に飛行艇を墜落させて正解だったわけだな」
……ん?
「へ?」
クリスは聞き返した。今、なんてった?
「ああ、言い忘れていたが君達の艇を墜としたのは私だ。謎の飛行物体が里に近づいてきたので動力魔法を無効化させたんだ」
「なっ! ぬぁっ! ぬゎんだとォ!?」
寝耳に水。クリスもショーコも狼藉する。
「じゃ、じゃあ飛行艇のエンジンが止まったのは長老さんのせい!?」
「地上に激突するまでに浮遊魔法でフォローするつもりだったさ。だが君達は自力で切り抜けた。大したものだよ」
「どわっはっはっは! 相変わらずヒドイ奴だわい。これぞレグルス・ポート・カレルレンという男だ。あわよくば村に迎え入れて金をオトさせる算段だったんだろうて」
「人聞きの悪いことを言うな。まあたしかに客人として浪費してもらうつもりではあったがな」
「……こ……こンのクサレ外道がぁ!」
クリスがレグルスに殴りかかろうとする。
――が、マイがクリスの襟首を掴み、拳がレグルスに届く寸でのところで制止させた。
「テメー面かせコラァ! 顔面粉々にしてやるっ! 頭蓋粉砕骨折だコラァ!」
マイにつまみ上げられたまま両手両脚をバタつかせるクリス。その様子はまるで猫のよう。
「落ち着けクリス。そろそろ行くぞ。ショーコも、ほら」
「ふ、ふ、ふざけんじゃないよこのヤロー! マジで死ぬかと思ったんだぞ! このやろこのやろっ!」
さしものショーコも怒り心頭まっさかさまだった。
「やれやれ、こっちもか」
マイは同じようにショーコもつまみ上げた。両手で猫を二匹摘まんでるような状態。
「世話になったなレグルス。ギルタブも礼を言う」
「うむ!」
「ああ、その子達を任せたぞ、マイ」
暴れ猫二匹をつまんだマイがフェイに合図を出し、飛行艇へと乗り込む。
別れを惜しみながら、フェイは集まった村人達に向かって一瞥した。
「そろそろ行きます。みなさん、また遭う日まで」
「もう行くのか。寂しくなるな」
「元気でね、フェイ」
「次はお土産よろしく!」
「いつでも帰って来いよ。お前なら入場料マケてやるからな」
「お二人も、次に私が帰って来るまで結婚生活が続いてるといいですね」
「はははは! ああ、捨てられないよう努力するよ」
「言ったわねフェイ。絶対幸せになってやるんだから」
「二度目の式には出席しませんからね。では」
笑顔で別れを告げ、フェイは飛行艇へと足を向けた。
操縦席に腰を据え、フェイがアドリヴァーレ号のエンジンに火を入れる。
プロペラが回転し、艇が水面を走り出す。
少しずつ機首が上向きになり、水しぶきを巻き散らせながら天空への階段を駆け上がってゆく。
「「「またのお越しを~~~~~~!」」」
〈ポートの里〉の住民達は艇へ向かって手を振り、満面の笑みで彼女達を見送った。
まるでチェックアウト客を送り出す旅館の仲居さん達のように……
遠くの空へ消えゆく飛行艇を見つめながら、ラカンとレグルスは大きく息を吐いた。
「……行ってしまったな」
「心配か?」
「当たり前だろ。大事な愛娘が人間の世界で暮らすんだぞ。……だが、前ほど不安じゃない」
「なぜだ?」
「あの子は……フェイは人間の素晴らしさを信じてる。俺はあの子を信じたい。だからあの子が信じるものを信じたい」
二人の男は、空を見上げながら小さく笑った。
「俺は“ヒト”ってやつを信じてみることにしたよ、カレルレン」
「ああ、私もそうするよ、ラカン」




