第四十話 お前はお前の道をゆけ
……――
「ぐはっ……! ……っぐ……」
「どうした! その程度かフェイ! お前の強さなどその程度のものにすぎんのか!」
「っ……だああっ!」
「踏み込みが浅いっ!」
「うぐっ……!」
「足を踏ん張り、腰を入れんか! そんなことでは毒親の俺一人倒せんぞ! この馬鹿娘がっ!」
「っ……!」
「立て! 立ってみせろ!」
「うおおおおおおおおおおお!」
――……
――親子の戦いは激烈を極めた。
互いの意地と拳がぶつかり合い、想いと蹴りが交差する。
人の命が懸かっているわけでもなければ世界の命運を左右するわけでもない。これは、ただの親子喧嘩だ。
だが、それを端から眺めるショーコは言葉を失っていた。
彼女だけではない。クリスもマイも、ソフィアも……誰一人として言葉を発することはなかった。
フェイとラカン……二人の魂の激突をショーコ達は固唾を呑んで見守っていた。
一歩も譲らぬ決闘は千日も続くかと思われたが……
……いつしか均衡は破れ、一方が膝から崩れ落ち、その場に倒れたのだった。
「……ハァ……ハァ……ハァ……」
立っていたのは娘――フェイだった。
〈月影の森〉での戦いによる疲労もあり、満身創痍の状態ながら彼女はまだ立っている。
……もはや認めざるを得ない。弟子は師を越えた。娘は父を越えたのだ。
「……っ…………ぐ…………っ……」
ラカンは残された体力を振り絞り、身体を起こす。
大きく息を吐いた後、小さく笑った。
「強くなったな……フェイ……」
決闘を見守っていたソフィアがラカンの下へ駆け寄る。妻は夫に肩を貸し、支えた。
「お父さん……」
フェイは膝を曲げ、視線をラカンに合わせる。
「正直に言う……俺はお前のことを……何も知らない子供のままだと思っていた……人間と一緒に生きるなどという戯言も、ただの若気の至りだと決めつけていた……だが……お前が繰り出す一撃一撃から……伝わったよ。お前の意志が……お前の強さが……子供なんかじゃない……もう立派な一人のエルフなのだと」
ラカンは呆れたように首を左右に振った。
「馬鹿な親だ……親の知らぬ内に子は大きくなっているものなのだな……」
ソフィアも申し訳なさそうな、しかしどこか誇らしげな表情でフェイを見つめた。
「フェイ、私達の愚かな言動を許して。あなたのことを想うつもりが、あなたの意志をねじ伏せようとしていた……あなたの人生を決めつけ、あなたの信じるものを否定するところだった……ごめんなさい」
「許すことなどなにもありません……二人は私にとって世界で一番の両親です」
ラカンはフェイの肩に手を置き、彼女の目を真っ直ぐ見て、そして口角を上げて言った。
「お前のことを誇りに思うよ……もうお前を縛り付けるようなことはしない。お前は自由だ。フェイ……お前はお前の道をゆけ」
「……はい!」
「親子喧嘩は仲直りで決着だね、フェイ」
離れて様子を見ていたショーコとクリスとマイの三人もフェイのもとへと集まる。
ショーコの表情はなぜか得意げだった。フェイが強いことを証明したのが自分のことのように誇らしいようだ。
「みなさん、お時間を取らせました」
「親がいない身からすればお前達のような家族はとても眩しいよ」
マイはどこか羨ましそうに言う。
「アタシも久々に家族をブッ飛ばしたくなったよ」
クリスの言動は冗談なのかマジなのかわからん。
「お友達の皆さん、家族の問題に巻き込んでしまってごめんなさい。それと、夫ともども私達の無礼な言動を謝罪いたします」
ソフィアがショーコ達に頭を下げ、ラカンもそれに続く。迷惑をかけてしまったことをキチンと謝罪できる、よくできた人だ。あっ、エルフか。
「お詫びに今夜は夕食に招待させてください。腕によりをかけてごちそうしますから」
「タダでか?」
「もちろん」
「ッシャ!」
小さくガッツポーズするクリス。その拍子に、霊獣戦で砕けた右拳に激痛が走った。
「いでで、これじゃ皿もロクに持てねーや」
「あら、それじゃあ夕食の準備の間にあそこへ行ったらどうでしょうか?」
ソフィアの提案にショーコとクリスは首を傾げた。
「あそこ?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「イヤッフェ~~~~~イッ!」
ザッパーンとジャンプ一番。クリスは湯気が立ち上る温泉に飛び込んだ。
「ちょっとダメだよクリス。温泉で飛び込むなんてマナー違反だからね」
日本生まれ日本育ちのショーコは異世界人のお風呂マナーに苦言を呈した。
クリスはお湯の中から頭を出し、顔を手で拭う。
「そりゃアンタの世界のルール。こっちの世界じゃ風呂はダイブするのが礼儀ってもんだ」
「またそうやってムチャクチャ言って。そんなウソに騙されるわけな――」
「いやっふぇーい」
ザポーンとマイが湯に飛び込んだ。
「マイ先生!?」
普段クールなマイの意外な行動にショーコは目を疑った。
「ほらな。これがこの世界の流儀ってもんよ。ショーコも飛び込めって。どれだけしぶきを上げられるかが重要だぞ」
「で、でもそんなマナー違反――」
二の足を踏んでるショーコの背中を――
「えい」
フェイが押した。
「どわっじ!」
ドボーンとお湯に落ちるショーコ。
「イヤッフェンゼルシアポートユアンテンセンーーーっ!」
続いてフェイもジャッバーンと飛び込んだ。
色々問題が解決したからかちょっとテンション上がっちゃったらしい。
「あァ~~~生き返る~~~ガチで」
温泉の縁に肘をついてオヤジみたいな言動をするクリス。
「かの有名な生命の泉がまさか温泉だったとは……しかも入浴料四百ゼンって」
〈ポートの里〉にある生命の泉。ショーコはてっきり湧き水か何かだと思っていたが、湯泉だとは予想していなかった。
「伝説によればこのお湯を聖杯に汲んで飲めば不死身になれると言われています。ですが同時に、これまで泉が癒やしてきた苦痛や病の苦しみを全て飲み込むことになるとも言われています」
「それはキッツイなあ……そうでなくとも色んな人が浸かったお湯飲むのは抵抗あるわ」
ちょっと永遠の命というものにロマンを感じていたショーコもそんな話を聞いては尻込みする。まあ聖杯とやらが無いのでカンケーないのだが。
「お、マジで骨折治ってる。しんぴのちからってスゲー!」
右手の痛みがいつの間にか消えていることに気付くクリス。RPGでも温泉に入るとHP全回復したりするが、あれどういう理屈なのかね。
「あ、ちなみに我々が入浴している間に魔法使いのエルフに依頼して、皆さんの服に“清潔の魔法”をかけてもらっています。これでこの先十年は服を洗濯しなくても清潔な状態を維持できますよ」
アニメや漫画でよくある「あのキャラいっつも同じ服着てね?」問題も魔法で解決だ。毎日同じ服着てると不衛生だもんね。
「いたれりつくせりだな。観光地だけあって居心地もいいし、しばらく滞在するのもいいかもしれんな」
マイが頭の上にタオルを乗せて肩まで湯に浸かる。ショーコは以前テレビで見た、温泉に浸かる猿を連想したが、お口にチャックした。
「長老のオッサンに貸しもできたし、しばらく泊まってふんぞり返ってよーぜ」
「いえ、飛行艇の改修は明日にも完了すると仰っていました。仕上がり次第発ちましょう」
「いいの? せっかくの帰省なのに」
「あまり長居すると離れるのが辛くなりますから」
「ちぇ~っ、無法地帯パーティーできると思ったのにな」
「まあいいじゃんクリス。お風呂上がったらフェイママのごちそう晩餐会だよ。どんな料理が出てくるか楽しみだな~♪」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「特大ガエルの丸焼きです」
「オンギャーーーッ!」
「あ、産まれた」
「第二子ですね」
生命の(温)泉からあがった四人はフェイの実家に赴き、夕食をご馳走になる。
……のだがドデカいカエルの丸焼き料理にショーコは再び悲鳴を上げていた。
「あら、カエルはお嫌い?」
「い、いやその……出来れば他のお料理をいただけたらな~と」
「色々あるわよ。ツチノコのステーキにコカトリスの蒸し焼き、チュパカブラのミルクで作ったクリームシチュー。前菜のマンドラゴラサラダもあるわ。安心してフェイ、あなたの大好物のペガサス馬刺しもちゃんとあるわ」
「もはやツッコミどころが多すぎて抱えきれない。チュパカブラってお乳出るタイプの生き物なの?」
未確認料理の数々にだじろぐショーコを尻目に、クリスは遠慮無く料理を口に運ぶ。
「こりゃ美味い。奥さん料理上手だな。このサンダーバードの照り焼きなんかいくらでも食えるぜ」
「ふふふ、嬉しいこと言ってくれちゃって。遠慮せずどんどん食べてね。お酒飲みたい人はバジリスク漬け酒あるからね。バジリ酒ク」
「驚いた。異世界にもダジャレあるんだ」
この異世界で日本語が使われるようになって十五年なのに音読み訓読みのダジャレがあることも驚きだ。
「あ、フェイ、そのスカイフィッシュの塩焼き取ってくれ」
「はいどうぞ。ついでと言ってはなんですがそちらのモンゴリアンデスワームの串焼き取ってもらえますか」
どー考えてもヤバそうな料理をバクバク食べるクリスとフェイ。
「ショーコ、油断してると二人に全部食べられてしまうぞ」
「いいよいいよ。私はゲテモノグロテスクな料理はパスするから。私はやっぱり――」
ショーコは一つの皿を手に取った。
「ウサギが一番だよ」
――その晩、ショーコ達はフェイの家に泊めてもらうこととなった。
大型植物の葉で出来た布団を広間に並べ、四人で雑魚寝。
お酒が入っていたこともあり、フェイとクリスは中学生の修学旅行の夜のようにハシャいでいた。
つられてショーコも一緒になり、三人で布団で叩きあったりプロレスごっこをしたりして夜通し騒ぎまくっていた。
マイはその様子を見て笑っていた。
――窓の外では木々が風に揺られていた。
風の音に紛れて、四人の笑い声が〈ポートの里〉の月夜に響いていた……
……深夜二時頃、さすがにソフィアに叱られた。




