第三十九話 私の人生の物語
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「でたぁ~~~~~~!」
両手を上げて叫ぶショーコ。
「お通じの話か?」
「下品なことを言うんじゃないよクリスくん。無事に〈月影の森〉から出れたんだよ! 迷った時はガチ遭難かとビビったけどこうして出られてあたしゃ嬉しいよ~~~!」
フラハジメの案内のおかげで四人は迷うことなく〈月影の森〉を出ることができた。下位精霊達が襲い掛かってきた行きしなとは逆に、道中では木々や花々に宿った下位精霊達が「じゃ~ね~」とか「また遊びにおいでよ~」とか親しげに送り出してくれた。なんかメルヘンすぎる世界観で受け入れ難いが、精霊が住む森なんだからそういうもんなんだろう。
森を出た頃には陽が傾きはじめていた。これから黄昏時がやってくる、そんな頃合い。
『ボク達はここでお別れだ。久々に他人と遊べて楽しかったヨ。今度来る時は腐葉土でも持ってきてくれたらウレシイな!』
『ウオオォォ~~~ン……』
『ゴーレムくんも綺麗な石があったら欲しいってサ。そんじゃネ!』
右手の平の上にフラハジメを持ったゴーレムがバイバイと言わんばかりに左手を振り、森の奥へと帰ってゆく。あんなにおっかなかったゴーレムが――表情など読めないのに――どこかかわいらしく思えてくる。
ショーコは帰ってゆく下位精霊達にさよならの言葉を叫んだ。
「じゃーねー! もう触手プレイしちゃダメだよー!」
「いや~、一時はどうなるかと思ったがなんとかなったな」
「右手を粉砕骨折しておいて『なんとかなった』で済ませれるなんてクリスは大した器だよね」
「あっ、そうだった。いででで、思い出したら痛くなってきた……」
「そんな虫刺されみたいな」
「この〈ポートの里〉には【生命の泉】が湧いていると聞いたことがある。そんなケガくらいすぐに回復するはずだ」
「生命の泉……海外の昔話に出てくるような不死身になれるとかいうやつだよね。この異世界そんなのもあるんだ……」
「あらゆる怪我も病も疲労も癒やすと言われている。旅行雑誌なんかにも載ってて有名だぞ。泉が目当てで来る観光客も多いらしい」
「えっ、そんなカジュアルなもんなの」
「へー、生命の泉があるエルフの集落ってここのことだったのか」
「集客効果もあってかここ数年の人気観光地ランキングで〈ポートの里〉は常に上位に入っているし、観光地の紹介本なんかでもよく取り上げられているぞ。知らなかったのか?」
「アタシ王都中の本屋と図書館出入り禁止されてるからなー」
「なにやらかしたの……」
「本棚でドミノ倒ししたらしこたま怒られちったぜ」
「とはいえ名誉の負傷だなクリス。ショーコを守るために拳が砕けるのを構わずにブチかましたんだからな」
「ケッ、そんなんじゃねーよ。ヤローがムカつくからパなしてやっただけだ。顔がオフクロそっくりでよ」
「大丈夫だよ。クリスはガサツだけどホントは優しい人だって私わかってるから」
「だぁーっくそ! マイ! テメーがヘンなこと言うからショーコがウザ絡みしてきやがったぞ!」
「いいんだよークリス~。私はわかってるよ~」
「うっぜー! ウッッゼェーッ!」
一騒動終えて気が緩んだのか、ショーコ達は軽口を言い合う。
「……」
……が、フェイは一人神妙な面持ちだった。
「どしたのフェイ。キムズカシソーな顔して。精霊にも認められて、エルフ長老の依頼もこなして、無事に森から出られて、オール全部万事解決したんだよ?」
「……いえ、まだ終わっていません」
「へ?」
「みなさん、もう少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「お通じか?」
「下品なこと言うんじゃないよクリスくん。エルフはトイレなんてしないんだから。で、どうしたのフェイ?」
「私には、まだやり残したことがあるんです」
――……
空が紅に染まった頃、四人は飛行艇を停泊させている湖の畔にて“その時”を待っていた。
一人佇むフェイ。少し離れた位置でショーコとクリスとマイが彼女を見守るように待機している。
夕陽の紅が最紅潮に達した頃、二つの人影が見えた。
彼女の両親――ラカンとソフィアだ。
黙ったまま、フェイは両親をじっと見つめる。
二人はフェイの眼前まで来ると、相対するように足を止めた。
「親を呼び出すとは図太くなったな、フェイ」
「お父さん、お母さん、お二人に大事な話があります」
フェイの真剣な表情に何かを察したのか、ソフィアは数歩後ろへ下がった。
「話……?」
「私は……里長の使いで精霊様に会って学んだのです。家族だろうと友人だろうと、話し合うことが大切だと……想いも考えも、言葉にしないと伝わらない。だから神は我々に“言葉”を授けた」
「……何の話だ?」
「精霊様と里長はお互いの気持ちを言葉にしなかったが故にすれ違ってしまった。それでも互いに正直に、心の内をさらけだしてようやくわかりあうことができた。だから私も……お父さんとお母さんと、キチンと話し合うべきだと思ったのです」
フェイはまっすぐ父の目を見て言う。
「私は外の世界で生きていきたい。お父さんは、里で結婚することが私にとっての幸せだと言っていましたが、結婚だけが幸せになれる手段ではありません。私の幸せは私が決めます。私がどこで誰とどう生きるか……私の人生は私が描いていきたいのです」
「……もういいと言っただろう。お前の好きなようにすれば――」
「いいえ、よくありません」
フェイがラカンの言葉を制止する。
「お父さんもお母さんも納得していない。何よりお父さんは……私の気持ちを受け止める気すらない。私と向き合おうともしていない!」
「……」
「私だっていつまでも子供じゃないんです! 自分で考えて、自分で決めて、自分で歩く! あなたがそれを認められないのは、いつまでも私のことを子供のままだと思っているから!」
「……フェイ」
「お二人には……私を一人のエルフとして認めてほしい。そして、私の意志をちゃんと受け止めた上で、納得して外の世界に送り出してほしい。だから……私が一人前だということを、身をもって証明させてください」
「なに……?」
「決闘してください。私がどれだけ成長したかを証明するために」
「……ほんの数時間前に二百億せびろうとした子が言う台詞か」
「ええ、そうですね。だから……これは私自身の“ケジメ”でもあります。私も……親に頼ろうという甘えがあった。そんな未熟な心を振り払う意味も込めて……お父さんと決闘したいのです」
力を込めた娘の言に、ラカンは大きく息を吐いた。
「……いいだろう。フェイ……お前が勝ったらお前を一人のエルフとして認め、胸を張って外の世界へ送りだそう。だが負けたら……里に残って俺の言う通りに生きてもらう。結婚相手も俺が決める。どこで暮らすか、何を仕事とするか、なにもかも俺が決める。お前は一生、俺の描いた人生を生きるんだ。いいか?」
「わかりました」
一秒も迷わずに即答したフェイ。
ラカンは小さく口角を上げた。
「わかっていると思うが俺は強いぞ。魔族との大戦時、エルフの軍勢の武官として前線に立っていたんだ。それでなくとも、お前に武術の基礎を教え込んだのは俺だ。勿論手加減などしない」
「わかっています。だからこそ……越えねばならないんです」
「……ふっ」
ラカンは片足立ちの構えをとった。フェイと同じく、徒手空拳の使い手。その鍛錬につぎ込んだ年月は、悠久を生きるエルフだけあって途方もないものだ。
対してフェイも構える。足のスタンスを広げ、左肘を引き、右手の平を前に突き出す。
親と子、父と娘、師と弟子……二人の武術の達人が相対する。
「私はお父さんとお母さんと気持ちが通じ合っていると思っていました。外の世界で生きることを誇ってくれていると……人間と共に生きる私を応援してくれていると……だが私達の想いは正反対だった。私は……二人に私の選んだ人生を誇ってほしい! 私は……お父さんお母さんと想いを一つにしていたい!」
「人間は我々と違って暴力的で野蛮な連中ばかりだ。エルフなら皆知ってる。そんな連中と生きるなど誇れるものか!」
「野蛮な者がいるのは確かです。ですが善き者もいる。私はこの目で見てきました。人間の善性を。“ヒト”の素晴らしさを。私は外の世界でそれを知った。ここに居続けていれば知り得なかったことです」
「お前はなにもわかっちゃいない。大人になったつもりで背伸びをしているだけだ。お前の間違った考えを正してやる……子を導くのが親の務め! お前を“正しい道”に導くのが我が使命だ!」
「私の道は私が決めます! お父さんが本当に私の幸せを願ってくれるのなら……」
「愚問!」
「ならば!」
「「 今こそ我ら、真に一つとなる時! 」」
「なにこの熱血アニメみたいなノリ」
ユアンテンセン親子の世界観について行けないショーコだった。




