第三十六話 戦わなければ生き残れない!
「アンフィスバエナとは古い言葉で“魂を二つ持つ者”という意味です」
『ギギキキャアアアアア!』
フェイがショーコに説明しているのを構わず、霊獣アンフィスバエナが襲いかかってきた。
上部の花の霊獣と下部の岩の霊獣のうち、下部に当たる霊獣が巨大な岩石の腕を振りあげた。
「お相手つかまつります」
フェイは右足を前に、左足先を外に向くように脚を広げるスタンスを取った。右掌を相手に向けるよう構え、左手はその下に位置取る――アイキドーの構えだ。
アンフィスバエナが岩の腕を振り下ろす。
フェイは振り下ろされる力を受け流し、重心を掠め取り、逆に霊獣をぐるんと放り投げてみせた。
霊獣の天地が逆さまとなり、地面が揺らぐほどの衝撃が轟く。
腕力ではなく、相手の力を利用しての返し技だ。
「す、すげー! あんなデカイやつをぶん投げちゃった!」
小よく大を制す……圧倒的な体格差も関わらず霊獣をねじ伏せたフェイにショーコは改めて驚く。
ひっくり返されたアンフィスバエナが身体を起こして立ち上がる。巨体と重量故、足踏みだけで地鳴りがした。
『ギイヤアアアアアアアア!』
今度は上部の花の霊獣――かつてはフラハジメだったモノ――が両腕を蔓状にして伸ばした。
「っ!」
蔓がフェイに巻き付き、拘束したまま引っ張り上げ――凄まじい勢いでフェイを地面に叩きつけた。
「がっ……!」
全身を激しく打ちつけられ、苦悶の表情を浮かべるフェイ。
『ギギキキキキキ……!』
蔓はフェイを縛ったままずるずると引っ張り、彼女を再び投げつけようとする。
――が、フェイに巻き付く蔓をマイが刀で断ち切った。
『キイイイイイコエエエエエエエエ!』
蔓を切断された痛みか、霊獣が耳障りな奇声を発する。
「立てるか?」
「……はい。ごほっ……ありがとうございます。少し堪えましたが平気です」
フェイの無事を確認し、マイは刀を構えて霊獣と対峙する。
しかし、相手の身体は岩石で出来ている上に精霊の力で強化されている。刀では分が悪い。
狙うは上部の霊獣――植物で構成されている花の霊獣に当たる部分だ。
「上のヤツから片付ける」
跳躍からの横一閃。
マイの振るう刀が花の霊獣に迫る。
――しかし、下部の岩の腕が刃を弾いて防御した。
「っ!」
さらにアンフィスバエナは身体を反転させ、背部に生えた蔓の尾をマイに叩きつけた。
「ぐっ……!」
遠心力という力を上乗せした、太く強靭な尻尾を食らう。
しかし、マイは吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、見事に着地した。
霊獣は蔓を束状に収束させ、鞭としてマイめがけ振るう。
飛びのいて躱すマイ。目標を外れた蔓の鞭が大地を削いだ。
刀を構えなおし、一気に接近する。
霊獣の岩の身体を斬りつけるも、“風の精霊”に力を付与されたその頑丈さはマイの剣でも両断できなかった。
「っ……やはり上から――」
上部の花の霊獣に狙いを定めて刃を振るう。しかし、下部の岩の腕が上部の花の霊獣をガッチリとガードした。
弾かれた勢いで体勢が崩れたところへ蔓の鞭が叩きつけられる。
「ごふっ……!」
人間よりも大きく、太く束ねられた蔓による攻撃をモロに受け、マイは地面に打ちつけられた。
アンフィスバエナは次の標的としてショーコとクリスに目を付ける。
ショーコは青ざめた。クリスの服の裾を引っ張って助けを請う。
「く、クリス! なんとかしてよ! 一発バコーンとやっつけちゃってよ!」
「無茶言うな! 岩の塊なんか殴ったらこっちの手がイカれちまわあ!」
強力無比なクリスの怪力もゴーレムボディが相手では手が出せない。
『ギギギ……!』
のっぴきならない二人を前に、アンフィスバエナは巨大な岩石の拳を握りしめた。
『オドリャ!』
ショーコとクリスめがけ巨大な岩の拳が迫り来る。
――しかし。
「させませんっ!」
フェイが間に割って入る。アイキドーの構えを取り、再び返し技に捕らえようとした。
が――
「っ!」
フェイと岩石の拳が交差する寸前、花の霊獣の蔓がフェイの両腕に巻き付いた。
――腕を封じられては返し技は不可能。
フェイは自身の身体よりも大きな岩の拳をマトモに食らってしまった。
華奢な身体が吹き飛ばされ、地面に打ちつけられる。
「がっ……あっ……!」
『イイイイイイブブハアアアーーーー!』
花の霊獣が奇声と共に無数の花びらをバラ撒いた。
ヒラヒラ舞う花びらが宙でピタリと制止し、かと思うとフェイに向かって猛スピードで飛んできた。
「っくぁ……! あっ……!」
無論、ただの花びらではない。刃の如く鋭く、殺傷力のある花びらだ。
機関銃のように放たれた花びらカッターの雨がエルフの肌を切り裂いた。
「つ、つるのムチにはっぱカッター……」
ショーコはどこかで聞いたことあるような技の数々に恐れおののいていた。
フェイが投げようとすると花の霊獣が妨害し、マイが斬ろうとすると岩の霊獣が防ぐ。
上下二つの身体を持つ霊獣アンフィスバエナに苦戦を強いられる四人。このままでは攻めあぐね、敵にいいように痛めつけられるだけだ。
だが、ここでマイが立ち上がり、状況を打開する一手を打つ。
「……魔刃剣」
マイは一旦刀を鞘に収め、再び抜刀する――
――鞘から抜かれた刀は炎を纏っていた。
漫画やアニメでは「あれって実用性あるの?」とか「なんの意味もないよね」とか言われることもあるが、少なくともこの局面では効果的だ。
「この刃に宿りし炎、飾りではないぞ」
炎の刀を構え、斬りかかる。
アンフィスバエナは例の如く岩の腕で防御しようとする。
――その一撃は凄まじいの一言だった。
刃は先程までのように弾かれることなく、岩の霊獣の右腕を一刀の下に両断した。
刀に纏われた炎が触れるほんの一瞬で岩を溶解し、硬度を著しく低下させたのだ。
魔法による特殊な炎だからこその圧倒的火力。瞬発的に脆くなった部分を刃で切断したのだ。
――が。
『ギキイイヤアアアアアアアアアアアアア!』
「ごっ……!」
岩の霊獣の残る左腕がマイに見舞われた。
虫をはたき落とすかのように地面に叩きつけられ、マイは全身を激しく強打した。
さらに――
『ギギャアアアアアアアアアアア!』
花の霊獣が花弁の殻を開き、威嚇するかのように吠えた。
花弁の中から紫色の蜜が飛び散る。
マイは咄嗟に躱したが、僅かに脚に付着した。
「くっ……! こ、これは……毒か」
花の霊獣が分泌する猛毒。
瞬時に全身に回ったらしく、マイは握っていた刀を取りこぼしてしまった。
「うう……からだがうごかない……」
わずかに脚に、それも服の上から浴びただけだというのに物凄い威力だ。
全身の筋肉が毒に蝕まれ、マイはその場に伏してしまった。
アンフィスバエナは踵を返し、ショーコとクリスに狙いを付けた。
「こ、こっちに来るよ!」
「服引っ張るな! 伸びちゃうだろ!」
両脚で地面をドスドス揺らしながら接近し、アンフィスバエナは巨大な拳をゲンコツ握りで振りかぶった。
「ど、どうしようクリスどうしよう!」
「~~~っ!」
二人の人間をペシャンコにしようと、霊獣は石鎚を振り下ろす――
「わあ~~~!」
「ゥオラァ!」
――強烈な右フック。
クリスの決死の覚悟の一撃。
その右フックは石鎚を払いのけるだけでなくアンフィスバエナの巨体そのものをも飛び退けさせるほどだった。
しかし、その代償は大きかった。
「んがあああああああっ! あああああっ! いっでえええぇぇぇ!」
クリスの右拳は粉々に砕け散ってしまった。
「く、クリス!」
「クッソ……! マジでッ……マジで痛ぇ……! ざっけんなよマジでっ……!」
「ご、ごめん……私を守ったばっかりに……」
「お前じゃねー……! クソッ……クッソ……マジでムチャクチャ痛ぇ……ぜってぇゆるさねーあのデカブツ……! クソッ!」
右拳を抑えながら激痛に悪態をつく。あまりの痛みと怒り故か、語彙力も粉々だ。
「っ……みんな……」
フェイはダメージを負い、マイは毒で動けず、クリスは右拳を粉砕骨折……
次々と倒れゆく仲間達。かつてないほど強大な敵にショーコは恐れおののいた。
……もはや戦える者は残っていない。
追い詰められたと思ったその時――
「ショーコ……私の剣を使うんだ」
「へ?」
――マイがショーコに向かって囁いた。
「魔刃剣の炎は消えていない。お前がやるんだ……炎の剣で霊獣を倒せ」
「ぬ、ぬゎんだってえええええ!?」




