第三十五話 せいれいたちのいるところ
「やられましたね。森そのものが私達を惑わしているようです」
「ど、どぼじよう!? こんな森ん中で迷子なんてヤバイじゃん! ガチで遭難だよ!」
「そーなんだなー」
「くだらないこと言ってる場合じゃないよクリス! 引き返そうにもどっちから来たのかわかんないんだよ!」
幼い頃にデパートや夏祭りで迷子になった経験はあったが、ガチ遭難はショーコにとって初めてだ。今回ばかりは迷子センターで放送してもらおうにもそうはいかない。
「ショーコさん、こういう時こそ落ち着くべきです。無闇に動けばさらに迷い込んでしまいます」
「そ、そうだね。大丈夫大丈夫……ちょっとだだっ広い密林で地図もなく方角もわからず飲み物も食べ物もない状態で完全に孤立しただけ……焦ることない大丈夫……よし、落ち着いた」
フェイになだめられ、ショーコは大きく深呼吸して冷静になれた。
「――ってやべぇじゃん! 冷静に考えてヤバイ状況じゃん! 修学旅行で一人だけ反対の新幹線に乗った時もヤバかったけどあんなのなんともなかったんだなってくらいヤバイ!」
冷静になって、かえってパニくるショーコ。
夜になれば完全な暗闇。気温がどこまで下がるかもわからない。暖を取るものなどないし、ましてや周りには下位精霊がウヨウヨいる。ここで夜を迎えるのはあまりにも危険だった。
「食いモンなら心配しなくていいぞ。人間には腎臓が二つもあるんだ。一個くらい無くなってもヘーキヘーキ」
「どゆこと!? 内臓で食いつなぐつもり!? 冗談でもやめてよ私グロ描写苦手なんだから!」
「こーゆーのは年功序列だ。一番ガキのショーコから差し出してもらうぞ」
「やめろ! 近寄るんじゃねー! ショーコちゃんホルモンは誰にもやらないぞ!」
パニくるショーコをヨソに、フェイがあることを思い出した。
「ショーコさん、アレを出してください」
「腎臓!?」
「じゃなくて、里長からいただいた宝石です」
「あっ」
言われてようやくショーコも思い出した。〈月影の森〉に入る前にレグルスが「困った時に使うといい」と渡してくれた宝石を。
ショーコは宝石をポケットから取り出し、フェイに見せた。
「どうやらこれは【魔道具】のようですね。魔法の力が込められた道具のことです」
「税金取られる魔法でもかけてんじゃねーだろーな」
「里長は陽の光にかざすように言っましたね。やってみましょう」
フェイに言われ、ショーコは宝石を太陽にかざした。
光を反射してまぶしい……が、それだけだ。
「わあ、キレイだなぁ~……じゃないよっ! これで何がどう解決するんだよ!」
「あのオッサンただの石を売りつけやがっただけじゃねーのか」
「ちくしょー! カモりやがってあんにゃろー!」
ショーコが宝石を投げ捨てようとした時――
一瞬、宝石の中から一筋の光線が飛び出した。
「わっ!? な、なんだ……?」
ショーコがビックリすると光線はすぐに消えてしまった。
今のは何だったのか……ショーコは宝石を上下左右からくまなく観察してみる。
どうやら石の中に取り込まれた太陽光が反射され、外に放たれたらしい。
一定の角度で太陽にかざすことで、光が一本の道となって放出されるのだ。
再び太陽に向け、様々な角度でかざしてみる――
――ある角度でかざすと再び光線が放たれた。反射光は一直線に森の奥へと走っていく。
「これは精霊の居場所を示す光だな。私も昔、同じような方法で精霊を探したことがある。この光を道標に進めば精霊のもとへたどり着けるはずだ」
マイが言う。彼女もかつて精霊に会いに行くイベントがあったらしい。
「よ、よかった~! 天空の城の飛行石みたいなの持ってたおかげで遭難しないで済むよ~!」
ショーコは幼い頃見た冒険アニメ映画を思い起こした。
「早く進もう。陽が沈むと光の道標がなくなる。ぐずぐずしてると本当に遭難するぞ」
マイにはやし立てられ、ショーコ達は足早に森の奥へと進んで行った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
〈月影の森〉の中に、野原が広がっていた。
いや、野原というには少々狭いが、他に言いようがない。
鬱蒼と木々が生い茂る森の中に突然現れた、木々の生えていないひらけた場所。
辺りを小さな光の粒子がフワフワと浮いており、不思議な空気に満ちていた。
……野原の中央に一本だけ“樹”がポツンと生えている。
宝石から伸びる光はその一本の樹を指し示していた。
「あれが【霊樹】です。“風の精霊”が宿る樹と言われています」
四人は一本だけ生えた樹――霊樹の傍まで近づいた。
辺りを見回すが、樹の他には何もない。
「……ねえ、ここで何をどうすりゃいいのかな?」
「任せろ。かぜのせいれい出っておいで~~~!」
クリスは大声で呼びかけた。
返ってきた答えは静寂だった。
「そんなススワタリじゃないんだから」
「おーい精霊さんよー! こいつは新しい“転移者”だぜ! 世界でただ二人! 珍しいだろ! ちょいとおしゃべりでもどーだい! なんなら一緒にダンスも踊るぜ! ただしお触りは禁止だ」
ショーコは客寄せパンダの気持ちになった。しかしこんな言い方で精霊が姿を現すワケが――
『ほう……異世界からの“転移者”とな』
――出た。
まるで霊樹の中から浮き出てきたように、“風の精霊”が姿を現した。
「……! ……この人が……精霊……」
身体は半透明に透けており、宙に浮いている。
人型ではあるが、明らかに人ではない――甲冑というか、機械というか、とにかく人間のように口や鼻が付いていない。無機質で異質な存在だ。
『其方か? 新しい“転移者”とは』
ショーコはこの異世界に来て色々な種族を見てきたが、ここまで異質な存在は初めて目にする。
自分とは根本的に全く異なる存在に対し、言い得ぬ恐怖を感じた。
「あ……えと……ひえ」
どもるショーコ。きっと宇宙人や恐竜と遭遇した時も同様の反応になるだろう。
風の精霊はわずかに顎を上げた。
『異世界の人間は臆病らしいな。精霊に謁見するのは初めてか? 何故この森の奥地へ来た』
ショーコに代わってフェイが答える。
「精霊様、我々はレグルス・ポート・カレルレンの使いで来ました。あなたとお話をさせてください」
『……やはり、奴の使いか』
明らかに風の精霊の声色が変わった。機嫌が悪くなった様子だ。
フェイはあわてて引き留めようとする。
「待ってください。どうかお話だけでもお願いします」
「“風の精霊”よ、何の話かはわかっているだろう。まさか顔まで出しておいて何もせずに引っ込むつもりはないだろうな」
マイが煽るように言う。
風の精霊は目線をマイに向け、再び少し顎を上げた。
『ほう……面白いことを言う人間がいると思ったが、貴様あのマイか。随分と大人になったものだな。ふてぶてしさは和らいだようだが、尊大な態度は変わらんな』
マイはフンッと鼻を鳴らした。
『いいだろう。私とて異世界からの来訪者に興味が無いわけではない。話を聞こうではないか。ただし……我が“試練”を乗り越えられたらばな』
「えっ」
ショーコはイヤな予感がした。
『花の精よ』
風の精霊が呼びかけると、四人の後方の地面からおしゃべりフラワーのフラハジメが突然現れた。
『は~い! 精霊サマ!』
『心構えはよいな?』
『もっちろんサア!』
突如、フラハジメが根を張っている真下の地面が割れ、下から石の巨人――先程のものよりも大型のゴーレムが姿を現した。
フラハジメの真下から出てきたので、ゴーレムの頭の上にかわいらしいお花が咲いている状態だ。ちょっとマヌケにも見える。
『花の精、石の精よ、力を授けようぞ』
――風の精霊がフラハジメとゴーレムに手をかざす。
『我の力は精なる息吹』
――その手が淡く光る。
『秘めたる種子を開花させ、眠れる力をつむぎ出す』
――光が強くなり、ゴーレムと頭上のフラハジメを淡い光が包み込む。
『美しき、森羅万象の力を!』
『お……おお……おおおおおおおお』
フラハジメの姿がみるみる変化してゆく。
茎が大きくなり、ツタが伸びて何重にも重なり、まるで人の身体のような姿を形作ってゆく。
『ぎにゅわあああああああああああ!』
一輪の小さな花だったフラハジメが、化け物じみた姿に変貌した。
細い茎だった身体が人型の上半身となり、肥大化した花弁は殻のように顔を覆っている。
フラハジメだけでなく、下部のゴーレムもより禍々しく、より凶悪な姿形へと変化していた。
さらにその全身を這うように蔦が伸び、背の辺りでは収束した蔦が尻尾のように生えている。
「……うっそぉ……」
ショーコが思わずつぶやく。
かわいらしいお花の下位精霊と岩石の下位精霊が一体となり、身の丈二十メートルほどの異形の存在と化した。
形容し難いが、石巨人の首から上が植物型の化け物となっている、としか言いようがない。
二つの存在が一つに混ざり合った、禍々しい存在。
その姿を見ているだけで心の奥が冷たくなる。
心の臓を掴まれたかのような恐怖を感じる。
『ギャキアアアアアアアアア!』
花弁の殻が開き、中からモンスターのように変貌したフラハジメの醜悪な顔が露わになった。
「なんと……醜い顔だ……」
ショーコは戦慄した。もはやフラハジメのかわいらしい面影は欠片もなかった。
『“霊獣アンフィスバエナ”……見事討つことができたならば貴様らの願いを聞き入れよう。さあ、貴様らの価値を証明してみせよ』




