第三十四話 大自然の驚異! エルフの森にゴーレムは実在した!
四肢に巻き付いた蔦に縛りあげられ、宙ぶらりん状態のショーコはただひたすらジタバタするしかできなかった。
「にょんわあああああああ!」
ショーコの悲痛な叫びに応えるかのように、マイが鞘から刀を抜いた。
刃には“反り”がある。ショーコの世界で言う日本刀のような刀剣だ。
刀身はやや長め。その分重量はあるはずなのだがマイは難なく片手で扱っている。
刀が振るわれる――その剣撃は一瞬にして全ての蔦を斬り裂いた。
「いでっ」
解放されたショーコは地面に尻餅。蔦だけが斬られ、身体には傷一つついていない。
マイの腕前は人間離れした業、漫画じみた太刀筋だった。
「……あ、ありがとマイさん」
『わあ、大した腕だね。でもムダだよ。僕達は“大きな命”で繋がってるから何度だって蘇るのサ!』
最後にケタケタと笑い声を残し、フラハジメは地面の中に潜るように姿を消した。
脅威が去ったのを確認し、マイが刀を鞘に納める。
「どうやら簡単に進めるわけではないようだな」
「……なんか大きな命がどうとか言ってたけど、どういう意味?」
「下位精霊に死という概念はありません。器(肉体)が滅んでも意識は大地に還り、また別の器に宿るのです。この森一帯を焼き払いでもしない限り彼らが滅ぶことはないでしょう」
「マジかよ。じゃどんだけブチのめしても無限に出てくるってわけか」
「どうやら我々は歓迎されているとは言い難いらしいな」
「つ、つまりこれから先もまた襲われるってこと……? 話が違うよ! 精霊さんに会いに行くだけのカンタンなお仕事のハズじゃん!」
「風の精霊のシレンってやつですね」
「こりゃ退屈しなさそーだな。行くぞショーコ。茨の道を進むのが人生ってもんだぜ」
ちょっとした遠足みたいなものと思っていたショーコは自分の認識の甘さを悔いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
下位精霊の襲撃を警戒しながら、四人は〈月影の森〉を進む。
先頭をフェイが歩き、二番手にマイ。ショーコはクリスを盾にするようにピッタリ背中にくっついて歩いていた。
「ビビってんなよショーコ。アンタ“転移者”なんだろ。天下無敵のチート野郎が腰引き歩きじゃサマになんねーぜ」
「だ、だってまた触手プレイされるのイヤなんだもん」
お化け屋敷でビクつく子供のような格好だが、実際同じようなものだ。前後左右どこから下位精霊が襲ってくるのかわからない。
ショーコがビクビクしながら周囲を警戒していたその時――
「!」
近くの茂みの中で何かが動く気配がした。
「いたぞおおお! いたぞおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
ショーコは警報を発しながら一目散に逃げ出した。
……が、茂みの中から出てきたのは丸みを帯びた蛇だった。
「安心してください。ただのツチノコですよ」
「なぁ~んだ、ただのツチノコか……ってどえ!? ツチノコォ!?」
とうとうショーコも素でノリツッコミをしちゃうようになってしまったらしい。
「そりゃ森ん中なんだからツチノコの一匹や二匹くらいるだろーよ」
「丸焼きにしてソースに浸すと美味いんだ。ショーコの世界にはいないのか?」
「うっそぉ……私の方が常識外れぇ……?」
三人がさも当然の言うのでショーコは唖然とした。
ショーコの世界では未確認、架空の生物と言われるものでもこの世界では実在しているようだ。
もしかしたらこの世界の生き物がふとした拍子にショーコの世界に迷い込んだものが目撃され、伝承になったのかもしれない。
「ハッハハハ、さっきのショーコの驚きっぷり。口ひん曲げて叫びながら一目散に逃げちゃって」
クリスがカラカラ笑うもんで、ショーコは頬を膨らませた。
「だってモンスターだと思ってビックリしたんだもん。いやツチノコだとしてもビックリするけどさ」
四人の気が緩んだその時だった。
――突如、傍に生えていた樹木に二つの瞳が浮かび上がった。
「……!?」
『グルウウアアアアアアアアアアアアア!』
細長い腕が生え、幹が大きな口のように割れた樹木がショーコに襲いかかってきた。
「わああちゃああああああああ!」
「オラァ!」
――クリスの強烈な右フックが樹木の横っ面に叩き込まれた。
一撃の下、樹木がバサバサと葉を舞い散らせながら地面に倒れ、周囲に振動が響き渡った。
「あ……ありがとクリス……」
『人間のクセにやるじゃない! ちょっと見直しちゃったカナ』
どこからともなく聞こえるケタケタした笑い声。
少し離れた地面に一輪のかわいらしい花が咲いている。喋るお花の下位精霊――フラハジメだ。
「あっ、テメーこのやろっ。そこから動くんじゃねーぞ。根っこからブチ抜いて花びら一枚一枚剥いて占い遊びしてやる」
『こいつはお笑い草だネ! キミ達に出来るカナ? 僕達の仲間はたくさんいるんだヨ』
その言葉を合図にしたかのように、傍に転がっていた大きな石が空中に浮き上がった。
宙に浮く石を中心に、まるで磁石のように周囲の石が引き寄せられ始めた。みるみる内に巨大な石の塊へと成長し、四肢のある人型を形成していく。
完成したのは、岩の身体を持つ下位精霊――岩石人形だ。
「い、石の巨人……」
『サア! やっちゃえゴーレムくん!』
『ウオオオオ~~~ンン……!』
ゴーレムが低い唸り声を上げた。重く巨大な足を上げ、一歩前に踏み出る。
が、足下の草を踏んで滑り――
『ぅぎえ!』
尻餅をつく形でフラハジメを押しつぶした。
『ウオオオ~~~ンン……』
ゴーレムは急いで立ち上がり、再び唸り声を上げた。心なしかちょっと顔が赤くなっているような気がしないでもない。
「へ、へへ~んだっ! デカいからって調子に乗っちゃダメだよ! お前なんかクリスの馬鹿力で粉々にしちゃうぜ! さあクリス先生、やっちゃってください!」
「え、いや無理」
「えっ」
「岩なんか殴ったら骨が折れちゃうだろ。殴られる方も痛いかもしれんが殴る方だって痛いんだぞ」
「そ、そんな熱血暴力教師みたいな……」
『ウオオオ~~~ンン!』
ゴーレムが木々をバキバキとなぎ倒しながら近づき、ショーコとクリスめがけて巨大な岩の拳で岩石パンチを繰り出す。
「お任せください」
――寸前、フェイが間に割って入った。
ゴーレムの拳を受け止める瞬間、腕を引いて威力を殺し、そのまま掴んで後方へ投げる。
『ウオオ……!?』
まるでぬいぐるみを放り投げるかのような軽やかさでゴーレムは地面に叩きつけらた。
その衝撃で岩石の身体はバラバラに崩れ、石の巨人は元の石へと散ってしまった。
「ワォ、やるな。それも武術か?」
「ええ。“アイキドー”という武術です」
フェイはスーツについた埃を払いながら言った。
――しかしまだ終わっていなかった。
今度は四人の眼前の地面が盛り上がり、噴水から水が湧き出るように泥が溢れだした。
吹き出た泥が先程の岩石人形と同じように人型を形作ってゆく……
四人の前に立ち塞がったのは、泥の下位精霊――泥巨人だ。
『マッドォォ! マッドォォォ!』
わかりやすい咆吼と共にマッドゴーレムが襲いかかってきた。
「こ、今度は泥んこ巨人!? もういい加減にして~!」
「これは困りました。これでは掴み所がありません」
フェイの戦い方は徒手空拳をはじめとする格闘術。泥で出来た巨人が相手では物理攻撃が通用しない。
「下がってろ」
マイが腰に携えた刀に手を当てる。
鞘から抜かれた刃は青白く輝いていた。
まるでドライアイスのように白い煙を吹き出し、目に見える程の“冷気”を纏っている。
――一閃。
『マッ――』
マッドゴーレムの巨体が一瞬で凍り付き、巨大な氷塊へと成り果てた。
「泥の下位精霊が氷の彫像に早変わりですね」
「……す、すごい……今のなんなんスか?」
目の前で繰り広げられた光景に目を疑い、ショーコは呆然としていた。
「この鞘は特別製でな。私自身は魔法を扱えないが、鞘の内部に術式が組み込まれていて、収めた刀に魔法を付与できる。刀剣に魔法の力を纏わせて戦う剣術……その名も名付けて“魔刃剣”」
キメ顔をしながらマイは刀を鞘に収めた。
「か、カッコイイなりぃ~……!」
「そうかぁ?」
ショーコは羨望のあまり語尾がヘンになっちゃった。反対にクリスは冷めてる。
「フッ……」
マイは得意げな顔で踵を返し、森の奥への歩みを再開する――
――が、一歩踏み出したところでピタリと足を止めた。
「……」
「れ? どしたんですかマイさん」
「……どっちに進めばいいんだっけ」
「えっ」
いつの間にか、道標にしていた獣道が消えていた。
戦闘の間に“森が動いた”らしい。
周囲の木々に下位精霊の意志が宿り、森そのものがショーコ達を惑わそうとしているのだ。
右を見ても左を見ても、後ろを振り向いても同様の景色。
ここまで歩いてきた道筋も忽然と消えている。
――四人は……完全に遭難してしまった。




