第三十話 エルフの森
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「――……い……生きてる……」
アドリヴァーレ号は湖に不時着した。
墜落の最中、広大な森の中にポッカリと開けた場所があるのを見つけたフェイがその地点めがけ舵を切り、操縦桿を目一杯引いて水面着陸してみせたのだ。
「……なあマイ、この旅に同行したの後悔してんのアタシだけか?」
「安心しろ。私もだ」
フェイが大きく息を吐き、三人に告げる。
「皆さん、当機は無事目的地に到着しました。お疲れ様でした」
「ありがとフェイ。助かっ……って、え? 目的地?」
窓の外に目を向けるショーコ。湖のほとりに集落が見えた。
「私の故郷、〈ポートの里〉です」
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機内に積んであったオールを使い、四人は飛行艇を陸地に着けることに成功した。けっこうパワー労働だったけど、他に方法無いし。
「これがエルフの村……私が思い描くイメージ通りだよ!」
ショーコの目の前には幻想郷が広がっていた。
高い木々に囲まれた穏やかな集落。木や藁で作られた建物が並ぶ和やかな町並み。見上げると木々の中腹にも家らしきものが作られており、吊り橋で行き来できるようになっている。
昔ながらのRPGに出てくるような、森に住む種族の村そのものだ。初めて訪れるハズなのにどこか懐かしい匂いがする。
「ぃよーし! さっそく散策すっぞー!」
「おーっ!」
テンション上がったクリスとショーコがいの一番に駆けだした。
「あ、待ってください」
ショーコ達が里に足を踏み入れようとしたその時――突然、足が動かなくなった。
「……んあ? あれ?」
なぜか足裏がピッタリと地面に固定されてしまったかのように動けない。
「な、なんだ? ンニャロ……!」
「おいおいやめとけやめとけ。無理すると身体を痛めるぞ」
里の入り口に建てられた小屋の窓から男性のエルフが身体を乗り出して話しかけてきた。
「結界を抜けようなんてムダムダ。あんたらまだ入場料払ってないだろ。ちゃんと払ってくれよな」
「ぬっ、にゅっ、入場料!?」
ショーコは耳を疑った。
男性のエルフは色味がかった羊皮紙を取り出して二人に見せた。
「大人は二五〇〇ゼン、子供一五〇〇ゼン。有効期限は一日限りだが当日なら何度村を出入りしてもいいんだ」
「な、なんかセコくさい……」
どうやらお金を払わずに里に入ろうとするとその場で足が固定される結界が張られているらしい。
「入るだけで金とんのか!? 冗談じゃねーぞ!」
遅れてフェイとマイがやって来る。
フェイは男性エルフに親しげに声をかけた。
「お久しぶりです、ティモシー」
「フェイ……? フェイか? 帰ってきたのか! 驚いたな! そんな格好だから一瞬わからなかったぜ!」
男性エルフ――ティモシーはフェイを見るなり驚きと歓喜に満ちた表情になった。
「知り合いか?」
「古くからの友人です。村の入場管理の仕事に就いているんですよ」
「だったら話は早ぇ。なあアンタ、アタシ達はコイツのツレだ。金せしめよーなんてフザけたこと抜かすんじゃねーよ」
クリスは血の気が上がると口が悪くなるのだ。
「悪いな。俺は雇われの身だ。文句は村の経営陣に言ってくれ。だけどフェイは同族割引で一○○○ゼンになるぞ」
「せ、せこい……」
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四人分の入場料を払い入村したものの、クリスはぶつくさ文句を言い続けていた。
「クソッ……腑に落ちねー。なんだって村に入るだけで金取られるんだ」
「十五年前までエルフは森で自分達だけのコミュニティを形成していました。ですが“最初の転移者”様があらゆる種族が共に生きる社会を形成されたことでエルフの暮らしも考え方も変わったのです」
「前も言ってた社会雇用均等法的なやつだね」
「他種族と共存共栄するようになり“お金”という概念が入ってきたのです。基本的に森で自給自足出来るのですが、外の社会と共存するには共通の価値を持つお金が必要になってくるのですよ」
世界と足並みを揃えて生きていくには共通のルールを守らなければならない。
哀しいかなエルフは世界の一員に加わるために今までの自由な生活を捨てて不自由な生活に縛られることとなったのだ。
「この村はあえてエルフの伝統的な暮らしを守っています。それらに魅力を感じる方々を誘致する観光地としてお金を稼いでいるんですよ」
「たしかに綺麗な場所ではあるな」
〈ポートの里〉には飛行艇が停泊している湖とは別に、川も流れている。陽の光が鮮やかなカーテンのように里を照らし、ひなたぼっこをしているような陽気に包まれていた。
住民のエルフ達も美男美女ばかりだ。子供はいるが老人はいない。
人間や獣人も見かけるが、里にはエルフ以外は居住できない決まりがある。つまりエルフでない者は全員観光客ということだ。
人の往来もそれなりにあるが騒がしさはまるでない。ここでは誰もが穏やかな気持ちになるからか、まるで図書館のような物静かな空気が保たれている。
「ンなことより腹ごしらえしよーぜ。ムカって腹減ってきたよ」
クリスは花より団子なのだ。
「そうですね。軽く朝食にしましょうか」
フェイを先頭に四人が向かったのは屋台のような小屋だった。大きな窓口が開けてあり、中で女性のエルフが料理をしている。
女性エルフはフェイを見るなり驚きの声を上げた。
「フェイ! 帰ったの!? よかった……無事に帰ってきてくれたのね」
「お久しぶりですアルル」
この女性のエルフ――アルルもフェイの友人らしい。
「外の世界は大変だったでしょう。無事で安心したわ……あなたが村を出てからずっと気がかりだったのよ」
「少し立ち寄っただけです。またすぐに出ていきますよ」
「あら……そうなの。お仕事大変でしょうけど身体には気をつけてね。それと、私もうすぐ結婚するの。式の時にはまた帰ってきてね。何か食べる?」
「いつものを四人分もらえますか」
観光客用の切り株ベンチに腰掛け、アルルから購入した軽食を取ることにする四人。
大きな葉で包まれたエルフの郷土郷里を見てショーコはちょっと感激していた。
「すごい。めちゃくちゃ異世界っぽいねこれ。ここにきてようやくファンタジー感ある食べ物にありつけるや」
「アルルのエルフ飯は人気なんですよ」
「こんなに綺麗な村で友達もいるのになんでフェイは地元を離れたの?」
「“外の世界”を見てみたかったのです。エルフは生まれてからずっと自分の故郷で一生を過ごします。ですが“最初の転移者”様が世界を変えて、エルフは人間社会の中で生きる道を選択できるようになった……私は、せっかくの人生だから色んなことをやってみたい。行ったことのない場所、見たことのない世界に触れてみたいと思ったのです」
フェイは遠くを見つめながら続ける。
「だから十年前、村を出てルカリウス公国に外交官として就職したのです。辛いこともありましたがとても充実しています。それに、こうしてショーコさん達と旅ができて本当に楽しいんです。私は今、人生で一番生きている手応えを感じているんですよ」
「フッ……」
マイが小さく笑った。
「……も、もぉ~! フェイってばいきなり告んないでよ~! こっちがハズカシイってばー」
ショーコは照れた様子でフェイを小突いた。
「ハイハイおつかれちゃん。ンなことより早いとこメシ食おーぜ」
クリスは花より団子なのだ。
「そうですね」
フェイが葉の包みを開ける。動物の肉の串焼きが四本くるまれていた。
焼き鳥のようにも見えるがショーコはなんとなく不安を感じた。
「……フェイさん? これなんの肉なの?」
「ウサギです」
「んぎゃわー! ぐ、グロい! 残酷だよ! 未成年には刺激が強すぎるよ!」
「ショーコさん豚肉とか食べてたじゃないですか」
「そ、それはそうだけど……」
「けっこうウマいぞコレ」
クリスは遠慮なしに食べてる。躊躇とか一切ない。
「せっかくだから食べてみたらどうだ。何事も挑戦だぞ」
「グ、グムー……挑戦か……」
マイに諭され、ショーコは両目を瞑り思い切ってかぶりついた。
「お、おいしい……! 甘辛いタレが肉に絡んでイケる! ウサギがおいしいなんて知らなかった! 今度からウサギ見てもカワイイよりおいしそうの感情が先に出ちゃうかも!」
「気に入っていただけたようでなによりです」
「ねえね、こっちの包みは何なの? コレもおいしいヤツ?」
エルフ飯を気に入ったショーコがフェイの持つもう一方の包みを開けた。
「カエルの丸焼きです」
「オンギャー!」
「あ、産まれた」
「さすがにコレはムリです! 棄権します! 白旗! タオル投入!」
「おっ、これもうまいぞショーコ。トリ肉とエビをミックスしたみたいな味だぜ。食べてみホレホレ」
「ぎにゅわあああああ! 見せんな! 近づけんなーっ!」
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腹ごしらえを終えた四人は里の奥へと足を進めた。
森の中でも一際大きく太い樹がそびえ立っている。よく見ると樹の肌に窓のようなものがいくつか見られ、根元には扉が取り付けられていた。
フェイが扉に手を当てると魔法陣が浮かび上がり、軋む音と共にゆっくり開いた。
中は樹の幹をくり抜いて作られた住居となっていた。樹木の匂いに満ちていて妙に落ち着く。
奥へ進むと円形のスペースが広がっていた。壁は一面本棚となっており、膨大な量の書物が納められている。
本棚の前で古そうな本を読んでいる男性のエルフがいた。
肩にかかる長さのサラサラとした金髪。エルフの例に漏れず整った顔立ちで、外見年齢は二十代に見える。
男性エルフがこちらに気付いた。
「フェンゼルシア」
フェイはショーコ達に向き直った。
「皆さん、ご紹介します。こちらが里長のレグルス・ポート・カレルレン。五千年前の“世界の始まりの日”から生き続ける“原初に在りし者”の一人です」
「ごせんねん生きたエルフ!?」
ショーコは思わず絵本のタイトルみたいな声を上げた。




