第二十六話 ツワモノどもがユメのアト
第二階層――観光区
「ふわぁぁぁ~~~~~む……」
アクビ一番。ショーコは顔面の八割が口の割合になるほど大口のアクビをかました。
新世組との抗争が終結した後、ソドじいこと国王の計らいによってショーコ達は王都第二階層にある高級宿泊施設で休むこととなったのだった。
多分お金持ちとか国賓クラスしか利用できなさそうな立派な部屋に泊まれるとなって、正直ショーコは最初キンチョーしていた。が、寝たらそんなの忘れた。
「おはようございます、ショーコさん」
先に起床していたフェイがワイシャツ姿で洗面所から顔を出す。
「おはおう……ずいぶん寝てた気がするけど三時間くらいしか寝てないや」
ショーコはムニャムニャしながら時計を見る。
戦いが終わったのが今朝の明け方……現在時刻は九時を示している。
ちなみに、これも“最初の転移者”が基準を持ち込んだのだろうか、時計も時刻の見方もショーコの元居た世界と同じものである。
「いえ、ここに来たのは昨日の朝です。ショーコさんは丸一日以上寝てたことになります」
ショーコは眠気が吹っ飛んだ。
「ほぇぁ!? 今日ってもう明日なの!? え!? 私が寝たのって今日じゃなくて昨日!? 今日は昨日夢見た明日の今日!?」
「なに言ってるか理解できません」
ショーコはよほど疲れていたのか丸一日眠り、翌日の朝――つまり今――になってようやくベッドから出てきたのだった。
「一日中寝て過ごしちゃったなんて……人生の無駄使いだ……貴重な十代の青春が……オヨヨ……」
ショーコは休日でも朝九時には起きていたい派で、お昼に目が覚めようものなら時間を浪費してしまったと落ち込むタイプの人間なのだ。
「いいじゃないですか。身体が休養を必要として眠っていたのですから。それに人生に無駄な時間など一秒もないんですよ」
「おお……格言めいたこと言うね。さすが百歳オーバーだ」
「さ、朝食を食べたら着替えて準備してください。クリスさんから呼び出しの【魔法便】が来ています」
「まほうびん? 水筒のこと? それともポット?」
フェイがくるりと指を回す。宙に透き通った便箋のようなものが浮かび上がった。
「わ、すごい」
「魔法便は離れていても瞬時に文章のやりとりができる魔法術式です。ローグリンド王国の領土内なら即座に連絡が取り合えるんです」
ショーコの世界でいう電子メールのようなものなのだろう。魔法とは便利なものだ。ずるい。
「我がルカリウス公国をはじめ、多くの国々ではいまだ手書きの文面を郵便配達員や伝書鳩が運ぶのが主流ですが、ローグリンドのような魔法文明先進国では普及しつつある連絡方法です」
「ほえ~便利な。でも前にフェイは魔法使えないって言ってなかった?」
「ローグリンド王国では領土全体を覆うほどの強大な術式を組んでいて、国内なら“魔法使い”でない人でも魔法便を利用できるのです。こういった誰もが使える、国がサービスとして提供しているものを【公共魔法】と呼びます」
「は~、よくわからんが無料Wi-Fiみたいなモンか」
魔法は“魔法使い”にしか使えない。
しかしローグリンドのような大国では誰もが使える公共魔法がインフラの一つとして重宝されている。魔法便もその一つだ。
広い領土全体をカバーするほどの強く広大な魔法術式を組むのは生半可なものではない。強力な魔法使いが一人や二人でなく、数十人は必要だ。
それだけ貴重な人材を雇い、公共魔法の術式を維持し続けられるのは大国ならでは。
「つまり国がスゴ腕の魔法使いを雇って国全体に魔法をかけてて、だれもがその恩恵を受けてるって感じですね」
「国家お抱えの魔法使いとなればお給料もすごいんだろうな」
「クリスさんからの魔法便の内容は、第二階層の喫茶店で落ち合おうとのことです。獣人街は当分近づけそうにありませんからね」
「どうして?」
「国中が新世組の話題で持ちきりで、現場となった獣人街にも人が大勢詰め寄せているんですよ。見てみますか?」
フェイが両手を上げ、儀式めいた動きで空を切ると眼前にモニターのようなものが浮かび上がった。
そこには獣人街の様子が映し出されている。リポーターのような人物が獣人街の現状を説明していて、さながらショーコの世界のテレビニュースそのものだった。
「わ……すごい。これも公共魔法ってやつ?」
「はい。離れた場所の様子や情報などを見聞きできる【魔法送】というものです。魔法で情報を送る、ということからそう呼ばれています」
「まーたダジャレみたいな」
「魔法送には王城が配信している公共のものと、民間の魔法使いが個人で配信しているものがあります。ローグリンドの領土内ならどこでも誰でも術式の印を結ぶだけで映像を見れるんですよ」
ショーコは自分の世界で例えるならテレビというよりネットの動画配信に近いのだろうと把握した。
「私がいた世界には魔法が無い代わりに科学で文明を発展させてたけど、この世界は魔法で科学じみたことしてるんだなあ」
「ローグリンドのような大国はそうですが、魔法ではなく科学技術で栄える〈ベルマー帝国〉という国家もありますよ。最近、“ジョーキ機関”なる新たな技術で大きく技術進歩をしているそうです」
「おお! スチームパンク! ロマンあるよね! っていうかほんと色んな異世界要素ごちゃ混ぜだねこの世界」
「魔法を扱える人材は稀少ですがジョーキ機関は魔法が使えなくても大きな力が得られるということで近年注目されているんです。〈ベルマー帝国〉の掲げる標語は『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』というもので、魔法使いに依存せずに暮らしを豊かにすることを目指しているのです」
「スチームパンクの国かあ……行ってみたい気もするけど“帝国”って呼ばれてるんだったら絶対ワルモノ国家だろうから関わらないほうがいいよね」
ショーコの異世界モノに対する偏見はいまだ健在だった。
フェイは魔法送で映し出される映像を示して言う。
「見てください。獣人街に新聞記者や魔法送の配信者達が押し寄せてます。我々が行けばもみくちゃにされてしまうでしょう。クリスさんが喫茶店で落ち合うように持ちかけてきたのはそのためです」
「わかった。急いで準備するよ。朝ご飯食べたらね」
ショーコは用意されていたルームサービスの朝食メニュー表を眺めた。高級ホテルだけあって品ぞろえ充実。
「おお……トーストにアイス乗ってるやつがある。でっかいパンケーキにハチミツぶっかけたやつもあるじゃあないか。朝からフワフワの甘いスイーツが食べれるなんてたまりませんなぁ~ぐふふふ」
「悪い顔だなあ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
第二階層――観光区のとある喫茶店
「お~い、こっちだこっち」
屋外のテラス席に腰かけたクリスが手を振る。
呼び出されたショーコとフェイはテーブルを挟んでクリスの向かいのイスに腰かけた。
「ごめんごめん、お待たせ……って」
ショーコは目を疑った。テーブルの上にはケーキバイキングでも開催されているのかと言わんばかりの各種様々なケーキが並んでいたからだ。
「これ……クリスが注文したの?」
「まあな。一仕事終えた自分へのご褒美ってやつさ。アンタらも食うか? いいよ追加でオーダーしても」
「ぐっ……! 悔しいけど我慢しますッ……!」
ショーコはしっかり朝ご飯食べてきたことを悔いた。
「クリスさん、ベラさん達獣人街の皆さんの様子はご存じですか?」
フェイの質問にクリスは半笑いを浮かべながら答える。
「さあね。戦いが終わってから一度しか話してねーよ。王都中から野次馬が押し寄せててベラ達も忙しいからな」
新世組が壊滅したという報はあっという間にローグリンド中に広まっていた。
王都の住民達にとって全貌の見えないテロ集団である新世組はかなりの恐怖だったらしく、その新世組をやっつけた獣人達は英雄扱いされているようだ。
「獣人連中もあんな騒動の後だってのに野次馬相手に商売してるみてーだわ。稼ぎ時とはいえ、たくましいというかなんというか」
クリスは呆れ気味に小さく笑った。
「新世組は獣人街を潰そうとしたけど、逆に活気づけちゃったわけだ。皮肉なモンだね」
「それと、昨日国王のソドルファスが王都民に向かって謝罪したぞ。魔法送で。あのじーさんも人の上に立つ者として“スジ”って奴を通したわけだ」
ショーコは改めてソドじいが国王であることを思い知った。同時に、苦笑いが浮かぶ。
「あのミョーなじーさんがこの大国の王様なんていまだに信じられないよ」
「ソドルファス王と知り合いなんてさすがショーコさんです」
「ま、新世組は潰れて獣人街は大繁盛、王様はちゃんと頭下げて、万事オッケー解決落着ってわけだ」
「そうだね。いや~よかったよかった。一時はどうなるかと思ったけどハッピーエンドだね」
「ということでアタシも約束通り会わせてやるよ」
「会わせる? 誰に?」
「なんだ? 忘れたのか? “マイ”だよ」
「あっ!」
ショーコは思わず声を上げた。
正直すっかり忘れていた。そーいえば“最初の転移者”の仲間である“マイ”に会わせてもらう約束で新世組退治に加わったのだった。
「ショーコさん、忘れていたんですか? やれやれですね」
「うっ……オハズカシイ……ってフェイもここ来た当初目的忘れて食べ歩きしてたじゃん!」
「でへへ」
「そ、それでクリス! そのマイさんに会わせてくれるんだね! いつ会えるの!? どこで!? ど、どこにいるの!?」
「アンタの後ろ」
……
「は」
ショーコは静かに、そしてゆっくりと後ろを振り向いた。
隣の席で、黒髪の女性がこちらに背を向ける形でティーカップを口元で傾けている。
外ハネ気味の長い黒髪はうなじの辺りで束ねられており、その先は腰まで伸びていた。
……まさか、この女性が……
「……」
黒髪の女性はカップを置き、ゆっくりと立ち上がった。
彼女が“マイ”だ。




