第二十五話 胸焼け
――気が付けば夜が明け始めていた。
新世組の構成員達は獣人街の住民達に制圧された。
拘束された者、敵わないと見て降参した者、逃げ出した者もいる。とにかく、獣人と新世組の抗争はなんとか終結したようだ。
クリスが瀕死の状態のロウサンを引きずって戻ってきた。
獣人達が囲む中、ボロボロの指導者を路上の真ん中に放り投げる。
「さて、どうやってコイツらをいたぶる? 名案がある奴は言ってくれ」
「鼻を削げ!」
「吊し上げろ!」
「舌を切り落とそう!」
「鼻を削いで吊し上げて舌を切り落としましょう。でもってシッペとデコピンもオマケで」
獣人達が口々に私刑法を挙げる。フェイまでも。
そんな物騒な雰囲気に逆らうようにショーコが慌てて制止した。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 皆落ちついて。勝手に罰を下す権利なんて私達にはないんだから」
「おいおいショーコ、こいつらの肩を持つ気か? こんな最低なクズどもは何されたって文句はいえないんだぜ」
「そうだそうだ!」
「こんな連中死刑に決まってる!」
「処そう! 処そう!」
獣人達は興奮気味だ。
このままでは収拾がつかないどころか一線を越えかねない。
ショーコはどう言えばいいのか見当もつかなかったが、自分が思うことをできる限り伝えようと決意した。
「……みんな聞いて。フェイが悪役令嬢と戦う時言ってたんだ。どんな理由があっても人を傷付けていいことにはならないって。自分の身を守るためとか誰かを守るために戦うのはいいとしても、これ以上はただの暴力になっちゃうよ。そんなのこの人達とやってること変わらないよ」
「!」
「っ……」
「……」
獣人達が口を閉じる。
「私の世界にはヒーローがいっぱいいた。漫画や映画の中の話だけど、こっちでいう“最初の転移者”みたいに皆に慕われるヒーローみたいなもんだよ。私が大好きなヒーローは、たとえ悪人でも絶対に命までは奪わない。私はそれを見て育ったから、自分もそうありたいって思う」
ショーコの声質によるものか、口調によるものなのか、不思議と獣人達の興奮状態が次第に落ちついてきていた。
「私達も“正しく”あろうよ。相手が卑怯なことをしたからってこっちもルールを破ったりしないでさ……自分は間違ってないって堂々と胸を張っていたいじゃん。その方がカッコイイもんね」
「……」
「……」
「……」
いつの間にか獣人達の怒りはすっかり冷めてしまっていた。
ショーコが“転移者”だから言うことを聞いてくれたのか、彼女の単純な思いが伝わったからなのかは定かではない。
口を真一文字に結んで視線を下げたり、お互いに顔を見合わせている。
「……わかった。わーったよ。ったく慈悲深い“転移者”サマだこった」
クリスが降参したように両手を挙げた。
「皆もすっかりテンション下がっちまったし、こんなんじゃやる気も起きねーからな。だけどショーコ、その甘さもほどほどにしとけよ。そのうち胸焼けしちまうぜ」
「……でへへ」
ショーコは照れくさそうに頭を掻いた。
「ショーコさん、すっかり説教キャラが板についてますね」
「えっ!? ウソ!? 私説教クサイ!? うわそれめっちゃイヤ!」
――昇り始めた陽の光が獣人街に差し込まれた頃、どこからか軍靴の音が聞こえてきた。
「憲兵団のお出ましですね」
フェイが安堵の笑みを浮かべる。
軽装の鎧を纏い、槍を持った憲兵団が獣人街に到着した。その数は百はくだらないだろう。
それにしても、騒動が終わってから警察が駆けつける様子は漫画やアニメでよくある展開なのだが、実際自分が体験すると「もっと早く来てくれよ」と思わざるを得ないものだ。
とにかく、これで万事解決だ。こちらの被害は最小限。ちょっとやそっと遅れたくらい大目に見てやろう……ショーコがそう思った時だった。
「全員動くな! 市民への暴行、傷害の容疑で逮捕する!」
憲兵団が槍を向けたのは、新世組ではなくショーコ達だった。
「は!?」
彼女達だけではない。ベラやルイス、獣人達にも槍が向けられた。
「おいおいおい! ちょっと待てよ! 悪いのはこっちじゃなくてそいつらだろ!」
路上に拘束されている新世組を指さしながらクリスが訴える。
それに答えるように、憲兵達の間をかき分けて四角い顔の男が姿を見せた。
――ローグリンド王国宰相のルシウスだ。
「貴様らには何の罪も犯していない市民に対し殴る蹴るの暴行を加えた容疑が掛けられている。抵抗するだけ不利になるぞ」
「何言ってんだ! こいつらは店に火ぃー着けようとしたんだぞ! どー考えても正当防衛だろーが!」
「実際に放火したわけではないだろう。ただ仮面を被ってフードを羽織って、松明を持っていただけだ。貴様らが一方的に暴力を振るったにすぎん」
「んなっ!?」
あまりの言い分にクリスは言葉を失った。
代わってショーコが反論する。
「だ、だってこの人達は今までリンチとか放火とかいくつもヒドイ事件を起こしてきた張本人だよ! 私達は自分の身を守っただけだよ!」
「過去の事件の犯人は仮面を被っていた。今ここにいる彼らが同一人物だと証明することはできん。たまたま同じ格好をしていただけの他人ということもあり得る」
「そ、そんな無茶苦茶な……」
そこでクリスは気付いた。ロウサンが言っていた身内――王城内に潜む新世組の仲間とはこのルシウスのことだと。
「こンのクソ野郎っ!」
我慢できずクリスが殴りかかろうとする。
それをフェイが身を挺して制した。
「クリスさん! 落ち着いてください! ここで手を出せば相手の思う壺です。現行犯で言い訳できなくなりますよ」
「フン、小汚い賞金稼ぎが英雄気取りおって……貴様らが必死こいて守ったのは異常者だ。そんな連中のためにムキになるとは……ある意味うらやましいな」
「っ……!」
「この国では私が法なのだ。私が居る限り、この国で異種族愛者どもがのさばることはない。新世組こそ世界の秩序を守る勇士の集まりなのだ! 私は誇らしく思うぞ。新世組の一員としてこの国を浄化できることをな!」
「ほぉ~……全部自供してくれるとは手間が省けたわ」
突然、憲兵の一人が口を開いた。
「!」
ルシウスが驚いた様子で振り向く。
憲兵が兜をゆっくり脱ぐと、その下からツルツル頭の老人が顔を見せた。
ショーコはその顔に見覚えがあった。
「ソドじいさん!」
「こっ! こっ! こここっ……国王陛下!?」
ルシウスは目を疑った。
憲兵の中にローグリンド王国の国王――ソドルファス・ドラクロワ・ローグリンド十三世が紛れ込んでいたのだ。
瞬間、周囲の憲兵団が一斉に跪いた。
数秒遅れてルシウスも慌てて膝を着く。
「ソドじいが……国王? ウソ……なにその遠山の金さん的展開……」
ショーコは皆がビックリしていることにビックリしていた。
「ショーコさん、あの方こそ、この〈ローグリンド王国〉を統治されているお方です」
フェイに教えられてショーコは改めて驚いた。
図書館で出会ったミョーなじーさんが王様だとは思いもしなかった。いや、ある意味ベタすぎてすっかり気付かなかった。
「へ、陛下……なにゆえこのような所に……」
ルシウスが膝を着いたまま恐る恐る尋ねる。
「考えたなルシウス。城下には野蛮な連中が出没するから城を出ないようにと忠告し、城内での公務に専念させていたのはわしの目を遠ざけるためだったようじゃな。ていよくわしを城に軟禁していたわけじゃ」
「い、いえ……これには深~~~いワケが……」
「言いワケなど聞きとうなァーーーい!」
「ヒィーッ!」
ソドじいの一喝でルシウスは後方へスッ転んだ。
「わしの身を案じてくれてのことと思って素直に従った。じゃがわしはちょっとしたイタズラ心でこっそり抜けだした。そこでショーコと出会い、この国の真実を知った。昨晩のディナーの後、わしは貴様が一枚噛んでいるのではと感づき、夜通し貴様の動きを探っていた。明け方に出て行こうとしたから憲兵に紛れて潜伏したら……予感的中というわけじゃ」
「そ、それにはちょっとした誤解が……」
「言いワケなど聞きとうなァーーーい!」
「アヒィーーーッ!」
ゴロゴロと後方へ転げ回るルシウス。
「ソドルファス・ドラクロワ・ローグリンド十三世が命ずる! ルシウスおよび新世組の構成員達は懲役刑に処す。並びに貴様等が危害を加えた人々に奉仕活動を行うこと。憲兵! 連行しろ!」
憲兵団は国王の命令を受けて敬礼し、速やかに行動に移る。
虫の息のロウサンも、ベソベソに泣いているルシウスも、気を失っている幹部三人も含めた全員が連行されてゆく。
「ウヒィー! 陛下どうかお許しを~! もう昇給要請なんてしませんから~!」
連れて行かれるルシウスの泣き言が獣人街に残響した。
新世組が連行されるのを見届けた後、ソドじいは獣人達に向き直る。
そして、深々と頭を下げた。
「申し訳無かった。わしは守るべき民の苦しみに気づかず、悪をのさばらせてしまった。国王としてあまりにもふがいない」
獣人達はたじろいだ。
国を治める最高権力者が自らの非を認めて頭を下げる様子にどう応じればいいのかわからなかった。
「連中の被害にあった者全員に改めて直接謝罪するつもりじゃ。既に国外に追いやられてしまった者にも。もはや遅すぎるとは思うが……どうかわしの謝罪を受け入れ、許してほしい」
「……」
「……」
「……」
言葉に詰まる獣人達。
代わってクリスが口を開いた。
「まったくだよ。こりゃあそれなりに謝礼をはずんでもらわなきゃ割に合わねーな。というわけでたんまり報酬を――」
「頭を上げてください国王様」
ベラによってクリスの言葉は遮られた。
「私達は特別なことをしたわけじゃありません。自分達の権利を守っただけです」
「権利……? 君の言う権利とは一体なんだね?」
ベラはルイスの手を取って答えた。
「誰かを愛する権利です」
「ウゲーッ! 甘ったるすぎて胸焼けすらあ」
クリスはベーっと舌を出した。




