第二十三話 ここにいるよ
新世組指導者、ロウサンは狼藉していた。
「ま、まさか……同志ガルガディンと同志デモボルトが……!」
新世組で最強の使い手である二人が揃ってやられるなど想定外。まさか彼らを打ち倒すほどの者がこの王都に居たとは……
たかだか小さなパン屋を潰すだけの簡単な一件のハズが、こんな事態になるなど予想だにしていなかった。
「ど、同志デクスター!」
残る幹部はデクスターだけ。ロウサンがデクスターへと目を向ける。
……しかし。
「女の子同士の尊い空間に男が割って入るなんてっ! この大罪人が! これでもか! これでもかっ!」
「ぐぴぃ~~~! や、やめてくれ! もう殴るな! 歯が折れてるっ! これ以上殴るなぁ~!」
幹部デクスターはルイスにボコボコにされていた。
のし棒で滅多打ちにされるデクスターは必死に命乞いをする。
「か、勘弁してくれ! 俺は別に獣人が嫌いで新世組に入ったんじゃない! 任務をこなせば報酬がもらえるからやってたんだ! 異種族愛者をイジメれば金を払うって言うから参加しただけなんだ!」
「なおさら悪いだろ!」
ルイスがのし棒を振りかぶる。
「ひぃーっ! や、やめてくれ! もう足を洗う! 新世組なんか辞めるから見逃してくれ! この通りだ!」
額を何度も地面に打ち付け、ボロボロ涙をこぼしながら慈悲を乞うデクスター。恥も外聞も無い様に憐れみすら感じられる。
さすがのルイスも一瞬手が止まった。しかし――
「フザけんなっ!」
「おごべっ!」
横からクリスが割って入り、デクスターを殴り飛ばした。二転三転と路上を転がってゆく。
ガルガディンを倒したような全力の一撃ではないにしろ、クリスのパンチは大の男を吹っ飛ばすほどの威力だった。
「騙されるなよルイス。こいつらは今まで何人も集団リンチしてきたようなサイテーな連中だ。情けをかける必要なんかねーぞ」
「あ、ああ……さすがは本職の賞金稼ぎ。容赦ないな」
ルイスはクリスの非情さに若干引いていた。
「ぐぐ……うぐぐ……クソォ~……」
満身創痍のデクスターは地べたを這って逃げようとしていた。
――その時、彼の視界にとある物が映った。
先程クリスがガルガディンとの戦闘中に落とした銃――ヴァンピードだ。
「っ……! う、ううッ動くなァ! てめぇら一歩も動くんじゃねェー!」
デクスターは銃を拾い上げ、クリスとルイスに向けた。
「あっ! てめ! そりゃアタシの!」
「くそッ……コケにしやがって……お、俺はただ金が欲しくて仕事をしてただけなんだッ! それなのにこんなヒデェ面にしてくれやがって……お、俺の美しい顔面をよくも……鼻も折れてる! 奥歯もだッ! てめぇらクソッ! ふざけやがってッ!」
デクスターはヤケになっていた。
銃の使用方法はクリスとガルガディンの戦う様子を見ていてなんとなくわかっていた。引き金を引くだけでいい。それだけで人の胸に穴を空けられる。
ボロボロで満身創痍のデクスターでも、いともたやすく人の命を奪える物なのだ。
「てめー、んなことしてどーなるかわかってんのか。もう言い逃れはできねーぞ……覚悟できてんだろーな!」
クリスが警告するも、デクスターは引き下がらなかった。いや、引き下がれなかった。
震えながら引き金に指を当てている。いつ発砲してもおかしくない状態だ。
「お、俺を見逃せ! 俺はこのままトンズラする……追ってくるんじゃねーッ! こいつをぶっ放すぞッ! 使い方はわかってんだ! クソッ! よくもテメェらッ……俺につきまとうんじゃあねェーッ!」
「逃げるつもり?」
口を開いたのはベラだった。
デクスターは咄嗟に銃口を猫耳獣人に向け直す。
「こんなことしておいて今更逃げ出すって言うの? 自分が危うくなったら全部ほっぽり出して逃げるなんて、本当にそれでいいの?」
ベラは落ち着いた様子でデクスターをなだめつつ、彼へと歩み寄る。
ショーコが心配そうに見つめる。
「べ、ベラさん! 危ないよ!」
「来るなッ! 近づくんじゃあねえ! 本当にパなすぞッ! わかってんのかコラァーッ!」
「ここで逃げたら、この先一生逃げ続けることになるのよ。この先ずっと背後を気にしながら生きていくなんて、とんでもなく辛いわよ」
一歩、また一歩と足を進める。
「自分の罪とちゃんと向き合って償いをするべきよ。あなた達は今までたくさんの人を傷つけて、ここから追い出してきた。その罪を悔い改め、償わなきゃいけない。だからあなた達は逃げちゃダメなのよ」
「う……ううッ……」
「私は逃げたりしない。私達は“ここ”にいる。“ここ”にこうして生きているの。私達を否定する連中から決して逃げたりしないわ」
「……ううう……うああああああああああああ!」
――獣人街に銃声が響いた。
わざとではない。あくまで脅しのつもりだった。
だが極度の興奮状態にあり、追い詰められたデクスターはパニック状態になり、つい引き金を引いてしまった。
放たれた弾丸はベラに向けて一直線に飛んでいった。
しかし――
「―― ……ぐふっ……!」
ルイスが自らの身体を盾にしてベラを守った。
「ルイス!」
撃たれた胸を押さえながら、崩れ落ちるルイス。
「ああ! ルイス! そんなっ!」
ベラが愛する者を抱き起こす。
ルイスは吐血しており、頬を一筋の血が伝っていた。
「……!」
「ルイス!」
ショーコは衝撃のあまり言葉を失う。
友人が目の前で、それも自分の武器で撃たれたことにクリスも動揺する。
「ち、ちがう……こ、こんなっ……本当にやるつもりなんか……お、俺は別に……そんなつもりじゃあなかったんだッ……!」
青ざめた表情で自身の行動を否定するデクスター。震える手から銃が取り落とされる。
「…………ケガは……ないか? ……ベラ……」
ルイスは自身の容態よりもベラの身を案じていた。
彼はヒーローだ。クリスのような怪力もなければ、フェイのような格闘術もない、パンを焼くこと以外にこれといった特技もないただの人間だが、彼は自身の身を省みずに他者を助けた。
それは紛れもない英雄の行動だ。
「こんな……どうしてこんなバカなことを……」
答えは明白だった。
「愛しているから……君を……生きていてほしいから……君に……」
「ルイス……」
聞くまでもないわかりきった答えに、ベラは大粒の涙を流した。
次第にルイスの瞳から生気が薄れていく。
「ルイス! ルイスッ!」
沈みゆく命を手離すまいと必死に呼びかけるベラ。
だが、手の平からこぼれ落ちる水が如く、ルイスの命を繋ぎ止めるのは容易ではなかった。
「しあ……わ……せ……に……ベラ」
掠れる声でルイスは愛する女性に別れの言葉を送った。
「ルイス!!!」
ベラは愛する男性の名を叫んだ。
……だが、返事は返ってこなかっ――
「――あれ?」
「えっ?」
えっ。
「ゲホッ、ゲホッ」
ムクリ、とルイスが身体を起こした。
予想外の展開にベラもクリスもデクスターも、ルイス本人もポカンとしていた。
「あてて……痛いけど……平気だ。生きてる」
「えっ……る、ルイス……アナタ……平気なの……?」
「いや……僕も何がなんだが……」
胸に手を当てて出血の様子を確認するも、一滴たりと血は出ていない。
だが胸ポケットの中に異物があることに気付き、ルイスが手を入れる。
――取り出されたのは、ヒビの入った懐中時計だった。
デクスターが放った弾丸が、その表面でせき止められている。
「これって……」
フェイが結婚祝いにプレゼントしたものだ。
ルイスは受け取ってそのまま胸の内ポケットにしまっておいたのをすっかり忘れていたのだ。
「……は……はは……まさかこんな偶然ってあるもんなんだね。さすがに痛かったけど、この通り無事でした。はは……な、なんかごめんね」
ちょっと気恥ずかしい様子で苦々しく笑い出すルイス。
「バカッ!!!」
ベラの怒鳴り声が夜の街に響く。
「今のは完全に身代わりになって死ぬパターンでしょっ! 愛する二人がお互いの気持ちを再認識しながらも永遠の別れに涙するお約束! 完全に死んじゃったと思ったじゃない! それなのによくもまあいけしゃあしゃあと! 悲しませるだけ悲しませておいて! アナタが死んだと思って私がどんな気持ちだったかわかる!? こっちの身にもなりなさいっ!」
「あ、あはは……すんましぇん」
「なにわろてんねん!!!」
笑ってごまかすルイスをベラがさらに怒鳴りつける。
「ヒィッ! ご、ごめんなさい……!」
散々罵倒した後、ベラは泣きながらルイスに抱きついた。
「……よかった……よかったぁ……本当に…………」
「……ごめん、ベラ」
涙を流しながら頬を擦りつけるベラを、ルイスはゆっくりと抱き締め返した。
「うおオオォォォん! 生きててよかったよぉ~~~! オロロ~~~ン! ごめんなァ~~~! こんなことするつもりじゃなかったんだよォ~~~! でも本当に生きててよかっだあぁ~~~!」
引き金を引いた本人のデクスターも涙と鼻水をドバドバ流していた。
今まで何人もイジメてきたけど、命まで奪ったことはなかった。とうとう人を殺しちゃったと激しく後悔したが、なんとか人殺しにならなくてすんで心から安堵した。
感激のあまりルイスとベラに抱きつこうとするデクスター。
「しゃオラァッ!」
そんなデクスターにクリスが強烈なアッパーカットをブチかます。
吹っ飛ばされ、デクスターは路肩に積んであった木箱の山に突っ込んで意識を失った。
ショーコは安堵して大きく息を吐いた後、ルイスとベラに視線を移す。
誰になんと言われようと、邪魔されようと、想い合う二人を見て小さく笑った。
「……神様はちゃんと祝福してくれてたってことかね」




