第二十一話 刹那の見切り
「お、おのれ……! 獣人どもが群れるとは……」
「し、指導者様! 数が多すぎます! 我々よりもはるかに……」
「ええい口を開くな! 新世組の掟その二、幹部に満たない者は喋ってはならないのを忘れたか!」
下っ端構成員を怒鳴りつける指導者ロウサン。余裕の無さのあらわれだ。
獣人達に石やガラス瓶を投げつけられ、新世組は防戦一方。頭にキツイのを食らってノビちゃう構成員もチラホラ。
新世組の面々は今まで集団で少数に暴力を振るうことしかしてこなかった。丸腰の相手に刃を突きつけるようなマネしかやったことがない。やり返してこない相手を一方的に攻撃することしかできないのだ。
つまり、反撃されるということに慣れていない。相手が立ち向かって来た時にどう対応していいのかわからないのだ。
「ハハハハッ! こりゃ絶景だ! イジメッ子が逆にやられてらあ。ダセーったらねーぜ」
無様な醜態を晒す新世組を見て、笑い声をクリス。
「余所見はやめてもらおうかっ!」
ガルガディンが刀を振るう。
クリスは首の皮一枚でなんとか避けた。
「おっと! ハズレ~。アンタもあっちの雑魚どもとおんなじで、弱い者イジメしかできないタチなんだろ? そんなヤツがこのクリスちゃんに勝てるわけねーだろヘタクソ」
「小生をあんな小者どもと並列に考えるな。これまで幾多の武人と戦い、首を落として来た。貴様も……その内の一つとなる」
ガルガディンが刀を構え、切っ先をクリスに向ける。
「ま、そりゃそーか。賞金首だもんな。それにしてもけっこうヴァンピードの弾丸を食らってるハズなのにタフだねおたく」
「ふん、これくらいの痛み、造作も無しっ!」
ガルガディンの体力は一向に衰える気配がない。並の人間ならば一発で戦闘不能にさせられる威力なのだが、相手は常人離れした怪人だ。あと何発撃ち込めばいいのか見当もつかない。
「だったらもっとブっ込んでやるぜ」
――クリスの両手に握られた二丁拳銃が火を吹く。交互に連続して打ち出される弾丸がガルガディンめがけ凄まじい勢いと速度で迫る。
刀を振るって弾丸を切り払うも、全ては不可能。弾き損ねた弾丸がガルガディンの肉体に抉り込む。
血が噴き出し、意識を刈り取る程の激痛が彼に襲いかかった。
「ぐぬううぅぅぅ!」
それでもガルガディンは倒れない。歯を食いしばり、痛みを身体の奥底に押し返す。
「ぬおおおぉぉぉお!」
鬼の形相でクリスを睨み、刀を構えて襲いかかる。
「このヤロー、マジでバケモンか!」
何発ブチ込んでもガルガディンは倒れない。それどころか痛みと怒りを原動力にしてさらに勢いを増して襲ってくる。
「おるぁっ!」
刀一閃。クリスの髪の先がわずかに切り離された。
「っぶねっ……!」
「ふんんっ!」
さらにもう一閃。
刃がわずかにクリスの頬に触れた。
血が滴る様子を見て、ガルガディンは口角を上げた。
「慣れてきたぞ。貴様の動き……」
「くっ……!」
「つえあぁっ!」
咆吼と共に刃を振るう。
クリスはなんとかヴァンピードの頑丈な銃身で受け止めた。
……が、凄まじい剣圧を受けて弾かれ、銃を手放してしまった。
「ゲッ!」
手を離れた拳銃が勢いよく彼方へ飛んでゆく。
クリスの手元に残る銃は一丁……
「その小道具にもいい加減うんざりしてきた。予告しよう。あと三撃……三撃でそいつをブッた斬ってやる! 真っ二つになっ!」
「……無理な約束はしないほうがいいぜ。こいつはドワーフが鍛えたんだ。傷一つ付けることだって――」
右手に握った銃に目を向けたクリスの口が止まった。
絶対的な硬度を誇るはずのヴァンピードに大きな傷がついていた。
いかにドワーフが鍛えた武器であろうと、ガルガディンの何重もの剣撃は確かにその身を蝕んでいたのだ。
「……マジかよ」
「蛮人のどわあふどもが作ったおもちゃなど、小生の刃の前には紙っ! 同然なのだっ!」
「蛮人? 随分な言いようだな。さっきアンタらの指導者サマは新世組は種族差別なんかしないって言ってたが」
「組織はそうかもしれんが……小生の考えは違う。獣人もどわあふも、人間以外の種族は全て等しく畜生だ」
「あン……?」
「小生が新世組に入った理由は獣人どもを撫で斬りにできるからだ。それ以外に理由などぉ〜……ないっ!」
どうやらガルガディンは擁護のしようもない最低な人間のようだ。
「……なるほど。テメーは最低のゲスカス野郎ってわけだ。世のため人のためにも、そのクソッタレ脳みそは一度ブッ飛ばさなきゃならねーな」
「やぁれるものならやぁってみろぉ!」
ガルガディンが刀を構える。
一気に踏み込み、距離を詰めてきた。
「ひとぉつ!」
凄まじい一撃。
咄嗟に銃身で防御したが、腕ごと吹き飛びそうな威力だった。
「がっ……!」
間髪入れず、ガルガディンが再度刀を走らせる。
「ふたつッ!」
刃が銃と激突する。火花が散り、衝撃が周囲の空気を揺らす。
「んのっ……馬鹿力がっ……!」
クリスが距離を取ろうとするが、体勢が崩されていて不可能。
その隙を見逃してやるほどガルガディンは甘くはない。
力強く柄を握りしめ、三度刀を大きく振りかぶる。
「みっつ!」
――予告通りだった。
クリスの自慢の武器、ヴァンピードは真っ二つに切断された。
「っ……!」
もはやクリスに剣撃を防ぐ手段は無い。
「とったッ!」
返す刀ですぐさま剣撃を繰り出すガルガディン。
渾身の力を込めた、トドメの一撃。
無防備に晒された胸めがけ凶刃が迫る。
――その時だった。
「!」
クリスの袖口から小型の銃が飛び出し、彼女の手に収まった。
そして、引き金が引かれる。
だが――
「ぬぇぁっ!」
――寸でのところでガルガディンは身体を捻り、隠し小型銃の弾丸を避けてみせた。
「――ッ……!」
クリスの顔が曇る。
ガルガディンがニヤリと笑う。
「……ふふ……ふはははは……ふははははははは! 大したヤツだ。切り札を隠していたとはな。防御の手立てがないと思わせ、油断させたところを狙ったようだが……ふははははははは! 本当に大したヤツだ。奥の手は最後まで取っておくもの。油断していたぞ」
「……」
「しかし不発に終わったな。見るに、その小道具の小ささではさほどの威力はなかろう。不意打ちにこそ意味がある得物だ。そのアテが外れた今……貴様は手詰まりというわけだな」
小型の仕込み銃で隙を突く作戦が看破されてしまった。
一丁目の銃を取り落とし、二丁目を真っ二つにされた今、クリスに残された武器は他に無かった。
「全く大した女だ……小生の戦いの人生において、貴様は最も面白い相手であったぞ。その腕前に敬意を表して……一思いに首を撥ねてくれよう」
ガルガディンが再び刀を握り直す。最後の一太刀を繰り出すため。
今後こそ、正真正銘トドメの一撃……
「貴様のことは覚えておこう! 小生を煩わせた好敵手としてっ!」
ゆっくりと刀を構え、頭の上まで大きく振りかぶった。
「去ねぇい!」
――打撃音。
「――ッッッ!?」
――瞬間、ガルガディンの頭が跳ね上がった。
クリスの右拳が、ガルガディンの顎を下から突き上げたのだ。
ガルガディンがトドメにと刀を振り下ろすのに合わせて、クリスのパンチがカウンターになる形で炸裂したのだ。
その威力は凄まじいの一言だった。トラックとトラックが勢いをそのままに正面衝突するかの如く、計り知れない衝撃が彼の顔面に炸裂したのだ。
言うなればガルガディンのパワーがそのまま彼自身に跳ね返ったようなもの。
壮絶な一撃を受けたガルガディンは激しく血を噴き出しながら大きくのけぞり、仰向けに倒れた。
「奥の手は最後まで取っとくもんなんだよな。これがアタシの“奥の手”だ」
クリスの本当の武器は“馬鹿力”だった。
彼女は、その無類の馬鹿力で敵をブチのめすハードパンチャーなのだ。
それを隠したまま戦い、銃だけが彼女の武器だと思い込ませた。
だからこそ強烈なカウンターを確実にブチ込める“距離”と“タイミング”を生み出せたのだ。
「――……がはっ! ……ぐっ……うぐ……」
大したものだ。あれほどの衝撃を顔面に受けて尚、吐血しながらもガルガディンは意識を保っていた。
もはや動ける状態ではないにも関わらず、なんとか力を振り絞って立ち上がろうとする。
「……し、してやられたわ……貴様は最初から……己の拳こそが最大の武器であることを隠し……悟られぬように小道具で戦っていたのか……小生の懐に入るために……」
立ち上がろうとするものの、ガルガディンの膝はガクガクと震え、真っ直ぐに伸びない。
もはや勝負は決した。彼に継戦能力は無い。それでも尚、ガルガディンは戦意を失っていなかった。
「くく……本当に大した奴だ……貴様のような強い女がいたとは……だが……まだまだこれからぞ……」
必死に体勢を整えようとする。足を震わせながら、血を噴き出しながら、ガルガディンは残る力を振り絞り、刀を握る。
「さあ……もっと死合おうぞ……小生はまだ――」
「うォらァ!」
――ッ!
ガルガディンの言葉をかき消すかのように、クリスの渾身の右ストレートが彼の顔面に叩き込まれた。
「一生一人でやってろバカ」
クリスは鼻を鳴らした。




