第二十話 親愛なる隣人
「不動産屋さんが新世組の親玉……――! ……そうか……わかったぞ! なんでアンタたちがこんなヒドイことをするのか全部わかった!」
ショーコの脳内で、新世組の目的が、被害者達に共通する事柄が、数々の疑問が一つの線で繋がった。
「居住区に放火したのは、焼け野原になった広大な土地を手に入れるため……裁判官を失脚させたのは、土地の権利を巡る裁判で負けそうになったから……商業区の商売人を集団リンチしたのは、その商売人が所有していた農地を奪うため」
土地を奪うことが新世組の狙い……土地の売買で利益を得るのが目的だったのだ。
「そしてベラさんとルイスさんのお店を襲うのは、獣人街で人気のお店を潰して、立地のいい土地として売りに出すためだ!」
「……」
「全ては土地を手に入れるため……世界の秩序だとか崇高な目的だとか御大層なこと言ってたけど結局は私服を肥やすため……!」
わかってしまえば単純な理由だが、それだけに下劣……!
探偵漫画っぽいキメ台詞と共に、名探偵ショーコはロウサンに真相を突き付けてやった!
「謎の答えは全て真実! 新世組の実態はただの金目当てな最低のゲス野郎集団だったんだー!」
「見事な推理ですが、てんで的外れですな」
「えっ」
えっ。
「このパン屋を潰すのは、店主の女が獣人で、男が人間だからですよ」
「……?」
……?
「獣人と人間の異種族間では子供を産むことができない。そのような生産性の無い恋愛は神への冒涜である」
「…………は?」
「居住区を焼いたのは異種族の夫婦が住んでいたからです。近隣の住人もそれを受け入れていたため連帯責任」
ロウサンは淡々と語り始めた。
「裁判官は異種族間の結婚を認める法案に賛成したから」
眉ひとつ動かさず続ける。
「商人を襲ったのは彼の娘の恋人が獣人だったからでございます」
……ショーコは顔をしかめた。
人間と獣人の夫婦や恋人同士を狙っていたということなのか?
なぜ? 子供を産めないから? それだけの理由で?
「我々は自然の秩序を守るために戦っているのですよ」
「…………そ……それだけのことで!? そんな理由でこんなひどいことを!?」
「それだけ? 何を仰る。人間は人間と、獣人は獣人と結ばれるのが自然というもの。種を存続させることこそ生命の本質。それを無視するのは自然の摂理に反することです」
ショーコの顔がさらに歪んだ。自分が違う世界から来たから理解できないのだろうかと思った。
「我々は種族で差別をしているわけではありません。異種族間の恋愛のような“普通”から逸脱した“異常”なものは排除すべきだと言っているのです」
「……で、でも別に誰にも迷惑かけてないのに……」
「それに、何より気分が悪い。美しきローグリンドの都に異種族愛者がのさばるなど、反吐が出る」
「っ……」
「我らは真に人類を愛するからこそ、人類という種を守るために活動しているのです。普通に生き、普通に恋愛し、普通に子孫を残す。それこそが正しくあるべき姿なのです」
「……」
「ご安心ください。あなた様がお救いになったこの世界から異常者どもを全て排除し、美しい完璧な世界を作り上げてみせましょう。それが我らの役目です」
……彼は邪悪だ。他人に自分の考えを押しつけ、気にくわない者は力ずくで排除する。
自分の考えこそ正しい。自分の考えに沿わない者は間違っている。自分と考え方の違う者は全て異常だと主張していた。
“普通”と違う“異常”なものは、全て否定する。
それがロウサンの――新世組のやり方だ。
「…………中学の頃、私の友達の女の子が……同じクラスの女の子と付き合ってたことがあった」
「……?」
突然わけのわからない話をするショーコに、ロウサンは首を傾げた。
「二人ともすごく楽しそうで、めっちゃ幸せそうだった。けど……一部の生徒からイジメられるようになった。女同士で付き合うなんて気持ち悪いって……それが原因で二人は別れて、学校に来れなくなっちゃった……」
「……なんの話ですかな?」
「女同士で恋愛とか、私にもよくわかんないよ……でもだからってイジメていいワケない! アンタがやってるのはそれと同じだ! 考え方は人それぞれだし、他人の恋愛観が受け入れられないのは仕方ないけど、異常者扱いなんてひどすきるよ!」
ショーコの剣幕に、わずかにたじろぐロウサン。
「それだけじゃない! 子供が出来ない人達がどれだけ悩んでるか! どれだけ辛い思いをしてるか! 世の中には子供ができなくて悩んでる人や、作らないって決めてる人もいる! その人達みんなを侮辱して! アンタは本当にサイテーな奴だ!」
「……」
「私は十六年しか生きていないけど……アンタほど最低な人間は初めて見たよ!」
――その言葉にロウサンは引っかかった。
「十六年……? はて、“転移者”様が世界を救われたのは十五年前では……」
「あっ」
ショーコは思わず口元に手を当てた。
しまった。口をすべらせた。
デクスターがハっと気づく。
「指導者様! そういえばこいつどー見てもガキですぜ! もしや“転移者”を騙ったニセモノじゃあ……」
途端にロウサンの表情が険しくなる。
「なんだと……“転移者”様を語るとはなんと不届きな……なんと不届きな!」
先ほどまでの落ち着き払った様子とはうってかわり、鬼の形相となった。
「よくも英雄の名を騙ったなこの小娘が! 同志デクスター、思い知らせてやるんだ」
ロウサンの指示を受け、デクスターが笑みを浮かべた。
「了解、ボス」
「あ、アワワ……」
口をワワワと歪ませて後ずさりするショーコ。
「よくもダマくらかしてくれたな。俺は弱い者イジメのプロだからよ、ギッチョンギッチョンにしてやるぜ」
デクスターが背負っていた棍棒を握りしめる。バットよりも大きく長く、より人を痛めつけることに特化した得物だ。
ショーコは逃げ出したかった。だが逃げるわけにはいかない。
ここで逃げれば新世組による被害者が増えるとか調子づかせてしまうとか、そういうことだけではない。
人として、こんな最低の連中から逃げるようなマネをしたくなかったのだ。
「覚悟しろどおぅりゃあ!」
大の男が、十六歳の少女めがけ凶器を振り下ろす――
「っ……!」
「――ごべ!」
――しかし、ショーコに棍棒が炸裂する寸前、デクスターの顔面にフライパンが叩きつけられた。
「――……!? ……ベラさん!?」
悪漢に強烈な一撃をお見舞いしたのはベラだった。
その手にはドワーフ製の頑丈なフライパンが握られている。
「黙って聞いてりゃ無茶苦茶言ってくれちゃって……百歩譲って私の悪口を言うのは我慢できるけど、ショーコちゃんに手を出すのは許せない!」
デクスターが真っ赤になった顔を押さえながら立ち上がる。鼻から一筋の血がタラーっと流れていた。
「こ、この猫野郎……! よくも俺様の顔面フェイスに……! 獣人のクセに調子にのるんじゃねえぞコラァ!」
半泣きの状態で凄むデクスター。
が――
「ぶべが!」
今度はデクスターの顔面にパン作り用の道具――のし棒が叩き込まれた。
「女の子と女の子の間にっ! 男が割って入るなァ!」
手痛い一撃を食らわせたのはルイスだった。
「な……なにを――」
「このクサレ外道がッ!」
さらにもう一撃。ルイスの怒りは怒髪天を衝いていた。
「ガゲッ! ……や、やめろ! もうやめ――グピィーッ!」
婚約者が悪党をボコボコにするのを横目に、ベラはロウサンに向き直り、吐き捨てる。
「あなた達が何を言おうと、私とルイスは幸せに暮らす。人の幸せを邪魔する奴なんかに屈するもんですか。こちとら毎日早朝からパンの仕込みやってるんだ。タフさには自信あるんだからね!」
ロウサンが鼻で笑う。
指導者が合図を出し、新世組の面々が一斉にサーベルを構えた。
「自然の秩序を乱す不届き者めが。神に代わって我々が罰を与えよう」
剣を手にした仮面の集団が、ベラとショーコににじり寄る。
「っ……べ、ベラさん……」
「大丈夫ショーコちゃん。私が守るから……!」
「正義は我らにあり……異常者どもに裁きを!」
ロウサンが号令を出す。
新世組の刃がギラリと光る。
ショーコは恐怖のあまり目を瞑った。
――鈍い音がした。
ショーコが瞼を開けると、道端にレンガが落ちていた。
――再び鈍い音。
ショーコは目線を上に向けた。
彼女の視界に写ったのは、獣人街の住人達。
家屋の二階から新世組めがけ、レンガや鍋、バケツなど様々な物を投げつけていた。
「その子達に手を出すな!」
「彼女らの敵は私達の敵だ!」
「仲間に手を出すヤツは俺達が許さねえ!」
予期せぬ反撃に遭い、新世組の面々が思わず竦む。
それだけではない。
視界を地上に落とすと、箒や熊手を持った獣人達が街の通りに押し寄せて来ていた。
「その子達に指一本でも触れてみなさい! タダじゃおかないから!」
「俺達の街で好き勝手させねえぞ!」
「かかってこい! 俺達が相手になってやる!」
「みんな……!」
ベラの瞳が涙でふやける。獣人の仲間達が、街のお隣さん達が駆けつけてくれたのだ。
箒や熊手を手にした獣人達が威嚇する隙に、幾人かの獣人がショーコとベラの傍へと駆け寄る。
「大丈夫? ケガしてない? もう大丈夫だからね」
声をかけてきたのは兎耳の獣人女性。ショーコはその女性に見覚えがあった。
フェイが時計屋に寄っている間、ショーコが一緒になって遊んでいた子供達の母親だ。
「あ、あの時の……」
「あなた、ウチの子達と遊んでくれてたでしょ。あの時はありがとう。今度は私達がお礼する番ってわけ」
獣人達の加勢により、形勢が一気に逆転する。
思いもよらぬ展開に後ずさりするロウサン。
「き、貴様ら……新世組に歯向かうというのか! 我々を敵に回すとどうなるかわかって――」
「上等だ! 誰だろうと知ったこっちゃねえ! 俺達ゃ戦うぜ!」
「私もだ!」
「俺も!」
どんな魔法よりも、どんなチート能力よりも、ずっとずっと心強い味方に、ショーコは小さく笑った。
「ベラさん……ここ、サイコーの街だね」
「ええ、最高の仲間よ」




