第十四話 街のおいしいパン屋さん
クリスに連れられ、ショーコとフェイは居住区の路面を走る魔動車に乗り、南方面へと向かった。
魔法を原動力としているだけあってか騒音は無く揺れも少ない。快適な公共交通機関だ。
ショーコは昔テレビで見た、サンフランシスコを走る路面電車を思い起こしていた。実際に乗ったことはないが、何故か懐かしい気持ちになった。
車内で椅子に腰かけながら、クリスがショーコとフェイに自身のことを説明する。
「アタシは賞金稼ぎだからね、賞金首をとっ捕まえたり悪い奴をやっつけたりしてるんだ。人助けしてご飯食べてるのさ」
「いや私達のご飯勝手に食べてたよね」
「クリスさん、“ヤマ”というのはつまり賞金がかかった仕事のことですか?」
「そういうこと。今引き受けてる仕事がちょいーと手間がかかりそうでな。手を貸してもらいたいってわけ」
「すぐに返してくださいね」
「フェイ、ホントに手を引っこ抜いて貸そうとしなくていいから」
――そんなやりとりをしている内に、魔動車が目的地の路上駅で停車した。
「この辺りは居住区の中でも〈獣人街〉って呼ばれてる地区さ。依頼人はこっちだ」
下車した三人はクリスを先頭に〈獣人街〉を進む。
ショーコが周りを見回す。名前の通り、獣人が多く住んでいる地区のようだ。
獣の耳が生えている人や、スカートの後ろから尻尾を出している人、犬のような鼻を持つ人……獣人にも特徴は十人十色だ。
「獣人ってかわいいね。リアル猫耳じゃん」
「昔は獣人と人間は別々で暮らしていて、ローグリンドの王都は人間以外の種族はいませんでした。ですが“最初の転移者”様は様々な種族が共に生きる世界にしようと尽力なさったのです」
フェイが改めてショーコに説明する。
「あー、そんなこと言ってたね」
「獣人と人間、そして他のあらゆる種族が共に暮らせるように街が再編され、社会もそれに合わせて多様化しました。世界はより良く、より住みやすく、より素晴らしいものになっていったのです」
「獣人って病気になった時は獣医さんに診てもらうのかな?」
「私の話聞いてます?」
「ここだよ」
クリスが獣人街の大通りに面した建物の前で足を止めた。どうやら商店らしい。
扉を開くとカランカランとドアベルが響いた。
店内はうっすらと淡い暖色の灯りで溢れていた。壁一面に陳列棚が並び、美味しそうな香りを放つ、麦で錬成された食べ物が並べられている。
「ここ……パン屋さん?」
「いらっしゃいませ。焼きたてふんわり幸せ絶品、【ナウファスベーカリー】へようこそ」
黒髪の女性が笑顔で出迎えてくれた。頭上には猫耳のようなものがぴょこんと生えている。加えて、後ろに黒い尻尾がちょろちょろと見えた。獣人である。
「よっ」
クリスが軽く挨拶をすると、店員の女性は顔を緩めた。
「クリス。いらっしゃい」
「来たかクリス! 今日もいいのが焼けてるよ。オススメは卵かけご飯をマヨネーズとバターを敷いたサンドで挟んだ“コレステローリングサンド”だ!」
声を聞きつけて奥からエプロン姿の男性が顔を出した。彼は獣人ではなく人間らしい。
背が高く、猫耳の女性とは対照的に白い髪をしている。外見から察するに加齢による白髪ではなく地毛のようだ。
クリスが振り返り、ショーコとフェイに紹介する。
「こっちがアタシのツレのベラ・ブラック。この店の経営者。こっちの男はルイス・ホワイト。ベラの恋人兼共同経営者」
「あっ、どうも。未船ショーコと言いますですハイ」
「ルカリウス公国外交官、フェンゼルシア・ポート・ユアンテンセンです」
二人はごてーねーに頭を下げた。
「ま、互いによろしくやってくれ。ちなみにベラとルイスは近いうちに結婚する予定だ」
「ほほー、それはそれは。おめでたいこって――んけっ!? けけけけけけ結婚!? 結婚ということは一生一緒にいてくれやってことだよね!? ベラ・ホワイトさんとルイス・ブラックさんが結婚!? じゃあ名前はグレーになるの!?」
「“ナウファス”とはこの世界の古い言葉で、人間と獣人が協力することを意味する言葉ですね」
ショーコのアホな物言いをスルーしてフェイが言う。
「私は獣人でルイスは人間、二つの種族が協力してパンを焼くからナウファスベーカリーって名前なのよ」
ベラが嬉しそうに答え、ルイスも輝かしい目で言う。
「パン屋を開くのは僕達の夢だったんだ。公務員になるのも捨てがたかったけどね」
『ベーカリー』という言葉は日本語では無く英語なのだが……どうやら、最初の転移者がこの世界に持ち込んだ日本語の中には簡単な外国語も含まれているらしい。
「この店は半年前にオープンしたんだ。すげーうめーし、獣人はもちろん人間にも大好評でな。朝に焼いた分は午前中で売り切れちゃうくらい人気なんだぜ」
「はあ、さようでがんすか。それで……えっと、クリスは私達においしいパン屋を紹介したかったってこと? 君、夕方の情報番組かなにか?」
ショーコには未だ話が見えていなかった。
「先週、脅迫状が届いた。この店を襲撃して火を付けるってな」
「はぇ!?」
急転直下の話にショーコは目を丸くした。
「な、なんで!? 人気のパン屋なんでしょ? あ、あれか! 誰かが嫉妬してるのか! それにしても放火なんてするかフツー!?」
クリスは淡々と説明を続ける。
「脅迫してきた相手は【新世組】と呼ばれる連中だ。ここ数年、この王都で活動してる過激派テロ集団だ」
「な、なんだその幕末志士みたいな名前の連中は……」
「連中の目的は不明。過去には商業区にあった有名な卸売り店を襲撃したし、居住区のとある一帯を焼き払ったこともある。王城直属の裁判官を襲ったのも連中の仕業だと言われてる。組員は仮面で活動してるから素性はわからないし、構成員がどれほどかもわからない。十人くらいしかいないって言ってる奴もいれば、百人はくだらねーって言う奴もいる」
「そのような方々がなぜお二人のお店を襲うのでしょうか?」
「それが……私達にもさっぱり……」
「きっと僕とベラのラブラブ生活に嫉妬してるんだと思う」
ルイスが真顔で言う。真顔で。
「リア充には私も嫉妬するけどいくらなんでもなあ……もしかして……人種差別とか?」
ショーコの元居た世界のアニメや映画では、獣人が人間から差別を受けている描写がある作品がいくつかあった。
もしかしたらこの世界でも種族による差別が横行しているのでは……と、ショーコは思ったのだ。
「人種差別だあ? そりゃナイナイ」
クリスが半笑いで吐き捨てた。
「ショーコさん、この世界に種族差別などありませんよ。なにせ十五年前まで世界は魔族とその他の種族で二分されていたのですから。魔族との争いにいっぱいいっぱいで、差別などしている暇もありませんでしたよ」
「あっ、そうか……」
「複数の種族が共に社会を形成するようになったのはここ十五年の話ですが、人間も獣人も他の種族も、皆平等に生きているのです。生まれた種族や皮膚や目の色で他人を差別するようなことなどありえないのです」
人種差別……それはショーコの故郷の世界に、現実としてある問題である。
自分にとっては縁遠い話で、しかも大昔の問題のはずなのだが、今も尚その問題が解決していないことをショーコは知っていた。
この異世界よりも、自分の元居た世界の方が科学も文明も発展していると思っていた。自分の世界の方が住みよい世界だと思っていた。
だが、この世界に差別など無いと聞いた今、どちらがより良い世界なのか、ショーコにはわからなくなった。
「新世組の被害者は種族を問わず様々だ。人間も獣人もドワーフもエルフも……それだけに連中の狙いが何なのか全く読めねーんだ」
クリスが話を戻す。
「で、脅迫状を受けたベラがアタシに店を守ってくれって依頼してきたってわけ」
「もちろんお金は払うよ」
「もちろんもらう」
クリスとベラは友人同士だが、仕事に対する対価はきちんと支払うべきだというしっかりした考えを持っていた。
「で、だ。“転移者”のアンタらに力を借りたい。新世組をぶっ飛ばすのにな」
「ぬなっ!? ぬゎんですと!?」
ショーコは声を荒げた。新世組のおっかなびっくりな話を聞いた直後にそんなことを言われれば当然の反応だ。
「ダメダメダメダメ! そんなの無茶無茶! ヤバイ連中との抗争に巻き込まれるなんて絶対――」
「わかりました。協力します」
「フェイさん!?」
絶対拒否の姿勢を取るショーコに対し、フェイは二つ返事で引き受けた。
「これ以上被害者を出さないためにも我々で食い止めましょう。心配ご無用です。“転移者”であるショーコさんのお力ならそんな連中チョチョイのチョイです」
「ままま待ってよフェイ! そんな無茶な――」
「ちなみにクリスさん、犯行予告の日時はいつですか?」
「そ、そうだよ! 来月? 来週? それまでに逃げなきゃ!」
「明日だ」
「ベストタイミングッ……!」
ショーコは両手で顔を覆い、その場に泣き崩れた。
「無理無理無理! そんなイカレポンチッチーな集団と戦うなんて私ムリだよ! 絶対イヤだからね! 誰がそんなこと――」
「協力してくれたら“マイ”に会わせてやるよ」
「!」
「どうする?」
「……~っ! ひ、卑怯だぞ! そんな引き出し使われたら断れないじゃん! 人の弱みにつけ込んで罪悪感はないのか!」
「賞金稼ぎってのは交渉も上手いもんなのさ」
ショーコは唇を噛みしめて悔しそうな顔でクリスを睨んだが、背に腹は代えられなかった。
“マイ”に会うため……“最初の転移者”に会うため……元の世界に帰るため。
「……わかった……協力します。もとい、協力するしかありません……」
「わあ! ありがとうショーコさん!」
ベラがショーコに抱きつく。
「ああ、ベラがかわいらしい女の子と抱き合う姿……良い……尊い……」
ルイスがベラとショーコを拝みはじめる。
「期待してるぜ、“転移者”サマ」
クリスはニヤリと笑ってショーコの背中をバンと叩いた。




